写真で癒し、いやされる
会場:代官山フォトギャラリー(マップは要クリック)
会期:11月1日(木)~6日(火) 10:00~18:00 最終日は17:00まで
優れた写真には人を癒す働きがある。自然や町の風景、花や昆虫などの生物、人々のスナップなど、どんな分野の写真にも癒し効果はある。一方、写真を撮影するときにも癒されるときがある。被写体を探す好奇心、求める被写体にめぐり合った感激、すばらしい被写体の前に立ったときの幸せ、シャッターをきるときのときめき、思いどおりに撮れたときの達成感など、いやなことを忘れさせ、ストレスを解消してくれる。

癒すとはどういうことだろうか。辞書によれば①病気や傷をなおすこと、②悲しみや苦痛をなくすこと、とある。写真で撮影に熱中すると、苦痛や苦悩を忘れてしまうのだ。これは写真撮影にか ぎったことではない。好きなことに夢中になると、少なくともそのときだけは我を忘れる。「病は気から」という言葉があるが、いつも気がめいって、暗い気持ちでいたら病気になってしまいそうだ。写真でそれをいくらかでも解消できたら幸いだ。ただし、夢中になれる被写体があることが絶対条件だ。
以上は、写真撮影の精神面について触れた。しかし、私は肉体的にも効果はあると考える。被写体を探索するときの目と足の使い方は、日常生活とは明らかに違う。日常生活のように省略できないのである。日常では日ざしや水面の波紋などは気にしてはいられない。それらを気にしていたら、用事は遅れ、ときには足元が狂って転ん でしまう。しかし、撮影ではそこが勘所だ。日ざしや水面の状態を生かすカメラポジションを一生懸命探す。スナップ撮影では、ファインダー全視野で人々の表情と関係を瞬時につかまなければならない。しかも、ピント合わせ
を確認しながらの観察だ。目と脳、足、指(ピント合わせやレリーズに使う)を連動させた動作は写真独自のものだ。いろいろな器官が連動することは脳に良い刺激がある。写真撮影は、フォトセラピーとして治療効果があることは以前に話した。参照(「写真は病気を治すか 信州No.5」)
シャトロー会メンバーは、写真の癒しについて考え、自身の体験を作品に託した。手前味噌で、我田引水のところもあるが、同じ人間同志なら共感していただけるだろう。特に写真仲間には理解してもらえるのではないか。ご高覧いただけたら幸いだ。
米山明六 「禅の力」(平林寺) 秋の禅寺で感じた禅の精神を形にしたもの。天へ収束する形(クサビ形)には動きや力がある。
矢部 徹 「至福」 私はゴルフをしないが、友人たちの話をたびたび聞いていると、このシーンには癒しがあることを想像できる。
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