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2009/04/12

日時計で暮らしてみたい ドイツNo.83

Hpobertorp2253148_2時間と私

 ドイツ・ゲンゲンバッハ(Gengenbach)で二つの日時計を見つけた。一つは上門塔(Obertortrum 写真右)に、もう一つは民家(写真下左)の壁にあった。それらを見て、ドイツ中世の生活を想像しながら時計と生活、時間について考えてみた。

 私が写真の創作活動に集中しはじめたころ、奈良原一高氏の「ヨーロッパ 静止した時間」という作品群に感動した。Hpobertorp2253144それを自身の当面の目標に設定し、「大和路の印象」を撮影した。とても奈良原氏の作品には及ばなかったが、テーマに取り組む充実感は味わった。そのとき、奈良原氏のタイトルが気に入ったのである。「時間」という言葉は、当時の私には、なぜか新鮮だった。そこで、いつか自分の写真展に「時間」を含むタイトルを付けたいと考えていた。20年後、横浜の風物を撮影した写真展に「横浜がみえる時間」というタイトルを付けた。英語が得意の義弟に英文化してもらったら、「Yokohama as it reflected on my mind」となった。英文のほうが私の表現意図をわかりやすく表している。「Time」とか「When」というような時間を表す単語は含まれていないが、時間の概念は十分に伝わると思う。ちなみに、私は、自身のテーマやタイトルを英訳しておくことにしている。

 「時間」は人間の高度な概念である。もちろん、人間以外の動物や植物にも時の流れに従った反応や行動はあるかもしれないが、人間ほど高度ではないはずだ。私は、動植物の時間について書く資格はない。しかし、人は過去を振り返って歴史を記録し、それを活かして未来の計画を立てることが、動植物とは違うと言うことはできる。時計が発明されたのはその証しだろう。

 時計の始まりは日時計だといわれる。紀元前3500年ごろ、エジプトでオベリスクと呼ばれる石柱を建て、午前と午後を区別し、影の長さで季節を知ったという。紀元前2000年ごろのメソポタミア文明では、昼間を6等分した日時計が使われていたという(cf. 原始時計の時代)Hpp2220111_2その後、水時計や火縄時計、線香時計、ローソク時計などが発明され、紀元1000年ごろ機械式時計が発明された。教会の鐘を定期的に鳴らすためのものだという。13世紀にはかなり正確な機械式時計が作られていたようだ。

Hpp2248800 時計の進化は文明の発達と連動している。文明は人間の脳内で起きている出来事の具現化といっていい。人の脳が開発された分だけ、より正確な時計が必要になった。現代文明はそれを象徴している。現在の時計は、秒単位どころか1/100秒単位まで測れる。正確な時間や時刻を測れるのは、高度文明と技術の象徴である。一方、逆に時計に振り回される社会ができてしまったのも事実だ。はたして日常生活に「--秒」は必要だろうか。「--分」は、朝の通勤時に電車に間に合うかどうかがかかっているので必要だ。現状では、「--分」は必要だが、「--時」だけで過ごす仕事や生活があってよいのではないか。それは実現可能だと思っている。

 正確な時計が発明されて人間が本当に幸せになったのだろうか。ゲンゲンバッハの日時計を見て、より正確な時刻を知ることが、どれほど重要なのか考えされられた。藤沢周平の小説は、「刻」の単位でストーリーが進行する(1刻は約2時間、それを4分または3分した)。このテンポは、人情を描写するのにこのうえない条件のように思う。ドイツの町では、教会の鐘が聞こえる。3時間ごとに鳴るのは中世以来の伝統だ。夜は別にして30分ごとに鳴る所があれば、15分おきの所もある。私も、ドイツ中世のような日時計や教会の鐘のリズムで暮らす生活をしたいものだ。

 時計とは別に、時間は人間独自の概念であり、表現には欠かせないものである。音楽や映画は時間芸術である。時の流れのなかには、動きと速さがあり、繰り返しと変化がある。リズムやテンポも感動の要素だ。これらは時間芸術の基本要素である。写真の分野にもそれを導入したい。そこで私は、撮影のモチーフの一つに「時間を撮る」ということを提唱している。

『豊田芳州のTheme』に掲載された写真と文章は、著作権法で保護されています。無断使用はご遠慮ください。All pictures and writings on this blog are copyrighted.

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