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2006/07/15

美しき水車小屋の娘 ドイツNo.22

詩や音楽からイメージを作るHpp5258628

 中世のドイツを知るため、いろいろな文献や絵画などを調べているが、音楽が好きな私には、クラシック音楽もその一助になる。ドイツ古典派からロマン派にかけてのドイツの作曲家は、少なくとも私よりは古いドイツを見ている。作品には多かれ少なけれ時代が反映していると考えられるので、音楽を聴きながらイメージを膨らませることはできる。

 『美しき水車小屋の娘』は、ウィルヘルム・ミューラー(1794~1827年)の詩にフランツ・シューベルト(1797~1828年)が曲を付けた歌曲集だ。シューベルトやミューラーは今から200年前のドイツで生活していた。詩にはいろいろな描写があり、曲には当時の雰囲気が感じとれるので、この歌曲集は参考になると考えていた。これは歴史的な被写体を研究する常套手段だ。そこで、ドイツへ行ったら水車を見ようと決めていた。

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 『美しき水車小屋の娘』は、若い水車職人(粉挽き職人)が修行のために旅に出て、水車小屋の娘に出会い、恋をし、振られてしまうというストーリーを20編の詩にまとめたものだ。訳詩を読むと、当時の生活や道具、自然などが描かれている。水車はもちろん、さすらい(旅)、石臼、親方、庭師、ムクドリ、ヒバリ、リュート、狩人、小鹿、リス、キャベツ畑、イノシシ、葦笛、バラ、角笛などが詩の中に織り込まれ、イメージを作るのに役立つ。一方、曲は想像力を刺激する。「さすらい」とは、ドイツの職人や徒弟が修行のため地方を旅する習慣や制度のことだ。現在でもマイスター制度の中に組み込まれている(『異文化としてのドイツ』岩村偉史著 三修社刊)。シューベルトは「さすらい人」、マーラー(オーストリア)は「さすらう若人の歌」という曲を書いている。『美しき水車小屋の娘』の第1曲は「さすらい」である。ヨーロッパにおいて、「さすらい」は単なる旅ではなく、大きな意味を持っていたようだ。『ドイツ人のこころ』(高橋義人著 岩波新書)には、「さすらいの旅は自由、冒険、新天地を意味するものとなっている」と書かれている。

 ノルドリンゲン(cf. ドイツNo.19 http://silent-forest.cocolog-nifty.com/ht/2006/06/no19_996a.html)で水車を見つけたので撮影した(写真上右)。水車は、小屋というよりは製粉工場のような大きな建物のわきに設置されていた。そばに回転軸に取り付ける弾み車が転がっていた(写真上左)。ミューラーの詩と重ね合わせながら200年前を想像した。多くの水車職人がここへ修行に立ち寄ったことはまちがいないだろう。

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