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2006/10/22

『三十か月』の読後感 ドイツNo.29

Photo 人間の英知と精神の気高さ

 この読後感をドイツのカテゴリーに加えるか迷ったが、入れることにした。

 かつて、ドイツは周囲のヨーロッパ諸国やアメリカ、カナダなどを相手に戦争し、多大な危害を加える一方、敗戦の憂き目を見た。第二次世界大戦におけるナチズムの暴挙である。特に、多くのユダヤ人が迫害され、悲惨な結果に至った。シルト・ウォルターズ著 朝比奈一郎訳 『三十か月』(冨山房インターナショナル刊)には、オランダでユダヤ人一家をナチスから守った著者の体験が生々しく描かれている。見出しを兼ねた副題に、「ユダヤ人家族を守り抜いた恐怖と幸福の日々」とある。私がアウトラインに触れることは、本書を読むときの妨げになると思うので避けることにする。

 本書を読んでもっとも強く感じたことは、人間の正確で気高い生き方である。ナチスに見つかればユダヤ人家族は殺され、かくまった著者の家族もただではすまない状況で、著者が日常、自宅でとった行動の緻密さは驚嘆に値する。限界状況とはいえ、あきらかにだれもができる行動ではないと思った。この正確さは、ナチスに抵抗する地下活動組織を維持するためにとった著者の英断にも表れている。私自身を振り返れば、正しいと思うこと、成し遂げたいと思うことを実践しようとしても、ともすれば大勢に流されたりあいまいにして逃げてしまうきらいがある。克己心の欠如と思考停止である。彼らが危機を乗り切るときの知恵と行動は私に反省をうながした

 もう一つ、私が感動したのは宗教の位置づけだ。すべてを尽くして、その後は神に任せるという場面がしばしば描かれている。著者の家族は、過去については神に感謝し、未来は神の思し召しに従うという心境なのだ。私たちにはなかなかなれない境地だろう。神の思し召しがあって、本書は生まれた。人間の気高さと、まごころのすばらしさを、あらためて感じた。また本書は、人間だけでなく、家族とは、戦争とは、政治とはという問いにも答えていると思う。同類の書として『アンネの日記』が有名だが、訳者によると「本書と『アンネの日記』は、いわば同じコインの裏と表の関係にあり、両者を併せ読むことで、第二次世界大戦中の代表的なオランダ市民の姿がひとつの像となって浮かび上がってくる」という。

 私の好きなドイツは、残念ながら加害者(国家として)であった。なぜこのような事態になってしまったのか、それについても著者は触れている。ドイツでテレビを見ていると、ナチスにかかわる場面がたまに出る。反省を忘れないということなのだろうか。現在のドイツは、この戦争に対する責任を果たし、EUの盟主としてヨーロッパのまとめ役を演じている。

冨山房インターナショナル http://www.fuzambo-intl.com/i/i_018.html

関連記事 あとりえ・チビッコ http://atchibi.cocolog-nifty.com/

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コメント

 訳者からコメントをいただき光栄です。ブログ冥利に尽きます。

 朝比奈さんがおっしゃるとおり、正確という言葉は正義という意味で使いました。人間が生きるときの正確さの基準は正義なのですが、うっかり「正義」使うと場違いになりそうなのが日本の社会だと思います。我々の周囲にはあまりに不正義が目立ち、正義という言葉が死語に近いと感じたからです。それに、シルトさんの目標(ユダヤの人々を守ること)に対する判断や行動は、実に正確だと感じました。また、私がエンジニアリングを学んできたので、正確さが大切だと感じていることも手伝っています。正確という言葉で、シルトさんの真心の大きさを伝えたいと思いました。

 すばらしい本を翻訳されましたね。カナダでの活動をうらやましく思います。ますますのご活躍をお祈り申しあげます。

投稿: 豊田芳州 | 2006/11/10 18:05

こんにちわ

大倉山でしばらくお隣り付き合いをしていただいた朝比奈です。覚えておいででしょうか。あの頃から二十数年を経た今、ぼくはカナダに住み、時々豊田さんの写真ブログを拝見していることに何か不思議な縁を感じます。
過日、豊田さんのブログで「三十か月」を取り上げていただいたのを知り、一言お礼を申し上げたいと思ってこのメールを書いているところです。豊田さんの感想にもあるように、著者シルトさんは信仰に深く根ざした正義(豊田さんの「正確」という用語に相当するかと思います)を貫いて人生を全うした方だと思います。ぼくは、A Hidden Family Upstairs(原著の題です)で、そのような生き方が戦争という極限状態にあってもゆらぐことなく、ごく普通のことのように(そしてSense of Humorを失うことなく!)淡々と語られているところに、彼の人となりを見る気がしました。「正義」は宗教や信条を超えた普遍的な概念でしょうが、ぼくたち日本人がそれを意識することはあまりないのではないかと思います。しかし信仰を共にする人々にとっては、当然ながら「正義」も共有されるべき価値であって、そこから「市民」という連帯感も生まれるのではないか(たとえばシルトさんの同業者の言葉)・・・原著を翻訳しながら、ぼくはそんなことも考えさせられました。ぼくは、カナダへ来てこのような本に出会ったこと、その翻訳をする機械を得たこと、そしてぼくの翻訳が豊田さんのようなよき読者を得たことに、いまさらながら感謝しています。帰国した折には、ぜひお目にかかりいろいろお話したいものだと思っております。

投稿: 朝比奈一郎 | 2006/11/08 13:50

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