2017/07/16

キビタキの営巣に付き合う 八ヶ岳山麓No.207

 昨年から今年にかけて、野鳥の営巣(子育て)をいくつか観察した。野鳥の健気な子育てに感心した。 私たちは、山小屋の近くに、巣箱を4つばかり置いてある。いずれも家内の手作りだ。今までに、3つの巣箱には、営巣の実績がある。Hp616p6163247 今年は、今までに無視されていた4番目の巣箱にも、ヤマガラが営巣した。そのほかに、今年は、台所の窓辺にもキビタキが営巣し、窓が開けられないという事態になった(写真右 巣立つ前日の夕方、親が子に餌を与える。写真下左 台所の窓辺にできたキビタキの巣)。

 野鳥たちが、巣の場所を決めるのには、いろいろな理由がある。まず、天敵に襲われない安全な所だ。Hpp5200146 キビタキにとって安全な場所とはどのようなところだろうか? 野生動物のテンやキツネ、カラス、猛禽類、蛇などから、巣を守れるかどうかが、第一条件だ。そのためには、人の生活圏がもっとも安全だ。キビタキは、山小屋の台所の窓の格子を利用して巣を作った。ちょっと山小屋を空けていたすきに作られてしまった。私たちが山小屋に来たときには、巣は完成していた(5月14日)。窓辺を占領されて、私たちの生活のし方に支障が生じてきた。Hp2p4180492 しかし、私たちは、キビタキのために、多少の不便を我慢することにした。キビタキのほうも、我々を信じてよいのかどうかを、様子をうかがっているようだった。カップルで私たちのそばまで飛んできて、観察しているようだ。キビタキは、めったに見られる鳥ではない。しかし、今年のこの時期にはしょっちゅう観察できた。鳴き声も頻繁に聞こえた。巣を作ってからしばらくは卵はない。その間に周囲の環境を点検しているようだ。Hpp5280417

 私たちが、家の裏に回て、巣を直接、観察しよとすると、つがいは巣を離れ、近くの樹に留まって、様子をうかがっている。警戒しているようだ。私たちはしかたなく、室内から窓越しに観察することにした。窓ガラスは、半透明の型板ガラスだ。シルエットがやっと見える程度の観察になる。1個目の卵が確認できたのは、5月16日だった。2個目を26日に確認、私が2階の窓から自撮り棒で撮影したのが28日だ(写真上右 卵2個を確認)。このときも、自撮り棒を窓から少し出しただけで、親は巣を離れてしまった。Hpp6163290

 約1週間、山小屋を空けて、6月7日に山小屋へ戻ると、2個の卵は孵っていた。それからは、親の熱心な育児が、窓越しに感じられた。早朝から夕方暗くなるまで、親は代わる代わる、約5分から20分間隔で餌を運んでくる。夜は交替で巣に留まって子ども の面倒を見る。

 図鑑によると、キビタキはスズメ目ヒタキ科で体長14センチとあるが、これはオスのサイズではないか。メスは、2センチぐらい大きく見えた。オスの色は胸が黄色で、白と黒の羽のコントラストが美しい。ひと目でキビタキとわかる。メスは全身が黄褐色で地味だ。ガラス越しのシルエットでも、オスとメスの区別がつく。夜に、室内灯のよって照明されたオスの羽の白い部分が見えた(写真右上)。

Hpp6163265Hp616p6163254 6月16日の夕方、家内が出かけているときに、我が家の犬が大声で鳴き喚いた。私の犬に対する対応が気に入らないらしい。耳をつんざくほどの鳴き声に、私は、窓の外のキビタキが気になった。 せっかく、私たちが大切にしてきたキビタキに対する思いを無にするような鳴き方だったからだ。これではキビタキの親は、心配だろう。窓の外に不穏な気配を感じた。シルエットの親と雛が動き始めた。羽ばたきの練習も始めた。巣立ちの間近なことを予感した。(写真上2点 巣立つ前日の雛のようす。羽ばたきの練習をしている)

Hpp6170210  Hpp6170212 翌日、6月17日、朝から窓の外が活気づいている。親が盛んに餌を運んでくる。そして出かけるときは、口に白いものを加えて飛んでいく。巣の中の糞を運び出しているのだ。どんな野鳥も、巣立ち直前になると巣の中に溜まっている子どもの糞を運び出す。糞の臭いが天敵を呼び寄せることになるのを警戒しているのだろう。ますます、巣立ちが近いことが予想された。10時ごろ、親に巣立ちをうながされて、2羽がほとんど同時に巣だっていった。Hpp6240235なんとも言えない寂しさと空虚感に襲われた。約1か月に及ぶキビタキの営巣に立ち会って、人間の育児や夫婦の絆について、あらためて考えさせられた。 (写真上2点 巣立ちの日の親子。同右 キビタキの巣材、下が窓側、白いものは糞の残り)

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2017/03/20

2017年3月中旬の森の生活 八ヶ岳山麓No.206

★八ヶ岳山麓の現状
 3月12日、約2か月半ぶりに八ヶ岳山麓を訪れた。冬の期間、山小屋の周囲は厳しい寒気に襲われる。そこで、暖房用の燃料費を節約しようと、山小屋生活を自己規制した。Hpp3170186_2その結果、氷の撮影と初期の渓流釣りを断念した。不在中の最低気温はマイナス15.2度Cだった(写真)。この最低気温は、私にとっては意外だ。もっと寒いのではないかと思っていた。Hp313_p3131680_3
 往路途中の清里・シーニックデッキでシカの歓迎を受けた(写真)。山小屋へ到着。この時期としては暖かな日和だった。141号線に設置してある野辺山の気温表示には2℃と表示されていた(写真)。氷点下でないのがありがたかった。なにしろ、山小屋生活の初日は寒い。燃料費のほとんどを、小屋を温めるのに使ってしまうからだ。Hpp3151832しかし、日差しが高く、長くなっているのが、春の訪れを感じさせる。
 翌々日、窓を開けると雪景色だった。ベランダの手すりに積もった雪から、積雪は10センチぐらいと推測した(写真)。しかし、日中の日差しでほとんど消えてしまった。

★清里・モリモトのランチ
 14日は、さっそく清里へ出かけ、モリモトのランチを食べた。イチローそっくりのマスターが出て来たのであいさつをした。最近は、この店の常連に名を連ねたのかもしれない。Hpp3141773この日に食べたランチコースの前菜は、『花豆のスープ』と『自家製ハムを添えた野菜サラダ』、『清里マスのカルパッチョ』をワンディッシュに盛りつけたものだ。メインディッシュは、オイルベースの『香川県産のマテ貝とプチベールのスパゲッティ ゆずこしょう風味』だ。一口食べると、ほのかなユズの香りが口いっぱいに広がる。マテ貝は、今までに食べたことがない。Hp_p3141776_2同じ貝類のボンゴレやムール貝とは違った味覚だ。マテ貝の心地よい食感は、アルデンテのパスタとハーモニーを作る。デザートは、『吉澤さんちの花豆と地どり卵のカタラーナ』だった。平べったいお皿に固められたプリン状のもので、表面をこんがりと焼いたお菓子だ。Hpp3141786中央に生クリームと花豆をアレンジしてある。焼き跡がサクサクしていて香ばしい。いつもながら満足できるランチだった。
 最近は、清里観光のお客もここモリモトを目ざしてやって来るようだ。もともと、地元の人気店だったよううだが、観光客にも知名度が高くなってきたのだろう。

★シカの歓迎
 シカの展望台シーニックデッキへ車を止めて観察した。約30頭がわれわれのシーズンインの歓迎してくれた。Hpp3131656

★ベランダに現れたテン
 3月16日もわずかな積雪があった。ベランダの雪面に大きな足跡がある。かなり大きな肉球を持った動物だ。夜中にベランダを歩き回ってから帰ったようだHpp3160084_2Hp_p3160080

★カエデの落ち葉
 もっとも早く芽を出すカタクリやギョウジャニンニクを探したが、みつからなかった。その代わりに林床をおおっているカエデの枯れ葉を撮影した。Hpp3151908_2

★氷シーズンの終焉
 3月19日、散歩道から渓流をのぞいてみた。渓流の氷はほとんど解けて消えている。わずかに残った氷の末路を見届けた。この氷(写真)の成り立ちは、渓流におおい被った倒木から垂れ下がった氷柱が発達して(太くなり)カーテンのようにつながったと考えられる。そこに、飛沫が当たり、ますます厚みのある壁になったようだ。Hpp3190130_2

Hpp3190131_5
Hpp3190132大きな氷は、なかなか解けないので、現在まで残っていたのだろう。 さて、氷をつなぎ留めている倒木と氷が離れそうなので、その瞬間を撮ろとシャッターチャンスを待つことにした。3カットの写真は、氷のシーズンの幕引きを象徴しているといえよう。

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2017/01/11

氷の神秘性 八ヶ岳山麓No.205

〔動と静の葛藤〕
 冬の八ヶ岳山麓で最も魅力的な被写体は氷である。氷は固体と液体(水)の間で千変万化し、二度と同じ形にはならない。冬の渓流では、水の凝固と氷の融解が繰り返し起きている。人がコントロールできないという点では、氷は神秘的な存在だろう。Hpp1017370_2 結氷するには氷点下の寒気と着氷するための核が必要だ。水は氷点下になると、近くにある岩や流木の枝など、時には同じ氷などを“探して”氷になって付着する。結氷のし方にもいろいろある。Hpp1017381しずくが垂れてできる氷柱(つらら)、水流の飛沫が着氷する飛沫氷柱や飛沫着氷、空気中の水蒸気が昇華して直接個体になる霧氷などだ。それに流速や水位、流路、気温、風が影響する。これらが複雑に絡み合って氷は発達する。水温は約8度Cであるうえに流れているので、気温が0度Cではなかなか凍らない(凝固しない)。Hpp1017373_5流れが速いほど凍りにくい。渓流で水温が0度C以下になり、気温が氷点下3~5度Cぐらいなる必要がある。撮影に適した氷が発達するには一日中氷点下の日が3日ぐらい続く必要があるHpp1017412Hpp1017385_3氷も水も水の分子H₂Oで構成されているが、液体の場合は、分子が自由に動けるのに対して、固体は分子が結晶を作って、塊状になる。すなわち、水の「動」に対して、氷の「静」といえる。どちらも、自分の存在を維持しようとしているので、冬の渓流には、動と静の葛藤があるといえるのではないかHpp1017362_edited1_2Hpp1017394_2

                                        

〔氷写真の先駆者・清岡惣一〕

 氷の写真の先駆者として清岡惣一氏(1915~1991年)を挙げたい。清岡氏の写真集『清岡惣一の世界』(1993年 日本カメラ社 刊)には、多くの氷写真が掲載されている。Hpp1021502この写真集には、モノクロの作品が73点掲載されている。その中に、冬に撮影された作品が21点あり、そのうちの15点が氷(雪)の写真である。すべて日光中禅寺湖で撮影されたものだ。清岡氏は、1976年、東京・ペンタックスギャラリーで個展『雪と氷の湖畔・日光中禅寺湖』、1977年、金沢・名鉄丸越デパートで個展『雪と氷の湖畔』を開催している。残念ながら、私はどちらも鑑賞していないが、写真展のタイトルからも、清岡氏の氷に対する想いが伝わってこようというものだ。

 本写真集は、清岡氏が亡くなられてから刊行された。贈呈用の写真集に、清岡静子夫人が書かれた「御挨拶」という一文が別刷りで添えられてあった。奥さまが書かれている要旨は次のようなことだ。「病床にて故人自らが掲載作品の選定に最後の力を注ぎ、その後、多くの有志の方々の温かいご支援とご協力のもとに、完成したものです」「今、この故人の集大成とも呼ぶべき作品集を手にすると、満たされたときの主人の微笑みが思い起こされてなりません」とある。ページ構成を見ると、清岡氏は氷の写真に特別な想いを持っていたと推察できる。Hpp1021522私が言いたいことは、清岡惣一氏が氷の撮影に心血を注いでいたということだ。
 氷の撮影は、決して楽なものではない。氷点下の水辺での撮影は、指先がかじかんで、カメラ操作が思うようにできない。しかも、うっかり足を滑らせて、尻もちをついたり、衣類を濡らすと、衣類はすぐバリバリに凍ってしまう。すなわち命懸けである。清岡氏の撮影の緻密さと忍耐力は、推して知るべしである。私は、中禅寺湖畔でカメラを構える清岡氏の姿を想像した。

 カメラ雑誌の取材で、一度清岡氏にお会いしたことがある。そのとき、清岡氏の撮影姿勢と作風に好感をもった記憶がある。当時は被写体としての氷には注目していなかったのだが、実際に私が八ヶ岳山麓の渓流で氷を前にしたとき、清岡氏の心の奥底にあるものに触れた思いがした。私の氷写真の原点は清岡氏に負うところが大であると思っている。

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2016/12/14

2016年12月上旬の高原のようす 八ヶ岳山麓No.204

兵どもが夢の跡Hppc120103

 私たちの山小屋がある川上村は、『野菜王国』を自称している。キャッチコピーには『高冷不毛の寒村からレタス生産量日本一の高原野菜立村へ』(川上村誌 通史編 現代より)と書かれている(写真左)。しかし、野菜王国に上りつめるには並大抵の苦労ではなかったようだ。Hp1253pc050006_edited1

 川上村誌 通史編 現代 近現代概説(写真右) 第三章 第三節「野菜」に10項にわたって、野菜王国への経緯が記されている。第9項の「野菜産業」によると、川上の農業を企業経営として確立しようという意図が感じられる。Hppc120150_2例えば、昭和63年(1988年)に掲げた基本方針には、「ニーズに対応した本物づくり」「ブランドの確立」「先端技術に対応」「農家の経営基盤の強化」「農業者の健康管理と後継者の確保」「魅力ある農村づくり」など優良企業を目ざした方針だ。企業イメージ、社員の福利厚生などに配慮した会社組織に匹敵した取り組みだ。
 同年1月には、村営有線テレビ局を開局、7月からは村民向け野菜市況速報の放送を開始した。平成3年(1991年)村内に設けた観測地点のデータを活用して詳細な天候の予測情報を流し、野菜生産の一助とした。そのほか、機械化やポリマルチの採用、農薬散布の適正化、など栽培技術の向上に努め、平成5年(1993年)には、村内3農協の販売総額は200億円に達し、過去最高を記録したという。

 一般に、農業は加重労働を強いられる。レタスなどの生鮮野菜もご多聞にもれず、たいへんだ。私の観察では、出荷が最もたいへんに見える。Hppc070262_2Hppc070266_2ばしば、早朝3時前に電灯を付けて作業している現場を見たことがある。「朝採り」で消費者へ提供するためだろうか。私たちには深夜の時間帯に仕事をしているのである。Hppc070207出荷作業が一段落して、朝日を浴びながら畑で朝食をとる農家の団らん風景を見ると、何かうれしさが込み上げてくる。夜から早朝にかけて出荷作業に取り組む人々の姿には、どこか共感できる。むかし、編集部で仕事をしていた時を思い出すからだ。徹夜の校了日に朝日のまぶしさに、何とも言えない満足感を感じたものだ。Hp127pc070334どんなに過酷な労働でも、収益が上がればやりがいがあるだろう。

 12月に入って、気温が急に下がった。12月7日の最低気温は、マイナス8.5度C(写真左 最高最低温度計を夕方に撮影)。就寝中は電気毛布を使わないと足が温まらない。昔は電気毛布などは使わなかった。10度C以下の布団に入ってもすぐ眠れたのだが。本格的な冬に入った八ヶ岳山麓の情景を紹介しよう。(写真上は12月5日の八ヶ岳。根雪が付き冬の厳しさが出てきた)

●冬の畑に残された野菜を見ると、まさに「兵どもが夢の跡」である(写真上3点 ハクサイとブロッコリー)

●ボタンズルのドライフラワー。逆光で異常に輝いている(写真下右)Hppc070220

●ヤドリギ。落葉樹の枝に寄生する植物だ。ヨーロッパでは、果実のついた枝をクリスマスの飾りとして使うHppc070275_edited1

●クレソン。冬枯れの中に青々とした葉を見るとホッとする。採取して食卓に供した(写真下)Hppc070295

●山小屋のベランダにやってくる野鳥たち。今年は、水浴び場を用意した。朝、雨戸を開けると、ヒマワリの種をねだりに来る
Hppc010113Hppc010104

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2016/11/23

秋は過去に思いをはせるとき 八ヶ岳山麓No.203

円熟期に草創期を考える

 八ヶ岳山麓(標高1400メートル)には、初冬の風景が展開している。八ヶ岳の初冠雪は見たものの、まだ根雪にはなっていない(写真下)。Hp1120pb200013
 年間を通して同じ地域の自然を観察している私にとって、秋は過去を振り返りたくなる季節だ。春に発芽したり芽生えた植物は、夏の強い光を受け止め、生長し花をつけ、秋になると、葉は紅葉し、果実をつける。Hppa220406_2のようすを目の前にすると、どうしても過去の出来事や働きぶりを思い出ださざるを得ない。それは、山小屋のある八ヶ岳山麓でも、居住地の横浜市でも同じだ。観察の対象は、まったく同一の個体のときもあれば、同じ種に絞って観察する場合もある。(写真左 ヤマブドウの変葉)

 いうまでもなく、秋の季節感は紅葉や黄葉などの葉の変化とバラエティー豊富な果実にある。春の芽生えや夏の生活からは想像できない。Hppb050008_3E.ヘッケルの反復説によれば、春から秋にかけての植物の変化(個体発生)は、その固有種の進化の過程(系統発生)を短縮された状態で現れるといわれる。秋の紅葉や果実が、固有種の未来まで暗示してるのだろうか? 植物の神秘を感じる。継続して観察する意義は、そこにある。私は、植物それぞれの円熟を味わいつつ、過去を振り返って思いを“はせる”のである。(写真上右 カエデの落ち葉)

●カエデ(カエデ科) 若葉(5月3日)には原始的な二又分枝の面影がある(写真下左)。同じ個体の黄葉(写真下右Hpp5030504
Hppb020224





●ミミガタテンナンショウ(サトイモ科)
 5月8日に撮影した若芽(写真下左)。5月23日に撮影した花(写真下中)。9月19日に撮影した果実(写真下右)。それぞれ別の個体を撮影Hpp5080123
Hp_2p5236012Hp_p9190291



●ミミガタテンナンショウ(サトイモ科) 
10月24日に撮影した果実(写真下左)。11月19日に撮影した同じ個体。風雨に打たれて倒れていた(写真下右)Hppa240066
Hppb190339




●ズミ(バラ科)
 今年は当たり年で、森が白く見えるほどの満開になった(5月27日撮影 写真下左)。6月22日の若い果実(写真下右)。どのズミの樹もたわわに実をつけている(写真下段)Hpp5270045
Hpp6220236


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●ウバユリ(ユリ科)
 7月5日のつぼみ。ユリ科に共通の形質が見える(写真下左)。7月2日の花(写真下段左)。10月22日に撮影した果実(写真下右)。果実の中からつまみ出した種。直径10ミリぐらいの薄片。(写真下段右)。Hpp7050351
Hppa220526Hpp7240368


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2016/10/30

2016年千葉大学スキー部OB会

築地・江戸銀で開催…フォト・アルバム

 今年の大OB会は、10月16日に「築地・江戸銀」で開催された。Hppa169007
 千葉大スキー部OB会は二つある。一つは、発足当時の中高年メンバーだけで構成されたOB会である。もう一つは、現在も新会員が毎年入会してくる現役スキー部に支えられたOB会だ。前者を「大OB会」とするなら、後者を「正OB会」と呼ぶべきだろう。もちろん、大OB会のメンバーは、正OB会のメンバーでもある。

 約50年前、卒業したスキー部員の有志が集まり、ホームゲレンデである妙高高原に山小屋を建てた。将来にわたってスキーのトレーニングと親交を深めたいという希望を実現したものだった。そのメンバーが中心になって大OB会が結成され、現在も続いている。合宿やスキーツアーなどで、同じ釜の飯を食った仲間だけに、深い親交と硬い信頼で結ばれている。私にとって大OB会は、いまや心の糧である。Hppa169024

 江戸銀は、築地場外にある。築地場内市場の移転が問題になっているが、場外市場はほとんど残るらしい。それは当然だろう。築地というブランドは大きい。最近、我が生活圏内にできた2件の寿司屋の店名にも、築地という字が冠に乗っている。築地と聞いただけで、新鮮と伝統のようなものを感じる。簡単に離れることはできない土地である。

 築地・江戸銀の創業は大正13年(1924年)である。大OB会の倍のキャリアを誇る。料理はすべておいしかった。また、店員の気持ち良い対応はさすがだった。おかげで、年に一度の親睦会を愉快に過ごすことができた。当日の模様をフォト・アルバムとして掲載する。

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●T氏とF氏が、富良野スキーツアーの思い出話に火を付けた。当時のプリントを見ながら盛り上がった(写真上)

Hppa169035_2Hppa169039Hppa169043Hppa169114●おいしい料理に満足。 お造り、フグのから揚げ、手長海老のから揚げ、握り寿司など(写真上)

Hpimg_edited1Hppa169127●会場での記念撮影。仲居さんにカメラの使い方を指導するK氏(写真上)

Hp2pa169133●記念撮影は、屋外でも行われた

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2016/09/24

西方寺のヒガンバナ 横浜No.92

雨の参道で撮影

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 9月23日は、横浜市港北区新羽の西方寺へ出かけた。西方寺は花の寺である。ほぼ1年中、花の撮影ができる。今は、ヒガンバナの撮りごろだ。おりしも雨天だったが、水滴を生かして撮影できてよかった。なお、当地には白と黄色のヒガンバナもある。使用カメラは、オリンパス スタイラスXZ-2。

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2016/09/20

失われた写真の神秘性…組み写真の時代

【神秘性とは】
 陶芸や染織などは、仕上げてからすぐ鑑賞することはできない。作業終了後、陶芸なら焼きあがるまでに、数時間から数日かかる。染織ならば織って染めて乾かしてみなければ出来ばえはわからない。このように作品を作りを終えても、出来ばえを完全に予測できない芸術分野がある。これを芸術の神秘性と言おう。実際に手を下した後は、「運を天に任せる」という部分だ。絵画や音楽などの芸術も似たようなところがある。
 写真ではどうだろうか? 写真にはいろいろな分野がある。芸術写真もひと昔前には神秘性があった。撮って現像してみなければ、真価はわからなかった。しかし、昨今のデジタル化によって、人間には読めないことはほとんどなくなった。撮影後、仕上がりをすぐ確認できるからだ。結果をすぐフィードバックして作品を修正できる。すなわち、失敗がなく、思いどおりに仕上げられる。作者の実力以上のものはできないが、実力は十分発揮できる。被写体や分野にもよるが、一般的に写真は神秘性を失ったといってよいだろう。それに加えて、スマートフォンやコンパクトカメラでの撮影はイージーで、はじめから神秘性を無視した撮り方だ。写真に対する考え方が即物的であり、刹那的である。被写体を使ってメッセージを伝えるだけの写真である。これはこれで一つの写真観であり、写真普及に貢献している。おそらく、フィルムカメラ(銀塩写真)にこだわる人は、写真のもつ神秘性にあこがれているのではないだろうか。

【単写真と組み写真】
 さて、写真界はあいかわらず単写真(1枚の作品)が主流だ。1枚の写真を見て、良し悪しを判断する傾向がある。フォトコンテストは、ほとんどが単写真で募集され、応募される。また、写真展も単写真で、テーマのない写真展がほとんどだ。特に、グループ展はその傾向が強い。神秘性が低くなった写真において、単写真はどれだけ価値があるだろうか。単写真は、被写体とその撮影条件(天候など)への依存度が高く作者の主張や解釈はほとんどない。もちろん、テーマもない。というよりも、単写真ではテーマを表現しにくい。または、できないだろう。(参照 『写真の読み方』名取洋之助著 岩波新書) あえて言えば、撮影テクニックの優劣ぐらいはわかるだろう。しかし、撮影テクニックは、モチーフやテーマに従うということを忘れてはなるまい。
 単写真で構成された写真展(グループ展など)の会場で、観客からしばしば撮影テクニックや被写体情報、または撮影地情報について聞かれる。作品の中身についての質問は少ない。これでいいのだろうか。これでは、写真は作品として認められていないのではないか。作品とは、作者の内面に関わることだ。作者独自の主張や提案、考察などがテーマになる。Hpimgまた、被写体に対する独自の観察や解釈などがテーマになる。すなわち、独自性とオリジナリティーがテーマになる。私の関わる写真展では、常に、テーマを追求してきた。写真展会場では、しばしば作品のタイトルが話題になる。タイトルはテーマへの入り口であり、好ましい話題だと考える。

【タイトルとテーマ】
 以前、本ブログで紹介したヌービック展(写真右 作品展と同時に制作した写真集)は、いつもテーマを前面に掲げ、それに従って総タイトルとカテゴリー(文章の章や節に相当するもの、)を立て、各作品にも総タイトルとカテゴリーに合わせてタイトルを吟味している(写真下2点 あいさつ文と作品一覧 ポップアップ可)。すなわち、グループ展だが、組み写真として展示している。ヌービック展では、入場者にアンケート調査を実施している(写真下左)。作品についての感想や意見を聞いて、今後の参考にしようというわけだ。それによると、タイトルについての感想や意見が多い。Hpimg_0002_3Hpimg_0001えば、「写真はもとより、タイトルが素晴らしいと思いました」「『俺は刺客ぞな』というタイトルが絶妙です」などの肯定派から、「一覧表のタイトルを見たときは、それぞれ皆良いと思いましたが、実際に作品を見て思ったほどではなかった」といったネガティブな感想もあった。どちらにしても、タイトルは作品の入り口であり、テーマへの入り口でもある。このような感想は、作品展にとって好ましことであろう。「この写真展はタイトル(テーマ)と写真がどのようにマッチングしているかを見るのが楽しみです。Hpp7180142_2タイトルに合わせて写真を撮るのは大変だろうと思います。皆さまの作品にはそのタイトルは光ってきたようです」。この感想には“タイトル≒テーマ”という前提が読み取れる。

【撮影のおもしろさ】
 一方、写真の撮影はたいへんおもしろい。テーマなどがなくても十分楽しめるということは認めざるを得ない。しかし、私は写真の味方として、写真はテーマが必要だと主張したい。すべての芸術は、テーマが問題になるからだ。もし、単写真を楽しむなら、できるだけ神秘性のある被写体や撮り方が必要だろう。フィルムを使うのも一つの手だ。
 また写真には、芸術性とは別の記録性や科学性を追求する分野がある。報道写真や自然科学写真などは、実証的であいまいさを排除した写真だ。神秘性はむしろ邪魔になるだろう。そういう意味から、デジタル写真は、報道、自然(動物や植物、環境など)、科学(天体、考古学など)などの分野に適する。  ところで、デジタル写真には問題もある。画像処理により画像の加工、変形、変換、強調などが容易にできる点だ。これは、シャッターを切った後で写真に手を加えるということで、作画上フェアーでないという意見がある。フィルムにこだわる根拠の一つになっている。しかし、画像処理は写真の神秘性とは相反することはあっても、直接関係はない。機会を改めて考えたいと思う。
 私が主張したいのは、芸術分野では 単写真⇒組み写真 という“流れ”である。そして、テーマが必要だということだ。もちろん、テーマを追求する組み写真でも撮影のおもしろさは変わらない。

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2016/08/05

2016年7月下旬の森のようす 八ヶ岳山麓No.200

フォトアルバム沈黙の森からHpp7280057_2

 今年の7月下旬は、梅雨明けが遅れ天候不順だった。そのおかげで、涼しさをとおり超して寒いくらいだった。標高1400メートルの森の中では、例年より最低気温が平年よりも2度Cぐらい低かった。今までは、真夏の最低気温は16度~18度Cぐらいだったのに対し、今年は15度Cを下回ることがしばしばあった。梅雨明け直前の森のようすをレポートしよう。(写真上は夕刻の湖面。鋭いシカの鳴き声が湖面を震わせ”ているようだ)

Hp_p7220302Hp_p7240284_edited1●ウバユリ 25年前、初めて夏の森へ入ったとき、ウバユリを見て『沈黙の森から』というタイトルを思い浮かんだ。私にとっては、夏の森の象徴だ。ウバユリは、開花前にほとんどが虫食い状態になってしまう。写真上右は、虫に食われてスケルトン状態になっている。それでも、果実はできるようだ

Hpp7220244Hp_p7230230_2●ギボウシ シカ除けが機能してから、年々株が増え、花がおきくなってきた ●アカハナカミキリ 渋い赤色は、車の車体に塗装したいような品格がある

Hp_p7240419Hp_p7240427_2●リンゴドクガか? 山小屋のベランダに現れた。棒でつつくと丸まって防御の体制を作る(写真上右)。なぜ丸くなるのか、カモフラージュか? 威嚇か?


Hp_p7230100_edited1_2●エゾクマゼミ
 羽化に巡り合った。途中、イナバウアーのようなポーズになり(写真)、最後は自身の抜け殻に前足で留まる

Hp_p7230048●ミミガタテンナンショウ ウバユリとともに夏の森を特徴づける植物だ。大型なうえにシカが食べないなので、存在感がある

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2016/05/25

白い森 八ヶ岳山麓No.197

ズミが数年に一度の大満開…フォトアルバム
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Hpp5250167_2 今年は、いろいろな自然界の異変がある。ズミの満開もその一つだ。これほどまでに、山小屋の周辺にズミの木があったとは気づかなかった。それほど花が目だつのだ。Hpp5240293_6Hpap5225838_edited1_3全体が白く見えるほどの咲きぐあいだ。しかも、花期が10日以上早い。周辺に住んでいる方によると、6年ぐらい前にもこのような状態があったという。Hpp5225644Hp_p5235959は、もう30年以上山小屋に通っているが、今まで見たことがない。過去にはタイミングが合わなかったということらしい。

 ズミは、バラ科リンゴ属の落葉小高木~高木だ。果実は、紅色と黄色があるので、種が異なるのかもしれない。花の付き方や葉の出方に、微妙な違いがある。満開の森の中には、杏仁(アンニン)豆腐の香りが漂う。家内によると、以前、果実の種を噛んだとき、杏仁豆腐の香りがしたという。もちろん果実酒も作れる。

 ドイツに「黒い森」(Schwarzwald シュバルツバルト)というのがあるが、山小屋周辺は、まさに「白い森」といった趣だ。Hpp5240206_2森の中は、ファンタスティクである。日中の日差しの下では華やかだが、夕刻や曇天時には幽玄になる。色温度を調節して、夜の白い森を演出してみた。Hpp5240206_3

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