« ドイツの自転車事情〔1〕 ドイツNo.129 | トップページ | 仏法にちなんだタイトル 八ヶ岳山麓No.147 »

2013/02/06

日本とは違う被写体に関心がある ドイツNo.130

写真をたくさん撮れる喜びHpp6052804

 昨夏のドイツ取材では6000カット以上(JPEG 31.7G)の写真を撮った。1日平均500カット弱撮影している勘定だ。フィルムに換算すると1日平均13本(36枚撮り)になる。材料費がカット数に比例するフィルムだったら、こんなにたくさんは撮らなかったろう。コンパクトカメラ・オリンパスXZ-1を主に、一眼レフ、ほか2台のコンパクトカメラ(計4台)を常に首や肩から下げて行動した。たくさんのモチーフがあるうえに、一つのモチーフが湧くと悔いがなくなるまでシャッターをきるので、このような結果になった。こんな贅沢ができるのはデジタルカメラのおかげだ。 写真上右 ●修繕中の木組みの家。ドイツでは古い建築を大切にしている(ツェレ)

『写真は沢山撮らなければならぬ』
 
土門拳著『写真の作法』(ダヴィッド社刊)の中に『写真は沢山撮らなければならぬ』という一文が収められている。私は、写真専門学校の教壇でこの文章を紹介して、プロカメラマンの撮影の心構えを指導した。「なぜそんなに沢山撮るのか」という部分の要旨を私なりにまとめると、①まず、プロカメラマンは失敗できないのでたくさん撮る。②次に、グレードアップするためにたくさん撮る。③最後に、撮影に夢中になり陶酔してたくさん撮る、ということになる。②③について土門券氏(以下敬称略)は、次のように書いている。「ぼくは、うまくいかなくても撮るし、うまくいっていても撮る。一度シャッターを切りはじめたらトコトンまで撮らずにいられなくなる。撮ることによって精神の充足を感じ、生理的な快感を覚えてくる」。この後、アマチュアへ次のようにアドヴァイスしている。「一つのモチーフを何枚も何枚も撮れば、一枚ぐらいましなものができるのは当然である。プロはただその当然を実行しているだけなのである。そしてまた、アマチュア諸君もいい写真を撮りたいとおもうならぼくたちプロに負けないように沢山撮らなければならない」。 写真下左から、●マルクトの犬 ●ガラスの色分別ゴミ箱 ●アスパラの皮むきマシン●マルクトの八百屋、アーティチョークはドイツではポピュラーだ
Hpp6062890Hpp6123289
Hpp6062994Hpp6062871_3
恵まれた撮影環境

 私が初めてこの文を読んだとき、共感はしたが実行はできないと思った。まして、ほとんどの学生にとっては不可能だろう。フィルム代にそんなにお金をかけられないからだ。しかし、現在のデジタル時代になってそれが可能になった。現在の写真環境はたいへん恵まれているといえよう。シャッターをきるのが楽しくなれば、当然、気に入った写真が撮れると思う。いうまでもなく、土門拳は写真を撮ることが大好きだったのだ。土門拳がデジタルカメラを持ったら何というだろうか。 写真下左から、●ドイツの花(オダマキの仲間?) ●大道芸 ●バス停と視覚障害者用ブロック ●トルコ人の結婚パーティー Hpp6096040
Hpp6036672
Hpp6063079_2Hpp6094534_4

たくさん撮ると見えてくるものがある

 よく学生に聞かれたものだ。「先生、ここでは何ミリぐらいがいいですか?」「先生、この被写体にはタテ位置ですか? ヨコ位置ですか?」と、撮りはじめる前に聞いてくる。彼らはフィルムを節約するために失敗したくないのである。私の答えに従えば、無難な写真は撮れるかもしれない。しかし、生き生きしたおもしろい写真は撮れないだろう。撮影というのは、頭脳が撮影モードにならないとイメージやテクニックが見えてこないのである。ファインダーをのぞき、カメラを操作し、シャッターをきることで、いろいろな撮り方が見えてくるものだ。場合によっては、別のモチーフも浮かんでくる。そのときに生まれる撮り方に価値があるのだ。写真は、撮りはじめなければ始まらない。たくさんシャッターをきることは十分意義があると思う。土門拳はこのことを言いたかったのではないか。しかし一方で、土門拳はマルチン・ムンカッチの例を挙げて「一枚、ドンピシャ、それこそが理想だと思った」と書いている。マルチン・ムンカッチについてのエピソードは『写真の作法』を読んでほしい。 写真下左から、●郵便ポスト、ドイツでもめったに見ないクラシックなデザイン ●病院の庭にいるウサギ ●買い物かご。マルクトではレジ袋は使わない ●自転車横断のマナHpp6057150_3Hpp6073281Hpp6062937Hpp6094547

失敗がなくなる!!

 土門拳が活躍したフィルム時代とは違い、現在は撮影直後に再生画像で仕上がりを点検できる。私は、失敗がすぐわかるのでたくさん撮りたくなる。逆に成功したら、おもしろくなってますます撮りたくなる。仕上がりがすぐわかるデジタルカメラは、かえってたくさん撮りたくなるのだ。自身のモチーフやイメージどおりになるまで撮り続けられるからだ。シャッターチャンスのある被写体は別として、デジカメに失敗はないはずである。 写真下左から、●マルクトのカラフルな野菜と果実 ●ドイツにも落書きがある(ツェレの墓地にて)Hpp6116233_5Hpp6073269

ドイツのすべてに興味がある

 私は、「ドイツからの風」と題して、日本とは違ったドイツの風物をレポートしたいと思っている。そのためには、名所旧跡や文化財だけでなく、駅やゴミ箱、郵便ポスト、公共トイレ、落書き、自転車、犬、食品、店頭、結婚式、大道芸、自然など、かぎりなく被写体があり、多様なモチーフが浮かぶ。その結果、たくさんシャッターをきってしまう。しかし、これはドイツ取材の大きな喜びである。

『豊田芳州のTheme』に掲載された写真と文章は、著作権法で保護されています。無断使用はご遠慮ください。All pictures and writings on this blog are copyrighted.

|

« ドイツの自転車事情〔1〕 ドイツNo.129 | トップページ | 仏法にちなんだタイトル 八ヶ岳山麓No.147 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« ドイツの自転車事情〔1〕 ドイツNo.129 | トップページ | 仏法にちなんだタイトル 八ヶ岳山麓No.147 »