« シカに1勝5敗 八ヶ岳山麓No.36 | トップページ | 霧の激流で釣る 八ヶ岳山麓No.37 »

2007/07/17

モーツァルトが見た光景〔1〕 ドイツNo.46

Hpp6080065_2 ザルツブルグの生家周辺

 モーツァルトの生地、ザルツブルグを初めて訪れた。昨年は、モーツァアルト・イヤーで混雑が予想されたので避け、今年にした。モーツァルトは私がもっとも大きな影響を受けた芸術家(作曲家)である。どんな分野でも、作品と作者から何か自身の創作に役立つものを得たいというのが私の基本姿勢だ。しかし、モーツァルトに関しては、手がかりが見つからない。ひらめき(インスピレーション)のすばらしさだけが耳に入り、論理とか努力が感じとれないのだ。鑑賞して爽快な気分になり、モーツァルトの音楽のような写真が撮れればとあこがれるのみだ。

 モーツァルトの音楽にはいろいろな表情や雰囲気がある。壮大で雄雄しい構想の「交響曲第41番ジュピター」(K551)、沈潜した短調の幻想に引き込まれる「ピアノ協奏曲第20番」(K466)、牧歌的さわやかさの「ホルン協奏曲第3番」(K447)、論理と感性が渾然一体になった「ピアノ協奏曲27番」(K595)、人間が生み出したとは思えないリズムを持つ「ディベルティメント第11番」(K251)、天女の舞のような「フルートとハープのための協奏曲」(K299)など、一人の作曲家が作ったとは思えないほどの多様な表現は筆舌に尽くしがたい。モーツァルト自身が言っているように「…本当の財産は頭の中にある…私の財産を盗むなら、私の頭を切り取って持っていくしかない」(要旨 「モーツァルトの住まい」の解説テープ)ということを、納得するしかない。それでも財産は盗めないだろう。モーツァルトは、物質的な財産に対して精神的なものを強調するためにこう言ったのである。 モーツァルトの名作を究明するには、天才の脳を解明するしかないだろう。しかし、これは不可能だ。

 モーツァルトは天才である。生まれながらの才能が開花した。しかし、幼少時代には多少のインプリント(刷り込み)があったのではないか。それを探ろうと試みた。幼少のモーツァルトが日常どんな風景や情景を見ていたのか想像し、モーツァルトの目線になって生家周辺の風景を撮影してみた。続編はドイツNo.47で掲載する予定。(写真上 レジデンツ広場から見たグロッケンシュピール(からくり時計)。モーツァルトもこんなのどかな風景を見ていたのではないか)

Hpp6100227_2 ザルツァッハ川の岸辺から見たザルツブルグ旧市街。教会の尖塔群の奥にザルツブルグ城が見える

Hpp6090138_1

ザルツァッハ川を渡り、門をくぐるとハーゲン・アウレル広場に出る。正面にモーツァルトの生家がみえる(左の黄色い建物)

Hpp6090042_1

モーツァルト生家の1階玄関

Hpp6090046階段を上って3階の部屋へ

        

     

Hpp6090056_4 博物館になっている生家の入口

Hpp6096909_3 狭い中庭。日常生活では無視できない視界だろう

Hpp6080019_2 3階の窓から広場の俯瞰を撮りたかったが、撮影禁止だった。地上で撮影した写真から想像してほしい

Hpp6090094_3 モーツァルト生家の裏側

Hpp6096902 3階の裏窓から見えるコレーギエン教会。モーツァルトの視覚にもっとも影響したと思われる。しかし工事中でホロがかかっていた。

Hpp6096903_3 同じく裏側の窓から左方向を見ると、ヴィア・フィルハーモニカ通り越しにザルツブルグ城が見える

Hpp6080027_2 生家があるゲトライゼ通り。現在はファッショナブルな店が並び、観光客であふれている

Hpp6090060_1 1階玄関の左隣りの路地を入ると、広い中庭に出る。人々がくつろいでいた。生家のすぐそばなので、幼少モーツァルトも連れていかれたのではないか

参照:「モーツァルト考 ドイツNo.8」

『豊田芳州のTheme』に掲載された写真と文章は、著作権法で保護されています。無断使用はご遠慮ください。All pictures and writings on this blog are copyrighted.

|

« シカに1勝5敗 八ヶ岳山麓No.36 | トップページ | 霧の激流で釣る 八ヶ岳山麓No.37 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« シカに1勝5敗 八ヶ岳山麓No.36 | トップページ | 霧の激流で釣る 八ヶ岳山麓No.37 »