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2006/04/22

テーマをもつ喜び 横浜No.5

Hpp4126581_1横浜にのめり込む〔1〕

 私は、30歳代に東京から横浜へ引っ越した。ときどき家族と山下公園へ遊びに行ったとき、どこか町並みが東京と違うのに気づいた。そのときは、それがなぜなのかはっきり意識しなかった。漠然としていたのだが、テーマを探し求めていた自分にとっては、なにか引っかかった。これをはっきりさせるためにHpp4126570横浜を撮ってみようと決めた。サラリーマンの身では、土日しか撮影する時間がとれない。地元でテーマを見つけて撮るしかない。

 まず、西洋館めぐりのイベントに参加した。幕末以来、山手の西洋館に生活していた人々を知り、彼らの業績がわかってきた。外人墓地の墓標を見ると、眠っている人々が日本で果たした役割の重さがわかり、この人たちを立てるために撮影しようという気になった。いろいろな参考書から彼らのライフスタイルもわかってきた。山手が住宅地、山下町がオフィス街、その間に元町があり、職住接近した一つの町が見えてきた。まさに、今まで本で読んであこがれていたヨーロッパ中世の町並みだ。山下公園へ行く途中で感じた雰囲気は、文明開化以来のオフィス街の面影だったのだ。男たちは通勤の途中、元町でクリーニング店へ洗濯物を頼んでオフィスへ向かい、帰りはパンや花束を買って山手に帰る。そんなライフスタイルがあった。元町代官坂にある宮崎生花店は、創業明治6年の花屋だ(写真右下)。いろいろな記念日や誕生日、港で船の入港、出港があると山手の人々は花屋に立ち寄ったという。Hpp4136614

 山手に住む人々は、日曜は教会(山手カトリック教会など 写真左上)へ行き、ミサが終わると、故国を後にした人々が集まり、寂びさをまぎらわせた。横浜開港資料館に『どんたくの図』という錦絵がある。ドンタクはオランダ語のzondag(日曜日)のことで、絵には、休日を楽しむ外国人のイベントが描かれている。これにちなんで、1980年代、横浜青年会議所は『横浜どんたく』というイベントを開催した(写真左上)。現在では、サンモール・インターナショナル・スクールのフード・フェアーに、その名残を感じる。

 だんだん横浜の町の特徴が見えてきた。十分テーマとして追求する価値があるとわかった。1984年9月30日、元町から山手へ上る途中で、古代遺跡のような発掘現場にめぐり合った。関東大震災で倒壊して埋もれた西洋館、山手80番館 のマクガワン邸が発見されたのだ(写真右下)。風呂場のタイル床が折れ曲がり、大地震のすさまじさを物語っている。すでに関東大Hpp4136609震災と山手西洋館の関係は『古き横浜の壊滅』(有隣新書)で読んでいた。文献と事実が一致するのは大きな感動だ。ちょっと大げさな例えだが、ハインリッヒ・シュリーマンはホメロスの『オデュッセイア』を読み、トロイの遺跡を発掘した。私にとっては、これと似た体験だったのだ。横浜の異国情緒と歴史は、私のテーマをより確固たるものにした。タイトルを『横浜が見える時間』とし、この後、充実した撮影ができるようになった。

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コメント

コメントありがとうございます。むかし、「浜っこ」というタウン誌の取材でいろいろ話を聞いたことがあり、それ以来、私も何回か宮崎生花店で花をアレンジしてもらいました。代官坂の花屋さんが、ずっと続いてほしいと思います。(豊田)

投稿: 豊田芳州 | 2007/06/21 00:37

代官坂のお花屋さん、歴史があるんですね。
先月の母の日、祖母にお花を贈りそこね、思案してこちらからお花を届けてもらいました。素敵にアレンジメントしていただき、祖母が感激していました。外観は地味ですが、とても親切な花屋さんです。これからも機会があったらこちらを使うつもりです。

投稿: ノンさん | 2007/06/09 18:31

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