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2015/12/10

写真家・田中宏明氏のご逝去を悼む

『乙女富士 一年三百六十六変化』

 英国王写真協会日本支部の知友、田中宏明氏が今年の11月10日に亡くなられた。生前を偲んで弔意を表したい。

 撮影活動にはいろいろなスタイルがあるが、定点観測撮影もその一つだ。写真家・田中宏明氏の写真集『乙女富士 一年三百六十六変化』は定点撮影の典型だろう。Hppc180170_edited2_2田中氏は、箱根外輪山の乙女峠から撮影した富士山を1年366日分集めて一冊の写真集にまとめた。私の拙文が、前書きとして採用された。田中氏の自宅を訪問したときのレポートで、英国王立写真協会日本支部(RPSJ)のブログのために執筆したものだ。その一部を掲載して弔意文に代えたい。なお、一部リライトしている。

 「………。はじめにもてなしていただいたのは、抹茶だった。これは、田中宏明会員のパーソナリティーを表している。田中会員(以下さん付けで呼ばせていただく)は風流人である。しかし、武道家でもあり板前でもある。田中さんの原点は柔道であるという。4歳ごろから柔道を始め、厳しく鍛えられた。しばしば竹刀でたたかれたという。大病を患ってはいるが、いまだ風貌は武道家である。」

 「箱根のある保養所の管理を任され、たくさんの調理を経験した。Hp_3そこで、“景観料理”という新境地を切り開いた。これは、板前の本分である盛り付けで、いろいろな風情を表現するというものだ。日本の節句(季節感)や都道府県の代表的な風景などを皿の上に再現するのである。これを撮影した“景観写真”もいままでにないカテゴリーだろう。どちらも、制作にとりかかる前にデッサンを描き構想を練る。『七夕』と『秋田県米代川』のデッサンを見せていただいた。2月(2010年)に開催した第8回英国王立写真協会日本支部展(「The New Horizon」≪新たな展望≫をテーマとした)に出展した景観写真は、葛飾北斎の絵をモチーフにした『北斎』と節句シリーズの『端午の節句』の2点だった。」

 「田中さんの代表作は、『乙女富士 一年三百六十六変化』である。箱根の乙女峠から定点観測して撮影した富士山の作品群だ。『三百六十六日』は、一年をうるう年でカウントしているからだ。『変化』はへんげと読む。霊魂や神仏が人などの姿になって現れることを意味する。タイトルの意味は、富士山が366の姿になって現れるという意味だろう。コンタクトプリントのように構成されたアルバムを見せていただいた。Hp12pc180174ときどき同行される奥さまからうかがったところ、どんなに寒くても、暗いときでも、田中さんは車の外でシャッターチャンスを待つという。筆者も氷点下で富士山を撮影したことがあるが、シャッターチャンスを待つときは車中で過ごす。ほとんどの写真家はそうである。氷点下でシャッターをきらずにチャンスを待つのはつらい。しかし、田中さんにとっては、被写体である富士山を前にして車外でシャッターチャンスを待つことは意義があるのであろう。被写体と対峙するときの緊張感は筆者にもわかるが、田中さんの真意はわからない。おそらく、武道家としての真骨頂が現れているのではないだろうか。こうして完成されたのが『乙女富士 一年三百六十六変化』である。だれも取り組んだことのない大作だろう。」 (写真左上 12月の見開きページ)

 富士山が世界自然遺産となったいま、写真集『乙女富士 一年三百六十六変化』は偉大な文化遺産となったのではないか。

 「田中さんによると、戦国時代、武士は出陣に備え主君より一服の茶を進呈されたという。いざ出陣は、『いざ撮影』に通じるところがあるのかもしれない。写真を侘茶と融合させたところに田中写真の心髄がある。」

 田中宏明さんのご冥福を、心よりお祈りいたします。

参照:RPSJリレートーク『写真撮影は心に汗をかくこと』

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