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2009/02/24

町の美しさを探る ドイツNo.78

ドイツ人の美意識Hpp2081225

 ホテルで朝、目が覚めると、しばしばゴミ収集車の音が耳に入ってくる。クレーンでゴミ箱を上げ下げする音だ。キャスターの付いた大きなゴミ箱をクレーン(リフター)で持ち上げひっくり返してゴミを収集車へ詰める。この作業の音は馬鹿にできない大きな音だ。7時台から10時台まで収集車が活躍している(写真下はミュンヘン中央駅前)Hppc183286ドイツの朝の“風物詩”かもしれない。これが公共のゴミ収集システムだ。一方、家庭のゴミもキャスターの付いたゴミ箱に入れて通路に出しておく(写真左下はシュツットガルト市内)収集車が、これを集めて運んでいく。フランスのエギスハイムでも同じだったので、これがヨーロピアン・スタイルなのかもしれない。常にゴミを箱に入れて見せないよう配慮しているのは、ドイツのほうが上だろう。Hpp6046648しかし、東京の六本木でも、同じようなゴミの出し方を見たことがある。日本には「護美箱」という言葉がある。この精神を生かしたいものだ。(写真右上はマインツの公園)

 ドイツの町がきれいなことは、何度も書いてきたが、その要因は二つに分けて考えられる。まず、汚さないことだ。ドイツの町にまったくゴミがないわけではないし、ときどき落書きも見る。しかし、その量は日本とはまったく違う。町をきれいにしようというモラールは、明らかにドイツのほうが上だ。一方、汚れていると掃除するのは、日本も同じだと思う。日本のゴミの収集は遜色ないと思う。Hpp2081216_2

 もう一つは、町を美しく見せようとしていることだ。窓辺に花を飾り、花壇にたくさんの花を植える。建物の外壁の塗装は、常に周囲との調和を考えている(写真右と下はオーバーアガマウ旧市街)Hp2p2081220電線は地中に埋め、工事現場のホロにまで絵を描いて舞台裏を隠す。このマインドが、私をドイツに引きつける。

 町がきれいで美しい大きな要因はドイツ人の美意識が高いからだろうか。美意識とは、美しさを感じる心の働きであり、芸術や自然の美しさを味わうときに働く意識のことだ。Hpp2081230一般的な美意識については、日本人もドイツ人も変わらないと思うのだが、町の美しさは明らかに違う。ドイツ人は、町は美しくあるべきだという気持ちが強いのだろう。これは、美意識が高いと言わざるをえない。写真左上はバンベルクの旧市街。壁面の塗装は調和が保たれている)

Hpp2081227Hpp6130054 ドイツでは、人々は中世以来、町は自分たちで築いてきたという意識が強く、市民一人ひとりが、住んでいる町は自分の町だと思っている。町の生い立ちや構造を見ればわかる。日本では、町は市町村や都道府県が造ったものという意識が強いのではないか。日本でも地方に行くと町はきれいである。そこで生まれ育った人々が住んでいるからだ。都会は、地方から移り住んだ人々がたくさんいる。自分の町と思えないのは当然かもしれない。日本の大都市の汚れが目だつのは、中央集権の“副産物”と言えなくもない。(写真上左はランズフート市内、上右はマインツ旧市街)

 

 町を大切にしている証しがある。どんな街路にも名まえがついているのは日本も同じだが、名まえが違うのである。例えば、ミュンヘンにはBeethoven str.(ベートーベン通り)とか、Schiller str.(シラー通り)というのがある。Hpp6040869どちらもドイツだけでなく世界的な偉人の名まえだ。有名な都市の名まえもある。例えば、ヘレンベルグにはStuttgarter str.(シュツットガルト通り)がある。地図を見ると、私たちには縁のない名まえもたくさんあるが、通りの名まえには住民の心が込められていると言っていいだろう。その通りを汚すわけにはいかないのではないか。長い時間をかけて築き上げたマインドが人々の脳と体に刻み込まれているにちがいない。(写真上左はシュツットガルト市内のゴミ箱)

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