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2012/05/26

郵便馬車と道路事情 ドイツNo.116

ヴァッサーブルグの市博物館(Stadt Museum)Hpp6075565

 歌曲集「冬の旅」は、ウィルヘルム・ミューラーの詩にシューベルト(1797~1828年)が曲を付けたものだが、暗い曲想が全曲を貫いている。相澤昭八郎氏の解説(CD)には、シューベルトの晩年の「自画像を描いたかもしれない」と書かれている。健康と経済状況の厳しさが表出したとも言えるし、芸術を突き詰めていくとだれもが達する境地とも言える。24曲の中で第13曲目の「郵便馬車」は、わずかな明るさがある。出だしのメロディーは軽やかな車輪とポストホルン(御者が郵便馬車の存在を知らせるラッパ)の響きを感じさせるが、すぐ沈んだ雰囲気になる。Hpp6075576_2当時の人々にとって、郵便馬車は単調な生活に変化を運んでくる救いであったようだ。期待に胸を膨らませるが、ほとんど当てが外れるのだろう。歌曲「郵便馬車」には、そのような気持ちの変化が歌われているように思える。(写真上 郵便馬車の前部 写真左 同後部)

 19世紀初頭、郵便馬車は通信手段だけでなく交通の役割も大きかった。それだけに人々の期待も大きかったと思われる。Hpp6075759私は、人々に喜びや悲しみ、夢や失望を運んでくる郵便馬車とはどのようなものなのか知りたかった。ヴァッサーブルグの博物館で、展示されている馬車を見たときは感激した。(写真右 ヴァッサブルグ市博物館 写真下左 郵便配達夫〈御者〉の帽子)

 坂井栄八郎 著「ドイツ歴史の旅」(朝日選書)に「郵便馬車の話」という一稿がある。Hpp6075570_2それによると、ゲーテの体験として、道路のひどさと乗り心地の悪さが書かれている。馬車道は、石畳で舗装されているところはまだしも、未舗装のところはぬかるみにはまり、しばしば動けなくなるという。そのようなときは、馬車から降りて後押しをしなければならない。Hpp6075567_2そのおかげで胸の靱帯を痛めたというのだ。ゲーテの体験に限らず、道路と旅の事情はこれが日常茶飯事だったようだ。同書から引用すると、「経済学者ヴェルナー・ゾンバルトの名著『十九世紀のドイツ経済』は、《百年前のドイツの旅》という大変興味深い叙述で始まっているが、それによれば当時――1800年前後――旅をするのに何よりも必要なことは、よい体調とキリスト教的忍耐心であったという。特に後者が大事であって、……」とある。石畳も乗り心地が良いというわけではない。Hp_p6075567_2長距離を結ぶ郵便馬車は、1日約100キロを走ったというが、けっして楽な旅ではなかったようだ。そのような苦難の旅をしてきた人々との出会いと届く手紙には、感激もひときわ大きかったろう。ヴァサーブルグの博物館で馬車を撮影しながら当時の人々の心情を想像したのである。

Hpp6106418_2 博物館には、1793年当時のバイエルン州の郵便馬車網の地図が掲示されていた(写真上左)。その中からミュンヘン-ヴァッサーブルグ間の部分を拡大した(写真上左)。なお、現在のドイツ郵便(Deutsche Post)のシンボルマークは、郵便馬車のポストホルンからデザインされたものだ(写真右 郵便ポスト)。ドイツ人の郵便馬車への想いが込められている。

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