2016/12/02

感動の大原治雄ブラジル展

『ブラジルの光、家族の風景』

 去る11月16日、清里フォトアートミュージアム(K★MoPA)へ、大原治雄展を鑑賞に出かけた。パンフレット(写真右下2点)だけの予備知識で出かけたのだが、素晴らしい写真展だった。どうしても書かずにはいられない衝動にかられ、遅ればせながら執筆した。同展は12月4日(日)までだ。 http://www.kmopa.com/

 Hpp1img大原治雄氏(1909~1999)は、高知県生まれのブラジル移民である。写真家である前に移民としての多くの蓄積があった。写真を始めたのは、24歳で結婚したときからだという。家族の写真を撮ろうとしたきっけは、これから始まる一族の壮大なドラマを予感して記録しようとしたのか、カメラに興味を持ちはじめたのか、写真のテクニックに引かれたのか、私は、これらすべてではなかったかと推測した。大原氏の胸の内を図ることはできないが、彼の移民としての経験が反映したことは間違いあるまい。移民としてブラジル・パラナ州ロンドリーナを開拓するという、無から有を生ずるような過酷な生き方に立ち向かい、それにめどが立ったときに、所帯を持ち、何か一つのことに打ち込んでみたいというのは、自然な心の動きではないだろか。Hpp2img未開の大地を農園にするまでには、並々ならぬ苦労があったようだ。

 大原氏の写真の傾向や作風について感じたことに触れよう。『ブラジルの光、家族の風景』というタイトルがついているが、まず、自身のセルフポートレートが目立つ。これは何を意味するのだろうか。私には、家族の始まりは、自身 大原治雄であるということを伝えたいのではないか。現在、70人を超す大家族となった大原家の元は大原治雄であることはまちがいない。たくさんの子どもや配偶者、孫の写真の中に、ときどき大原自身のポートレートが散りばめられている。これほど多くのセルフポートレートが目だつ写真展は見たことがない。私が最も気に入ったセルフポートレートは、最初の壁面に飾ってあった1点だ。木に寄りかかり、足を投げだして座っている足元にコーヒーポッドが置かれている。大原氏の顔はフレーミングの中にはない。背中と左腕の一部が写っているだけだ。タイトルは、確か『休憩』か『休息』だったと記憶している。私は、このシーンの大原氏に感情移入することができる。顔をみせずに自身の休憩時間を表現しようという、この写真のモチーフに共感する。多様なセルフポートレートと写真展での公表は、私もまねしたいと思った。

 カメラを手にしたときには、過酷な開拓の時期はすでに終わっていたのかもしれないが、彼の作品には、労働の厳しさや不安な気持ちは写っていない。おそらく撮影はしたが、作品展には展示しなかったのであろう。家族の幸せとブラジルの大地を讃えたいという意図のもとに写真展は編集されていると思う。移民という日本国を代表した親善使節の役割を思えば、当然な編集意図だろう。『霜害の後のコーヒー農園』という作品があった。胸高直径2メートル以上もある巨木の切り株の上に二人の男が乗り、周囲を見渡しているスナップような記念写真である。霜害といえば、農業に従事する人にとっては深刻な事態だろう。この状況下で、かつて切り倒したであろう大木の上に立って、お山の大将のようにふるまっているのは、いったいどんな心境なのだろうか。霜害の実情を示す写真は簡単に撮れるはずだ。この写真が、大原治雄氏の写真観を象徴した作品ではないか。前述のセルフポートレートといい、霜害の写真といい、婉曲的に表現しようとしていると思う。

 シルエットと陰影を生かした作品が目立つ。タイトルの『ブラジルの光、家族の風景』のとおり、光のモチーフを多用している。ちなみに、シルエットも陰影も光のモチーフに属する。Hp4img_0004パンフレットの表紙を構成する2点の作品は、シルエットの写真だ。どちらも、背景の空が美しく、人物は大地と一体になってシルエットになっている。解説書の4ページ目『本展のみどころ』(写真左)には、『ブラジルの大地を切り開いたからこそ現れた「空」と「水平線」であり、大原はこのモチーフを繰り返し撮影しています』とある。パンフレット上段の写真の人物は大原氏だという。『苦難の日々を乗り越えた喜びに溢れる姿ですが、大原自身は画面右端に立っていることから、この写真の主役がブラジルの大地と空であることがわかります』。シルエットのテクニックを生かしたセルフポートレートである。

 最後の入出口に近い壁面には、パターン写真が展示されていた。草花や納屋の片隅に見つけた農機具などをパターン化した作品群だ。モノクロ写真なので、当然、ブラジルの光と陰影を生かした作品だ。大原氏のカメラアイの一端を知ることができた。

 大原氏の孫の一人が写真家になっている。サウロ・ハルオ・オオハラ氏が撮影した大原治雄氏のスナップが展示されていた。 ベットに腰かけている晩年の姿だ。ものさびしそうに見えるが、孫に撮影されている幸福感も読み取れた。私も写真家の端くれなので、うらやましく感じた。

 私は、鑑賞し終わったとき、大河ドラマを見たような気がした。そして、写真にもこのようなスケールの大きい表現が可能だということを知った。今までは、写真は映画や音楽にはかなわないと思っていたが、決してそのようなことはないと確信した。Hppb160141_edited2
 なお、サウロ・ハルオ・オオハラ氏が、祖父の故郷・高知県を訪れたときに撮り下ろした『Aurora de Reencontro 再会の夜明け』展も同館で展示されている。参照:田園の誘惑

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2015/08/25

キャンドル・ライト・ナイト 八ヶ岳山麓No.182

蓼科の“真夏の夜の夢”

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 蓼科バラクラ イングリッシュ ガーデンへ出かけるのは、今年になって4回目だ。そこでは、
いつも豊かな気分になれるので、好んで出かけている。なにしろ、花がきれいだ。ガーデン内には、豊富な種類の花が咲き競い、冬以外に端境期というのがない。Hpp8220047_2それにときどき(イベント期間中)、音楽の生演奏が加わる。花を愛でながら、音楽が聴けるのだ。私は、視覚と嗅覚に加え聴覚を刺激しながら撮影ができる。なんとぜいたくなことではないだろうか。写真上左 点火を待つキャンドル)

 822日に蓼科バラクラ イングリッシュ ガーデンで「キャンドル ライト ナイト ディナー」(写真下右のチラシ参照 ポップアップ可)という有料のイベントがあった。Hpimg_3夜、庭園内をキャンドルで飾り、幻想的な雰囲気の中で、音楽やディナーを楽しもうという企画だ。私たちは初めて参加した。18時の開催時刻前にバラクラに到着し、撮影のロケハンを兼ねて園内を歩いてみた。Hpp8220112いたるところに、キャンドルスタンドやランタンが置かれ、点火を待っている。定刻の18時が来て、いよいよキャンドルに火がともる。点火するのは、蓼科バラクライングリッシュガーデンのヘッドガーデナーのフィッシャー・アンドリュー氏だ(写真上左)点灯と同時にウエルカムドリンクが配られた。これは「ヒムズ」という英国で人気がある夏の飲みものだという。素材はよくはわからないが、香辛料の利いたリキュールに果実や野菜などが入っている。オレンジHpp8220129_2Hpp8220134、リンゴ、トマト、キュウリ、ハーブなどを入れたカクテルのような飲み物だ(写真上2点)ひと口飲むと何とも言えない刺激が口内に走った。独特の舌触りと香りは、これから目の前に展開する雰囲気を予感させた。

 夕闇が迫るころ、ガーデン内の一角から柔らかな音色が流れてきた。当日のエンターテインメント、スティーブ・ターナー氏のサキソフォーン演奏が始まった。Hpp8220170_edited1演奏会場へ行ってみると、ダンスを踊る参加者がいる。私はダンスができないので、曲を聴きながら園内を撮影した。演奏が終わると、ディナータイムだ。庭園内のレストラン・ジャルディーノでコース料理を楽しんだ。同席のカップルは機知に富んだ話題が豊富な方なので、愉快なひと時を過ごすことができた。さて、シェークスピアの喜劇「真夏の夜の夢」にメンデルスゾーンが作曲した付帯音楽がある。私は、Hpp8220217_2Hpp8220201_2喜劇の筋書きは知らないが、音楽のほうは知っている。蓼科で過ごした夏の宵は、メンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」のような気がした。なお、スティーブ・ターナー(Steve Turner)氏は、著名なサックスプレーヤーである。

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2014/10/22

2014年千葉大学スキー部OB会in浜松

夕日宴会カラオケシーハイル
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 スキー部OB会が結成されてから50年以上が過ぎた。入部以来、スキー部は半世紀にもわたり私の心の中枢を占める存在だ。メンバーは、もっとも気の許せる友である。顧問だった故小林信二先生の人柄と真摯なメンバーのおかげだ。今年は、二つの訃報があった。先輩の勝村 勇さんと同期の小林紘一さんが他界された。心よりご冥福を祈る。Hppa184731

 浜松でOB会を開催するのは2回目だ。浜松在住のメンバーがいるからだ。10月18日、私は遅れて、会場の舘山寺サゴーロイヤルホテル(写真下右)へ着いた。ちょうど対岸に夕日が沈むところだった(写真左)。舘山寺は夕日の名所のようだ。好天に恵まれ低い対岸の山の端へ沈む太陽を拝むことができた。Hppa194959

 まず記念撮影(写真上右)を済ませてから乾杯の音頭に入った。宴会はカラオケで盛り上がった。例年、私はカラオケを敬遠してきたが、今年は違う。自宅でカラオケセットを買い、いくつかの持ち歌に絞って少々練習してきた。そのときわかったことは、歌謡曲にはいい詩がたくさんあるということだ。私は、本来、標題音楽には関心がないが、シューベルトの「冬の旅」や「美しき水車小屋の娘」などのドイツ・リート(Hppa184859歌曲)には少し興味がある。ドイツの風土や人情が描写されているからだ。日本の歌謡曲もドイツ・リートも、歌詞のモチーフや描写対象に大きな違いがないといっていいのではないか。恋と季節、故郷や町並みなど、人情と自然を歌うのは、どこの国でも、いつの時代でも同じようだ。Hppa184840今まで日本の歌を軽んじていたのが恥ずかしい。

 しかし、いい詩と魅力的なメロディーに出会い、歌おうとしても声が出ないのだ。ふだん発声練習をしたことがないうえに歳のせいもあるだろう。残念であると同時に屈辱を感じる。歌謡曲の魅力と自身の歌唱力について、カラオケをやってわかったことだ。ちなみに、OB会で、私は「北国の春」と「よこはま・たそがれ」を後輩と“デュエット”で歌った。Hppa184886

 宴会は、「シーハイルの歌」(作詞:林征次郎/作曲:鳥取春陽)で締めた(写真上)。歌い終わってから『シーハイル』と3回連呼したのは、合宿で一日の練習が終わったときと同じだ。ゲレンデでは、スキーの片方を立てて『シーハイル……』と連呼したものだ。最近は、乾杯の音頭も『シーハイル』になった。“スキー万歳”といった意味だ。Hppa194901

 翌日は、浜名湖の遊覧船で湖上を観光し、弁天島の太助でうな重のランチを食べて解散した。参照:『湖北敬神』Hppa194971_3

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2014/10/06

横浜オクトーバーフェスト2014 横浜No.77

ビールで仲間になる
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 10月5日(日)、台風の前兆で降りしきる雨の中を、赤レンガ倉庫のイベント広場へ向かった。「横浜オクトーバーフェスト2014」の会場に着くと、屋外の会場にはだれもいなかった。この天候なのでイベントは中止しているのではないかと不安になった。しかし、それは私のとりこし苦労だった。300円の入場券を買い、腕にリストバンド(入場証)を巻いて会場に入った。テントの中は、雨の屋外からは想像できない状況が展開している。ビールとソーセージの匂い、人々の熱気と歓声であふれている。Hppa050061客席の中央にはステージがあり、周囲にはドイツビールのブランド別カウンターが軒を連ねている。ほとんどが見覚えのあるブランドだ。Erdinger、Spaten、PAULANER、WARSTEINER、Weihenstephan、Krombacher、Zoller-Hof、ENGEL、その中には「横浜ビール」もある。

 私は、PAULANER(パウラナー)のヴァイス・ドゥンケルの500ミリを注文した。ミュンヘンのビアホールで忘れられない思い出があったからだ(参照:『ビアレストランの人間模様 ドイツNo.26』) Hppa050202_3パウラナーの採点基準では、ヴァイス・ドゥンケルは、5点満点で、Hpimg_0002_3“力強さ4点”、“苦み”4点、“のど越し”3点、“フルーティー”4点、“クリーミー”4点、という採点だ。ほかのビールと比べてもっともバランスのとれた評価である。チラシには「通なあなたにピッタリ」というキャッチコピーが書かれている。500ミリ一杯1,400円だが、グラスのデポジット代が1,000円なので、合計2,400円を払った。

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 ステージの演奏を楽しもうとグラスを持って末席に座った。周りは若者ばかりで、すでに“出来上がっている”。といっても若い人は飲み方が上品だ。Hppa050103音楽には乗るがばか騒ぎはしない。ひと目、私と同じ世代は見つけられなかった。台風接近で控えたのだろうか? ステージは演奏というよりは、観客と一体になって楽しむビールと音楽の讃歌であろう。演奏者はドイツの「ヴォーホー アンド カレンダー バンド」だ。観客に応えるパフォーマンスはさすがだ。曲目は、オールデイーズ(ポピュラー音楽の昔のヒット曲)が中心だ。

盛り上がったのは『トップ・オブ・ザ・ワールド』『スタンド・バイ・ミー』などにまじって『上を向いて歩こう』だ。私の知っているナンバーなので愉快だった。同席の隣人と仲よくなり、談笑とHppa050138
乾杯をするのは、ミュンヘンのヴィクトエーリエン・マルクトのカフェと同じだ(参照:『屋外の食卓にこだわる ドイツNo.126』。演奏に合わせて観客が歌ったり踊ったりするのはハンブルグのフィッシュマルクトで見たマルクトハレのステージと同じだった(参照:『ハンブルグのフィッシュマルクト ドイツNo.134』)。グラスのデポジット代を受け取って会場を後にした。 (写真下2点 いろいろなビールサーバーがある)Hppa050215_2
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 なお、横浜のオクトーバーフェストは、ドイツ・ミュンヘンで秋に開催されるビール祭り・オクトーバーフェストの日本版だ。私は、まだ本場の祭りを体験したことがない。横浜でドイツらしいひとときを楽しめて幸せだった。10月19日(日)まで開催される。

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2014/06/14

パリ・マドレーヌ教会のコンサート

モーツァルト/ヴィヴァルディ/etc.
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 パリへ来て、まず訪れたのはマドレーヌの花市だった。教会のわきに小さな花市がある。しかし、土曜日だったので、ほとんどが閉店していた。滞在するホテルの部屋に花を飾るのが家内のモットーだが、花を買うのはあきらめて教会を見学することにした。マドレーヌ教会は、外観はギリシャ神殿のようだが内部は普通の教会である。Hp2_p5310051礼拝堂はかなり広く、天井も高い立派なカトリック教会だ(写真上右、同左、同下右)

 扉を開けて拝廊に入ると資料を並べたテーブルがあった。そこで目に入ったのはMozart Requiem(モーツァルト レクイエム)のチラシだった。Hpp5310118当日の午後9時からレクイエムのコンサートがある。教会のコンサートでレクイエムを聴くのは憧れだ。2年前にサンタンブロワーズ教会(St.Ambroise)で同じレクイエムを聴いたことを思い出した。しかし、時差ボケのコンディションで夜のコンサートはきついと判断してあきらめた。さらに6月のスケジュール表を見ると、明後日にヴィヴァルディの『四季』とモーツァルトの『アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク』を含むコンサートがリストアップされていた。家内にもなじめる曲目なので、これを聴くことにした。 参照: 『フランスの過酷で愉快な生活〔前篇〕 ドイツNo.93』

 午後8時からコンサートは始まった。まず、モーツァルトの『アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク』(セレナーデ13番K525)だ。私が、初めて生の演奏で聴いたのはこの曲だった。小学校の講堂で山田一雄の指揮する、この曲を聴いたときを思い出した。なんと澄んだ音色なのだろう、音楽にはこんな低音(チェロの響き)があるのかと、当時、感動したものだ。それ以来、私はクラシック音楽のファンになってしまった。『アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク』は、モーツァルトのもっともポピュラーな名曲である。優しいメロディーは、だれもが必ず耳にして、口ずさんだことがあるはずだ。Hpimg_0003_2K525といえばモーツアルトの最晩年の作品番号になる。どんな芸術家も晩年は難解な作品を創りたくなりがちだが、モーツアルトは、そうではなかった。この曲のおかげでクラシック音楽のファンになってしまうのは、私だけではあるまい。マドレーヌ教会での演奏は、モーツァルトの優しさと甘さが込められていた。 (写真左は当日のチラシ、同下右はチケット)

 アルビノーニの『アダージョ』、パッフェルベルの『カノン』までは、弦楽四重奏(第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ビオラ、チェロ)の演奏だった。4曲目のマスネの『タイスの瞑想曲』からヴァイオリンのソリスト・Frederic Moreau氏が加わった。シューベルトの『アベ・マリア』のあと、ヴィヴァルディの『四季』(作品8)が演奏された。Hpimg_0004『四季』も、クラシック音楽の分野ではもっともポピュラーな名曲だ。作品8は12曲のヴァイオリン協奏曲で構成され『和声と創意の試み』というタイトルが付けられている。そのうちの第1番から第4番までの4曲(春、夏、秋、冬)が『四季』としてたびたび演奏されている。楽器構成は、独奏ヴァイオリンと弦楽四重奏だ。ソリストは指揮を執りながら独奏パートをこなした。『四季』は標題音楽といってよいだろう。4曲それぞれの楽譜には季節感を表す詩(ソネット)が添えられているというから、描写音楽に属する。ただし、『四季』はヴィヴァルディの命名ではないという。後世の人が詩に合わせて付けたようだ。当時の音楽界では標題音楽や描写音楽はまだ関心が低かった。そのような時代にヴィヴァルディがチャレンジしたといってよいのではないか。演奏は、季節感や自然現象をできるだけ強調した表情豊かなものだった。

 ちなみに、ヴィヴァルディの作品3に『調和の霊感』という12曲の合奏協奏曲集がある。私は、『和声と創意の試み』より『調和の霊感』のほうが好きだ。『調和の霊感』にはポリフォニーへのチャレンジを感じるからだ。Hpp6029462_2私は、標題音楽よりも絶対音楽に関心がある。ドイツのJ.S.バッハは、第2番、3番、6番、9番、10番、11番を自身の曲にアレンジしている。きっとバッハは、『調和の霊感』にポリフォニー音楽の“霊感”を得たにちがいない。ヴィヴァルディは、ポリフォニーと標題音楽という将来の二つの分野を予期してトライしたのではないだろうか? (写真右上は演奏者)参照: 『フーガの技法についての考察 ドイツNo.77』

Hpcdp6132636_2 アンコールに応えて、ソリストがパガニーニのバイオリン協奏曲(何番か不詳)で超絶技巧を披露した。終演は9時30分ごろだった。出演者のサイン入りCD(写真左)を記念に買って聖堂をあとにした。夕闇が迫るパリ市街とコンサートの余韻を楽しみながらメトロの階段を降りた。

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2014/04/09

Deutsche Geist 『ドイツの栄光』展 予告 ドイツNo.139

第1回 豊田芳州ネット・ギャラリー写真展

 インターネットが情報伝達の中枢的存在になってきた。各種のコマーシャルでは「詳細は○○で検索」などと、肝心の情報はインターネットで伝える場合が多い。行政や公共の情報もインターネットに任せているのがほとんどだ。Hp インターネットが嫌いだなどと言っていたら、世間の趨勢から遅れてしまうだろう。インターネットを敬遠するなら、それこそ自身の感覚を研ぎ澄まし(高感度のアンテナを立てて)、何倍もエネルギーを使わなければ生活情報は得られないだろう。もちろん、その選択肢はあると思うし、世の中の流れとは別の道を歩むということもありえる…。

 というわけで、私は自身のブログで写真展を開催することにした。ネットギャラリー『豊田芳州のTheme』の開設だ。ネットギャラリーのメリットはいくつかある。
①鑑賞者は会場へ足を運ぶ労力を省略できる ②いつでも鑑賞できる ③自身のサイトをもてば、だれでも写真展を開催できる ④会場費、パネル製作代などの開催費を節約できる ⑤アクセス解析で、鑑賞者のキャラクターと傾向をつかめる ⑥アクセスの多いサイトでは、多くの観客を動員できる。一方、デメリットもある。
①大画面の迫力がない ②組写真としてのレイアウト効果(モンタージュ効果)を生かしにくい。『豊田芳州のTheme』では、写真を並べて鑑賞できない ③作者と直接コミュニケーションができない
 デメリットの解決策として、①については、パソコンを大画面TVにつないである程度改善はできる。これには専用接続コードが必要だ。②については、ブログ上で特別なページ展開を工夫しなければならないので、現在の私に解決策はない。③については、コメントのやり取りで可能だろう。また前述のとおり、アクセス解析から鑑賞者のキャラクターと傾向をある程度つかめる。ネットギャラリーでは、作者と鑑賞者の間に、通常のギャラリーにはない接点が生まれるだろう。

 ネットギャラリーでの開催とはいえ、ダイレクトメール(案内はがき)を作り、期日とギャラリー(ブログのURL)を告知することにした(写真上)
〔期 日〕:2014年4月2日(水)~4月8日(火)
〔ネットギャラリー〕:「豊田芳州のTheme」 http://silent-forest.cocolog-nifty.com

 さて、なぜドイツなのか。私は、若いときからクラシック音楽が好きだった。無意識に聴いているうちにドイツ系の作曲家と曲が好きになっていた。ドイツを意識すると、ますますドイツ音楽に引き込まれた。ドイツ音楽を表徴するとしたら、重厚、荘重、躍動的、大上段と言ってよいのではないか。私は、“正統派”と思っている。好きな曲を生み出す風土や人々に興味をもつのは当然だろう。

 一方、写真を専門的に学ぼうとするとドイツのカメラに関心が出てくる。現在は日本がカメラ王国だが、その前はドイツがカメラ王国だった。日本は以前、ドイツのライカやコンタックスをまねた時期があった。Hpp5305116_2 Hpp6157053 ドイツのマイスターたちが作った精巧なメカニズムがカメラの基礎になった。写真関係者にとってドイツは特別な国である。それは私にとっても同じだ。ほかに町並みや人々は馬が合うし、パン、ソーセージ、ビール、コーヒー、ジャガイモなど大好物だ。現在、ライフワークとして「ドイツからの風」に取り組んでいる。第1回は『栄光』編としてまとめた。ドイツ各地で共感し、私なりに讃えたいと感じた風物である。アクセスいただけたら幸いだ。 (写真上左 うまいドイツのビール。同上右 おいしいドイツの朝食)

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2013/08/09

きくな チャレンジフェスティバルVol.1 横浜No.69

8月11日(日) 横浜市港北公会堂

          …コミュニティー充実のあかし…
 「菊名の未来を考える会」(http://kikumikai.jimdo.com)は、地域の活性化を企図して結成された。「笑顔が見えるまちづくり」をテーマに、着実に目標を達成している。Hpc_2今まで、「ハロウィンウィーク」、「七夕大作戦」「Xmasえきこんさーと」など地域に密着したイヴェントを実施してきた。住民も、これらの企画を盛り上げている。今夏、初めて「きくなチャレンジフェスタ」を立ち上げた。これほどの地域活動はめったにないのではないだろうか。菊名地域コミュニティーのいっそうの充実を感じる。企画意図や内容は、ちらしのコピー(ポップアップ可)を参照してほしい。チケット(入場料500円)は、菊名の未来を考える会(☎045-431-9384)、イープラス(e+ http://eplus.jp)へ。Hp1c_3

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2013/06/03

ドイツ的なブラームスの音楽 ドイツNo.135

ハンブルグ・ブラームス博物館の印象

 ドイツへのフライトは、直行便で約11時間かかる。機内食とビールは楽しみだが、当然、それだけで時間をつぶすわけにはいかない。映画や音楽を計画的に視聴することがポイントになる。Hpp6123115_2私は、往路の機内では撮影の構想を練ることにしているが、そのとき、音楽が重要な役割を果たす。クラシック音楽のメニューを見て、私の趣向に合った曲を選ぶ。 (写真右 ニュルンベルグの城壁)

 2011年、往路便のプログラム(クラシック音楽チャンネル)で私が注目したのは以下のとおりだ。J.S.バッハの「無伴奏バイオリンのためのパルティータ」、モーツァルトの「ピアノ協奏曲No.20」「同No.22」「同No.25」「同No.27」、ベートーベンの「弦楽四重奏曲作品18」「同作品127」、Hpp6075737ブラームスの「ヘンデルの主題による変奏曲」と「ピアノ協奏曲第2番」などだ。いずれもドイツにかかわる名曲である。ドイツの風土と精神を感じとり、撮影のスキーマを作るためにブラームスを選んだ。重厚で深淵、抽象化されたブラームスの音楽は、私の作風に参考になるのだ。 (写真上左 ドイツのメカニズム<ヴァッサーブルグ市博物館蔵>)

 ヨハネス・ブラームス(1833~1897年)は、J.S.バッハ(1685~1750年)、ベートーベン(1770~1827年)と並ぶドイツの“3大B”の一人である。だれがもっともドイツ的かと聞かれたら、私は、ブラームスを最右翼に挙げたい。Hpp60942133人のいずれもが身震いを感じるほどにドイツ的だと思うが、バッハはひと言で評すれば宗教的な敬虔さが持ち味だと思う。ベートーベンはドイツ的というより世界的ではないか。バッハもベートーベンもユニバーサル(universal)なのである。一方、ブラームスは重厚、荘重、地味で渋く沈潜的である。ドイツの自然(シュバルツバルトなど)や町並み、芸術や学問、建築、思想、文学などと重なる部分が多いと思う。また、ドイツ人の心底にあるメランコリーも豊かに表現されている。以上は、概念的でやや誇張した評価であることを断っておく。

 ブラームスとほぼ同時代に活躍したW.R.ワグナー(1813~1883年)も、ドイツ的な音楽家とされている。代表作・楽劇「ニーベルングの指輪4部作」は、ゲルマン民族の精神的遺産を謳いあげた大作である。Hpp6094218Hpp6094219国粋主義者だったヒトラーが心酔するほどの音楽だったことからも、ワグナーはもっともドイツ的な音楽家であることはまちがいない。ワグナーの代表作は、歌劇や楽劇である。すなわちタイトル(標題)があり、歌詞とセリフが伴う標題音楽である。一方ブラームスの代表作は、4つの交響曲や2つのピアノ協奏曲、バイオリン協奏曲、多くの室内楽などで、タイトルは付いていない。もちろん、例外もある。「ドイツ・レクイエム」「大学祝典序曲」「悲劇的序曲」などの管弦楽曲や歌曲には標題が付いている。Hpp6094289「ハイドンの主題による変奏曲」や「ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ」は形式名で標題ではない。ブラームスは絶対音楽の分野で活動したと言ってよいだろう。私は、絶対音楽が好みだ。タイトルと歌詞に左右されない音とリズムだけの音楽を志向している。そこで、ブラームスがもっともドイツ的だと言ってしまった。 (写真上左2点 ブラームス博物館。同上右 ブラームス博物館のあるペーター通り)

 2011年の往路の機内では、ブラームスのピアノ協奏曲No.2(op.83)をじっくり聴いて構想を練った。Hpp6094265この曲はブラームス渾身の大作である。通常、協奏曲は3楽章構成であるが、本曲は4楽章構成だ。もしかしたら、4楽章の交響曲を作曲しようとして楽想を練り、途中で協奏曲へ鞍替えしたのではないか? それぐらい勇壮でスケールの大きい曲である。作曲時期は、交響曲No.2とNo.3の間なので、もっとも充実した活動時期に作曲されたことになる。当時、機内でこの曲を聴きながら、取材地であるヴァッサーブルグとニュルンベルグでいかにドイツ風の写真を撮ろうかと考えた。 (写真左 ペーター通りに建つ18世紀の建築)

 昨夏、ハンブルグを訪れたとき、ブラームス博物館(BRAHMS MUSEUM)へ出かけた。ブラームスはハンブルグ生まれの作曲家だ。楽しみにして立ち寄ったのだが、あいにく日曜日で休館だった。Hpp6094210_3隣りのテレマン博物館だけを見学して帰ってきた。ブラームス博物館やテレマン博物館のあるペーター通りには18世紀のハンブルグの町並みが再現されている(写真上左)。建築は立派なファサードをもつ6階建てだ。そこに身を置くと前後からファサードが覆いかぶさってきて圧倒される。その緊張感はブラームスの音楽のように渋く勇壮だった。ペーター通りはブラームスの生誕地ではないし、ブラームスとのかかわりはわからないが、ブラームス博物館を取り巻く環境としてふさわしい雰囲気だと思った。

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2013/03/31

ドイツの自転車事情〔3〕 ドイツNo.133

モーツァルト自転車道…サイクリングの楽しみ

Hp_p6085888_2 すでに書いたように、ドイツでは自転車道が整備され、安全にも配慮され(参照:ドイツの自転車事情〔1〕 ドイツの自転車事情〔2〕)、駐輪施設や貸自転車などハード面が整備されている。当然、それらを利用するソフトも発達している。いたるところでサイクリングを楽しむ風景が見られる。路上だけでなく、公園やマルクト(市場)、駅構内や車内など、あらゆる場所にサイクリストがいる。通勤、通学、買いものなどの実務用だけでなく、レジャーとしてツアーを楽しむ人々が多い。Hp_p6085890_2

 ヴァッサーブルグの書店にサイクリング用のガイドブックが展示されていた(写真上右)。そのなかに「Mozart-Radweg」という本がショーケースに平積みにされていた(写真上左)。直訳すると「モーツァルト自転車道」ということになる。モーツァルトのファンである私の目に留まったのだ。Hpp3210839_2表紙のキャッチコピーに「ザルツブルグ地区からベルヒテスガーデン地区とチームガウの区間」とコースが記されている(左マップ参照)。オーストリーのザルツブルグはモーツァルトが生まれた町なのでコースに含まれるのは当然だ。一方、ドイツのベルヒテスガーデンとチームガウは国境をはさんでザルツブルグと隣り合わせにある地域だ。どちらも、モーツァルトが訪れたとしても不思議はないエリアだが…。ちなみに、チームガウ(Chiemgau)という町や地域は私の資料には見つからないが、チーム湖(Chiemsee)というHpp6042025Hp_up6104614Hpp6102871ート地があるのでその地域をさしているのであろう。このコースガイドに目を通したわけではないが、オーストリーとドイツ、2国にまたがるサイクリングロードが完備されているようだ。何よりも、サイクリンのコースマップに「モーツァルト」の名が冠されているのに驚いた。モーツァルトの足跡を自転車でたどるというのはすばらしい着想ではないか。(写真上3点 自転車のある風景、左から車中、ハンブルグUバーンのプラットホーム、ニュルンベルグの旧市庁舎前)

 ドイツでは、レンタル・サイクルも普及している。ニュルンベルグの市内でその施設を撮影した(写真下右)。キャッシュを投入するところがないのでカード式のようだ。英語でも操作できる(写真下左)。この施設で貸し出しと返却ができる。Hpp6123293
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 リューベックで中高年のサイクリスト・グループとすれちがった。彼らは、トラべ水路(Kanaltrave)沿いに走ってきて、橋を渡るために階段を上ってきた(写真下右)。橋の上から撮影していた私たちを見て、「第2次世界大戦では、いっしょに戦ったナー」と親しげに話しかけてきた。ドイツと日本の絆をあらためて意識した。Hp_p6026237以前、メーアスブルグでも同じようなグループに出会ったことがある。ドイツでは、サイクリングは中高年の余暇になっているようだ。

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2013/01/01

あけましておめでとうございます ドイツNo.127

ドイツからの風 No.8Hp_p6016096_2

 あいかわらず、ドイツの珍道中を続けております。昨年は、ハンブルグを起点にしてリューベックとツェレを訪ねました。リューベックは、かつてバルト海と北ドイツの交易の中心地で、ハンザ同盟の本部が置かれていた町です。写真のホルステン門は、その象徴です(写真右)。マルクト広場では、科学イベント(Wissenschaftssommer2012)が開催され、子どもたちの歓声が広場にこだましていました(写真下)。マリエン教会では、オルガンとトランペットの協奏コンサートを楽しみました。Hp_p6021728_2メインストリートのブライテ通りでは、雑踏に大道芸の演奏が溶け合い、ハンザ同盟当時のにぎわいを想像しました。(写真下右 マルクト広場からのマリエン教会。 写真下左 繁華街の大道芸)Hpp6015638_2

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 皆さまの新年が平穏でありますよう、心よりお祈り申しあげます。          2013年元旦(年賀状より)

参照:リューベックのホルステン門 ドイツNo.121マリエン教会のコンサート ドイツNo.123

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