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2011/08/15

山小屋周辺の清掃 八ヶ岳山麓No.124

自身が「ひと役買う」覚悟Hpp8149458

 8月14日は、自治会主導で山小屋周辺(保健休養地、別荘地)の清掃をした。老若男女27名が参加して、ゴミ拾いと花壇の草取りをした。今回は3回目だが、私は初めて参加した。広大な別荘地を路地別に分け、分担してゴミを集める。目だつゴミは、清涼飲料のペットボトルと空き缶、吸殻、菓子類のパック袋などだ。自販機で扱っているものが中心だ。Hpp8149466_2 自販機は購買者のマインドを変えてしまうのだろうか。集めたごみは可燃ゴミ、不燃ゴミ、ペットボトル、ガラス瓶類、粗大ゴミなどに分別されゴミ回収箱へ入れた。

 だれでもが自分たちが住んでいる町をきれいにしたいと思っているはずだ。Hpp8149467ところが、「旅の恥は掻きかき捨て」とばかり自身になじみの少ないところではへいきでゴミを捨ててしまうものだ。町をきれいにするという点では、ドイツに比較して日本はあきらかにモラールが低い。その理由を、私は日本人の中央集権的思考にあると考えている。中央集権的思考は、だれかがやるだろうという発想になる。自身がひと役買わなければならないという自覚は生まれにくい。大きなコミュニティー(大都市)Hpp8149438では特にそうだ。地方でも根底に流れている思考は同じだろう。中央と地方は人や情報が交流しているから当然だ。その結果、政府や自治体に依存してしまうのである。「親方日の丸」というのは公務員を皮肉った言葉だが、一般国民も同じだろう。(写真上 ゴミの分別作業)

 一方、長い時間をかけて培われたドイツの地方分権思考は、自分自身がやらないと「町を守れない」という考えから育った。城壁で囲まれた町(小さなコミュニティー)は常に外敵に備え、市庁舎と教会を核にして一致団結していたのである。一人ひとりが自身の持ち分をわきまえていた。それは、町をきれいに保つ習慣と無関係ではあるまい。(写真下右 ペットボトルゴミ、同左 ゴミの袋詰め作業)Hpp8149441

 私の山小屋がある別荘地は、特別な管理会社が入っていない。自治会が自主管理している。これは、見方によっては理想的だ。管理会社なしで済ませられれば、経費は節約できるし、モラールも高まるだろう。管理会社に依頼すると、管理が行き届いていると安心してそれに頼ってしまう。人間とはそういうものではないか? 自治会と言っても参加者は50所帯余りで、全区画の一部であり、Hpp8149451_2さらに「我が町」と思って管理に取り組んでいる人はわずかである。課題はたくさんあるが、私たちが快適な山小屋生活を過ごすことができるのは、彼ら有志のおかげだ。私たちも心しなければならない。

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コメント

綾瀬のトンちゃん様

 コメントありがとうございます。ゴミ拾い、楽しくできました。これからも、自治会を盛り上げていきたいものです。
 「貞祥寺」、藤村の旧家、旧中山道の「塩名田宿」「八幡宿」、「ピンコロ寺」をご紹介いただきありがとうございます。近々訪ねてみたいと思います。 H.T.

投稿: H.T. | 2011/08/25 10:59

昨夕山から帰宅しました。綾瀬は田舎ですが都会に来ると又山が恋しくなります。高登谷のゴミ拾いと花壇手入れのブログ楽しく拝見しました。美しい写真と構成のよい被写体は見ていてうれしいです。地元でも「違法広告剥し+道路草取り+ゴミ拾い」部隊に入っています。道路や公園に投げ捨てられたペットボトルやタバコの吸いガラ、自宅を一歩出ると草1本抜かない心に、皆で「何故だろう?」といつも話していました。日本人の中央集権国家的思考の理論展開でハタ!と疑問が解決しました。
佐久市洞源湖先の「貞祥寺」苔むした名庭です。藤村の小諸時代の旧家も移築されています。是非足をお運び下さい。旧中山道の塩名田宿・八幡宿も一見の価値有りました。佐久市野沢のピンコロ寺、コスモス街道もそろそろシーズンですね。信州の秋はうれしい事で一杯です。

投稿: 綾瀬トンちゃん | 2011/08/24 06:40

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