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2008/09/14

ほのぼのする信濃川上駅 八ケ岳山麓No.62

なぜ、二宮金次郎の像は消えたのかHpp9140040

 911日の朝日新聞朝刊・神奈川版に「石像ブラジルへ」という記事が載っていた。記事の要旨は、「ブラジル移民100周年を記念して二宮金次郎(尊徳)の像をブラジルへ贈ることになった。来年2月にサンパウロ市内の公園に設置される。ブラジルへ移住した人々にとって、二宮金次郎の思想や精神が大きな支えであった。それを忘れないために、サンパウロ市の神奈川県人会が像の寄贈を求めた。松沢知事も了承し、現在、300万円の募金を集めている。」

 

Hpp9140025 私たちが小学生だったころは、どこの小学校にも二宮金次郎の石像が置かれていた。そして、二宮金次郎の歌を歌ったものだ。戦後の厳しい教育・生活環境ゆえに、薪を背負いながら読書する金次郎の像は目と心に焼きついた。金次郎は、私たちのかがみ(鑑)だったのである。ブラジル移民にかぎらず、多くの日本人に影響を与えたことはまちがいないだろう。それが、いつのまにか像は撤去されてしまった。なぜなのか、いつごろだったのか記憶にない。

 

Hpp9140051_2 ところが、小海線の信濃川上駅には二宮金次郎の像が置かれている。20年前、初めて駅を訪れたとき、懐かしさがこみ上げてきた。百科事典(スーパー大辞林)によると、「二宮尊徳は江戸後期の農政家。 通称、金次郎。相模国(現神奈川県)の人。合理的で豊富な農業知識をもって知られ、小田原藩、相馬藩、日光神領などの復興にもあたる。陰徳・勤倹を説く思想とHpp9140059行動は報徳社(二宮尊徳の指導のもと小田原に設立された農民扶助のための相互融資機関)運動などを通じて死後にも影響を与え、明治以降、国定教科書や唱歌にも登場」とある。陰徳・勤倹は、高度成長期の日本にとっては、好ましいことではなかったのかもしれない。また、農業や農政は、基礎教育には直接関係がないという理由で、排除されたのかもしれない。二宮金次郎の像が消えた背景にはこのような時流があったのか?  しかし、川上村は高原野菜の農業立国なので、金次郎の精神は大切なのだろう。Hpp9140013信濃川上駅に像があるのはうなずける。「陰徳」とは、ひそかに行う善行、「勤倹」は勤勉で倹約に努めることを意味する。現在の日本や地球レベルでも十分通用する精神ではないだろうか。特に、日本の財政再建には欠かせないだろう。

 小海線の信濃川上駅(写真上右2点」)は、かつて無人駅のときもあった。現在でも駅員は一人である。JRの駅ではもっとも小規模な駅に属するだろう。私は、この駅で今までにいろいろなドラマを見てきた。出会いや別離、旅情、青春など駅ならではのロマンがあった。私には気に入った場所だ。最近、信濃川上駅に吉永小百合がやってきたという。Hpp9140033JR東日本の「大人の休日」のポスターを撮影したそうだ。素朴で小さな田舎駅の旅情がモチーフになったのだろう。大女優の登場で、駅はややにぎやかになったような気がする。駅舎の窓に、そのポスターが飾られている(写真上)。二宮金次郎は、どんな気持ちで吉永小百合を見つめたのだろうか。

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