2016/06/28

辻 栄一 写真展『弘前散歩』 第2弾/第3弾

Hpdmimg_0001 辻氏は、昨年2月、写真集『弘前散歩』を出版した。これについては、私が以前に書いたブログを参照してほしい。横浜在住の辻氏が遠く千キロも離れた青森県弘前市で写真集を出版したのにはいろいろなわけあがる。まず辻氏は旅のエキスパートだ。鉄道写真から始まった旅は、地方の民俗、祭り、人々などにも興味がわき、ますますのめり込んでいった。全国を行脚した辻氏にとって、弘前は選ばれた土地となった。関西出身の辻氏にとっては、横浜は第二の故郷だ。弘前は、第三の故郷といえるのではないか。
 辻氏は自らを「横浜からの旅人」という肩書で、立場を明確にして撮影地の人々と接している。地方の方々は胸襟を開いて応対してくれるのだろう。Hp20166_edited1先の出版で、地元弘前市の出版社の協力を得られたのは、辻氏の旅人としての心意気が地元の方々の気持ちを動かしたのではないか。この出版がきっかけになり、昨年の10月から11月にかけて写真展『弘前散歩』が開催された。それだけではなく、今夏には2か所で写真展が開催される。地元の「広報ひろさき」と日本カメラ社「写真の教室」に紹介された記事を掲載する(いずれもポップアップ可)。ご高覧いただけたら幸いだ。
 なお、辻氏からの速報によると、29日は地元新聞社の取材と、市長の来訪があったという。

●『弘前万華鏡 オンリー・イエスタディー』

会期: 2016年6月29日(水)~7月3日(日) 10:00~18:00〔7月1日(金)は ~19:30/初日は13:00~/最終日は ~15:00〕
会場::弘前市立百万石町展示館 第1展示室

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こども絵本の森 開館3周年記念

『街歩きの魅力 再発見』…弘前人が愛する散歩道

会期:2016年7月4日(月)~7月10日(日) 10:00~18:00〔初日は13:00~/最終日は ~17:00〕
会場:ヒロロ3階「こども絵本の森」特設会場

Hp2016_edited1(左)写真の教室の記事

(下)東奥日報の記事Hpdcim0325

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2015/04/23

フォトクラブ彩光が耕心館で写真展  4/23~5/6

『花の賛歌…野の花からのメッセージ
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日 時:2015年4月23日(木)~5月6日(日 祝日) 10:00~17:00
会 場:耕心館2階 多目的大広間 アクセスはマップのポップアップ参照

 耕心館は、瑞穂町の社会教育施設である。ホームページの紹介文によると、「耕心館は、江戸末期に建てられた民家で、周囲に塀をめぐらした豪壮な母屋と二棟の土蔵からなっている。屋敷林に囲まれ、武蔵野の旧家のたたずまいを残している。150年を経た今、館名が示すように「心を耕し、また、いにしえと芸術文化に触れ、人のこころを豊かにするくつろぎのための施設」とある。Hpすなわち、地元に根ざしたビジターセンターである。

 耕心館の企画展として、フォトクラブ彩光の『花の賛歌…野の花からのメッセージ』が開催される。耕心館には野草園があり、彩光のメンバーもしばしば撮影に出かけている。加えて、彩光のテリトリーである多摩地区の山野草の写真も合わせて展示する。このような機会をいただけたということは、フォトクラブ彩光のふだんの活動が認められたことであり、光栄なことだ。 ご高覧いただけたら幸いだ。

作品一覧Hp_2

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2014/12/18

横浜・外国人墓地のアドヴェント 横浜No.79

クリスマスの飾りを撮るHppc140045

 12月13日(土)と14日(日)の2日間、外人墓地を見学した。この時期、キリスト教ではアドヴェント(advent 待降節)という期間に含まれる。クリスチャンは、クリスマス(降誕祭)をひかえて4週間の準備期間を過ごす。家庭ではツリーを飾ったり、キリストの降誕劇を模したクリッペという置物を作ったり、お菓子を焼いたりする。また、墓標にはリースやツリー、花などを飾る。私が訪ねたときにも、いくつかの墓標にはクリスマスを迎える雰囲気が漂っていた。そのために、外人墓地は少しにぎやかになる。Hppc135765ちなみに、年内は、20日(土)と21日(日)も公開される。おそらく、墓地はクリスマスの飾りでさらににぎやかになるだろう。なお、私は飾りのある墓標のみを撮影した。

 墓地がにぎやかというのは、日本人にとっては奇異に聞こえるかもしれない。しかし、西洋人のお墓は、明るく華やかだ。世界観や宗教観の違いではないか。墓碑を見ると、ほとんど夫婦がいっしょに埋葬されている。Hp141212それぞれの没年月日だけでなく生年月日も刻まれている場合が多い。故人の業績や略歴などが書き込まれている墓碑もある。関係者以外でも故人を偲ぶことができるだろう。私はドイツへ取材に出かけたときには、機会を見つけて共同墓地を見学することにしている。

 さて、横浜の外人墓地には、近代日本の創成期に活躍して業績を残した多くの方々が眠っている。鉄道をはじめとする公共事業から学校教育、私たちの日常生活にかかわる技術や制度作りに貢献した方々だ。
詳細は、墓地付属の資料館を見学するとよくわかるだろう。公開順路案内図(図右上 ポップアップ可)に従って見学するだけでも興味は尽きない

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 横浜の外人墓地は、通常、縁故者の墓参以外には公開されていない。しかし、3月から12月までの毎週土曜日、日曜日および祭日(雨天を除く)、12:00~16:00には、募金公開と称して一部が一般公開される。募金は200円~300円程度とされていて、墓地の維持管理費に充てられる。墓地と資料館を見学すると、異郷の地で骨を埋めた人々の業績がわかり、もっと寄進したくなるだろう。Hppc140160_2Hppc135841







 私は、外人墓地には大きな思い出がある。タウン誌『浜っ子』に連載を執筆したとき、第1回目が外人墓地についてだった。1984年10月号から毎月、Hppc140072_2モノクロ見開きで『横浜が見る時間』という記事を執筆させていただいた。Hppc135771_5毎月、横浜の風物や行事などを紹介しながら、私の横浜への想いを綴った。Hppc140070_2私の横浜でのライフワークが本格的に始動したのである。編集長の渡辺光次さんのご好意により27回続いた。Hp_3
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2014/12/04

サンリス・プチ・トリップ

フランスでローマ時代の遺跡を見学

 今夏、パリに滞在したとき、1日だけ近郊のサンリスへ(Senlis)出かけた。パリの北約40キロに位置するサンリスには、ローマ時代の城壁(市壁)が残っていると聞き、興味をそそられた。塩野七生氏の著作「ローマ人の物語」を読んで以来、ローマ文明は現在の西欧社会の基礎になっていると知った。Hpp6070928_2町造り、建築、土木、政治、法制、経済、税制、軍事などの技術や制度には、今もローマの精神が息づいている。私のライフワークである「ドイツからの風」を撮影するにあたっても、ローマ文明を知ることが欠かせないと考えている。 (写真上 ローマ時代の城壁内部。写真下左 街路に露出した城壁の断面、幅4メートルはありそうだ)

Hpp6070804_2 紀元前8世紀ごろローマ人が進出してくる以前は、現在のフランス(ガリア地方)にはケルト人が住んでいた。サンリスは先住民族ケルト人が造った都市だという。フランスを侵略したローマ人はサンリスも自分たちの町にして砦を築いた。サンリスのパンフレットによると、ローマ人は紀元前3世紀ごろには、厚さ4メートル、物見やぐらが28塔もある城壁で町を囲ったという。この城壁の大部分が現在も残っている。この城壁を見学することがサンリス訪問の目的だ。Hpimg_0001

 さて、現ドイツ連邦共和国の主要民族であるゲルマン民族が、北方のスカンディナヴィア半島南部より南下しはじめたのが紀元前10世紀ごろだった。すでにガリア(現フランス)に住んでいたローマ人と接触することになる。「ドイツ史」(木村靖二 著 山川出版社)によると、「紀元前2世紀ごろに、ゲルマン人はローマ人と直接対峙することになった」とある。サンリスの城壁はケルト人だけでなくゲルマン人に対する備えにもなったのであろう。Hpimg_0002「ローマ人の物語」(塩野七生 著)では、ゲルマン人はローマ人にとって終始(AC476年、西ローマ帝国滅亡まで)蛮族あつかいである。しかし、ゲルマン人はローマ人と敵対する一方、進んだローマの文化やシステムを学びまねたと「ドイツの歴史」(マンフレット・マイ著 小杉尅次 訳 ミネルヴァ書房刊)には書かれている。私は、Hpp6070801ドイツの生い立ちを知るために、ゲルマン人が接触したローマ文明を知りたいという願望に駆られた。少しでも当時のローマ文明に触れたいと願っている。 (写真下右 日本語版ガイド。写真下左 観光案内所)

 さて、サンリスへの往復は簡単ではなかった。パリ北駅でチケットがうまく買えないのだ。出札口でやっと買えたチケットを見ると、出発まで待ち時間が1時間以上ある。北駅で2時間も無為に過ごしてしまうことになった。Hpp6070979しかもサンリスへはシャンティイーでバスに乗り換えねばならない。その乗り継ぎの待ち時間がさらに1時間ある。サンリスへ着くのは午後1時になってしまう。パリに帰着する時間を午後5時に設定したので、帰路のバスの出発時刻が午後3時になる。現地には約2時間しか滞在できないことになる。楽しみにしていたサンリス見学はプチ・トリップになってしまった。以前はサンリスへも鉄道の便があったのだが、廃線になってしまったようだ。現在、旧サンリス駅はバスの発着所になっている。そこまでシャンティイーからバスが運行されている。振り返ってみると、鉄道とバスの連絡チケットを慣れないパリの自販機で買うのがたいへんだったのだ。 (写真左 サンリスの中心にあるパルヴィノートルダム聖堂)

 サンリスに着いてから、まず観光案内所(OFFICE DE TOURISME)へ向かった。案内所は、パルヴィノートルダム聖堂の真ん前にあった。ドイツでいえばマルクト広場だ。そこで、小冊子のガイドブックをもらった。日本語版もある。さっそくそれを頼りに町を歩きはじめた。Hpp6071028しかし、なかなか城壁へ近づけない。やっと、入口らしいところを見つけて城壁の中へ入った。そこには、今までの視界とは異なる風景が展開していた。何が違うのか、ひと言ではうまく言えないが、時代というか、風格というか、精神というか、私には紀元前3世紀のローマ時代にかなり近い風景だと感じられた。バスの時間が迫っているので、数カット撮影してその場を後にしたが、なんとも無念であった。 (写真右 旧サンリス駅)

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2014/08/30

『光を讃える』

第7回 霧が丘写友会写真展
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 霧が丘写友会は、私の提唱する8大モチーフを順にこなしている。今までに「自然の表情」「タイムトリップ…時を撮る」「写真は発見・発明だ!!」といったテーマで写真展に取り組んできた。今回は「光を讃える」である。

会期:2014年9月4日(木)~8日(月) 10:00~16:00 4日は13:00~ 会場:横浜市都筑区総合庁舎1階 区民ホール

 今から40億年前、太陽から降り注ぐ光のおかげで地球上に生命が誕生した。光は生命の原点であり、人類の原点でもある。50万年前、人類は初めて火を発明し、同時に光を作ることができた。それ以来、人類は光なしには生活できなくなった。Hp2014現在の豊かな生活も火と光に支えられている。

 一方、写真は光がもっているエネルギーで写る。すなわち、写真は光の産物なのだ。あらためてテーマにする必要はないという意見があるかもしれない。しかし、無造作に撮影された写真からは光が感じられない。私が、「光」を8大モチーフの一つに加えたのは、多くの傑作を分析すると光にかかわる作品が目立つからだ。Hpp9040207被写体を照明する光や、被写体が放つ光に注目してシャッターをきると、いろいろな光の効果が被写体を演出していることがわかる。

 地球上の生物はすべて光のおかげで発生し、進化し、生育している。人間も同じだ。私たちが光に敏感なのは、地球上の生物だからだ。そこで、霧が丘写友会は、光を撮ろうと決めて取り組んできた。Hp_2014p6070784以下の四つのカテゴリーに分けて展示する。『光が作る表情』『光の働き』『原点としての光』『光が作る幻想』。偉大で、ロマンティックで、役だつ光の写真をご覧いただけたら幸いだ。

 私は、ステンドグラスの写真『信心の窓』を出展した。フランス・サンリスの教会で撮影したもの。ステンドグラスの光は聖堂内に敬虔な雰囲気を作り、信者の気持ちを安らげるだろう。
 サンリスはパリの北約40キロに位置する町で、ローマ時代の城壁が残っている。写真は、町の中心にあるパルヴィノートルダム聖堂のステンドグラス。

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2014/08/10

佐久の苔寺 八ヶ岳山麓No.164

「貞祥寺」探訪フォトレポート

 山小屋のご近所のTさんから紹介していただいた佐久の貞祥寺(ていしょうじ)へ出かけた。Tさんによると苔が見ものだという。 Hpp8080606_2貞祥寺の開基は近くの前山城主・伴野貞祥、開山は節香徳忠禅師によるという。佐久平を囲む山並みの南西麓に、1521年創建された(写真上 惣門から山門までの参道。同下左 本堂。同下右 由緒書き)。境内へ入ると、山寺ながら独特の雰囲気がある。Hpp8080524_5Hpp8080665_11
見慣れない樹木や草花などがあるからだろう。曹洞宗の寺で、広い座禅道場を兼ねた佛殿(本堂)をはじめ、七堂伽藍を備えている。

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 苔は、山門までの参道の両側に石畳を埋め込むように敷き詰められている。これだけの密度の苔はめったに見られないのではないか。柵などで歩行を制限していないので撮影にはつごうが良い。しかし、石畳の上からでも十分撮影できるので、大切にしなければならないだろう。

 同境内には、島崎藤村の小諸時代の旧宅が保存されている(写真下 由緒書きと旧宅)。佐久市教育委員会のパンフレットによると、藤村は明治32年(1899年)4月から同38年(1905年)4月までの6年間をこの家で過ごした。Hpp8080642_3Hpp8080638_4
新婚生活だったという。この間、「落梅集」、合本「藤村詩集」を刊行、「藁草履」、「老嬢」、中編「水彩画家」などの小説を完成し、さらに写生文「千曲川のスケッチ」、長篇「破戒」などに着手した時期だ。文豪の草創期の環境に触れることができるかもしれない。 (写真はすべてポップアップ可)
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2014/04/09

Deutsche Geist 『ドイツの栄光』展 予告 ドイツNo.139

第1回 豊田芳州ネット・ギャラリー写真展

 インターネットが情報伝達の中枢的存在になってきた。各種のコマーシャルでは「詳細は○○で検索」などと、肝心の情報はインターネットで伝える場合が多い。行政や公共の情報もインターネットに任せているのがほとんどだ。Hp インターネットが嫌いだなどと言っていたら、世間の趨勢から遅れてしまうだろう。インターネットを敬遠するなら、それこそ自身の感覚を研ぎ澄まし(高感度のアンテナを立てて)、何倍もエネルギーを使わなければ生活情報は得られないだろう。もちろん、その選択肢はあると思うし、世の中の流れとは別の道を歩むということもありえる…。

 というわけで、私は自身のブログで写真展を開催することにした。ネットギャラリー『豊田芳州のTheme』の開設だ。ネットギャラリーのメリットはいくつかある。
①鑑賞者は会場へ足を運ぶ労力を省略できる ②いつでも鑑賞できる ③自身のサイトをもてば、だれでも写真展を開催できる ④会場費、パネル製作代などの開催費を節約できる ⑤アクセス解析で、鑑賞者のキャラクターと傾向をつかめる ⑥アクセスの多いサイトでは、多くの観客を動員できる。一方、デメリットもある。
①大画面の迫力がない ②組写真としてのレイアウト効果(モンタージュ効果)を生かしにくい。『豊田芳州のTheme』では、写真を並べて鑑賞できない ③作者と直接コミュニケーションができない
 デメリットの解決策として、①については、パソコンを大画面TVにつないである程度改善はできる。これには専用接続コードが必要だ。②については、ブログ上で特別なページ展開を工夫しなければならないので、現在の私に解決策はない。③については、コメントのやり取りで可能だろう。また前述のとおり、アクセス解析から鑑賞者のキャラクターと傾向をある程度つかめる。ネットギャラリーでは、作者と鑑賞者の間に、通常のギャラリーにはない接点が生まれるだろう。

 ネットギャラリーでの開催とはいえ、ダイレクトメール(案内はがき)を作り、期日とギャラリー(ブログのURL)を告知することにした(写真上)
〔期 日〕:2014年4月2日(水)~4月8日(火)
〔ネットギャラリー〕:「豊田芳州のTheme」 http://silent-forest.cocolog-nifty.com

 さて、なぜドイツなのか。私は、若いときからクラシック音楽が好きだった。無意識に聴いているうちにドイツ系の作曲家と曲が好きになっていた。ドイツを意識すると、ますますドイツ音楽に引き込まれた。ドイツ音楽を表徴するとしたら、重厚、荘重、躍動的、大上段と言ってよいのではないか。私は、“正統派”と思っている。好きな曲を生み出す風土や人々に興味をもつのは当然だろう。

 一方、写真を専門的に学ぼうとするとドイツのカメラに関心が出てくる。現在は日本がカメラ王国だが、その前はドイツがカメラ王国だった。日本は以前、ドイツのライカやコンタックスをまねた時期があった。Hpp5305116_2 Hpp6157053 ドイツのマイスターたちが作った精巧なメカニズムがカメラの基礎になった。写真関係者にとってドイツは特別な国である。それは私にとっても同じだ。ほかに町並みや人々は馬が合うし、パン、ソーセージ、ビール、コーヒー、ジャガイモなど大好物だ。現在、ライフワークとして「ドイツからの風」に取り組んでいる。第1回は『栄光』編としてまとめた。ドイツ各地で共感し、私なりに讃えたいと感じた風物である。アクセスいただけたら幸いだ。 (写真上左 うまいドイツのビール。同上右 おいしいドイツの朝食)

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2013/10/25

第29回 大倉山 秋の芸術祭

Hppa199555_4 10月30日(水)から大倉山記念館で地元の芸術祭が始まる。開催要項は写真下左のチラシのポップアップ画面を参照ください。会期中、記念館の3階回廊で大倉山エルムフォトクラブの写真展が開催される。私も1点『俗世を後に』(写真右)を出品した。神奈川県・大雄山・最乗寺で撮影した修験者像の写真だ。最乗寺は曹洞宗の道場である。銅像の背中に修験道の厳しさを感じたのでシャッターをきった。Hpimg_0001なお、この作品は、英国王立写真協会日本支部展に出品したものだ。ほかにエルムフォトクラブの代表作を3点掲載する。













『福はーウチ』三谷 享(下左)/『春の限り』武田由治(下右)Hpnimg_0002_2Hpimg_0001_2

『湖 畔』高橋勲夫(下左)Hpimg

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2013/09/21

西方寺の秋 横浜No.70

ヒガンバナと霊域
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 横浜市港北区新羽町の西方寺を訪ねた。ヒガンバナが撮りごろだった。赤色のほかに、黄色、淡いピンク、白と種類も豊富だ。山門へ向かう参道のHpp9197712両脇に植えられている。私は、境内のたたずまいが気に入っている。大和路の名刹のような雰囲気が漂っているのだ。秋の一日、和やかな気分になった。Hpp9197721

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参照:
『大和路の印象』の追体験 横浜No.55

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2013/06/03

ドイツ的なブラームスの音楽 ドイツNo.135

ハンブルグ・ブラームス博物館の印象

 ドイツへのフライトは、直行便で約11時間かかる。機内食とビールは楽しみだが、当然、それだけで時間をつぶすわけにはいかない。映画や音楽を計画的に視聴することがポイントになる。Hpp6123115_2私は、往路の機内では撮影の構想を練ることにしているが、そのとき、音楽が重要な役割を果たす。クラシック音楽のメニューを見て、私の趣向に合った曲を選ぶ。 (写真右 ニュルンベルグの城壁)

 2011年、往路便のプログラム(クラシック音楽チャンネル)で私が注目したのは以下のとおりだ。J.S.バッハの「無伴奏バイオリンのためのパルティータ」、モーツァルトの「ピアノ協奏曲No.20」「同No.22」「同No.25」「同No.27」、ベートーベンの「弦楽四重奏曲作品18」「同作品127」、Hpp6075737ブラームスの「ヘンデルの主題による変奏曲」と「ピアノ協奏曲第2番」などだ。いずれもドイツにかかわる名曲である。ドイツの風土と精神を感じとり、撮影のスキーマを作るためにブラームスを選んだ。重厚で深淵、抽象化されたブラームスの音楽は、私の作風に参考になるのだ。 (写真上左 ドイツのメカニズム<ヴァッサーブルグ市博物館蔵>)

 ヨハネス・ブラームス(1833~1897年)は、J.S.バッハ(1685~1750年)、ベートーベン(1770~1827年)と並ぶドイツの“3大B”の一人である。だれがもっともドイツ的かと聞かれたら、私は、ブラームスを最右翼に挙げたい。Hpp60942133人のいずれもが身震いを感じるほどにドイツ的だと思うが、バッハはひと言で評すれば宗教的な敬虔さが持ち味だと思う。ベートーベンはドイツ的というより世界的ではないか。バッハもベートーベンもユニバーサル(universal)なのである。一方、ブラームスは重厚、荘重、地味で渋く沈潜的である。ドイツの自然(シュバルツバルトなど)や町並み、芸術や学問、建築、思想、文学などと重なる部分が多いと思う。また、ドイツ人の心底にあるメランコリーも豊かに表現されている。以上は、概念的でやや誇張した評価であることを断っておく。

 ブラームスとほぼ同時代に活躍したW.R.ワグナー(1813~1883年)も、ドイツ的な音楽家とされている。代表作・楽劇「ニーベルングの指輪4部作」は、ゲルマン民族の精神的遺産を謳いあげた大作である。Hpp6094218Hpp6094219国粋主義者だったヒトラーが心酔するほどの音楽だったことからも、ワグナーはもっともドイツ的な音楽家であることはまちがいない。ワグナーの代表作は、歌劇や楽劇である。すなわちタイトル(標題)があり、歌詞とセリフが伴う標題音楽である。一方ブラームスの代表作は、4つの交響曲や2つのピアノ協奏曲、バイオリン協奏曲、多くの室内楽などで、タイトルは付いていない。もちろん、例外もある。「ドイツ・レクイエム」「大学祝典序曲」「悲劇的序曲」などの管弦楽曲や歌曲には標題が付いている。Hpp6094289「ハイドンの主題による変奏曲」や「ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ」は形式名で標題ではない。ブラームスは絶対音楽の分野で活動したと言ってよいだろう。私は、絶対音楽が好みだ。タイトルと歌詞に左右されない音とリズムだけの音楽を志向している。そこで、ブラームスがもっともドイツ的だと言ってしまった。 (写真上左2点 ブラームス博物館。同上右 ブラームス博物館のあるペーター通り)

 2011年の往路の機内では、ブラームスのピアノ協奏曲No.2(op.83)をじっくり聴いて構想を練った。Hpp6094265この曲はブラームス渾身の大作である。通常、協奏曲は3楽章構成であるが、本曲は4楽章構成だ。もしかしたら、4楽章の交響曲を作曲しようとして楽想を練り、途中で協奏曲へ鞍替えしたのではないか? それぐらい勇壮でスケールの大きい曲である。作曲時期は、交響曲No.2とNo.3の間なので、もっとも充実した活動時期に作曲されたことになる。当時、機内でこの曲を聴きながら、取材地であるヴァッサーブルグとニュルンベルグでいかにドイツ風の写真を撮ろうかと考えた。 (写真左 ペーター通りに建つ18世紀の建築)

 昨夏、ハンブルグを訪れたとき、ブラームス博物館(BRAHMS MUSEUM)へ出かけた。ブラームスはハンブルグ生まれの作曲家だ。楽しみにして立ち寄ったのだが、あいにく日曜日で休館だった。Hpp6094210_3隣りのテレマン博物館だけを見学して帰ってきた。ブラームス博物館やテレマン博物館のあるペーター通りには18世紀のハンブルグの町並みが再現されている(写真上左)。建築は立派なファサードをもつ6階建てだ。そこに身を置くと前後からファサードが覆いかぶさってきて圧倒される。その緊張感はブラームスの音楽のように渋く勇壮だった。ペーター通りはブラームスの生誕地ではないし、ブラームスとのかかわりはわからないが、ブラームス博物館を取り巻く環境としてふさわしい雰囲気だと思った。

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