2014/10/22

2014年千葉大学スキー部OB会in浜松

夕日宴会カラオケシーハイル
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 スキー部OB会が結成されてから50年以上が過ぎた。入部以来、スキー部は半世紀にもわたり私の心の中枢を占める存在だ。メンバーは、もっとも気の許せる友である。顧問だった故小林信二先生の人柄と真摯なメンバーのおかげだ。今年は、二つの訃報があった。先輩の勝村 勇さんと同期の小林紘一さんが他界された。心よりご冥福を祈る。Hppa184731

 浜松でOB会を開催するのは2回目だ。浜松在住のメンバーがいるからだ。10月18日、私は遅れて、会場の舘山寺サゴーロイヤルホテル(写真下右)へ着いた。ちょうど対岸に夕日が沈むところだった(写真左)。舘山寺は夕日の名所のようだ。好天に恵まれ低い対岸の山の端へ沈む太陽を拝むことができた。Hppa194959

 まず記念撮影(写真上右)を済ませてから乾杯の音頭に入った。宴会はカラオケで盛り上がった。例年、私はカラオケを敬遠してきたが、今年は違う。自宅でカラオケセットを買い、いくつかの持ち歌に絞って少々練習してきた。そのときわかったことは、歌謡曲にはいい詩がたくさんあるということだ。私は、本来、標題音楽には関心がないが、シューベルトの「冬の旅」や「美しき水車小屋の娘」などのドイツ・リート(Hppa184859歌曲)には少し興味がある。ドイツの風土や人情が描写されているからだ。日本の歌謡曲もドイツ・リートも、歌詞のモチーフや描写対象に大きな違いがないといっていいのではないか。恋と季節、故郷や町並みなど、人情と自然を歌うのは、どこの国でも、いつの時代でも同じようだ。Hppa184840今まで日本の歌を軽んじていたのが恥ずかしい。

 しかし、いい詩と魅力的なメロディーに出会い、歌おうとしても声が出ないのだ。ふだん発声練習をしたことがないうえに歳のせいもあるだろう。残念であると同時に屈辱を感じる。歌謡曲の魅力と自身の歌唱力について、カラオケをやってわかったことだ。ちなみに、OB会で、私は「北国の春」と「よこはま・たそがれ」を後輩と“デュエット”で歌った。Hppa184886

 宴会は、「シーハイルの歌」(作詞:林征次郎/作曲:鳥取春陽)で締めた(写真上)。歌い終わってから『シーハイル』と3回連呼したのは、合宿で一日の練習が終わったときと同じだ。ゲレンデでは、スキーの片方を立てて『シーハイル……』と連呼したものだ。最近は、乾杯の音頭も『シーハイル』になった。“スキー万歳”といった意味だ。Hppa194901

 翌日は、浜名湖の遊覧船で湖上を観光し、弁天島の太助でうな重のランチを食べて解散した。参照:『湖北敬神』Hppa194971_3

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2011/10/17

燕温泉で2011年OB会

霧の秘湯と愉快な仲間たちHppa151961_2

 私がスキーを始めたのは、中学1年の冬で、場所は長野県の山田牧場だった。ゲレンデは牧場の斜面で、リフト替わりのロープを張っただけだ。用具は、ゴム長靴のスキー靴、単板の(無垢の木材を削った)スキー板、カンダハーのビンディングという、Hppa151914今から考えると粗末なものだが、当時の私にとっては最先端の道具だった。父は、自身が大病で苦労したせいだろうか、私に体力をつけさせようといろいろなスポーツをやらせてくれた。その一つがスキーだ。中学、高校と学校が主催するスキー学校以外にも、バスのスキーツアーに参加するチャンスも作ってくれた。Hppa151968_3おかげで、大学のスキー部へ入ることができた。 今、もっとも心を許してつきあえるのは、スキー部の仲間である。これも、父のおかげだ。

 10月15日~16日は、千葉大スキー部OB会の例会が新潟県妙高市の燕温泉で開催された。参加OB21名は、夕刻、燕温泉の針村屋(写真上右)に結集した。あいにくというか、絶好というか、15日は霧が立ち込め、燕温泉の雰囲気は秘境の秘湯という雰囲気だ。秘湯のムードを撮影しようと、タオルではなくカメラを持って露天風呂「黄金の湯」(写真最上)出かけた。湯煙と霧が漂い、まさに秘湯である。撮影していたら男湯のほうに人が入ってきたので撮影を控えた。Hppa151988Hppa151985なんとOB会のメンバー・K氏だった。安心して撮影を続けた。霧は秘湯にはおあつらえむきだった。(下の記念写真は上田頴人氏撮影)Hp_2

Hppa151994_2 私たちは、針村屋の元オーナー・植木毅氏にスキーの手ほどきを受け、鍛えられた。50年前の針村屋は、スキーの猛者が集まるメッカだったが、私たちにとってもベースキャンプだったのである。現在、針村屋は毅氏の実弟、植木明雄氏(写真右)が経営しているが、そのスピリットは昔と変わらない。Hppa152016宴会は、明雄氏手作りの珍味・山葡萄液(写真上右)の乾杯から始まった。大部屋での二次会(写真左)まで6時間の懇親会だった。

 翌朝6時、針村屋の窓から温泉を囲む山腹が見えた。「しめた」と思ってオリンパスXZ-1を首にかけて外へ出た。Hppa162036_2紅葉は真っ盛りだというのに、昨日はまったく見えなかった。温泉街の上まで登ると、神奈山にかかる雲が上がり、朝日が直射してきた。下部は目を射る紅葉、上部は雲が漂い魔境ともいえる妖しい気配だ(写真上右)。続いて、遊歩道を「惣滝の展望台」まで登った。惣滝(そうだき)は落差80メートルの大滝で、日本の滝百選に挙げられている。Hppa162092_3Hppa162118_2惣滝の下にさらに2段の滝があるが、展望台からは見えない。天候は目まぐるしく変わるので、惣滝の表情も刻々と変わる。理想的な撮影条件だ。70カットほど撮影して終了、針村屋へ戻った。

 霧と紅葉、秘湯と刎頚の友、充実した2日間だった。なお、現在、燕温泉スキー場は閉鎖されている。それに代わって、温泉はもちろん、紅葉、新緑など四季の自然を堪能できる絶好の山峡である。

参照リンク: 「秘湯とスキー、雪見酒」

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2007/03/14

秘湯とスキー、雪見酒

Hpp3104847_2燕温泉・針村屋でOB会

 私は、大学でスキー部に所属していた。当時は年間30日ぐらいは滑っていただろうか。合宿のほかに大学のスキースクールの指導や山スキーにも出かけた。よく通っていたのが妙高高原だ。妙高温泉の香風館と燕温泉の針村屋が常宿だった。3月10日、11日はスキー部OB会恒例の懇親会が燕温泉であった。会の趣旨は「燕温泉スキーと雪見酒を楽しむ会」である。雪見酒に引かれて、私も参加した。今シーズンは燕温泉スキー場のリフトが休業なので、赤倉スキー場で少し滑ってから燕に上がった。

Hpp3104841_1 燕温泉は、妙高山と神奈山にはさまれた標高1100メートルの谷間にある。秘湯といってもいいだろう。弘法大師の開湯と言われるが、温泉街がかたちづくられたのは明治28年ごろだ。針村屋のパンフレットによると、現在の泉質は「白い湯の花の浮く含土石膏泉(45度C)」と書かれている。リウマチなどに効能があるという。私たちが投宿していたころは、かき玉汁のように湯の花が浮くぬるめの温泉だった。しかし、これに浸かると翌日の朝までぽかぽかしていたのを思い出す。おそらく、湯治場としては秀逸だったろう。現在の泉質は昔とは違うが、環境庁から国民保養温泉地の指定を受けている。

Hpp3114888_1Hpp3114886_1 なぜ燕温泉と名づけられたのか。地名の由来に興味がある。少し調べたがわからない。そこで、いろいろと推理してみた。温泉は標高1100メートルにあるので、イワツバメがたくさん飛翔していたことが考えられる。イワツバメがいたとすれば多くの場所で営巣していたことだろう。私の撮影地、標高1000メートル以上の八ヶ岳山麓でも民家の軒下にたくさんイワツバメの巣ができている。地名の由来にはなるかもしれない。「燕」という字を漢和辞典で調べてみた。燕(ツバメ)は、よく子どもを育てるので安産や縁結びのシンボルであるという。また、「やすんずる(ゆったりと落ち着くさま)」とか、「うちとける」ようすを意味する。「くつろぎ落ち着き、酒食を楽しむ」という意味もある。「燕居」はひまでくつろいでいること、「燕室」は休息のための部屋、「燕息」はくつろいで休むこと、「燕服」はふだん着を意味する。また意外なことに、燕(えん)は宴(えん)と同じ意味である。「宴」に、うたげ、酒盛り、楽しむ、やすんずるなどの意味があることは知っている。「燕」は温泉にふさわしい名まえであることがわかる。燕温泉には、温泉に浸かって、格別にくつろげる環境があったのではないか。それは今も同じだ。

Hpp3104850_1Hpp3104856_1 さて、私はスキーより雪見酒のほうに関心があるので、針村屋に到着すると、さっそく冷酒にツララを入れて飲み始めた(写真上)。ツララは屋根から垂れ下がったもの(写真上)を、先輩が窓越しに取ってくれた。“ツララ酒”には雪国ならではの趣向がある。宴会には、山の幸、海の幸が食卓に乗り切れないほど並んだ。珍味は日本海の深海魚カンカイ(氷Hpp3104865_1 魚)の干物とカタクリの花だ。カンカイは初めて、カタクリは30年ぶりに食べるのでカメラに収めた(写真)。後輩が佐渡島からカニ(写真)を、オーナーの植木明雄さんからは「浦霞」を差し入れしてくださったので、宴会はいっそう盛り上がった。現在の私にとって、スキー部OB会というのは心の支えの一つであり、40年以上にわたって築き上げてきた宝物である。顧問の小林先生はじめ、多くの先輩、後輩のおかげである。

 翌日は、朝から雪だった。会員のほとんどは上級者なので、新雪が滑れると喜んでいる。雪見酒のために来た私は、気が乗らない。しかし、メンバーに付き合って赤倉の中級コースまで上った。新雪に薄日が差す絶好のコンディションになった。これはスキーの醍醐味である。しかし、足がいうことを利かない、というより足が経年変化しているので、すぐ疲れる。写真でいえば、被写体は最高だが、カメラが故障したようなものだ。しかし、独りではいけないコースへ行けたので、不満はなかった。今は、足腰が痛い。

燕温泉・針村屋 http://stay.mapoo.or.jp/0255-82-3121/s-4.html ☎0255-82-3121 JR信越線関山駅からバスで20分

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