« 町の中のユーモア〔Ⅱ〕 ドイツNo.59 | トップページ | 08イワナ釣りシーズン始まる 八ヶ岳山麓No.49 »

2008/03/12

ショーウィンドーが絵になる ドイツNo.60

Hppc145988_2電線と電柱が見えない町

 ドイツの町が美しくみえるのは、電線と電柱がないからだ。町の中に見える電線は、トラムの高架線と街路灯をつるすためのワイヤー(兼電線)だけだ。写真家の立場で言えば、町並みを撮影するには、たいへんありがたい。しかし、それ以前に町が美しく見えることのほうが大切だ。日本も、電線と電柱はかなり少なくなったが、裏通りや路地には相変わらず電線が目だつ(写真右)。Hpp3114099 もっとも、これが日本らしさの象徴かもしれない。写真左は、ショーウィンドウに映り込んだランズベルグ市教会。

Hpp3050234_2 ドイツで私は、しばしばショーウィンドーを撮影する。その理由のひとつは、展示された商品に興味があるからだ。日本とは違った製品があり、その見せ方がおもしろい場合がある。もうひとつの理由は、商品やマネキンがガラスに反射した風景と重なってファンタスティックなシーンができることHpp3050231 だ。ドイツでは、そのとき電線が写り込まないように注意する必要がないので、思いどおりのカメラポジションから撮影できる。

 バウハウスのモホリー・ナギ(1895~1946年)は、「八つの写真的視覚像」の中の一つに「同時視 simultaneous seeing」を挙げている。二つ以上の画像を同時に見ることができるのが写真の大きな特性であると考えていた。ナギの時代(1930~1940年ごろ)には、多重露光によるプリントが同時視Hpwp6100216 の代表であったと思われる。違ったシーンを1枚の印画紙に焼き付けることでフォトモンタージュができることに着目していたのである。モホリー・ナギは、現代の多重露出撮影に通じる概念を、すでに意識していた。同時視は写真の重要な表現方法なのである。パブロ・ピカソも、ほぼ同じ手法で運動や位置の変化を表現している。キュービズムの原点もそこにあった。ショーウィンドーにできる視界も同時視の一つである。ショーケース内に展示された商品やマネキンと、ガラスに映り込んだ風景が重なって、新しい視覚が生まれる。

 町が美しく見える背景には、充実した共同溝がある。電線やガス管、電話線などが、地下の共同溝に通されている。そのHpp3050237 Hpp3110285_2 おかげで、地上がシンプルになる。バンベルクでその工事風景を見た。巨大な共同溝が埋められていて、路地にも電線はない(写真右2点)。ドイツでは、共同溝が発達しているのだ。東京でも共同溝を見学できる東京メトロの銀座駅から松屋の地下玄関へ入るとき、左側に見学用ののぞき窓がある(写真左下2点)。そこには、Hpp1010005_2電線Hppa121660 のほかに電話ケーブル、上・下水道管、Hpp1010041_2ガス管、交通信号ケーブル などが埋設されているのがわかる。そのおかげで、銀座通りはスマートでファッショナブルなのだ。右上の写真は、銀座4丁目和光のショーウィンドー。電柱と電線がないので思いどおりに撮影できる。ただし、ショーウィンドーには著作権があるので、撮影許可を得たり、写真にクレジットを入れる必要がある。

『豊田芳州のTheme』に掲載された写真と文章は、著作権法で保護されています。無断使用はご遠慮ください。All pictures and writings on this blog are copyrighted.

|

« 町の中のユーモア〔Ⅱ〕 ドイツNo.59 | トップページ | 08イワナ釣りシーズン始まる 八ヶ岳山麓No.49 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 町の中のユーモア〔Ⅱ〕 ドイツNo.59 | トップページ | 08イワナ釣りシーズン始まる 八ヶ岳山麓No.49 »