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2012/07/07

町のクリーン・アップ作戦 ドイツNo.120

いつも気遣うことが大切Hpp6026546_2

 今までに何回もドイツの町の美しさに触れてきた。私がドイツが好きな理由の一つは町の美しさにある。ここでもゴミ処理について書くことにする。最近では、ドイツの町も汚れが目につく。私が18年前初めてドイツへ行ったときに比べると、あきらかに町の汚れや落書きが目だつ。今回、往路の機内で知り合ったドイツ人は、それを嘆いていた。Hp2wallstr彼の若者批判の要因の一つは落書きだった。しかし、それでも町は日本よりはきれいだ。 (写真上右 世界文化遺産のリューべック旧市街。同上左 リューベック市内のゴミ箱)

 美しさの要因は、常に管理されていることだ。掃除をし、花を植えれば町は美しくなる。その直後は確かにきれいだろう。これを維持できるかどうかが問題なのだ。日本でも、定期的に町の清掃をする。しかし、Hpup5292695すぐ汚れ、次の掃除までは汚れたままだ。昔、渋谷に勤務していたとき、月曜日の通勤途上で見た光景はひどいものだった。日曜日に散らかしたゴミがそのまま残っていた。渋谷の町はゴミ捨て場と化していたのである。紙くずや吸い殻、ペットボトル、空き缶など、あらゆるゴミがあった。もっとも、最近の渋谷を私は知らないが…。 (写真左 ハンブルグのUバーン出入口に置かれたゴミ箱。写真下2点 ハンブルグ市内中心部のゴミ箱)

 これには二つの問題がある。まず、ゴミを捨てるというモラールの欠如だ。「ゴミはゴミ箱へ」は幼稚園からしつけられたモラールだ。Hpp6094568Hpp6104847_2どこでいつからこれが守られなくなるのだろうか。以前、学生に「君たちいつからルールを守らなくなったの?」と聞いたことがある。学生は「中学生のころかなあ」と答えていた。町が汚れる第二の問題は、すぐ清掃しないことだ。これは清掃計画の甘さである。ドイツでは、毎朝、必ず清掃車が来て掃除をし、ゴミ箱のゴミを回収していく。朝の通勤時間に町はきれいになっている。

 ハンブルグやリューベックでは、街角にゴミ箱が置かれていた。ハンブルグの町を観光バスで回ったが、いたるところでスタンド型の赤いゴミ箱がある。Hpp5294953_2口を開けているようすは日本の郵便ポストのようだ。ドイツ鉄道(DB)のどこの駅にもかならずゴミ箱が設置されている。町を汚したくないという気持ちの表れだ。この環境は現在の日本にはないものだ。ゴミ箱がある町とない町のどちらが正常なのか。汚れない町にゴミ箱は不要だ。日本がこの状況なら健全であるが…。一方、ドイツはゴミ箱があるから町がきれいなのだろうか。この成否には議論を要する。なお、ハンブルグは欧州の環境問題の中核都市を目ざしているという。

 ドイツの町は、メンテナンスがしっかりしている。ヴァッサーブルグでは、花壇を点検して枯れた花を摘み取っている女性に何回かめぐり会った(写真下右)。Hpp6096161_2ヴァサーブルグはパステルカラーの町並みを看板にしているので、ゴミはイメージダウンになるのだろう。木骨組みの家並みを自慢にしているツェレでは、清掃員が常時ゴミを拾いながら町中を巡回していた(写真下左)。どちらの町も町造りにコンセプトがあり、そのためには、町はいつもきれいでなければならないのだ。Hpp6046915一刻もすきを見せたくないという意気込みを感じる。ハンブルグの市庁舎前、マルクト広場で小型の清掃車が広場を掃き清めて去って行った。平日の午後3時半ごろだった(写真上左)。町を美しく見せるためにはフルタイムのケアーが必要なのだろう。しかし、もっとも大切なことは、市民のモラールやマインドである。 参照:『町の美しさを探る ドイツNo.78』

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