2012/01/27

立春前の年中行事

Hpp1266464_2穴八幡のご利益

 毎年この時期になると、穴八幡宮(西早稲田)へ参拝し、「一陽来福御守」(お札)を買って帰る。「一陽来福御守」は「金銀融通の御守」と言われ、商売に大きなご利益があるからだ。私はフリーの写真家になってから毎年、穴八幡に通っている。フリーとは営業もしなければならない。Hpp1266489商才のない私にとって御守は大きな味方になった。「一陽来福御守」のご利益は相当のものだ。毎年、1月下旬に穴八幡へ出かけると、御守を求める人々で行列ができている(写真下左は1月26日のようす、同右は拝殿前の楠)

 私は、52歳になったとき勤めていた出版社(編集部)を退社した。何かあてがあって辞めたのかと聞かれたら「NO」と答えるだろう。やりたいことはあったが収入を得るあてはなかった。周囲の方たちにもそれはわかっていたようだ。いろいろな方々が私を助けてくださった。まず、在籍していた編集部のメンバー、高名な写真家、同窓の先輩・後輩、写真業界のメーカーとラボ、出版社の編集者など、たくさんの方々がたくさんの仕事を世話してくださった。Hpp1266490Hpp1266482そのおかげで、写真撮影だけでなく原稿の執筆、撮影の講師など、多忙な時間を過ごした。写真専門学校の講師という私にとって光栄なチャンスにも恵まれた。専門学校で教壇に立った11年間は、人生のクライマックスであった。父母が教師だったので、大卒当時は新鮮味を感じなかったHpp1276505_2教職がこれほどすばらしいものなのかと、あらためて反省したものだ。50歳を超してから若い学生とつきあう充実感は筆舌に尽くしがたい。

 穴八幡の御守は、恵方(陰陽道で定められたその年の歳徳神のいる方角)へ向けて部屋の隅に貼る(写真左)。貼る時期は、冬至と大晦日、節分の三日のどれかの夜中、午前0時と決められている。私は、毎年節分の豆まきをしたあと午前0時の時報に合わせて所定の場所に貼る。縁起をかついで秒単位の精度で貼る。今年の恵方は亥子(ゐね Hpp1266503_2Hpp1266497真北から少し西寄りの方角)である。2月3日の0時に貼る予定だ。この年中行事は、商売をしていた義父を見習ったものだ。おかげさまで、多くの方々と穴八幡に助けられて現在の私がある。

 穴八幡参りは、金城庵の天丼で締める。穴八幡から10分、早稲田大学正門の前を通過して金城庵まで歩く。金城庵の天丼はうまいのでこだわる価値がある。これも義父のものまねであり、縁起かつぎである。

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2012/01/24

聖ミヒャエル教会のファサード ドイツNo.112

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工事中のまごころ、几帳面、潔癖

Hpp6147000_2 ドイツのほとんどの町は、旧市街を大切に守っている。旧市街とは、市庁舎と教会、マルクト広場を核として中世以来形成されてきた町の中心部である。第2次世界大戦で被災し破壊された旧市街でも、絵画や図版、写真などを参考にして中世以来の町並みを復活、再現している。そこには、我が町を大切にする執念を感じる。けっして生半可ではない。それだけこだわっているので、工事現場でもすきを見せたくないにちがいない。工事中の建築をおおうホロにもそれが表れている。Hppc104691_3

 昨夏、ミュンヘンの目抜き通り、ノイハウザー通りにある聖ミヒャエル教会が工事中だった。その壁面を覆うホロには、教会のファサードが精巧に描かれていた(写真上左)。そこで、どれだけ本気で描いたのか調べるため、以前撮影した実物のファサードと比較してみた(写真右)。カメラポジションやレンズの画角、天候など2点の撮影条件が違うので、厳密な比較にはならないが、要点はわかるだろう。ホロには、順光トップライト下のファサードが描かれている。

 ドイツでも建築や施設の修繕、補修、リフォームは欠かせない。工事中は景観が変わってしまうのはやむをえないだろう。そのとき、Hppc173187_2観光客など多くの人々へできるだけ本来の姿を伝えたいというドイツ人のまごころを感じる。また、それを支える几帳面と潔癖さを察することもできる。根幹には、Hpp6044555自身の住んでいる町、ひいては国を守りたいという精神が流れているのである。

 聖ミヒャエル教会は、1583~97年にミヒャエル5世によって建立された。そのファサードは、宗教的、歴史的にも注目すべき価値があるという。私は、2006年12月、クリスマスのアドベント時期にミュンヘンを訪れ、聖ミヒャエル教会でミサを見学した。そのときの体験は、今も忘れられない。昨夏は工事中のため聖堂は見学できなかった。しかし、1階(半地下)の礼拝堂は開いていたので、キリスト受難と復活の場面を再現した一連の彫刻を撮影させていただいた。Hpp6044546 (写真上左 聖ミヒャエル教会聖堂内部(2006年12月)。写真左 1階礼拝堂の「復活」を表す模型。写真上右 「復活」を表す彫刻)

参照:「工事現場のホロに描かれた絵 ドイツNo.50」 「町の美しさを探る ドイツNo.78」

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2012/01/21

森の健康食品・くん製 八ヶ岳山麓No.134

      テーマについてのアドバイス

レシピと作り方Hppc245491_2

 私は、八ヶ岳山麓でときどきチキンの燻(くん)製を作る。最近、今までよりおいしくできるようになったので、レシピを公開することにした。作り方は芳州流で、だれにでもできる簡易的な燻製法だが、味は上等だ。なお、このページは昨年来、掲載の時期をうかがっていたもので、写真も以前のものだ。

 まず、ソミュール液を作ろう。材料は、水1000ml/食塩 大さじ3杯/日本酒 100ml/味醂 大さじ1杯/コショウ 少々/ロリエ(乾燥させた月桂樹の葉)数枚。容器は、肉などを入れたときあふれないほどの大きさであれば何でもよい。ソミュール液というのは、本来、食塩の飽和溶液にしなければならないのだが、芳州流では食塩は少なめだ。これに好みの香辛料を加える。Hppc250269コショウとロリエが定番だが、ロリエをきらしていたのでオレガノのドライリーフをもみ砕いて入れた。ちなみに、オレガノは山小屋のハーブ園の中では優先種である。毎年大量のドライリーフが採れる。日本酒や味醂の代わりに赤ワインも合う。今回まろやかな味になったのは、味醂のおかげのようだ。

 これに素材のチキンの骨付きもも肉を浸ける。素材の選択は自由だ。私は、鶏の砂肝、豚のバラ肉やレバーなどもしばしば使う。常温(気温は10~15度C、冬の山小屋で)で半日から一昼夜浸ける。ときどきHppc250270 、かき回してソミュール液が均一にしみ込むようにする。半日以上たったら、水洗いして大皿に乗せて乾かす。 燻材はヒッコリーとクルミを使った。燻製器(構造は写真上左のとおり)の底に燻材を敷き、その上に素材からしみ出した油を溜めるトレイを敷く。その上に金網に乗せ(写真左)素材を置きふたをする(写真下左)。燻製器を弱火で約2時間熱する。肉を蒸し焼きにするのだ。弱火にするのは煙を長時間安定して出すためである。強火では燻材はすぐ燃え尽きてしまい良い煙が出ない。燻煙中の2時間の間に素材を3回ひっくり返し、まんべんなく煙と熱がゆきわたるようにする。また、途中で1回燻材を補充をする。Hppc250272 私が作る燻製は温燻なのだが、肉類を焼くのではなく、煙と弱火で蒸す感じだ。芯まで熱がとおるのには2時間以上かかる。当然、煙がたくさん出るので屋外で作業する。私は、火力にボンベ式ガスコンロを使っている。

 味は抜群だ。市販のハムやソーセージとは違った濃厚な煙の香りがする。ビールやワイン、ウイスキーのつまみには最高だろう。私は、燻製を健康食品だと思っている。燻製には樹木のフィトンチッド(木精)が浸み込んでいると思うからだ。Hp200707300029 フィトンチッドは殺菌、消臭作用があり、このエッセンスが濃縮して浸み込んでいる。さらに、燻煙中に大量の脂がしみ出しトレイに溜まる。燻製にしないときは、この油も食べているのかと思うとゾッとする。温燻は脂が抜けるのである。燻製は食品として体に悪いはずがない。もちろん完全な保存食である。ちなみに、燻製にはハエがたからない。(写真右 燻煙中の鶏のもも肉)

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2012/01/11

にぎやかな氷点下の森 八ヶ岳山麓No.133

厳冬期の森のようすフォトアルバムHpp1084786

 1月上旬は、連日、最低気温が-13度Cまで下がった。もちろん日中も氷点下である。野辺山では-20度Cを記録したという。私たちの山小屋(標高1400メートル)は、野辺山の観測点より標高は高いが最低気温は高めである。山の陰で風が少ないのと、屋外とはいえ山小屋の暖気が温度計に影響しているのではないか。この寒さで渓流の氷は発達し、水温の高い上流では、毎朝、霧氷ができる。冬の撮影は最盛期に入った。

 ファインダーで被写体を探すと、冬の森がバラエティー豊かでにぎやかなことがわかる。氷や霧氷など視界はきらびやかだし、哺乳類はもちろん、昆虫の活動も観察できる。厳寒期に活動する昆虫を見ていると、時間(時期)的に棲み分けて適応しなければならない自然界の厳しさを実感する。しかし、私の知識ではそれらの昆虫を同定できないし、生活形も不詳だ。氷点下の森のようすをアルバムにまとめてみた。

「氷変化」(ひょうへんげ)(写真上右 渓流の氷)

「厳寒の八ヶ岳山麓」(写真下左) ●「アイスキャンデー」(写真下右 渓流の氷)Hpp1065785Hpp1086149

「綿菓子」(渓流の霧氷)(写真下左) ●「植 毛」(写真下右 渓流の霧氷)Hpp1055635Hpp1085909

「オアシス」(写真下左 氷面下の陽だまりでうごめく水生昆虫) ●「冬の縄張り」(写真下右 氷点下で活発に動く昆虫)Hpp1086023Hpp1085976_2

「皿回し」(写真下左 円盤状に発達した渓流の氷) ●「孤 独」(写真下中 キツネの足跡) ●「ミイラ」(写真下右 ドライフラワー)Hpp1055743Hpp1055618_2Hpp1075850_2

                      

                      

                     

                     

                     

「氷鉱石」(写真右 結晶状態の雪面)Hpp1075872

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2012/01/02

山下公園でカウントダウン 横浜No.59

震災復興を期す年越しイベントHpp1015473

 2012年のカウントダウンを横浜の山下公園で迎えた。おりから山下公園では、年越しイベントとして「HOPE」が開催されていた。12月31日は、約2000個のキャンドルで地上に「HOPE」の文字を描き(写真上)、約3000個の電池式LEDを果実袋で包んだ「ひかりの実」を公園の樹木につるした(写真下左) HOPE実行委員会のホームページによると、Hppc315393「ひかりの実」とはアーティストの高橋匡太氏が描いた基本的なパターンに、スマイルやメッセージを書き加えるように準備されていて、横浜市内の小学生が協力してそれに描き加えて「ひかりの実」を作った(写真下2点)。それを「被災地に笑顔を送る」という趣旨で、一部は陸前高田市竹駒町にある滝の里工業団地・仮設住宅集会所にも展示されている。

 ちなみに、山下公園は、関東大震災(1923年)で出たがれきで海を埋め立てて造った公園だ。1930年、日本最初の臨海公園としてデビュー、Hppc315397_2Hppc315451同年、横浜復興大博覧会の会場にもなった。1961年には桟橋に氷川丸が係留され、1979年には、公園内に「赤い靴はいた女の子像」が建てられた。現在は横浜観光の名所の一つになっている。ここで「HOPE」のイベントを開催することには、大いに意義があるのだ。Hppc315419

 元旦の0時になると、港の船がいっせいに汽笛を鳴らした。同時に周囲から人々の歓声と拍手がわきあがった。MM21のほうでは花火が数発上がり、人目を奪ったが、すぐ静かになった。2012年ぐらい新年をかみしめ、期待する年は少ないのではないか。平穏と復活を祈るばかりである。(写真右 年越しイベントのポスター、写真下 山下公園で新年を迎えた人々)Hpp1015484

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2012/01/01

新年のごあいさつ ドイツNo.111

震災の復興を祈る…ドイツからの風No.7Hpp6126480

 私たちはドイツを旅するとき、しばしば教会を見学し、ときにはミサやコンサートに参列します。 昨年、訪れたニュルンベルグは、第二次世界大戦で壊滅的な爆撃を受けた町ですが、現在はほぼ元どおり中世の町並みが再現されています。 復興の象徴的な町であるニュルンベルグで東日本大震災に遭った日本を思い、速やかな復興と日本の安堵を心から祈り、願いました。 皆さまの新年が平穏でありますよう、心よりお祈り申しあげます。 2012年元旦 豊田芳州/恵子(新年のあいさつはがきより)

Hpp6126461 ニュルンベルグは、ナチスと縁の深い町だった。1934年にはナチ党全国大会が開催され、ユダヤ人虐待の発端になった。そのために、ニュルンベルグは第二次世界大戦で連合国軍から大規模な空爆を受けた。1945年1月2日の爆撃では、旧市街の大部分が破壊され、1829人が死亡したという。私は市内を歩きながら、しばしばその痕跡を見た。城壁の焼け焦げた石組みや教会の崩れた石像などである。終戦後は、ナチ戦犯を裁く裁判がニュルンベルグで行われた。いわゆる「ニュルンベルグ裁判」だ。私は見学しなかったが、新市街には「(ナチ)党大会会場記録センター」があり、ニュルンベルグにおけるナチ時代のドキュメンタリーが展示されている。

Hpp6126471 ニュルンベルグの旧市街は、現在、ほぼ元どおりに復旧し、玩具見本市が開催され、ヨーロッパ経済の中核になっている。 (写真はすべてニュルンベルグ・聖ローレンツ教会)

 東日本大震災で被災された方々のご健康と平安を心よりお祈り申し上げます。

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2011/12/17

『テーマを決めて撮影しよう』…写真の教室47号

写真をおもしろくするテーマHp47

 日本カメラ社の「写真の教室」(47号)にテーマについて執筆した。私はつねひごろ写真作品を発表するにはテーマが不可欠だと主張してきた。作品を表現と言い換えてもよい。どのような作品にもテーマは必要だ。テーマとは作者が鑑賞者や読者へ伝えたいことだ。あらゆる分野の作品にはテーマがあり、そのテーマで作品が評価される。テーマがないと表現の世界で太刀打ちできない。テーマの1ランク下位にモチーフがある。モチーフ(motif)とはモチベーション(motivation)のフランス語で芸術用語である。撮影でいえば、シャッターをきった動機やきっかけだ。Hpどんな写真にも、“このため”にシャッターをきったとはっきり言えるモチーフが必要だ。一方、1枚の写真(単写真)では、なかなかテーマを表現することは難しい。しばしば単写真はモチーフや撮影テクニックだけで終わってしまう場合もある。それはやむをえないとしても、撮影の根幹にはテーマがあり、そこからモチーフが発生するように心がけたいものだ。

 『テーマを決めて撮影しよう』の見出しだけを以下に掲載する。 ●四つの写真のおもしろさ ●テーマと被写体は違う ●撮影テクニックはテーマのためにある ●海外や絶景、名所旧跡での落とし穴 ●テーマがあればどこでも撮れる ●テーマで撮り方が変わる ●森の中の出来事を3通りで撮る ●ドラマチックな花芯 ●テーマで作品を選ぶ、見せる  本誌をご一読いただけたら幸いだ。

 私がテーマを見つけて写真を楽しんできた経緯は、下の2つのリンク・ブログに記してある。参照してほしい。

参照: 『テーマをもつ喜び 横浜No.5』 『テーマをもつ喜びⅡ 横浜No.7』

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2011/12/12

“ホット・ウインター”がやってきた 八ヶ岳山麓No.132

霧氷皆既月食12月10日の森のようす

Hppc104277_2 10日の最低気温は-9度Cだった。この周辺では今季の最低気温かもしれない。さっそくオリンパスXZ-1を持って渓流へ出かけた。今年はXZ-1で氷を撮るのを楽しみにしていた。浅瀬に溜まった落ち葉のほとんどに霧氷が付いている。そのようすは、枯れ葉に残されているわずかなエネルギーがしみ出してきたようだ。霧氷の撮影で露出はけっして易しくない。Hppc104239_3ハイライト部になる霧氷は、オーバー露出では繊細な結晶構造がわからなくなる。アンダー露出では、純白の輝きが失われる。再生画面のヒストグラムで点検して、すぐフィードバックするする。数パーターン、200カットを快適に撮影できた。水際でのローポジションとフレーミング、ピント合わせの確認、ハイライトの点検、かじかむ手での操作性など、寒冷地水際仕様は十分だった。

 夜は、オリンパスE-420で皆既月食をねらった。欠け始めは雲が流れコンディションは良くなかったが、じょじょに回復し、皆既時には快晴だった。皆既までの前半は順調だったが、そのあとは、被写体コントラストが大きすぎてうまく撮れなかった。Hppc104129_3Hppc104201_4皆既の前後で月の照明状態が違うのである。なぜなのか、専門家にお聞きしたいものだ。-4度Cの寒気の中での撮影はつらかった。レンズはズイコーデジタル40~150ミリF4~5.6を使用、すべて150ミリ(35ミリ判換算300ミリ相当)で撮影した。撮像素子には月の直径が1.5ミリにしか写らないので、パソコンで拡大して掲載した。(写真上左 22:11撮影、同右 23:42撮影)

Hppc124448                                                                                                   霧氷も皆既月食も、撮りがいのある被写体だ。今シーズン初めての霧氷撮影と、生まれて初めての皆既月食撮影で、10日は恵まれた日になった。どちらの被写体も宇宙の自然現象であり、Hpsrpc104401_210日の八ヶ岳山麓は天地競演の舞台となった。9日には10センチの積雪があり八ヶ岳にも根雪が付いた。地元のスキー場も10日にオープン(写真右)、八ヶ岳山麓に“ホット・ウインター”の到来だ。 (写真上は12月12日の八ヶ岳山麓)

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2011/12/09

『石仏たちの幸せ』…淨慶寺での撮影

スナップやポートレートのトレーニングができる

 過日、川崎市麻生区の淨慶寺を訪ねた。淨慶寺の石仏に興味があったからだ。今までに、私の知り合いの写真家たHp14pb293654ちが撮影した石仏をたくさん鑑賞してきて、興味を持ったのである。石仏といっても、世俗的でユーモラスなもので、従来からの信仰対象には見えない。石仏たちの“趣味”を楽しんでいる表情が豊かで、ストレートに撮っても十分おもしろいのだが、私は、「関係」のモチーフで撮ってみた。二体以上の石仏を組み合わせたり、趣味の道具とのHppb293720絡みに着目してシャッターをきった。カメラポジションを調節すると、いろいろな関係を作れるし、石仏の「表情」も変わる。 被写体は動かないので、スナップやポートレートの入門トレーニングになるだろう。淨慶寺はアジサイとヒガンバナの名所であるが、撮影の名所と言ってよいと思う。一方、このような石仏が信仰の対象になってもよいのではないか。

 私は、テーマ・タイトルを『石仏たちの幸せ』と題してフォト・アルバムを構成してみた。カメラはオリンパスXZ-1を使用、随時、内蔵の二重露出を試みた。(写真上右は『腕相撲』)参照:淨慶寺のアジサイ http://www.hanazakura.jp/azisai/zyoukei.html淨慶寺のヒガンバナ http://www.ric.hi-ho.ne.jp/kawag/kawasaki/jokeji/jokeji.htm

『おつむてんてん』(写真下左)、『デジカメ撮影』(写真下右)Hppb293547Hppb293583_2

         

         

         

         

『よもやま話』(写真下左)、『おかめはちもく』(写真下右)Hppb293626Hppb293606

          

         

         

         

『ごますり』(写真下左)、『酒盛り』(写真下右)Hppb293709_3Hppb293695_3

              

              

              

               

              

              

               

『写 経』(写真下左)、『茶 会』(写真下右)Hp17pb293683_2Hp19pb293702_2

          

           

            

          

           

                               

                                 

『無 欲』(写真下左)、『それぞれの幸せ』(写真下右)Hp15pb293667Hppb293697

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2011/12/02

東日本大震災のレポート展

『子どもたちの3・11』…ユニセフ東日本大震災報告写真展Hp_6

 3・11の震災のようすはTVの映像で見慣れていた。やや関心が薄れていたのだが、本展を見てあらためて震災の悲惨さと被災された方々の心情に共感できた。展示は、震災の実情報告から始まり、時の経過とともに変わる人々の苦悩と忍耐、希望と光明を記録している。エンディングでは、ユニセフの活動に対するもどもたちの輝く目線がすばらしい。

 本展では、映像(動画)では表せないスチル写真の偉力をも実感した。動画が刹那的で細かな瞬間が連続して脳を刺激するのに対して、1点のスチル写真は、脳にじっくりと浸み込んでくる。動画とスチルでは脳への刺激のし方がだいぶ違うのだ。どちらが人の気持ちを動かすかはわからないが、私たちには両方の刺激が必要ではないか。私はスチル写真を撮っているので、この報告展で心強く感じた。会場の桐蔭学園はけっして足の便の良いところではない。アクセスの良い場所で公開してほしかった。しかし、多くの方々に鑑賞を勧めたい写真展だ。アクセスは下の写真参照(ポップアップ可)Hp_9

会場:桐蔭学園メモリアルアカデミウム・ソフォスホール(入場無料)/開館日時:11月19日(土)~12月17日(土) 10:30~17:30(入館は17:00まで

Hppb293526『豊田芳州のTheme』に掲載された写真と文章は、著作権法で保護されています。無断使用は、ご遠慮ください。All pictures and writings on this blog are copyrighted.

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2011/11/27

氷点下に咲く氷の花 八ヶ岳山麓No.131

シモバシラ…11月27日の森のようすHppb273464

 3年前、ヌービックフォトフレンズの池永氏から「シモバシラ」の苗をいただいた。シモバシラはシソ科に属し、夏から秋にかけてシソに似た(総状花序)白い小花を咲かせる。冬になると、枯れた茎の毛管現象で吸い上げられた水分が結氷し、“氷の花を咲かせる”。地中から水分を吸い上げ、Hppb273464_2茎に沿って柱状に氷ることからシモバシラという名がついたようだ。(写真左は写真上右の被写体状況)

 3年前の夏に山小屋の敷地内にシモバシラを移植した。その年の冬には、ほとんど“氷花”の痕跡はなかった。まだ強く根付かなかったからだろう。昨年は、指先ほどの氷花が咲いたので、今冬を楽しみにしていた。しかし、親指半分サイズの氷花が“4輪”だけだった。Hppb273480_2 ただし、絶好期に山小屋に居なかったのでベストチャンスを逃したかもしれない。不在中の最低気温は-7.5度Cまで下がっているので、すでに大きな氷ができたかもしれない。氷結部の茎は割れたり折れていた。

 結氷は、茎のすき間から板状に広がっていく。我が家のシモバシラは、薄いうえに解けかかっていたので、透けて背景が見える。繊細で、触れたり振動させると壊れそうだった(写真最上)。本来は手のひらサイズ以上のシモバシラができるという。Hppb273491_2私がおつき合いしている野草専門の写真クラブ「フォトクラブ彩光」のメンバーは、“大輪の花”をたくさん撮影しているので、私の写真など見せる余地はないのだが、3年越しの“開花”がうれしかったのと、珍しい現象なので掲載することにした。11月27日の最低気温は-0.5度Cだった。撮影には、オリンパスXZ-1を使った。(写真左上は、写真上右の被写体状況)

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2011/11/23

ヴァッサーブルグの表玄関 ドイツNo.110

ブルック門と日時計

 ヴァッサーブルグ(Wasserburg am Inn)の旧市街は、三方がイン川に囲まれた半島のような形をしているHpp6054942_4(写真下左マップ参照)。旧市街へ入るには二つのルートがある。一つは、半島の付け根にある陸続きの道、もう一つは、イン川にかかるイン橋を渡ってブルック門(写真上)から入る道である。ブルック門(Brucktor)はヴァッサーブルグの顔であり、正門の役割を果たしている。しかし、敵が攻めてきたら門を堅く閉じるか、Hp_3橋を破壊しなければならないだろう。周囲は川なので、いざというとき戦力をブルック門と陸続きの狭い道に集中できるメリットはある。 参照: 『ヴァッサーブルグの第一印象 ドイツNo.98』 (左マップの下部にイン川を渡るイン橋がある)

 ブルック門は1374年、正門としてに造られたと公式記録にある。その後、何回も再建されたようだ。1568年ごろから前面の壁画が描かれたという(写真下右)。ブルック門は一つの館である。壁画には、左右両端に甲冑を身にまとった二人のババリア(バイエルン)風護衛兵が描かれ、中央には花瓶に入ったユリとワシに乗ったジュピターが描かれている。Hpp6054991すなわち護衛兵は門番の役割を果たしている。その上には、普通の時計と日時計が設置されている(写真下左)。門に日時計があるのは、ゲンゲンバッハの上門塔(Obertortrum)と同じだ。日時計と現代の時計の時刻を比較すると、だいぶずれがある。撮影時は、現代の時計が午後3時53分ごろを指しているのに対して、日時計は午後2時50分ごろを指し示していた。約1時間のずれがある。これは、当日が夏至に近い日照だからだろう。おそらく日時計は、春分や秋分に合わせて作られているのでないか。

Hpfp6054988 夏、日照時間が延びるにつれて日時計は絶対時刻(現代時計の時刻)より午前中は進み、午後は遅れる。しかし。このずれは人間の生活リズムに合っているかもしれない。日照時間が長くなったらそれに合わせて日中の仕事時間が長くなるのは自然ではないか。これはサマータイムに相当する。 しかし、現代のサマータイムとは違い、日中の時間は延び夜の時間は短縮する。逆に、冬は日時計は絶対時刻より午前は遅れ、午後は進むので、日中の生活時間は短くなり、夜の時間は長くなる。これはウインタータイムであろう。すなわち、太陽の日照に合わせて仕事をするのである。照明器具がそれほど発達していない時代には合理的ではないか。中世の人々はこのようなリズムで生活していたのだろう。Hpp6055000私は、このようなサマータイムやウインタータイムが現代にもあってもよいと思う。ヨーロッパがサマータイムを導入している背景には日時計の普及があったかもしれない。 参照: 『日時計で暮らしてみたい ドイツNo.83』 (写真上右 ブルック門の歩道、写真下 ホテルの窓から見たイン川とイン橋)Hpp6092431_3

Hpp6065422Hpp6065402 ブルック門下のイン橋の橋桁には、過去のイン川の水位が記録されている(写真左)。三方を川に囲まれていれば洪水の危険がある。かつては水が川からあふれて洪水の危機に直面したはずだ。それを教訓として残すために水位を記録したのだろう。古くは1666年、最近では2005年に達した水位が記録されていた。

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2011/11/14

フォトクラブ彩光 写真展 八ヶ岳山麓No.130

20日(日)15時までHp11dm_3

 フォトクラブ彩光は、日本在来の野草にこだわって撮影を続けている。園芸種や外来種を撮らないわけではないが、日本の自然界、植物界を保全しようという意図から、作品展では在来種に限っている。今回の写真展は、私が目ざすグループ展の理想型に近い出来ばえだと思う。展覧会の趣旨を下記のあいさつ文で紹介する。ご高覧いただけたら幸いだ。

会場:新宿御苑インフォメーションセンター/日時:11月17日(木)~20日(日) 9:00~16:30(最終日は15:00まで)

花の賛歌写真展2011野の花からのメッセージ

 野草を取り巻く環境は年々厳しくなっています。それでも、野草たちは環境に耐え、けがれのない姿で私たちを迎えてくれます。私たちは、この心意気を讃えようとシャッターをきりました。フォトクラブ彩光は、いままで「花の賛歌」というタイトルで写真展を開催してきました。今回は、さらに「賛歌」を具体化しようと試みました。そこで、次の6つのカテゴリーを設定し、作品を分類しました。

『厳しさへの適応』(野草は厳しい環境を生き抜いている) 『造形と構造の妙』(絶妙な植物の形と構造) 『けがれなき姿』(いつも清らかな姿で私たちの前に現れる) 『神秘と幻想』(森の中ではしばしば幻想的だ) 『野草に共感』(野草にも人情を感じる) 『自然を讃歌』 (野草は私たちと同様、自然をたたえている)Hp11dm_2

 野の花からのメッセージを、少しでも皆さまにお届けできたら、大きな喜びです。ご高覧いただけたら幸いです。本日はご来臨ありがとうございました。…… フォトクラブ彩光 会長 成瀬鈐一/同講師 豊田芳州Hppb160282_5Hppb160283_2

                                                                                                                                   

                           

                           

 私は、『目をくらます』(カタクリ 写真下左)と『直立不動』(ヤマエンゴサク 写真下右)の2点を出品した。どちらも、八ヶ岳山麓でオリンパスXZ-1のマクロ機構を生かして撮影したもの。カタクリには、花の昆虫に対する気持ちからタイトルを付け、キャプションに「蜜標とオシベが蝶を混乱させる」と記した。ヤマエンゴサクには、その姿からタイトルを付け、「森の中でも威儀を正したい」とキャプションを付けた。

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2011/11/06

ニュルンベルグの城壁 ドイツNo.109

堅固な城壁は平和につながるHpp6133556

 ニュルンベルグ旧市街の北西端に町のシンボルともいえるカイザーブルグがある(写真下 旧市街の中心部から見たカイザーブルグ)。今から1000年前、そこには高さ50メートル、Hpp6123394長さ250メートルの砂岩の岩山が突き出していたという。砂岩のことを古いドイツ語でnuorinという。現在のニュルンベルグは「砂岩の山」という意味で、「Nuorin-berg」と言うようになり、Hpp6113080 Nurnbergになったと解説書に書かれている。実際、カイザーブルグは砂岩の上に建ち、城壁はもともとあった自然の砂岩を切り出したブロックで造られている部分が多い。城壁は堅固である。深さ数メートルから10数メートルにもなる濠が周囲をめぐり、さらにその上に城壁がある。現在、濠の底から城壁の頂点まで30メートル以上あるところもある。攻めようとするHpp6123215敵はあきらめてしまうのではないか。(写真上右 カイーザーブルグと城壁。写真上左 旧市街南部の城壁。写真左 砂岩の上に建てられたカイザーブルグ)

 塩野七生著「ローマ人の物語」の「ユリウス・カエサル」(新潮文庫全40巻の中の8~13巻)をたいへん興味深く読んだ。塩野氏はカエサルの「ガリア戦記」などを参考に本著を執筆したとある。Hpp6113057以下は、この著書の要旨である。ユリウス・カエサルとはジュリアス・シーザーのことである。カエサルのガリア攻めの戦法は、いかに相手の戦意をくじくかにあったようだ。当時、ローマの土木・建築技術は世界最高水準だった。それを駆使して攻城兵器を造りガリア(ほぼ現フランス)の城郭都市を攻めるのである。高いやぐら、頑丈な防壁(囲い)、飛び道具や城門を破壊するための仕掛けなど、ローマの技術力の粋を結集して敵を攻めた。それを目の当たりにした敵は防衛を断念して降伏し、門を開かざるをえなくなる。そしてむだな血を流さず、両者にとってメリットが生ずる。Hpp6133548敵が降伏するもう一つの理由に、カエサルの「寛容」がある。カエサルは降伏した敵国を虐待するのではなく、ローマ共和国に組み入れて属国とし、それ相当の優遇措置を講ずるのである。徴税はするものの、ほかの外敵からの保護を保証し、食料事情も配慮する。 また、属国の長の子弟をローマへ留学させてローマのシステムを学ばせる。その子弟は、帰国して属国をローマのシステムで管理するようになる。だから、カエサルの人格を知ると降伏したほうが得なのである。余談になってしまったが、強い戦力とそれを支える技術は平和に貢献できるということのようだ。写真上右 城壁を構築する砂岩ブロック。写真左 遊歩道になった堀)

 ニュルンベルグの城壁周りを散策した。カイザーブルグのある北西部の城壁は特に堅固である。高く入り組んでいて取り入るすきがないように見えた(写真最上右)。このとき、カエサルのガリア攻めが思い浮かんだ。現在の城壁は、1346年ごろから建造されたといわれるが、城壁を築いたドイツ人たちも、ユリウス・カエサルの「ガリア戦記」を読んでいたのではないか。Hpp6136872_2同書は、ニュルンベルグの有史以前、1000年も前に刊行されている名著である。それを読まずして戦をするのは、「井の中の蛙大海を知らず」であろう。攻撃と守備の違いはあっても、強い戦力は戦争の抑止力になることを知っていたにちがいない。しかし、さすがに第2次世界大戦時、連合軍の攻撃には対抗できなかった。Hpp61368521945年1月、ニュルンベルグ旧市街の大部分が破壊された。その爪痕が、城壁のところどころに残っている。

 現在、城壁回りの濠は公園や遊歩道、クラインガルテン(家庭菜園・花壇)などに利用されている。NHKのBS番組 世界ふれあい街歩き「ドイツ 街道の街を歩く ニュルンベルグ」でも、城壁の一部が住宅やオフィスに利用されていると紹介されていた。昔も今もニュルンベルクの城壁は、市民の平和に貢献していると言えるのではないか。(写真上右 濠に造られた児童公園。写真上左 濠に作られたクラインガルテン。写真下右 城壁外側の小広場)

Hpp6136884 ところで、私は「ローマ人の物語」の一部(10巻)しか読んでいないが、「ユリウス・カエサル」6巻は、カエサルの全人格がいきいきと描かれていてすばらしい著作であるとわかった。現在の日本にカエサルがいたら、とつくづく思った。Hpまた、ローマという国家が紀元前1世紀、どのようなシステムで動いていたのかがよくわかった。私はカエサルにほれ込む一方、現在の西欧文明、もちろん英米も含まれるが、その礎は「ローマ」にあると理解した。ローマがこれほど大きな存在だったことを、今まで知らなかった。(写真左 ニュルンベルグ旧市街マップ ポップアップ可

参照: 「ノルドリンゲンで暮らす ドイツNo.19」 「城壁を活かす町づくり ドイツNo.72」 「中世の市壁とベルリンの壁 ドイツNo.88」

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2011/11/01

大倉山エルムフォトクラブ写真展 横浜No.58

Hp11dm_3  私の地元 大倉山の写真展を紹介しよう。商店街の名を冠したエルムフォトクラブは、櫻井始氏が指導する写真クラブである。毎年、春と秋に写真展を開催している。今回は第27回大倉山秋の芸術祭(写真下パンフレット参照)に協賛しての開催だ。ご高覧いただけたら幸いだ。

Hp11dm_2会場:大倉山記念館3Fエントランスホール アクセスはDM参照(ポップアップ可)日時:11月1日(火)~11月6日(日) 10:00~17:00(最終日は16:00まで)Hp_2

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