2009/06/30

初夏の大物釣行記 八ケ岳山麓No.77

三度目の正直で釣った27センチHp090621p6216668_2

 ブログにはいろいろな目的や意義がある。私の主意はプロフィールに書いているが、自慢話もそれに加えたい一つだ。私は、ふだん自慢話はしないことにしているが、ブログでは控えないことにしている。ブログはミニコミであるうえに、読んでくれる人は気心が知れているので、「ア、いつもの話だ」と無視してくれるだろう。また、検索などで私のページへいらした方には、とりとめもない話に、すぐ退散するであろう。

 自慢話をすることは、精神の健康につながるのではないか。自慢の事実を思い出しながらにんまりすることは心地よい。逆の立場に立つと、おもしろい自慢話は歓迎だが、それはめったにない。私も、他人にはつまらない自慢話をしよう。

 6月21日は、午前中、雨だった。夕方、渓流へ入ったが、やや増水という感じだ。水は澄んでいる。つりには絶好の条件だ。増水による細濁りは釣果に結びつくかもしれないが、釣り人にとっては、やや姑息な手段である。Hpp6216644_4なぜなら、相手を煙に巻いて切りつけるようなものだからだ(もちろん水を濁すような行為はしたことはない)。澄んでいれば、魚と対等に渡り合える。森には低い日ざしが入り、影をとられやすい。真剣勝負には願ってもない条件だ。

 小さな落ち込みで12センチのイワナが釣れた。すぐ放流し、1段上の中渕へ移って15センチが釣れた。針を外そうとして竿を倒し、先端から2段目を折ってしまった。今日は中止しようかと思ったが、少しでも初夏の渓流に立っていたかったので、竿の折れ目を粘着テープで補強して上流へ向かった。雨上がりの渓流は実に気持ちが良い。それに、魚の出方が活発だ。先行者は入っていないし、どこでも釣れそうだ。

 実績のある大渕に出た。ポイントはたくさんあるが、まず渕尻へ餌を投げた。先行者がいないとき、盛期の魚は渕尻で流れてくる餌を待っている。今まで近づきすぎて渕尻から魚が逃げる場面はしばしば見てきた。渕尻から攻めるのは定石だ。腰を低く構えた1投目で魚が戯れている手ごたえを感じた。軽くあわせると強烈な引きで抵抗された。魚は対岸へ逃げようと必死だ。手前に引き寄せられない。折れた竿は完全な調子ではないので、力任せにはできない。2分ぐらいやり取りしてからハリスを切られて逃げられた。

Hpp6216683_2 イワナは、一度バレてもまた餌を追ってくる。針と餌を新しくして再度振り込んだ。前回よりは渕の奥、落ち込み(小さな滝)近くだ。そこからゆっくりと手前にナチュラルドリフトする。目印に変化が出た。あきらかに食っている。ゆっくり合わせたが、竿が弓なりになるほどの引きだった。魚は対岸のぶっつけ(写真上左の右部の岩)に向かって引いていく。水面下には絶好の隠れ家があるのだろう。いつも誘いをかけていた場所だ。読みは当たっていた。そこに引き込まれないよう懸命に竿を立てた。しかし、急に竿が空を切った。ハリスを切られて、またバレた。あきらかに同じ魚だ。

 もう一度チャレンジするために、針を大きくしハリスも太くした。食いついたところは渕のほぼ中央だった。やはり強引な暴れ方だ。ランディングネットは持参していないので、岸に引き寄せることは難しいと判断し、強引に抜き上げた。アユ釣り師が魚を取り込むやり方だ。落ち葉の上にズシッと落ちたのは約27センチのイワナだった。撮影はたいへんだった。静かになったと思ってカメラを構えると、思い出したように暴れだす。実は夕食のおかずを釣りに来たのだが、撮影しているうちに食べる気がしなくなり、放流した。大きな魚には情が移るのである。この勝負、後味の悪い勝ち方だった。

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2007/09/08

ドイツのシーフード ドイツNo.49

Hpp6086793 回転寿司は『走る寿司』

 ブログというのは、好きなことを好きなように書ける。しかも、だれもが書ける。他人にとって他愛ないことであっても、当人にとっては興味津々であり、切実な場合がある。好きなことは当人にとって財産であり、それを書けることは幸せだ。他人が自分のブログを読むか否かは別として、書くということは積極的である。知的、創造的になりたいが、それも別だ。はじめは、ちょっと見せびらかしているようで、きまりが悪かったが、時代は変わったのだと割り切っている。もちろん、特定の個人に迷惑がかかることは控えなければならない。(写真上はザルツブルグのNordsee ノルドゼー店内)

Hpp5310115 というわけで、ドイツの寿司とシーフードのことを書く。とはいえ、ドイツでは絶対に寿司屋へは行かない。ドイツで寿司屋や日本料理屋、チャイニーズレストランへ入ったら、おしまいだと思っている。少ないチャンスにすこしでも多くのドイツを体験したいと思っているからだ。しかし、イタリアンレストランへはしばしばいく。ドイツ人はイタリアが憧れなのだ。イタリアは、“メランコリー”なドイツと違い、太陽の光が燦々と降り注ぎ、明るく南国的だからだ。バッハはヴィヴァルディの音楽をたくさん編曲しているし、モーツァルトは少なくとも3回はイタリア旅行をしている。メンデルゾーンは、交響曲第4番「イタリア」を作曲している。ドイツにはたくさんのイタリアンレストラン(トラットリア)があり、にぎわっている。私たちも、しばしばピザやパスタを食べにいく。

Hpp6157662 ドイツでは、いまのところ4軒の寿司屋を知っている。ミュンヘンの目抜き通りイム・タールには有名「Tokyo」という寿司屋がある(写真上左)。前を通りかかったら日本と同じ寿司飯の香りがして、生つばを呑んでしまった。最近は、回転寿司ができた。店内の撮影は控えて、ポスターだけにした(写真右)。「和合」「Kaiten Asia」という店名で、Chinesische & Japanische Spezialitaten と書かれている。「中国と日本の名物」と書かれているところがおもしろい。Running Sushi Restaurant は“回転”ではなく“走る”寿司である。食べ放題で、昼間は月曜から土曜が、一人9.8ユーロ、日曜は11.8ユーロ。夕方からは毎日19.8ユーロとある。ポスターをよく読むと中華料理も出すようだ。場所は、ノイハウザー通りの一本南側のアルタイマー街(Altheimer Eck)である。

Hpsp6157640 ミュンヘンのビクトエーリアン・マルクトには Nordsee(ノルドゼー 訳すと「北海」か?)というフランチャイズのシーフードレストランがある(写真左)。ドイツ人にシーフードは人気があるようで、昼食時には行列ができていた。ショーケースに海苔巻きなどの寿司が並べられていたが(写真上)、売れ行きはいまいちだった。洋風でもシーフード は食欲をそそる。鮮魚も扱ってHpsp6086800 Hpp6080014_3て、日本の魚屋のようだ。ザルツブルグでは、モーツ ァルトの生家の隣りに Nordsee があり、昼食をとった(写真右)。レジで皿の上の正味を量り支払う(写真右)。前述のとおり、私はドイツで日本料理や中華は食べないが、シーフード料理はよく食べる。ニシン・サンドやマリネなどが口に合う。

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Hpp6137343 ランズフートにも寿司屋があった(写真左)。価格を知るためにショーウインドーに飾ってあったメニューを撮影した(写真右)。日本語(ローマ字)とドイツ語で書かれている(クリックするとメニューが読める)。店名を見ると、中国人の経営のようだ。寿司は世界的に健康食として人気があるようだが、けっして安くはない。

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2007/06/19

写真はインターナショナル ドイツNo.42

Hpp6086712 ドイツで自分のページを見る

 ドイツのホテルでは、だいたいパソコンが使えるようになっている。部屋には回線が引かれ、自分のパソコンが使える。ロビーなどには共用のパソコンが置かれていて、だれでもキーボードをたたける。最近、日本のホテルには泊まっていないので、実情は知らないが、おそらくドイツと同じだろう。ミュンヘンのホテルで共用のパソコンを使ってみた。自分のURHpp6086712_1 Lを入力したらページは開けたのだが、写真と数字以外は、□□□……の状態になっていた(写真右2点 ドイツNo41参照)。ほかの高名な方のブログを開いてみたが、やはり、□□□……?????という状態だった。アルファベットが私のページより多かった。いずれにしても、パソコンは日本語に対応していない。

 インターネットはインターナショナルであるというのが大きな特徴であり、また存在価値がある。しかし、日本で作ったページはインターナショナルではない。おそらく、自分のパソコンをドイツへ携行すればそのまま読めるのだろう。しかし、外国(ドイツ)のパソコンを使う人は、私のページは写真しか読みとれない。文章を英語で書けばよいのだろうか。私はパソコンのエキスパートではないので、このような結果になったのかもしれない。それなら納得できるのだが…。

Hpmp6167691  さて、写真は世界中で見ることができそうだ。写真の膨大な情報量(被写体情報や記録性、芸術性など)は世界中の人々に伝わる。私たちは、写真をホームページやブログに載せて、世界中の人々とコミュニケーションできる。あらためて、写真のすばらしさをかみしめた。(左の写真は、ホテルのロビーで共用のパソコンを使う宿泊者)

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