2017/03/20

2017年3月中旬の森の生活 八ヶ岳山麓No.206

★八ヶ岳山麓の現状
 3月12日、約2か月半ぶりに八ヶ岳山麓を訪れた。冬の期間、山小屋の周囲は厳しい寒気に襲われる。そこで、暖房用の燃料費を節約しようと、山小屋生活を自己規制した。Hpp3170186_2その結果、氷の撮影と初期の渓流釣りを断念した。不在中の最低気温はマイナス15.2度Cだった(写真)。この最低気温は、私にとっては意外だ。もっと寒いのではないかと思っていた。Hp313_p3131680_3
 往路途中の清里・シーニックデッキでシカの歓迎を受けた(写真)。山小屋へ到着。この時期としては暖かな日和だった。141号線に設置してある野辺山の気温表示には2℃と表示されていた(写真)。氷点下でないのがありがたかった。なにしろ、山小屋生活の初日は寒い。燃料費のほとんどを、小屋を温めるのに使ってしまうからだ。Hpp3151832しかし、日差しが高く、長くなっているのが、春の訪れを感じさせる。
 翌々日、窓を開けると雪景色だった。ベランダの手すりに積もった雪から、積雪は10センチぐらいと推測した(写真)。しかし、日中の日差しでほとんど消えてしまった。

★清里・モリモトのランチ
 14日は、さっそく清里へ出かけ、モリモトのランチを食べた。イチローそっくりのマスターが出て来たのであいさつをした。最近は、この店の常連に名を連ねたのかもしれない。Hpp3141773この日に食べたランチコースの前菜は、『花豆のスープ』と『自家製ハムを添えた野菜サラダ』、『清里マスのカルパッチョ』をワンディッシュに盛りつけたものだ。メインディッシュは、オイルベースの『香川県産のマテ貝とプチベールのスパゲッティ ゆずこしょう風味』だ。一口食べると、ほのかなユズの香りが口いっぱいに広がる。マテ貝は、今までに食べたことがない。Hp_p3141776_2同じ貝類のボンゴレやムール貝とは違った味覚だ。マテ貝の心地よい食感は、アルデンテのパスタとハーモニーを作る。デザートは、『吉澤さんちの花豆と地どり卵のカタラーナ』だった。平べったいお皿に固められたプリン状のもので、表面をこんがりと焼いたお菓子だ。Hpp3141786中央に生クリームと花豆をアレンジしてある。焼き跡がサクサクしていて香ばしい。いつもながら満足できるランチだった。
 最近は、清里観光のお客もここモリモトを目ざしてやって来るようだ。もともと、地元の人気店だったよううだが、観光客にも知名度が高くなってきたのだろう。

★シカの歓迎
 シカの展望台シーニックデッキへ車を止めて観察した。約30頭がわれわれのシーズンインの歓迎してくれた。Hpp3131656

★ベランダに現れたテン
 3月16日もわずかな積雪があった。ベランダの雪面に大きな足跡がある。かなり大きな肉球を持った動物だ。夜中にベランダを歩き回ってから帰ったようだHpp3160084_2Hp_p3160080

★カエデの落ち葉
 もっとも早く芽を出すカタクリやギョウジャニンニクを探したが、みつからなかった。その代わりに林床をおおっているカエデの枯れ葉を撮影した。Hpp3151908_2

★氷シーズンの終焉
 3月19日、散歩道から渓流をのぞいてみた。渓流の氷はほとんど解けて消えている。わずかに残った氷の末路を見届けた。この氷(写真)の成り立ちは、渓流におおい被った倒木から垂れ下がった氷柱が発達して(太くなり)カーテンのようにつながったと考えられる。そこに、飛沫が当たり、ますます厚みのある壁になったようだ。Hpp3190130_2

Hpp3190131_5
Hpp3190132大きな氷は、なかなか解けないので、現在まで残っていたのだろう。 さて、氷をつなぎ留めている倒木と氷が離れそうなので、その瞬間を撮ろとシャッターチャンスを待つことにした。3カットの写真は、氷のシーズンの幕引きを象徴しているといえよう。

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2016/12/14

2016年12月上旬の高原のようす 八ヶ岳山麓No.204

兵どもが夢の跡Hppc120103

 私たちの山小屋がある川上村は、『野菜王国』を自称している。キャッチコピーには『高冷不毛の寒村からレタス生産量日本一の高原野菜立村へ』(川上村誌 通史編 現代より)と書かれている(写真左)。しかし、野菜王国に上りつめるには並大抵の苦労ではなかったようだ。Hp1253pc050006_edited1

 川上村誌 通史編 現代 近現代概説(写真右) 第三章 第三節「野菜」に10項にわたって、野菜王国への経緯が記されている。第9項の「野菜産業」によると、川上の農業を企業経営として確立しようという意図が感じられる。Hppc120150_2例えば、昭和63年(1988年)に掲げた基本方針には、「ニーズに対応した本物づくり」「ブランドの確立」「先端技術に対応」「農家の経営基盤の強化」「農業者の健康管理と後継者の確保」「魅力ある農村づくり」など優良企業を目ざした方針だ。企業イメージ、社員の福利厚生などに配慮した会社組織に匹敵した取り組みだ。
 同年1月には、村営有線テレビ局を開局、7月からは村民向け野菜市況速報の放送を開始した。平成3年(1991年)村内に設けた観測地点のデータを活用して詳細な天候の予測情報を流し、野菜生産の一助とした。そのほか、機械化やポリマルチの採用、農薬散布の適正化、など栽培技術の向上に努め、平成5年(1993年)には、村内3農協の販売総額は200億円に達し、過去最高を記録したという。

 一般に、農業は加重労働を強いられる。レタスなどの生鮮野菜もご多聞にもれず、たいへんだ。私の観察では、出荷が最もたいへんに見える。Hppc070262_2Hppc070266_2ばしば、早朝3時前に電灯を付けて作業している現場を見たことがある。「朝採り」で消費者へ提供するためだろうか。私たちには深夜の時間帯に仕事をしているのである。Hppc070207出荷作業が一段落して、朝日を浴びながら畑で朝食をとる農家の団らん風景を見ると、何かうれしさが込み上げてくる。夜から早朝にかけて出荷作業に取り組む人々の姿には、どこか共感できる。むかし、編集部で仕事をしていた時を思い出すからだ。徹夜の校了日に朝日のまぶしさに、何とも言えない満足感を感じたものだ。Hp127pc070334どんなに過酷な労働でも、収益が上がればやりがいがあるだろう。

 12月に入って、気温が急に下がった。12月7日の最低気温は、マイナス8.5度C(写真左 最高最低温度計を夕方に撮影)。就寝中は電気毛布を使わないと足が温まらない。昔は電気毛布などは使わなかった。10度C以下の布団に入ってもすぐ眠れたのだが。本格的な冬に入った八ヶ岳山麓の情景を紹介しよう。(写真上は12月5日の八ヶ岳。根雪が付き冬の厳しさが出てきた)

●冬の畑に残された野菜を見ると、まさに「兵どもが夢の跡」である(写真上3点 ハクサイとブロッコリー)

●ボタンズルのドライフラワー。逆光で異常に輝いている(写真下右)Hppc070220

●ヤドリギ。落葉樹の枝に寄生する植物だ。ヨーロッパでは、果実のついた枝をクリスマスの飾りとして使うHppc070275_edited1

●クレソン。冬枯れの中に青々とした葉を見るとホッとする。採取して食卓に供した(写真下)Hppc070295

●山小屋のベランダにやってくる野鳥たち。今年は、水浴び場を用意した。朝、雨戸を開けると、ヒマワリの種をねだりに来る
Hppc010113Hppc010104

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2016/12/02

感動の大原治雄ブラジル展

『ブラジルの光、家族の風景』

 去る11月16日、清里フォトアートミュージアム(K★MoPA)へ、大原治雄展を鑑賞に出かけた。パンフレット(写真右下2点)だけの予備知識で出かけたのだが、素晴らしい写真展だった。どうしても書かずにはいられない衝動にかられ、遅ればせながら執筆した。同展は12月4日(日)までだ。 http://www.kmopa.com/

 Hpp1img大原治雄氏(1909~1999)は、高知県生まれのブラジル移民である。写真家である前に移民としての多くの蓄積があった。写真を始めたのは、24歳で結婚したときからだという。家族の写真を撮ろうとしたきっけは、これから始まる一族の壮大なドラマを予感して記録しようとしたのか、カメラに興味を持ちはじめたのか、写真のテクニックに引かれたのか、私は、これらすべてではなかったかと推測した。大原氏の胸の内を図ることはできないが、彼の移民としての経験が反映したことは間違いあるまい。移民としてブラジル・パラナ州ロンドリーナを開拓するという、無から有を生ずるような過酷な生き方に立ち向かい、それにめどが立ったときに、所帯を持ち、何か一つのことに打ち込んでみたいというのは、自然な心の動きではないだろか。Hpp2img未開の大地を農園にするまでには、並々ならぬ苦労があったようだ。

 大原氏の写真の傾向や作風について感じたことに触れよう。『ブラジルの光、家族の風景』というタイトルがついているが、まず、自身のセルフポートレートが目立つ。これは何を意味するのだろうか。私には、家族の始まりは、自身 大原治雄であるということを伝えたいのではないか。現在、70人を超す大家族となった大原家の元は大原治雄であることはまちがいない。たくさんの子どもや配偶者、孫の写真の中に、ときどき大原自身のポートレートが散りばめられている。これほど多くのセルフポートレートが目だつ写真展は見たことがない。私が最も気に入ったセルフポートレートは、最初の壁面に飾ってあった1点だ。木に寄りかかり、足を投げだして座っている足元にコーヒーポッドが置かれている。大原氏の顔はフレーミングの中にはない。背中と左腕の一部が写っているだけだ。タイトルは、確か『休憩』か『休息』だったと記憶している。私は、このシーンの大原氏に感情移入することができる。顔をみせずに自身の休憩時間を表現しようという、この写真のモチーフに共感する。多様なセルフポートレートと写真展での公表は、私もまねしたいと思った。

 カメラを手にしたときには、過酷な開拓の時期はすでに終わっていたのかもしれないが、彼の作品には、労働の厳しさや不安な気持ちは写っていない。おそらく撮影はしたが、作品展には展示しなかったのであろう。家族の幸せとブラジルの大地を讃えたいという意図のもとに写真展は編集されていると思う。移民という日本国を代表した親善使節の役割を思えば、当然な編集意図だろう。『霜害の後のコーヒー農園』という作品があった。胸高直径2メートル以上もある巨木の切り株の上に二人の男が乗り、周囲を見渡しているスナップような記念写真である。霜害といえば、農業に従事する人にとっては深刻な事態だろう。この状況下で、かつて切り倒したであろう大木の上に立って、お山の大将のようにふるまっているのは、いったいどんな心境なのだろうか。霜害の実情を示す写真は簡単に撮れるはずだ。この写真が、大原治雄氏の写真観を象徴した作品ではないか。前述のセルフポートレートといい、霜害の写真といい、婉曲的に表現しようとしていると思う。

 シルエットと陰影を生かした作品が目立つ。タイトルの『ブラジルの光、家族の風景』のとおり、光のモチーフを多用している。ちなみに、シルエットも陰影も光のモチーフに属する。Hp4img_0004パンフレットの表紙を構成する2点の作品は、シルエットの写真だ。どちらも、背景の空が美しく、人物は大地と一体になってシルエットになっている。解説書の4ページ目『本展のみどころ』(写真左)には、『ブラジルの大地を切り開いたからこそ現れた「空」と「水平線」であり、大原はこのモチーフを繰り返し撮影しています』とある。パンフレット上段の写真の人物は大原氏だという。『苦難の日々を乗り越えた喜びに溢れる姿ですが、大原自身は画面右端に立っていることから、この写真の主役がブラジルの大地と空であることがわかります』。シルエットのテクニックを生かしたセルフポートレートである。

 最後の入出口に近い壁面には、パターン写真が展示されていた。草花や納屋の片隅に見つけた農機具などをパターン化した作品群だ。モノクロ写真なので、当然、ブラジルの光と陰影を生かした作品だ。大原氏のカメラアイの一端を知ることができた。

 大原氏の孫の一人が写真家になっている。サウロ・ハルオ・オオハラ氏が撮影した大原治雄氏のスナップが展示されていた。 ベットに腰かけている晩年の姿だ。ものさびしそうに見えるが、孫に撮影されている幸福感も読み取れた。私も写真家の端くれなので、うらやましく感じた。

 私は、鑑賞し終わったとき、大河ドラマを見たような気がした。そして、写真にもこのようなスケールの大きい表現が可能だということを知った。今までは、写真は映画や音楽にはかなわないと思っていたが、決してそのようなことはないと確信した。Hppb160141_edited2
 なお、サウロ・ハルオ・オオハラ氏が、祖父の故郷・高知県を訪れたときに撮り下ろした『Aurora de Reencontro 再会の夜明け』展も同館で展示されている。参照:田園の誘惑

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2016/10/26

サシガメとつき合う

ユニークな昆虫
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 10月25日、中央道・釈迦堂パーキングエリアで、見たことがない昆虫を見つけた。助手席に座っていると、ボンネットの上に奇妙な昆虫が見える。はじめはクモの一種かと思った。車中に常備してあるオリンパス スタイラスXZ-2で撮影を開始した。同機の望遠は105ミリ相当なので、大きくは撮れない。しかし、パソコンで拡大するつもりで撮影した。Pa259702_2

 そのうちにフロントグラスに登ってきた。スーパーマクロモードに切り替えて撮影を続けた。途中から、デジタルテレコンで210ミリ相当に切り替えて撮影した(写真左)。いずれの写真も、フロントグラス越しの撮影だ。

 図鑑で調べたとろ、サシガメの一種であることまではわかった。サシガメは、半翔目異翔亜目サシガメ科に属する。カメムシの仲間だ。口の形が鋭い針のようになっていて、これを小昆虫の体に刺して体液を吸う。人も刺されると痛いらしい。アップで見ると怖い感じがする。口針は折り畳み式で、付け根に複眼の目がある。
Hppa259706...
 車が動き始めて、高速になると、しがみ付いていたフロントグラスから消えていった。この間、約50カット撮影した。

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2016/09/09

2016年8月下旬の森のようす 八ヶ岳山麓No.201

気配…沈黙の森から

 今年の夏は、異常だった。「7月下旬の森のようす」でも触れたように、夏らしくないのである。毎年、梅雨明けから1週間はドラマティックな夕焼けが見られるのだが、今年はそれほどの夕焼けは見られなかった。夏らしい安定した天候の日は、8月には4、5日ぐらいあったろうか。Hpp8230460八ヶ岳のある中部地方は、台風の影響が少なかったが、一日の天候が目まぐるしく変わった。入道雲が舞い上がり、それがスコールのように雨をたたきつけ、夕日がさしてドラマティックな夕方を迎え、一日が終わる。撮影の出かけようとすると、急に暗くなり雨が降ってくる。その逆もあった。

 春の横浜でモクレンの早い開花から始まり、八ヶ岳山麓でも春は1週間から10日は早く推移した。初夏のズミの異常な開花、夏の低温と、異常が続いた。一方、日本各地では、猛暑日が続いたようだ。最近の台風の発生のしかたなども気になる。地球は大丈夫なのだろうか?  遅ればせながら8月下旬の森のようすをレポートする。

Hpp8260386Hpp8230417_2●キキョウのつぼみ(上左) 8月23日に見つけた小さな秋 ●キキョウ(上右) 翌日には開花していた

Hpp8220253Hpp8260194_edited1●ハンゴウソウ(上左) ●イタドリ(上右) 花は盛期を過ぎているようだが、昆虫には価値があるようだ


Hpp8250048Hpp8260330●ミヤマモジズル(左) ラン科のネジバナの仲間。しばしば岩の苔の中に根を張る ●ママコナ(右) イネ科の植物などの根に寄生し、自身でも光合成する半寄生植物

Hpp8170326Hpp8220245●タマゴダケ(左) 派手な色をしているが、食用になるという ●ノダケ(右) 茎の先端は、常に成長点として活発に分裂している。進化を目の当たりにするような成長スタイルだ

Hpp8260354_2Hpp8250073_3●ゲンノショウコ(上左) ●ミニチュアキノコ(上右 同定不詳) 高さ約15ミリのキノコ

Hpp8250082●残光が山の尾根を照らしている(上) 8月25日pm5:29撮影 ●森の中から見た夕焼け(最上) 8月23日pm6:31撮影

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2016/08/05

2016年7月下旬の森のようす 八ヶ岳山麓No.200

フォトアルバム沈黙の森からHpp7280057_2

 今年の7月下旬は、梅雨明けが遅れ天候不順だった。そのおかげで、涼しさをとおり超して寒いくらいだった。標高1400メートルの森の中では、例年より最低気温が平年よりも2度Cぐらい低かった。今までは、真夏の最低気温は16度~18度Cぐらいだったのに対し、今年は15度Cを下回ることがしばしばあった。梅雨明け直前の森のようすをレポートしよう。(写真上は夕刻の湖面。鋭いシカの鳴き声が湖面を震わせ”ているようだ)

Hp_p7220302Hp_p7240284_edited1●ウバユリ 25年前、初めて夏の森へ入ったとき、ウバユリを見て『沈黙の森から』というタイトルを思い浮かんだ。私にとっては、夏の森の象徴だ。ウバユリは、開花前にほとんどが虫食い状態になってしまう。写真上右は、虫に食われてスケルトン状態になっている。それでも、果実はできるようだ

Hpp7220244Hp_p7230230_2●ギボウシ シカ除けが機能してから、年々株が増え、花がおきくなってきた ●アカハナカミキリ 渋い赤色は、車の車体に塗装したいような品格がある

Hp_p7240419Hp_p7240427_2●リンゴドクガか? 山小屋のベランダに現れた。棒でつつくと丸まって防御の体制を作る(写真上右)。なぜ丸くなるのか、カモフラージュか? 威嚇か?


Hp_p7230100_edited1_2●エゾクマゼミ
 羽化に巡り合った。途中、イナバウアーのようなポーズになり(写真)、最後は自身の抜け殻に前足で留まる

Hp_p7230048●ミミガタテンナンショウ ウバユリとともに夏の森を特徴づける植物だ。大型なうえにシカが食べないなので、存在感がある

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2016/07/03

予告!! 写真展『沈黙の森から…春の息吹』 八ヶ岳山麓No.198

第3回 豊田芳州ネット・ギャラリー写真展

♦期日:2016年7月6日(水)~7月12日(火)
ネットギャラリー: 「豊田芳州のTheme」 http://silent-forest.cocolog-nifty.com/

Hp_dmimg_0001_edited1 八ヶ岳山麓の川上村で生活するようになってから30年になろうとしている。1400メートルの高原は、四季の変化が顕著で、それぞれに持ち味がある。しかし、私がもっとも好きな季節は冬である。冬の渓流に発達する氷は、森の宝石といてもよいほどの美しさと厳しさがある。そのようすは第2回 ネットギャラリー写真展で展示した。次に興味がある季節は春である。寒冷地の八ヶ岳山麓においては、春は格別の意味がある。眠っていた植物や動物がいっせいに蠢動し始めるようすを初めて観察したときは感動したものだ。地面からいろいろな植物が顔を出すようすは、自然界の始まりを想像させた。約4億5000万年前、植物が上陸したとき以来、繰り返されてきた現象を垣間見たような気がした。そこで、春編では自然界の原始的な風景を撮影しようと考えた。カテゴリーを次の3つに分けて掲載する予定だ。
   (1)地上へのあこがれ
   (2)揺籃期
   (3)発生のドラマ

 なお、発生とは、多細胞生物の卵が受精し、胚を経て幼生から成体となるまでの過程をいう。すなわち、生物が成長する過程での変化をさす。発生は、しばしばドラマティックだ。
 なお、夏編と秋偏もいずれは、『沈黙の森から』のシリーズで展示する予定だ。

 いつものように、ダイレクトメールを作って郵送したが、つごうで部数が足りなかった。一部の郵送されていない方々へは、お詫びいたします。

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2016/05/15

2016年5月上旬の森のようす〔B〕 八ヶ岳山麓No.196

春の息吹…『沈黙の森から』 B

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Hpp5050574_2

シダの若芽
(上) 繊維状の毛は、防備と威嚇の二役を担う ●オシダの若芽(左上) シダ類の葉が持つ羽状複葉のパターンには渦巻きというパターンが元にある


Hpp5030402_3Hpp5040074_2●シダの若葉
(上左) “ゆらぎ”は、植物進化の草創期に見られる一つのパターンではないか ●タラの芽(上右) タラノキは、トゲを発達させて種を保存してきた植物だ、そのおかげで、人間の口に入るチャンスができた

Hpp5014921_edited1●ツバメオモト(上) 深山に自生するといわれる

Hpp5080019Hpp5080100●シジュウカラの卵(上左) 私たちが仕掛けた巣箱には、毎年シジュウカラやコガラが営巣する ●エゾハルゼミの抜け殻(上右) 5月上旬にエゾハルゼミの鳴き声を聴くのは初めてだ。シカ避けの柵で羽化してしまった

Hpp5080178_2Hp_p5040362_edited1●ネコノメソウ(上左) ●コケの胞子体(上右) 陸上で生活するために、複雑な生活環で自然界に適応している。胞子体は裂けて胞子を放出し、それが着床して次世代が生まれる

Hpp5030587Hpp5040167_2●シラカバの雄花(上左) 花粉をたくさんばらまいている(上右) ●枝ごと落ちたシラカバの雄花

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2016/05/14

2016年5月上旬の森のようす〔A〕 八ヶ岳山麓No.195

春の息吹…『沈黙の森から』A
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 春はすべての始まりのような気がする。多くの草花は、春に芽を出し、花を咲かせ、秋には果実を実らせ、子孫の繁栄に貢献する。多くの動物も然りだ。カエルは池に卵を産み、孵ってオタマジャクシになるのは春だ。野鳥は、春に営巣し新しい生命が生まれる。私は、地球上に生物の営みが始まったころも、春のような気候と景観だったのではないかと想像して、楽しんでいる。

 春の森を歩くと、植物には独特の形があるように思える。発芽するとき、葉を広げるとき、花を付けるときなど、それぞれ次のステップへ進む段階で独自の形状になる。それは、私たち人間にとって、幼稚に見えたり、稚拙だたり、愛らしくもある。また、異様な雰囲気を放っている場合も多い。私は、いずれにも春の息吹を感じると同時に、その植物がもつ独特の生い立ちを感じる。B.ペトロニビクスがまとめた「進化の24則」の一つ、『段階の法則』の幼年期の特徴だろう。森の生物の幼年期と息吹をレポートしよう。なお、ほとんどの生物の活動と現象は、例年に比べ2週間ほど早かった。

 

 ●野辺山の春(上右) 八ケ岳の最高峰・赤岳の雪はだいぶ融けた。里の畑は耕され、マルチをかけてレタス栽培の準備にとりかかる(5月6日撮影)


Hpp5040002●ヤマナシの花
(上) 花も果実も芳香を放つ。花期が2週間は早い


Hpp5030347Hpp5040313●ミズバショウ
(上左) 今年も2株を見ることができた。土壌が貧栄養のため、まともな花が少ない ●ラショウモンカズラ(上右) シソ科の多年草だ。名まえの由来は、つぼみの形が京都・羅生門で切り落とされた鬼の腕に似ていることから命名


Hpp5010288_2Hpp5080088●ミミガタテンナンショウの若芽
(上左) 大型の花をつける個体の若芽はは太い ●ミミガタテンナンショウの花(上右) 5月上旬に花を見るのは初めて

Hpp5030630_2Hpp5030618_3キジムシロ
(左)   ●スミレ(右)
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Hpp5030504落ち葉を突き破る(左) 発芽にはいろいろな試練がある。落ち葉を突き破るのも大きな試練だ ●二又分枝(右) カエデの若芽だが、植物進化上の原始的な枝分かれを想像できる

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Hpp5070245_3水辺の若葉(左) 萌木色が映える ●オタマジャクシ(右) 今年はカエルの卵をじっくり観察した

 

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2016/04/26

両生類の生活 八ヶ岳山麓No194

カエルの卵を観察…補訂版
  (水中写真を追加し、オタマジャクシの健在を確認)
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 4月4日、散歩道でカエルの卵を見つけた。この時期にはよく見かけるが、例年よりは少し早いのではないか。まだ卵の形は円形だった。翌日には、卵が長楕円形になり、さらに4日後にはオタマジャクシのような形に変わってきた。この先、四肢が生え、尾が消失してカエルになる。しかし、私の観察はつごうで中断し、4月20日に再度池へ行ってみた。オタマジャクシが泳いでいたので、ホッとした。なお、オタマジャクシとは、柄杓(ひしゃく)の形をしているので命名されたという。Hp_p4040052_2 (写真上右 産卵直後の状態。同左 親ガエルと思われる)

 カエルは、脊椎動物門両生網に属する。いわゆる両生類だ。両生類は、地上で生活するようになった最初の脊椎動物である。幼生のオタマジャクシは水中では鰓(えら)呼吸をし、カエルになると肺呼吸に変わり地上の生活に適応する。「個体発生は系統派生を繰り返す」というE.H.ヘッケルの反復説(参照: 『植物の過去を明かしたい 八ヶ岳山麓No.149』)を前提にすると、カエルの祖先はオタマジャクシ(のようなもの)だったことになる。Hp_p4042114すると、水中生活をしていたオタマジャクシ(カエル)は、長い年月をかけて四肢を発達させて、陸上生活に適応できるようになった。これがカエルである。オタマジャクシの観察から、両生類の生活と進化を考えてみた。 (写真右列5点 卵の生長、Hp45plp4050023上から4月4日水中カメラで、4月5日水面より、4月8日水中の卵のようす、4月9日水面より、同日の水中のようす。撮影倍率は一定ではないので大きさは比較できない)

 カエルの卵を撮影したが、水面が卵を包む寒天質で凹凸しているうえに、Hp48p4082352_2明るい空が反射して水中はよく見えない。寒天質は卵を乾燥から守り、卵が流れて散らばらないような働きをしているようだ。そこで、まずPLフィルターを使い水面の表面反射を除去して撮影した。さらに水中のようすを観察するため、オリンパスのコンパクト水中カメラ・μTOUGH-8000で撮影した。
 オタマジャクシがカエルの祖先とHpp4090522同じような生活をしていたとすると、この池の環境は、両生類が水中から陸上生活に移る環境と似た状態と考ええてよいのではないか? Hp49p4092454_edited1そこで、卵のある周囲の状況も撮影した(写真下左列2点)。浅い水底には枯れ葉が堆積している。カエルは肉食だがオタマジャクシは雑食だいう。枯れ葉やプランクトン、水性昆虫などを捕れる環境が必要だ。卵にとっては新鮮な水は欠かせないだろう。水を供給する水源が2か所ある。一つは池の周囲にある湧水、もう一つは別のところから流れ込んでいる細流だ。卵は、流路から外れたところにある。私がいままでに観察した卵は、すべて流路から外れた水溜りに産卵されていた。植物と同様に水中から陸上生活に移るには、岸辺の近くに産卵するのは当然だ。私が今回撮影した卵は池の岸辺に接していた。そこは野生動物が近づく余地があるので、安全とはいえない。近くには、テンやキツネ、アナグマ、タヌキが生息している。Hpp4042258ほかに、カラスや猛禽類も狙っているだろう。そのような厳しい環境を克服して、両生類は子孫を残してきたのだ。親ガエルは、近くで卵を守っているようだった。私が撮影のために近づくと、親ガエルがケロケロと鳴いて遠ざかっていった。 (写真左2点 卵のある池のようす。水中カメラで)

 陸上の生活に適応するためには、ほかにもいくつかの試練が待ち構えている。まず肺呼吸だ。水中では鰓呼吸だったが、陸上では肺呼吸をしなければならない。カエルは皮膚呼吸もする。Hp_p4042240餌を採取したり天敵から逃れるためには、移動の手段として四肢(前足と後ろ足)の発達が欠かせない。特に後ろ足は発達し、太い背骨と結合して陸上移動の主要器官となっている。同時に水かきがあるので、水中の生活にも対応している。陸上では尾はじゃまになるので、退化した。カエルはオタマジャクシの時代に、長い歳月をかけて陸上の生活に適応してきた。

 両生類は、古生代石炭紀(約2億年~3億年前)の化石にその存在を確認できるという。そのころ、爬虫類も登場し、将来の哺乳類へと進化する基礎になった。Hp420p4200354_2その当時の両生類は絶滅し、現存の両生類は、新生代(約6500万年前)から現れたという。現在、有尾類(サンショウウオ、イモリ)、無足類(アシナシイモリ)、無尾類(カエル)の3目、2800種が知られている(写真右 4月20日に撮影したオタマジャクシ。いろいろな天敵がいるので、まだ油断できない)

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