立春前の年中行事
毎年この時期になると、穴八幡宮(西早稲田)へ参拝し、「一陽来復御守」(お札)を買って帰る。「一陽来復御守」は「金銀融通の御守」と言われ、商売に大きなご利益があるからだ。私はフリーの写真家になってから毎年、穴八幡に通っている。フリーとは営業もしなければならない。商才のない私にとって御守は大きな味方になった。「一陽来復御守」のご利益は相当のものだ。毎年、1月下旬に穴八幡へ出かけると、御守を求める人々で行列ができている(写真下左は1月26日のようす、同右は拝殿前の楠)。
私は、52歳になったとき勤めていた出版社(編集部)を退社した。何かあてがあって辞めたのかと聞かれたら「NO」と答えるだろう。やりたいことはあったが収入を得るあてはなかった。周囲の方たちにもそれはわかっていたようだ。いろいろな方々が私を助けてくださった。まず、在籍していた編集部のメンバー、高名な写真家、同窓の先輩・後輩、写真業界のメーカーとラボ、出版社の編集者など、たくさんの方々がたくさんの仕事を世話してくださった。そのおかげで、写真撮影だけでなく原稿の執筆、撮影の講師など、多忙な時間を過ごした。写真専門学校の講師という私にとって光栄なチャンスにも恵まれた。専門学校で教壇に立った11年間は、人生のクライマックスであった。父母が教師だったので、大卒当時は新鮮味を感じなかった
教職がこれほどすばらしいものなのかと、あらためて反省したものだ。50歳を超してから若い学生とつきあう充実感は筆舌に尽くしがたい。
穴八幡の御守は、恵方(陰陽道で定められたその年の歳徳神のいる方角)へ向けて部屋の隅に貼る(写真左)。貼る時期は、冬至と大晦日、節分の三日のどれかの夜中、午前0時と決められている。私は、毎年節分の豆まきをしたあと午前0時の時報に合わせて所定の場所に貼る。縁起をかついで秒単位の精度で貼る。今年の恵方は亥子(ゐね 真北から少し西寄りの方角)である。2月3日の0時に貼る予定だ。この年中行事は、商売をしていた義父を見習ったものだ。おかげさまで、多くの方々と穴八幡に助けられて現在の私がある。
穴八幡参りは、金城庵の天丼で締める。穴八幡から10分、早稲田大学正門の前を通過して金城庵まで歩く。金城庵の天丼はうまいのでこだわる価値がある。これも義父のものまねであり、縁起かつぎである。
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