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2008/09/26

教会の善意とサービス ドイツNo.74

目を癒し、心を鎮めるひと時Hpp6143767

 シュツットガルトで、夕食前のひととき、ホテルの近辺を散歩した。夏至が間近な6月中旬だったので、7時を過ぎても日はまだ高い。しかし、町は閑散としている。小さなカフェで2、3人がテーブルを囲んでいた。週末だったので、市民は早く家に帰ったのだろう。

Hpp6137947 重厚な石造りの教会の前に出た。福音派の教会(Evangelische Heilandskirche)だ。それほど古い建築ではないが、聖堂に木もれ日が当たり、いかにもドイツ的な雰囲気を作っている(写真上)。教徒らしい人々が食べ物や飲み物が入ったレジ袋を持って中へ入っていく。好奇心に誘われて、私たちも中に入ってみた。数人がバーベキュー・パーティー?の準備をしていた。その場の責任者らしい男が我々に気がついた。聖堂の扉を開けようとしていた私たちを見て、鍵を持ってきて開けてくれた。過分な親切だが、ドイツではあたりまえだと思った。基本的に教会は門戸を開放している。聖堂の扉が開いているだけでなく、どんな人も受け入れる用意があるということだろう。彼は、閉めてあった扉を開けることで、それを実践したのだと思った。

 内部は現代的な建築だった。今までたくさんの伝統的な聖堂を見てきたが、ここはまったく違う。しかし、厳粛な雰囲気だ。外光を取り入れ、それを囲むように座席が配列されている(写真上左)。Hppc146142せっかくのチャンスだったので、撮影させたもらった。扉を閉めて責任者へ合図を送って教会を後にした。

 ランズベルグのイエズス会教会(HI.Kreuz kirche 写真右)では、聖堂へ入るとオルガンの演奏で迎えられた。人が入っていくとセンサーが働いて音声が流れるように仕組んであるのだ。もちろん、テープによる自動演奏だ。Hppc146148中へ入ったとたんに音楽が鳴りはじめるので、驚きと感動がある。聖堂の荘厳な内装は目を癒し、 清らかな演奏は心を鎮めてくれる。行き届いたサービスだと思う。

 私にとって、クラシック音楽(宗教曲など)は栄養剤であり、カンフル剤なのだ。気がめいるのは、音楽から遠ざかっているときだ。思考が停滞しているときに、音楽を聴くと雄々しい気持ちになれる。撮影中に、このようなチャンスに恵まれるのは、理想的である。広い聖堂内(写真上左)で、独りでオルガン曲と賛美歌を3曲聴いた。

Hpp6102868_2  聖堂に入ると、お礼の気持ちで必ずいくばくか寄進する。フランス・アルザス地方のエギスハイム、聖レオ教会では、コインを箱に落としたとたんに祭壇が照明されたHpp6102873_2(写真右2点)。やはりセンサーでコインを感知し、照明のスイッチがONになるのだ。

 1980年代、横浜・山手の聖公会では、ティー・サービスという催しがあった。春から秋にかけて、 日曜日の午後、教会の庭にセルフサービスのカフェが開かれた。山手本通りを歩く観光客にお茶をサービスしたのである(写真下)。聖公会は、1863年(文久3年)英国人B・ベイリーにより居留地(現 山下町)101番、105番に創建されたクライスト・チャーチが前身だ。1901年(明治34年)現在の山手234番に移った。今も山手の外人墓地を管理している教会だ。観光客は、垣根越しに外人墓地を眺めながらひと時を過ごせる。これも、教会の善意だったが、現在はやっていない。Hpp9261134

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