2016/06/28

辻 栄一 写真展『弘前散歩』 第2弾/第3弾

Hpdmimg_0001 辻氏は、昨年2月、写真集『弘前散歩』を出版した。これについては、私が以前に書いたブログを参照してほしい。横浜在住の辻氏が遠く千キロも離れた青森県弘前市で写真集を出版したのにはいろいろなわけあがる。まず辻氏は旅のエキスパートだ。鉄道写真から始まった旅は、地方の民俗、祭り、人々などにも興味がわき、ますますのめり込んでいった。全国を行脚した辻氏にとって、弘前は選ばれた土地となった。関西出身の辻氏にとっては、横浜は第二の故郷だ。弘前は、第三の故郷といえるのではないか。
 辻氏は自らを「横浜からの旅人」という肩書で、立場を明確にして撮影地の人々と接している。地方の方々は胸襟を開いて応対してくれるのだろう。Hp20166_edited1先の出版で、地元弘前市の出版社の協力を得られたのは、辻氏の旅人としての心意気が地元の方々の気持ちを動かしたのではないか。この出版がきっかけになり、昨年の10月から11月にかけて写真展『弘前散歩』が開催された。それだけではなく、今夏には2か所で写真展が開催される。地元の「広報ひろさき」と日本カメラ社「写真の教室」に紹介された記事を掲載する(いずれもポップアップ可)。ご高覧いただけたら幸いだ。
 なお、辻氏からの速報によると、29日は地元新聞社の取材と、市長の来訪があったという。

●『弘前万華鏡 オンリー・イエスタディー』

会期: 2016年6月29日(水)~7月3日(日) 10:00~18:00〔7月1日(金)は ~19:30/初日は13:00~/最終日は ~15:00〕
会場::弘前市立百万石町展示館 第1展示室

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                                         ●
こども絵本の森 開館3周年記念

『街歩きの魅力 再発見』…弘前人が愛する散歩道

会期:2016年7月4日(月)~7月10日(日) 10:00~18:00〔初日は13:00~/最終日は ~17:00〕
会場:ヒロロ3階「こども絵本の森」特設会場

Hp2016_edited1(左)写真の教室の記事

(下)東奥日報の記事Hpdcim0325

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2016/04/18

第14回 ヌービック・フォト・フレンズ 5写真展

 熊本地震で被災された方々に心よりお見舞い申しあげます。また、お亡くなりになった方々に、哀悼の意を表します。


写真展 『出会ったシーン』

●会場:かなっくホール ギャラリーA (DM参照)
●日時:2016年4月19日(火)~25日(月) 10:00~18:00 初日13:00~ 最終日~15:00

Hp16dm_0002_edited1_2グループ展のあり方に一石
 ヌービック・フォト・フレンズ 5展は、円熟味を増してきた。
 写真は、何を撮っても出会いであろう。だからといって漫然と撮っていたら、写真展にはならない。そこで、キャリアーや見識が問題になる。14年間続けて写真と向き合い、同僚と付き合い、テーマについて取り組んでいると、写真観だけでなく、人生観までも変わってくるのではないか。あいさつ文にあるように、「何気ない光景でも、ちょっと注意してみると、実に新鮮な出会いであることに気づく」。“ちょっと注意する”ところに、写真観や人生観、撮影の技量が表れるのだ。すると、出会ったシーンを大切にしておきたいという気持ちが湧いてくる。三つのカテゴリー「遭遇の表情」 「対決の構図」 「癒しンの郷愁」に、メンバーの気持ちが込められた写真展である。ご高覧いただけたら幸いだ。Hp16dm_0001

 私が初めてヌービックのメンバーに出会ったのは2回目か3回目の写真展のときだったと思う。そのときの写真展が今のヌービック展になろうとは思いもよらなかった。グループ展のあり方に一石を投じたと思う。まとめ役の辻氏の牽引力とメンバーの真摯な取り組みに敬意を表したい。Hpa02p41900771また、私を立ててくださったメンバーのご好意に感謝している。 (写真右と下  会場風景Hpb03p41900921_3




 いつものように、会期に合わせて写真集を作った。今年は、文庫判からA5判に代わったので、見ごたえがある(写真下 表紙と3見開き) 。ヌービック・フォト・フレンズ 5のますますの発展を祈ります。

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「遭遇の表情」Hpimg_0002_2


「対決の構図」Hpimg_0003_3
「癒しの郷愁」Hpimg_0009_2

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2015/12/08

孫正隆さんとの出会い 八ヶ岳山麓No.189

信仰への途Hp2015128pc080095_2

 1941年12月8日、大日本帝国はハワイの真珠湾を攻撃して、宣戦を布告した。私が生まれた日から3か月余しか経っていなかった。父母は、さぞ不安だったろう。この戦争は多くの悲劇を生んだが、一方で、現在の平和国家の礎にもなった。ここでは、ひとりの人間が、戦争の悲惨さに立ち向かった一例を紹介しよう。

 私たちが第二の故郷として生活している八ヶ岳山麓で、珍しい方に出会った。孫正隆さんである。孫さんは宗教家である。今でも、伝道師として活動されている。歳は私と同世代で、もの心がついたころに戦後という過酷な時期を体験されたので、私とは同士である。孫さんが宗教家になった経緯を綴った著作を引用して、信仰という私にとっての難問に迫ってみたいと思う。なお、「 」でくくった部分は孫正隆さんの著作の引用、または発言である。 (写真右上 12月8日現在の八ヶ岳山麓)

 「筆者に、まだ少年だったころに経験したある事実を、あかしさせてください。
 昭和20年3月10日未明の東京大空襲で、両親と妹を亡くし、4歳で孤児となった筆者は、その前日、家財を整理に戻っていった両親らを見送って田舎に居残っていて助かり、その後母の養父母の許で育ちました。が、やがて自分の将来に不安を抱くようになり、いつしか子ども心に、ひたすら、人間として正しく生きたいことと、正しく生きていく上でいわば必須の精神的な基盤を求めるようになりました。飢え渇いた心で密かに捜し求めつづけ、それなりに成長もしつつあった少年のある日、山歩きをひとり楽しんで帰る途中、道で小さな紙片を拾ったのでした。粗末な印刷物でしたが、もしかして、筆者のかねてよりの祈りにも似た飢え渇きに応えた、明解な言葉が記されているかもしれない、と期待をもって読んだのでした。そこには、『神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである』(ヨハネによる福音書3ノ16)………とありました。Hppb010149この言葉を読み終わった時、筆者はとても深い感動と喜びと驚きのまま棒立ちしていました」。

 ここまでは、孫さんが信仰の世界へいざなわれる契機となった体験談である。私は、孫さんほどの過酷な戦後体験はなかったが、ひもじい思いはした。父に連れられての“買い出し”の経験もある。これは、多くの日本人が経験したことだろう。一方、家族全員を失うというもっとも過酷な境遇が、孫さんの精神に大きな傷跡を刻んだことは間違いないであろう。ところが孫さんはこの不条理に対し、毅然と立ち向かったのである。不安や苦労は、それをだれかにぶつけて解決したいというのが凡人の思考回路だ。通常の人間でも、苦境に立ったとき、その原因や責任を外界に求めるものだろう。孫さんは内界へ向かったのである。 「人間として正しく生きたいことと、正しく生きていく上でいわば必須の精神的な基盤を求めるようになりました」とある。自身を正し高めて苦境を乗り切るということは、なかなかできることではない。しかり、彼いわく、「この渇望そのものが天恵です」という。そして、その時出合った聖書の言葉は、渇ききった喉を潤す一杯の水のようなものだったのであろう。ヨハネによる福音書3ノ16の一節に書かれた『ひとり子』とはイエス・キリストである。孫さんは、聖書を引用して、わかりやすく説明してくださった。「神様がイエスを世に遣わされたのは、世を愛しているからである。『悔い改めて』(マルコによる福音書1ノ15)、『ナザレ人イエス・キリスト』(使徒行伝4ノ10)をわたしの救い主と信じ、かつ『告白』(ローマ人への手紙10ノ9-10)する者はひとりも滅ぶことはない」と。私は、ヨハネによる福音書3ノ16の前後を読んでみた。孫さんの心情が少しは分かったような気がした。

 次に彼は言う。「それは、この言葉(ヨハネによる福音書3ノ16)と照応する、三つの威光を観照できたからです。その時、この言葉と三つの威光とを解する理解力も与えられて、理解できました」。その三つの威光とは、「人類に対する圧倒的な深いあわれみと恵みの愛、たとえようもない清らかで聖潔な気品、心をおののかせ畏(かしこ)ませる威厳」と孫さんは書いている。聖書という書物があることすら知らなかった孫さんが、ヨハネによる福音書3ノ16と三つの威光について理解できたのは、「天恵であり天啓というしかない」という。この時すでに、孫さんの心には、『ひとり子』(イエス・キリスト)を受け入れるスキーマができていたのであろう。そして、なぜ“十字架”なのかも理解するのである。「神は、キリストなるお方を、罪深い人類の救いのために、(十字架にかけられて)身代わりの犠牲の死を遂げさせられたこと、そして、キリストをわたしの救い主として信じ受け入れる者は、罪の赦しを得、かつ罪からの救いを得る、ということでした。筆者はこれを、神のご計画と確信し信じることができました」と書いている。

 が、この時に孫さんがぶつかった障壁は次のようなものだった。「しかしながら、その後すぐに筆者は思いがけない深い悲しみに落ちたのでした…。……中略……わたしの救いのためにキリストは死なれたということは、その救い主なるお方にわたしはお会いできないということではないか…と。このように考えた時、わたしの胸の内に悲しみが俄かにわき起こり、……思わず泣き叫びたい慟哭の思いで胸が張り裂けんばかりになりました」と書いている。私は、孫さんのこの考え方が必然的な成り行きで、ここに孫さんらしさがあると感じた。そこで、孫さんにこのことについて問うと、「少年期の素朴な心情でした。せっかく巡り会った救い主なるお方に会えないということは、堪え難く悲しかった」と答えられた。Hppc040024_2さらに「これにはきっと、深いわけがあるに違いない…と思い直しました」。
 はたせるかな、この障壁は、聖書と出会った青年期になってとり除かれた。「聖書をひとり繙くうちに、救い主は死後三日目に不死に蘇られたこと、そして信じた者らにも不死に蘇る朝があると知った時、ああ、それでこそ神の救いのご計画だと得心し、救われたすべてのものは救い主なるお方と相まみえることができるとわかって、筆者の心はほんとうに晴れたのでした」。この感激を、孫さんは聖書を引用して書いている。「『御顔を仰ぎ見るのである』(ヨハネの黙示録 22の4)、『(神はわたしが)求めまた思うところのいっさいを、はるかに超えてかなえて下さる…かた』(エペソ人への手紙 3ノ20)として、臨まれたのでした」。

 この後、孫さんは過去の体験を振りかえり、『御国』を求めるようになる契機となった戦後の不幸を偲ぶのである。「神は、あの頃の私の不幸を逆手にとられて、……誰しもが、もっと深刻な不幸のただなかにあることに気づかせて下さっただけでなく、そこからの救いである『御国』 を求めるように、諭してくださったのだと思います。戦災で亡くした両親らのことを思えば、幾星霜を経て今なおその人権は無視されたままであり、従って、筆者などは『この世で…無きに等しいもの』(コリント人への第一の手紙 1ノ28)です。しかし、だからこそ、このような稀有な勿体無い経験に与るべく『あえて選ばれた』(コリント人への第一の手紙 1ノ28)のかもしれません」。

 「宇宙飛行士のフランク・カルバート氏が宇宙からの帰還後に全世界に向けて発信されたように、筆者もまた、『あの日感じたことをだれかと共有したい』と思うほどの経験をしたのです。もし、読者のあなたがわたしと同じ経験をしていたら、きっとあなたもだまってはいられなかったことでしょう。筆者はあなたが経験したかもしれない経験をしたのです」。なんと慎ましい考えではないだろうか。「しかしながら、以上の筆者の経験は『御国』を目ざす信仰のいわば“ふりだし”です」と結んでいる。Hppc040077_2

 この一文は、彼の宗教家としての証言が語られているが、孫さんにして経験できたことが簡潔に記されていて、私たちの参考になると思い、12月8日の開戦日に合わせて掲載することにした。また、孫さんとの出会いは、八ヶ岳山麓という神秘的な自然の中での出来事なので、カテゴリーを八ヶ岳山麓とした。

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2015/05/11

昔懐かしい写真展『ふるさとの記憶』 5/12~5/17

第13回 ヌービック・フォト・フレンズ5写真展

会 場:神奈川県民ホール 第2展示室 アクセスはマップ参照(ポップアップ可)
日 時:2015年5月12日(火)~17日(日)10:00~18:00 初日は13:00~ 最終日は~15:00

Hp_dm_2 「ふるさと」といえば、文部省唱歌が有名だ。この歌には、ふるさとが凝縮されている。いろいろな「ふるさと」がある。まず「生まれ育った土地」、次に「精神的なよりどころとしてのふるさと」があり、「かつて住んだり訪れたことのある土地」、また「我が家」をさす場合もある。ヌービック・フォト・フレンズ5は、これらを意識して撮影し展示した。
 ヌービックはテーマにこだわり、毎回、悪戦苦闘してこなしている。今回の『ふるさとの記憶』についても同じだった。しかし当初は、これは取り組みやすいテーマだと思ったようだ。Hp_dmimg_0004ヌービックのメンバー一人ひとりにふるさとがあり、観客(鑑賞者)それぞれにもにもふるさとがあるからだ。情報伝達には、送り手と受け手に共通の素地や土壌があるほど伝わりやすい。ふるさとについていえば、自分のふるさとは他人のふるさとになるだろうと考えられる。あきらかに良いテーマだと思ったようだ。良いテーマとは、労せずして撮影し、展示作品を選べるという一面がある。ところが、そうはいかなかった。
Hpp5141706 ヌービック・フォト・フレンズ5のまとめ役は、前ページで紹介した写真集『弘前散歩』の著者・辻 栄一氏である。作品が集まるほどに、辻さん(以下、さん付けとする)には送り手と受け手のギャップが見えてきたようだ。辻さんの作品の評価眼はいつも厳しいのだ。それを埋めるために、メンバーの苦戦が始まった。差し替えのために撮り直しをしたり、ありネガの探索を重ねた。その結果、見事な作品展になったと思う。Hpp5141686テーマに対する解釈の多面性と正確さはプロフェッショナルといえよう。特にグループ展としては最高のできばえだ。テーマをこなす苦戦はおおいにけっこうだ。この葛藤が作品展をグレードアップすると思う。テーマとはそういうものだ。テーマのない写真展は観客を意識しているとは思えない。辻さんがまとめた会場のあいさつ文を以下に掲載する。 (写真上右 「ふるさとの情景」コーナー、同上左 「昭和の面影」コーナー)

ふるさとの記憶
「ふるさとは遠くにありて思ふもの そして悲しくうたふもの.....」
 明治の文豪 室生犀星が24歳の時、ふるさとに対して愛憎をこめて作った詩である。 誰にでもふるさとはある。生まれ育ったふるさとはいくつになっても心に残っている。楽しいことばかりではなく、辛く苦しいこともあった。遠い昔の記憶であるが、幼いころに遊んだ野山やあのころの風景に出合えばどこか懐かしく、そして安らぎを覚える。それがふるさとなのである。
 今回の写真展は3部で構成されている。
第1部「ふるさとの情景」ではふるさとの原風景を感じたり、子供の頃の様々な体験を思い出すことができます。
第2部「昭和の面影」では人々の暮らし方が大きく変貌する高度成長期以前の、『always三丁目の夕日』のような昭和の風景にタイムスリップしていただけます。
第3部「横浜のふるさと」で幕末の開港によって文明の発祥地となった旧居留地界隈のエキゾチックな街角を探訪しています。
 それぞれのふるさとを愉しんでいただき、しばしの郷愁に浸っていただければ幸いである。 2015年5月12日 ヌービック・フォト・フレンズ5 一同

作品のタイトルは以下のとおり(ポップアップ可)Hpimg_0006_3(写真下右 「横浜のふるさと」コーナー)Hpimg_0006_2
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2013/10/09

『生生流転』  15日 15:00まで

パナソニック松愛会 横浜写真クラブ 写真展
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会期:2013年10月9日(水)~15日(火) 10:00~17:00 初日は13:00~ 最終日は~15:00 / 会場:横浜市都筑区総合庁舎1F 区民ホール(横浜市営地下鉄 センター南下車 徒歩6分)

 被写体にはいろいろな性質と状態がある。その一つに「変化」がある。どんな被写体も常に変化している。変化には時の経過をともなうので、私は、この変化を「時間」というカテゴリーに含め、シャッターをきる重要なモチーフの一つにしている。しかし、被写体が変化しているからといって、レンズを向ければ変化が写るわけではない。パナソニック松愛会のメンバーは、被写体の変化をテーマにしてHppa099146Hppa099141シャッターをきった。写真展開催の意図は以下のあいさつ文のとおりだ。

 宇宙や地上の万物が、生まれてからたえず変化していくことを生生流転と言います。自分自身もその一つです。自身の変化に気づいたとき、周囲の外界の変化に対しても、より五感がはたらくようになるものです。
 いろいろな変化があります。目まぐるしい現代の変化、長い歳月を要する自然界の変化、歓迎したい変化、拒みたいもの、美しい変化、みにくいものなど、さまざまです。
 私たちは、自身の周囲で起きている変化を見つけてカメラに収録しました。ご高覧いただけたら幸いです。  
2013年10月9日 パナソニック松愛会 横浜写真クラブ

 以下にメンバーの代表作を掲載する。各写真はポップアップ可。なお、私は出展していない。

下左から 「立志」 高沼 浩/「精気」 唐川良一HpaHpb_dsc_0248

下左から 「大望」 松田高志 / 「変身」 竹中正州Hpc_3Hpb_3




下左から 「芽生え」 亀田博美 / 「無常」 羽場弘明Hpa_2Hpb__5732

下左から 「再起」 荻原 肇/「ゆらぎ」 西野 斉/「溌剌」 庵 一雄Hpc_dc0808111_2Hpb_2Hpa_3

下左から 「お彼岸」 作間貞夫 / 「旅立ち」 中井昭夫Hpcp1140333Hpaimg_0002

左 「浄化再生」 石井正明Hpb_110706

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2013/09/10

「黄金の足」

第46回 まちだ写好会 秋の写真展

Hp_dm_2 秋の写真展のDMを制作するにあたり、文句なしにこの写真を選んだ。インパクトがあるというほどではないが、風景や花、スナップ写真に比べて、DMに大切なアイキャッチャーになると考えたからだ。写真展の要項は右のDMのポップアップを参照ください。

 どんな写真も人が写っていることでモチーフがわかりやすくなる。撮影者だけでなく鑑賞者も人であるからだ。それにより、鑑賞者は感情移入して同じ人間として身に覚えのある疑似体験ができる。人物写真でもっとも注目を引くのは顔であり、その表情や人間関係から写真はわかりやすくなる。本DM写真の被写体は、新生児(あかちゃん)の足とそれをつかむ大人の手で構成されている。顔ではなく足と手であるが、十分、人を感じさせる。まず、新生児から人の成長を感じてもらえるのではないか。また一方、鑑賞者は自身の過去を連想するだろう。この作品は、われわれの過去と未来を想像させる要素がある。また、大人の手は親心を刺激するのではないか。

Hp_dm_3 作品タイトルは未来を強調するのに役立つ。「黄金の足」とは、子どもの有望な将来を示唆している。世界的なアスリートを想像してもおかしくない。サッカーのキックや、陸上競技の脚力、競泳のドルフィンキックを連想させるのではないか。

 さらに、この写真は質感描写が良い。ストロボ撮影ではあるが、そのぶんシャープなので、足の質感がよく出ている。質感描写は、私の主張する8大モチーフの一つで、しばしば表現意図を強調する。Hpp9127496_2Hpp9127494_2質感が「黄金の足」を支えているのだ。さて、未来や過去という時間のモチーフと、質感のモチーフを兼ね備えたこの作品を、私は評価したい。なによりも、人間共通の土壌に立った被写体選びがすばらしいと思った。

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2013/06/20

夕刻の家族団らん ドイツNo.136

パリの公園で観察したこと

 ヨーロッパと日本の生活リズムの違いを感じるのは、夕刻の過ごし方だ。特に、夏はその違いをまざまざと感じる。緯度の高さとサマータイムで日没が遅くなり、夕方の屋外での活動時間がかなり延びる。夏至前後の6月では22時ごろまでは十分明るい。というわけで、夕食を屋外でとったり、公園やレストランンへ出かけて、スポーツやピクニック、ゲーム、喫茶などで家族団らんを楽しむ習慣があるようだ。 (写真下 ホテルのベランダから撮影した公園。6月11日、20時20分)Hp1006112020p6117789_2
 6月上旬、パリに滞在したとき、夕食を済ませて部屋へ戻ると、毎日、人々の歓声が窓から入ってきた。ホテルの前の公園で余暇を楽しむ家族の歓声である。窓から観察すると、数人以上のグループがシートを広げて車座になっているのがわかった。グループは親子や隣近所、友人の家族などで構成されていうようだ。メンバーは老若男女さまざまである。毎夕21時過ぎまでにぎやかだった。日本なら騒音として苦情が出るのではないか。パリでは、周囲の住宅から何の苦情もないようだ。すなわち、パリ人にとって夕刻に公園で余暇を過ごすことは日常であり常識なのである。私たちは、パリの名物として好感をもってその歓声を楽しんだ。 (写真下左 公園の家族。6月2日、19時31分)Hp1006021931p6032284_3

 ドイツで体験したことだが、ドイツ人は冬でも夕食後に屋外へ出かける。クリスマス前のアドベント(待降節)では家族ぐるみで夜のクリスマス・マルクトへ出かけるし、カーニバルでも仮装して町へ繰り出し、祭りや喫茶、ゲームなどを楽しむ。ここにも家族の団らんがあった。これは、おそらくドイツに限らないだろう。西欧のライフスタイルであろうか。

 夕食後に家族どうしで過ごす時間は、彼らにとって意義があるはずだ。家族の絆を深めるだけでなく、世代間の格差を埋め、家風を伝え、子どもたちは社会性を磨けるのではないか。Hp1006041934p6045819_5この生活習慣で得られるものは大きいと感じた。日本にはない時間の過ご方である。そんなわけで、私はサマータイムに賛成だ。夕食後に得られる1時間が家族の絆の改善と構築に役立てられるかもしれない。もっとも、日本では残業というハードルがある。せっかくのサマータイムを生かせるかは家長の心がけしだいだろう。 (写真上右 公園で卓球を楽しむ人々。6月4日、19時34分)

 なお、ドイツもフランスと同じ生活習慣なので、ドイツのカテゴリーに加えた。

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2013/02/25

ドイツの自転車事情〔2〕 ドイツNo.131

安全のためのヘルメット小旗Hpp6026164_4

 自転車は、道路交通法では軽車両というカテゴリーに属する。荷車と同格だ。自転車は2輪で軽量・小型なので目だちにくく不安定である。しかも、原則として車道を走らなければならない(例外と専用道がある地域がある)。しかし、道路交通法は、自動車と同じように自転車にも適用される。「進入禁止」や「一方通行」「止まれ」などの標識・表示に従わなければならない。Hpp5011526_2一方、自転車は自由に購入できる。そのとき、道路交通法についての知識はほとんど知らずに乗ることになる。自転車は、公道上を無免許運転していることになる。これは、自転車が危険なだけでなく、自動車の運転手にとっても事故の危機を抱えていることになる。自転車と自動車の間には、通行上のルールやマナーにギャップがある。 (写真上右 ヘルメットを装着して小旗を掲げる親子自転車≪リューベック≫)。写真上左 下校中の学生。全員ヘルメットを装着≪リューベック≫) 

 2月15日、東京・代官山で歩道を歩いていたら、4、5台の自転車とすれちがった。自転車は、我がもの顔に走り去っていった。30メートルぐらい先の交差点まで歩いて、この歩道が「歩行者・自転車専用道路」だということがわかった。Hpp6126439ほとんどの歩行者にとっては、歩道は“歩行者専用”だと考えるのが普通だろう。運転免許を取得していない歩行者は道路交通法には関心がないし、標識を見る習慣もない。ここでも、通行上の認識のギャップが存在する。このギャップを埋めることが必要ではないか。どこで、いつ道路交通法を学ぶのかは行政の問題である。 (写真上左 旗を立てた子ども用リアキャリアー≪リューベック≫。写真下右 自転車家族≪ヴァッサーブルグ≫)
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 ドイツでは自転車運転者の安全のために、ヘルメットが普及している。また、小旗を掲げて運転している(主に牽引の場合か?)。どちらも、他者に自身を認知してもらうためである。もちろんヘルメットは頭部保護に役だつ。大学の同級生S君は、交通事故でずいぶん前に亡くなった。当時、同級生が事故の状況を説明してくれた。要点は「S君は小型バイク(自動二輪車だったか?)に乗っていて、交差点で信号停止したとき、トラックの前に止めたというのだ。Hpp6116244Hpp6126439_2視点の高いトラックの運転席からはS君の車体が見にくかったのであろう。信号が青に変わったとき、S君は轢かれてしまった」ようだ。もし、彼の自転車が小旗を掲げていたら事故に遭わずにすんだのではないか。日本でも、安全のためのヘルメットと小旗が必要だろう。 (写真上2点 ニュルンベルグの中央市場にて)

参照: 『ドイツの自転車事情〔1〕 ドイツNo.129』

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2012/10/27

菊名ハロウィン・ウイーク 横浜No.63

駅コンサート仮装コンテストHppa277049_2

 10月27日(土)から31日(水)まで、菊名ハロウィン・ウイークが開催される。平成22年から始まり、今年で3回目だ。Hppa277193_3年々、充実して盛り上がりを見せている。主催者である「菊名の未来を考える会」の努力と地域コミュニティーの協力のおかげだろう。特別企画として、「チャリティー駅コンサート」(27日、28日)、「ポスターコンテスト」Hppa277133(投票27日、28日 11:00~16:00)、「仮装コンテスト」(28日15:30~16:00)が東急・東横線菊名駅改札口前のステージで開かれる。私は、駅コンサートを目あてに出かけた。主催者や来賓のあいさつの後、地元・大綱中学の吹奏楽部による演奏が始まった。私は、中学生の未熟ながらも真剣な演奏に好感を持った。音楽は人を幸せにすると確信しているので、若者たちの未来は約束されていると思った。Hppa277123ところで、大綱中学の吹奏楽部は、いろいろな大会で実績をあげているという。 (写真上右 大綱中学校・吹奏楽部。同左 木管楽器とコントラバスの八重奏〈部分〉)

 「ポスターコンテスト」というのは、ハロウィンをテーマに描いたポスターで地元を元気づけようという企画だ。投票で入賞作品を決めるらしい。Hppa277187「仮装コンテスト」はハロウィンの衣装自慢比べである。昨年、見学したが、家族、職場、カップルなどが奇抜な仮装で登場していた。 (写真上右 金管五重奏。写真左 ポスターコンテストの投票箱とチャリティーの募金箱)

 駅を出て商店街を少々歩いた。ハロウィン衣装の子どもたちが嬉々として菊名の町を歩いていた。“カボチャ・マーク”のあるお店めぐりに関心があるようだ。「ハロウィンまっぷ」に載っている協賛店へ行くと、お菓子がもらえ、シールを貼ってもらえる。ある店内をのぞくと、店員までハロウィンカラーの衣装で応対していた。町をあげてハロウィン・ウイークを盛り上げているようだ。ちなみに、協力参加している地元の店舗136店、近隣の学校5校だという。Hppa277198_2Hppa277203

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2012/05/21

シジュウカラの子育て 八ヶ岳山麓No.139

5月中旬の森のようすHpp5200100

 標高1400メートルでは新緑がピークを迎えている。広がりはじめた葉は、さまざまなカラーと形、大きさで個性を主張し、若さを謳歌している。それに、順光(反射光)と逆光(透過光)が織りなして眼を射るほどに美しい(写真下2点) 。同時に昆虫たちもうごめきだしたようだ。それを充てにして鳥たちも活動を開始した。私たちが仕掛けた巣箱にもシジュウカラが住み付き、必死に子育てをしている。

 巣箱を観察していると、夫婦で入れ替わり立ち替わり餌を運んでいるのがわかる。餌は昆虫の幼虫やハチ類などだ。そのインターバルは2、3分から数分というところかHpp5190864_2Hpp5190916_2巣箱には10分ごとに数匹の生きた餌が運ばれていることになる。広い山野で、よく餌を見つけるものだと感心してしまう。シジュウカラは巣箱へ入る前に近くの止まり木で周囲のようすをうかがう。そのときに撮影したのが写真最上だ。親たちがいなくなったすきに巣箱を開けて撮影したのが写真下右。口を開けて餌をねだる子が5羽、ほかに5羽を確認できるので、10羽はいるようだ。これだけの子どもに餌を運ぶ親のエネルギーは相当なものだろう。

 餌を運ぶのも、口を開けて餌を待つのもシジュウカラの本能である。人間の子育てにも本能はあるが、本能以外のものがたくさんある。人間は、脳が進化・発達したぶんだけ知能や情緒が豊かになった。Hpp5200102それが理論(理屈)や感情となって本能を支配する。その結果が良く出れば、本能を抑え人間社会の協調性を成り立たせる。一方、逆に悪く出ると、子育てを放棄したり、悪事や不正を働くようになる。やや飛躍するが、文明の発達や新技術の進歩、新製品や新規格の開発に伴って、多かれ少なかれ副作用としての不条理が生ずる。これはしかたないことだろうか。これらは、発達・進化した人間の脳に根元があるとすれば、脳のさらなる解明が必要なのではないか。

 シジュウカラの子育てを観察していると、人間が子育てを放棄したり、子どもを虐待することが愚かに見えてくる。また、親として真剣に育てた子どもが、大人になって悪事や不正に手を染めるようになったらなんと悲しいことだろう。シジュウカラにはそれがない。

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