2016/10/26

サシガメとつき合う

ユニークな昆虫
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 10月25日、中央道・釈迦堂パーキングエリアで、見たことがない昆虫を見つけた。助手席に座っていると、ボンネットの上に奇妙な昆虫が見える。はじめはクモの一種かと思った。車中に常備してあるオリンパス スタイラスXZ-2で撮影を開始した。同機の望遠は105ミリ相当なので、大きくは撮れない。しかし、パソコンで拡大するつもりで撮影した。Pa259702_2

 そのうちにフロントグラスに登ってきた。スーパーマクロモードに切り替えて撮影を続けた。途中から、デジタルテレコンで210ミリ相当に切り替えて撮影した(写真左)。いずれの写真も、フロントグラス越しの撮影だ。

 図鑑で調べたとろ、サシガメの一種であることまではわかった。サシガメは、半翔目異翔亜目サシガメ科に属する。カメムシの仲間だ。口の形が鋭い針のようになっていて、これを小昆虫の体に刺して体液を吸う。人も刺されると痛いらしい。アップで見ると怖い感じがする。口針は折り畳み式で、付け根に複眼の目がある。
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 車が動き始めて、高速になると、しがみ付いていたフロントグラスから消えていった。この間、約50カット撮影した。

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2012/05/13

「永 遠」をプレイバック

第10回 ヌービック・フォト・フレンズ5 写真展Hp12dm_0001_2

 現在の若い人々がうらやましい。パソコンや携帯、ゲームやダンス、多様なスポーツなど、私たちが10代から20代のころにはなかった遊びやエンターテインメントがたくさんある。学問や仕事、食べものなどの選択肢も豊富だ。一方、ボランティアへも積極的に参加する若者も立派だと思う。ボランティアは歳をとってもできるはずだが、やはり気力がついていかない。若者のその気力と体力もうらやましい要因の一つだ。

 写真界で我々中高年にできることは何だろうか。当然、若者がやらないこと、またはできないことに取り組まなければならないだろう。私たち中高年は、自身の過去や歴史を生かしつつ、人類の個体発生と系統発生を学びながら写真に取り組みたいものである。Hp12dm_0002ヌービックフォトフレンズ5(NPF5)の今回のテーマは「永遠」である。写真は、現在を記録し残すことが第一の役目である。言葉を代えてそれを言えば「永遠」ではないだろうか。ヌービックが書いたあいさつ文作品一覧(ポップアプ可)を以下に紹介しよう。

第10回 NPF5 写真展 「永 遠…残したい光景 プレイバック

会場:かなっくホール ギャラリー/会期:2012年5月15日(火)~20日(日) 10:00~18:00(初日は13:00から、最終日は15:00まで)

 街歩きをしたときや旅に出たときに、ふと見た風景、あるいはお祭りなどの行事に出会ったら、「これはいつか見た光景だな」と思ったことはないだろうか。それは遠い昔の子供の頃の思い出に繋がっているかもしれない。いや、ひょっとすると、ただ単にかつて脳裏に焼き付いていた写真や映像の再現に過ぎないことだってあり得るし、心象風景だった可能性もある。でもその光景を見たときは、Hpp5170834Hpp5160803懐かしくて、永遠に残しておきたい、変わらないでほしいという心情が込み上げてくることは誰にでもあると思う。一方、現在目にしている風景も、後になってみれば、懐かしくなり、残しておきたいと思うことだって考えられる。今回の写真展はこのような「永遠に残したい」という観点に着目して作品作りに取り組みました。各々の作品には撮影者の残したいという意志と写真の記録性が交差して、永遠に何回でも、いつでもプレイバックできるという意が込められています。カテゴリーは、時間の経過とともに変化していく「時の流れ、変遷」、永遠に繰り返される「自然の摂理」、自分自身の過去を振り返るような「あの日、あの時」、敬虔な気持ち溢れる「敬う心」、誰もが懐かしさを感じる「心のふるさと、伝統」の五つに分類しました。 (写真上左 展示に合わせて制作した写真集 写真上右 会場風景 写真下右 5月18日付の神奈川新聞記事)Hp2012_3

Hp20120518_101457_3 私も1点出品した。厳冬の寒気が作った枯れ葉と霧氷のデュエットである。つかの間の命とわかっているが、永遠に残してやりたい光景なので、それを讃え、「自然の摂理」のカテゴリーへ「宿命へのあがき」(写真下)として展示する。【撮影データ】 オリンパスXZ-1 ズイコーデジタル6~24ミリF1.8~2.5(6ミリで撮影 35ミリ判換算28ミリ) スーパーマクロモード 絞りF6.3 オート(1/500秒) -1.0EV ISO200 WB晴天Hppc104245_4

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2012/01/27

立春前の年中行事

Hpp1266464_2穴八幡のご利益

 毎年この時期になると、穴八幡宮(西早稲田)へ参拝し、「一陽来復御守」(お札)を買って帰る。「一陽来復御守」は「金銀融通の御守」と言われ、商売に大きなご利益があるからだ。私はフリーの写真家になってから毎年、穴八幡に通っている。フリーとは営業もしなければならない。Hpp1266489商才のない私にとって御守は大きな味方になった。「一陽来復御守」のご利益は相当のものだ。毎年、1月下旬に穴八幡へ出かけると、御守を求める人々で行列ができている(写真下左は1月26日のようす、同右は拝殿前の楠)

 私は、52歳になったとき勤めていた出版社(編集部)を退社した。何かあてがあって辞めたのかと聞かれたら「NO」と答えるだろう。やりたいことはあったが収入を得るあてはなかった。周囲の方たちにもそれはわかっていたようだ。いろいろな方々が私を助けてくださった。まず、在籍していた編集部のメンバー、高名な写真家、同窓の先輩・後輩、写真業界のメーカーとラボ、出版社の編集者など、たくさんの方々がたくさんの仕事を世話してくださった。Hpp1266490Hpp1266482そのおかげで、写真撮影だけでなく原稿の執筆、撮影の講師など、多忙な時間を過ごした。写真専門学校の講師という私にとって光栄なチャンスにも恵まれた。専門学校で教壇に立った11年間は、人生のクライマックスであった。父母が教師だったので、大卒当時は新鮮味を感じなかったHpp1276505_2教職がこれほどすばらしいものなのかと、あらためて反省したものだ。50歳を超してから若い学生とつきあう充実感は筆舌に尽くしがたい。

 穴八幡の御守は、恵方(陰陽道で定められたその年の歳徳神のいる方角)へ向けて部屋の隅に貼る(写真左)。貼る時期は、冬至と大晦日、節分の三日のどれかの夜中、午前0時と決められている。私は、毎年節分の豆まきをしたあと午前0時の時報に合わせて所定の場所に貼る。縁起をかついで秒単位の精度で貼る。今年の恵方は亥子(ゐね Hpp1266503_2Hpp1266497真北から少し西寄りの方角)である。2月3日の0時に貼る予定だ。この年中行事は、商売をしていた義父を見習ったものだ。おかげさまで、多くの方々と穴八幡に助けられて現在の私がある。

 穴八幡参りは、金城庵の天丼で締める。穴八幡から10分、早稲田大学正門の前を通過して金城庵まで歩く。金城庵の天丼はうまいのでこだわる価値がある。これも義父のものまねであり、縁起かつぎである。

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2010/10/21

スキー部OB会 横浜No.50

山手散策/中華街の会食/元町の喫茶…フォトレポート

 10月19日、千葉大学スキー部のOB会が横浜で開催された。以前にも触れているように、私にとって、スキー部OB会はもっとも大切にしているつきあいの一つである。今年9月、新宿でスキー部OB会発足50周年の祝賀会があった。Hp502p9194599これには、現役から卒業後50年のOBまで70人以上が参加して盛大に祝った(写真左 集合写真撮影時のスナップ)

 創部当時のメンバーは、妙高高原にロッジを建て、家族ぐるみでスキーを楽しみながら旧交を温めてきた。私も皆さんとは50年弱のつきあいだ。今年は、同伴者を含めて23名が参加した。昔合宿で、滑り、飲み、歌い、さわいだ仲間はかけがえがない。今年のOB会で特筆すべきことは、私と同期のH会員が昨シーズン、正指導員の資格を取得したことだ。年々落ち目の私とは対照的だ。

 横浜は、私のホームグラウンドなので副幹事を務めた。横浜でOB会ができるのは、このうえない喜びだ。山手を散策した後、中華街で会食、元町で喫茶を楽しむというプランだ。フォトレポートのつもりだが、肝心の写真が随所で抜けている。幹事役なので撮影に目が向かなかった。バラバラだがレポートすることにした。

Hppa196606_2「アメリカ山公園」でのガイダンス I 会員は横浜をガイドした経験がある。資料持参の解説だ

「イギリス館」 元イギリス領事官なので、RPSJの写真展テーマ「Feel British」の参考になるかもしれない。リビング・ルームはすばらしい(写真下)。庭園のバラが見ごろだったHppa196615_2

「大仏次郎記念館」 テラス「霧笛」で足休め喫茶。まだ30分しか歩いていないのに…Hppa196636_3

Hppa196639「ベーリック・ホール」 1930年建造の西洋館。山手で公開されている西洋館の中ではもっとも広い。写真は食堂

Hppa196643_3「CHARMY横浜元町」のからくり時計 Charmyはジュエリーとメカウオッチの店。タイミングよく時報を撮影し、ほかのメンバーに見せるT会員Hppa196644_2

                  

                  

「菜香新館」の会食 中華風の個室で3卓を囲んで昼食会は盛り上がったHppa196646_8Hppa196649_4Hppa196650_5

          

                  

「関帝廟」へお参り 財神なので“商売”繁盛を祈念。G会員が龍の足を観察して発見。この龍だけ指の数が多いという 眼科医なので観察が緻密だHppa196688_5Hppa196691_3

「江戸清」でみやげ 肉まんを買うために立ち寄ったHppa196687

 最後は「霧笛楼」でケーキとコーヒー、元町ムードを楽しんだ。

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2009/01/01

中華街のパワーをもらう 横浜No.29

’09カウントダウン

     あけましておめでとうございますHppc311674_3

 今年は、中華街の関帝廟でカウントダウンした。3年前、媽祖廟(まそうびょう)が建立され、ここ二年は媽祖廟でカウントしてきたが、今年は関帝廟に戻った。横濱中華學院の中庭に特設の舞台がしつらえられ、カウントダウンのほかに音楽演奏や獅子舞が演じられた。(写真右は、関帝廟で22時30分から始まった奉納獅子舞)Hpp1011713

 中華街が形成されたのをいつにするかは議論のあるところだろう。1859年の開港と同時に、欧米人といっしょにやってきた中国人は大勢いたようだ。しかし、まだ街は形造られていなかった。Hppc3117061873年(明治6年)、日清修好条規が批准されたことにより定住する中国人が増加した。同年、関帝廟が建立されたので、このときを中華街の始まりとしてよいだろう(参照:「横浜中華街」 佐藤和孝/足立倫行/他 著 新潮社刊)。(写真上左はカウントダウン風景。写真右上は中国楽器による演奏。写真下左は2009年初の獅子舞)

Hpp1011732 中華街が幾多の苦境を克服して、現在の繁栄を築き上げたのは、彼らの英知と団結によると思う。そのパワーは見習うべきものがある。街路に飾ってある赤い提灯(写真下)には「大吉大利」「萬事勝意」と書かれていた。Hppc311699 今世界が置かれている状況に打ち勝つための励みになる言葉だ。関帝廟は、三国志で有名な関羽をまつる廟で、武神であると同時に財神でもある。お参りするとご利益があるであろう。また、中華街の人々のパワーにもあやかりたい。

 皆さまの新年に勝機がありますよう、お祈りいたします。

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2008/09/26

教会の善意とサービス ドイツNo.74

目を癒し、心を鎮めるひと時Hpp6143767

 シュツットガルトで、夕食前のひととき、ホテルの近辺を散歩した。夏至が間近な6月中旬だったので、7時を過ぎても日はまだ高い。しかし、町は閑散としている。小さなカフェで2、3人がテーブルを囲んでいた。週末だったので、市民は早く家に帰ったのだろう。

Hpp6137947 重厚な石造りの教会の前に出た。福音派の教会(Evangelische Heilandskirche)だ。それほど古い建築ではないが、聖堂に木もれ日が当たり、いかにもドイツ的な雰囲気を作っている(写真上)。教徒らしい人々が食べ物や飲み物が入ったレジ袋を持って中へ入っていく。好奇心に誘われて、私たちも中に入ってみた。数人がバーベキュー・パーティー?の準備をしていた。その場の責任者らしい男が我々に気がついた。聖堂の扉を開けようとしていた私たちを見て、鍵を持ってきて開けてくれた。過分な親切だが、ドイツではあたりまえだと思った。基本的に教会は門戸を開放している。聖堂の扉が開いているだけでなく、どんな人も受け入れる用意があるということだろう。彼は、閉めてあった扉を開けることで、それを実践したのだと思った。

 内部は現代的な建築だった。今までたくさんの伝統的な聖堂を見てきたが、ここはまったく違う。しかし、厳粛な雰囲気だ。外光を取り入れ、それを囲むように座席が配列されている(写真上左)。Hppc146142せっかくのチャンスだったので、撮影させたもらった。扉を閉めて責任者へ合図を送って教会を後にした。

 ランズベルグのイエズス会教会(HI.Kreuz kirche 写真右)では、聖堂へ入るとオルガンの演奏で迎えられた。人が入っていくとセンサーが働いて音声が流れるように仕組んであるのだ。もちろん、テープによる自動演奏だ。Hppc146148中へ入ったとたんに音楽が鳴りはじめるので、驚きと感動がある。聖堂の荘厳な内装は目を癒し、 清らかな演奏は心を鎮めてくれる。行き届いたサービスだと思う。

 私にとって、クラシック音楽(宗教曲など)は栄養剤であり、カンフル剤なのだ。気がめいるのは、音楽から遠ざかっているときだ。思考が停滞しているときに、音楽を聴くと雄々しい気持ちになれる。撮影中に、このようなチャンスに恵まれるのは、理想的である。広い聖堂内(写真上左)で、独りでオルガン曲と賛美歌を3曲聴いた。

Hpp6102868_2  聖堂に入ると、お礼の気持ちで必ずいくばくか寄進する。フランス・アルザス地方のエギスハイム、聖レオ教会では、コインを箱に落としたとたんに祭壇が照明されたHpp6102873_2(写真右2点)。やはりセンサーでコインを感知し、照明のスイッチがONになるのだ。

 1980年代、横浜・山手の聖公会では、ティー・サービスという催しがあった。春から秋にかけて、 日曜日の午後、教会の庭にセルフサービスのカフェが開かれた。山手本通りを歩く観光客にお茶をサービスしたのである(写真下)。聖公会は、1863年(文久3年)英国人B・ベイリーにより居留地(現 山下町)101番、105番に創建されたクライスト・チャーチが前身だ。1901年(明治34年)現在の山手234番に移った。今も山手の外人墓地を管理している教会だ。観光客は、垣根越しに外人墓地を眺めながらひと時を過ごせる。これも、教会の善意だったが、現在はやっていない。Hpp9261134

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