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2007/08/08

モーツァルトが見た光景〔2〕 ドイツNo.47

Hpp6080095 音符と楽譜の起源を知りたい

 ザルツブルグの「モーツァルトの生家」で、モーツァルトが、初めてた書いた楽譜を見た。「1764 Minuet and Trio or Minuet Ⅰ&Ⅱ for piano K1(1e and 1f)(私が急いで書き付けたメモより)と解説されていた。直訳すると、「1764年 ピアノのための“メヌエット”と“トリオまたはメヌエット” K1e、1f」となる。K(ケッヘル)はモーツァルトの作品の整理記号だ。K1は、整理上で初めて書かれた曲を意味する。1764年に、モーツァルトは8歳になっている。

 その楽譜を見て二つのことを感じた。まず、文字が音符のように見えることだ。楽譜の欄外に書かれた文字が音符とよく似ているのである。モーツァルトにとっては、文字を書くのも音符を書くのも同じことであったと思われる。二つめは、音符が踊っているのである。曲のひらめきについていくためにすばやく書いたように見える。モーツァルトの作品の将来を暗示しているように軽やかだ。文字も音符も、伝達のための記号である。習って覚えなければならない。モーツァルトにとっては、言葉と音楽を同時に覚えていったのだろうか。天才が書き記したものから、アルファベットの起源と音符の起源、またその関係を突き止めたいという気持ちになった。

 「モーツァルトが見た光景〔1〕 ドイツNo.46」 の続きで、幼少時代のモーツァルトの視界を想像してみた。

①写真上 ザルツブルグ城は旧市街の小高い丘にあるので、ほとんど毎日見ていたのではないか。生家の裏窓からもながめられる

Hpp6090030 聖ペーター修道院付属の教会は、モーツァルト家にとって縁が深い。自身が作曲したドミーニクス・ミサ曲(K66)の初演など、現在までたびたび演奏会が催されているし、墓地には姉のナンネルが埋葬されている

Hpp6090117③聖ペーター教会では、しばしば結婚式が催され、そこで幸せなカップルを見たことだろう。私もチャンスに恵まれた

Hpp6090085④聖ペーター修道院わきのメンヒスブルグ山岩壁には、初期キリスト教の遺跡、カタコンベがある。珍しい遺跡なので、モーツァルトもこの洞穴の中に入ったにちがいない

Hpp6090057⑤ 修道院付属の墓地は、世界でいちばん美しい墓地と言われるが、当時も現在とそう大きな違いはなかったと想像する

Hpp6096896⑥ モーツァルトは、幼少から父レオポルドに連れられて宮廷に出入りしていたから、多くの貴婦人に会ったことだろう

Hpp6100135_2Hpp6100130_3  ⑦現在では、観光目的の馬車がたくさん走っている。当時は主要な交通手段だったろう。馬の糞と、それを片付ける場面を見ていたはずだ

Hpp6100033_2⑧ ミラベルの庭園が現在の状態になったのは1730年だという。モーツァルトが生まれる26年前なので、モーツァルトも同じ風景を見ていただろう

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