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2010/03/04

石の上にも三十年 八ヶ岳山麓No.96

                     植物から学ぶ「動かない」知恵Hpp3010513_2

 イワナ釣りで渓流に入り左の写真を撮影した。そのとき、「石の上にも三年」というブログを書こうと思った。このことわざの真意は、「つらく困難なことも、辛抱していればいつかは必ずなし遂げられる」ことのたとえである。植物は発芽したところで一生過ごさなければならない。動物のように移動できない植物は、より厳しい生活を余儀なくされるものと考えていた。すなわち植物よりは動物のほうが進化していると思っていた。撮影しながら、石の上で成長した樹木にことわざをあてはめられると考えていた。

 こんなことを考えていたときに、三省堂の書棚で『植物の生存戦略…〈じっとしているという知恵〉に学ぶ』(「植物の軸と情報」特定領域研究班 編 朝日選書)が目に入った。自身の関心にかかわる見出しにひかれて購入した。まだ出だしだけしか読んでいないが、今まで考えていたことに問題があることがわかった。要旨は、「植物と動物はどちらも現在、陸上で繁栄している。進化の頂点に立つ被子植物と哺乳類は、長い時間をかけて淘汰され、現在の形質や生活形を身につけてきた。植物は移動しなくても生きていける知恵を身に付けている」というものだ。植物と動物は、「環境に対する応答の仕方が違う」だけだという。植物の生活環境は、動物より厳しいとは言えないようだ。さらに全編を読んでからレポートしたいと思う。

 植物が移動しなくても生きていけるのは、光合成により自分が消費するエネルギーを作ることができるからだ。これを独立栄養生物という。これに対して動物は従属栄養生物である。人間も、自分独りで生きていくエネルギーを作れないので従属栄養生物である。しかし、樹木(植物)の生き方から何かを学ぶ必要があるのではないか。人間社会で考えると、転職、転勤、引っ越しなど移動をあおるような風潮には疑問を感じる。Hppa310051特に、現代のようなIT化とインターネット、通信技術で情報を交換できる時代にあっては、無益な移動をもっと減らせると考えられる。もちろん動くことを否定しているわけではない。有効な動き、むだのない動きが必要であろう。「石の上にも三年」をことわざだけで終わらせたくない。

 人の移動手段は、獣道に始まり、「シルクロード」や「東海道」などを経て高速道路や新幹線、航空機まで発展してきた。移動は文明の象徴であり、生活とビジネスの効率を追求するうえで欠かせない。しかし、移動手段が整ってきたために無駄な移動もあるのではないか。移動にはエネルギーを消費する。位置エネルギーの消費だ。位置エネルギーは垂直方向にだけあるのではない。水平方向の移動にもエネルギーを消費する。移動に時間やお金がかかるというだけでなく、東京から長野まで新幹線に乗っているだけでも疲れる。時間とお金はエネルギーが置換されたものである。生活場所(位置)を変えるということは、エネルギーを使うのである。このエネルギーを節約することは、地球レベルで必要ではないか。

 上の2点の写真は、「石の上にも三十年」とも「五十年」とも言える状況が写っているのではないだろうか。(写真上左は八ヶ岳山麓で3月1日撮影、写真上右は白馬山麓で2009年10月31日撮影)

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