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2009/05/31

ドイツを象徴する樹形 ドイツNo.84

1本の街路樹Hpp2253212

              

 ドイツのゲンゲンバッハで変わった樹木を見た(写真右)。根元に人が潜り込めるような洞がある。深山で見つけたら驚かないのだが、駅前通りの並木の1本だったので、異様に感じた。まったくの自然か、人手が加わったのか不明だが、不思議な樹形だ。1本の幹から枝分かれするのはよくあるが、逆に、分かれている幹が一つにまとまることはあまり見ない。根が岩をつかむように枝分かれしているのはときどき見るが…。プラタナスのようにも見えるが、樹種は不詳だ。

 しばしば、樹木には意思があるのではないかと感じるときがある。幹の伸び方、枝や根の張り方、葉の付け方などに目標があるように見える。これは当然で、ほとんどの植物は地上で光を求め、地中で水分や栄養分を求めている。少しでも良い条件を獲得しようと生長すると、意思があるように見えるのだ。しかも、樹木は大きく存在感があるので、人間に喩えたくなる。

 樹木の形は、木の“意思”だけで決まるわけではない。風や雪、ほかの樹木や岩石、人為などの外力でも樹形は左右される。“意思”を内的な条件とすれば、外力は外的な条件だ。両方で形成される点でも人間と同じではないか。ところで、Hp210p5170105_3八ケ岳山麓の身近なところにも変わった木がある。大きく水平に枝分かれ(幹分かれ)してから上に伸びている(写真左)。ありそうな形だが、原因はつかめない。何か外力が加わったとしか思えない。我が家のサンショウの木は根元がクランク形に曲がっている(写真下右)。幼木のとき、雪の重さで折れ曲がり、それが復活したのだ。今年は植樹してから15年ぐらい経ったが、初めて花が咲いた。若芽を筍ご飯やうな丼に飾って香りを楽しんだ。風雪に耐えた香りである。

Hpp5170128 樹木は擬人化しやすい被写体だ。ゲンゲンバッハの奇木にドイツの気風をあてはめてみたくなる。タキトゥスの「ゲルマニア」によれば、紀元1世紀ごろ、ゲルマン民族には20数種の部族があったという。多くのゲルマン諸族は協調して共同体を築き、中世ではいくつかの領邦国家が互いの存在を尊重して国家的な体面を作った。それは、現在の地方分権国家につながっている。さらに、ドイツはEUのリーダーシップを執っている。ドイツ人は異質なものを認め、協調できる底力をのようなものをもっていると思う。この奇木の威容は、いかにもドイツ的ではないか。大地にしっかりと根を張り、自国のみならず欧州までもまとめていく知見を象徴しているように思う。

 さて、樹木は良い被写体だ。意思があるというのは喩えであって、真相ではないが、すくなくとも、被写体としてみるときには、意思があると考えて撮影することが大切であろう。性格や魅力、キャリアが読みとれると思う。ゲンゲンバッハについて参照:『ゲンゲンバッハ ドイツNo.81』『日時計で暮らしてみたい ドイツNo.83』

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