標高1400メートルの林縁のようす …コンパクトカメラシリーズ11
私は写真の味方である。ちょっときざな言い方だが、写真のためにひと肌脱げたらうれしい。私自身が写真で人生を充実させてきたので、その資格はあるだろう。写真のおもしろさを少しでも多くの人々に知っていただけたらと願っている。詳細については機会をあらためよう。
カメラと写真に興味をもちはじめてから50年以上経った。いろいろなおもしろさを経験してきたが、ここ2、3年、写真に対する意識が変わってきた。自身が年を重ねたからなのか、カメラの進化が目覚ましいからか、撮影テクニックが多様化してきたからか、被写体に新鮮味が薄れたからか、
5年前、10年前はもちろんのこと、20年前とは明らかに自身を取り巻く写真環境は変わった。それらが影響しているのであろう。
自身がマンネリズムを感じているのも事実だ。そのようなとき、デジタルコンパクトカメラは新鮮な刺激を与えてくれた。写真がいままでの限界を超えたからだ。カメラとパソコンのデジタル技術のおかげだ。仕上がりの即時確認、感光材料の高感度化、柔軟な色温度(ホワイトバランス)の対応、カラー再現の多様化と自在化、コンパクトカメラの小型化と最短撮影距離の短縮、多重露出の表現性(いずれ解説する予定)などを挙げることができる。
デジタルで、なぜ「コンパクト」なのか? 今までも、一眼レフとコンパクトカメラは別種の道具であると考えていた。また、フィルムカメラとデジタルカメラも別種の機材であると考えている。一眼レフからコンパクトへ、フィルム(アナログ)からデジタルへ、これは人間が使う道具の系統発生(進化)ではないか。レンジファインダーカメラ(ライカなど)から一眼レフへ移り変ったのも系統進化といえる。銅器から鉄器へ、木材からプラスティックへと人類の道具や素材が変わっていったのと同じであろう。
これは人間の脳内で起こる思考の宿命ではないか。最近の写真界の状況をそのようの感じている。
アナログからデジタルへの変革は納得できるとしても、一眼レフからコンパクトへの移行はまだ未確定だ。しかし、近年のデジタルコンパクトカメラの性能を体験すればするほど、その予感がする。ところで、写真を取り巻く環境が大きく変わっているなかで、写真の評価体系も変わるべきなのだが…。
今回は、デジタルコンパクト得意のマクロ撮影とトリミングで部分拡大を楽しんだ。すなわち虫眼鏡としてカメラを使った。カメラだけが被写体に近づけるので、昆虫などに逃げられる率が少ない。正確に撮影すれば、緻密な観察や種の同定ができる。デジタルコンパクトの魅力の一つだ。なお、写真はすべてオリンパスSP-350で撮影した。
ノハラアザミとスジボソヤマキチョウ(写真最上左) チョウは花に顔を突っ込み夢中で蜜を吸っていた
フシグロセンノウ(写真上右) 森の中ではひときわ目立つ。カメラを近づけると、ラフレシアのように見える花期は長いが、もう末期だ
カエル(写真上左) 池の浅瀬にいた。種は不詳。体長約3センチだった
イワナ 20センチだった。口唇が野生のしぶとさを表している
シシウド 複散形花序の最先端(シュート頂)を撮影した。花火のようだ。先端部は進化中なので、進化の現場を押さえたことになる
ホタルブクロ レンズを花弁に近づけ、花芯をのぞき込んでみた。デジタルコンパクトならではの写真だ。蜜標のパターンが興味深い
ツリガネニンジン キキョウ科で花と根の形からこの名が付いた。この時期は残り花である
ツバメオモトの実 ブルーダイヤモンドと言いたい
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