2009/07/11

岩陰から引き出す 八ケ岳山麓No.79

Hp090710p7107039_3最盛期のイワナ釣り

 森の中はすっかり暗くなった。渓流へ入るのは恐いくらいだ。テレビニュースで、今年はクマがよく出ると報じられているので警戒している。撮影では、どうしても視野が狭くなる。ポイント(餌を流す場所)の観察と投餌、目印の凝視、仕掛けの調整など、目は望遠かマクロレンズの視野だ。周囲には目が向かない。クマが近づいて来てもほとんど気がつかないだろう。釣りと撮影には共通点がたくさんあるが、視野の広さは大いに違う。クマを警戒してときどき視界を広角にしなければならない。

Hpp7107053 コンディションは絶好だった。昨日来の雨で水量は十分、暗い森の雰囲気もイワナ釣りに適する。12センチ弱を2匹釣った後、水深50センチぐらいの深瀬に出た(写真右)。勢いよく流れる瀬に数回餌を流したがで当りがない。そこで、左岸(下流からは右側の岸)の岩陰にある溜りに餌を落とした。岩の隙間で、いかにも魚がいそうな場所だ。しかし、水面に波が立っていない所では、魚は警戒して食わないのが普通だ。そこで、ゆっくり餌を深瀬に導いてきた。深瀬の水流で目印が下流へ流れそうになったときに当りがあった。イワナは、岩陰から餌を追ってきたのである。そして、安全な瀬で油断して食いついた。読みがあたり、20センチが釣れた。このような釣れ方はしばしばある。ミミズを餌にしたのが良かったようだ。水中でもミミズの動きは魚を挑発するようだ。

Hpp7107068 撮影は苦労した。夕方6時近かったので、森の中はかなり暗い。ISO400で絞りF3.2、-1.3EV補正で、やっと1/15秒がきれた。手持ち限界を超えているので、10カット以上シャッターをきった。目印もよく見えなくなってきたので納竿した。昔は、夏なら7時ぐらいまで目が利いたのだが、最近は網膜の感度が低下したようだ。森から出ると、まだ夕日が長い影を作っていた。

参照: 「初夏の大物釣行記 八ケ岳山麓No.77

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2009/07/02

写真自由主義 八ケ岳山麓No.78

自然が身近になった…コンパクトカメラシリーズ9Hpp6206545

 最近は、デジタル・コンパクトカメラを携帯していないと不安である。フィルム一眼レフで撮影しても、同時に撮影したデジタル写真で仕上がりをほぼ確認できるので安心だ。また、デジタルコンパクトの性能が高く、十分な写真が撮れる。今までに写真展に半切の作品を何点も出展している。撮影直後に写りを確認できるので、常時携帯の意義が一段と高まった。一眼レフがなくても、フルタイムで作品を作れる態勢になったのがうれしい。

Hpp6065954 デジタルコンパクトの長所は接近能力にある。撮影では、カメラを上下/左右/前後、自由に動かしたい。しかし、一般にレンズには最短撮影距離という規制があり、被写体に近づくこと(前後の動き)には限界がある。ところが、デジタルコンパクトは、レンズ直前2~3センチまでピントが合う。近づくことで、写真が新鮮で生き生きしてくる。これは、私たちの日常にはない視覚だからだ。コンパクトカメラを持つことで、自然がより身近になった。

 散歩道の撮影が楽しい。気に入った写真がたくさん撮れるからだ。一眼レフの撮影ほど身構えないせいか、被写体がよく見える。何でも撮ってやろうという攻めの姿勢と、失敗してもかまわないという気安さが良い結果を生む。失敗したら何度でも撮りなおす。コンパクトカメラを持っていると何か解放されたような気になる。写真自由主義の到来だ。

ハンショウヅル(写真上右) 散歩道から少し外れたところで撮影。近所の人が教えてくれた

レンゲツツジ(写真上左) 放射方向に咲き並んだ花冠は昆虫を誘うのに有利なのだろうか

Hpp6065820_2モミの若葉 砲弾型の先端部が葉になる。画面上部の濃緑は昨年の葉だ。モミの葉の進化がうかがえる

Hpp6065785クロマツの花 今までじっくり観察したことがなかった。裸子植物の構造を観察できる

Hpp6066148ワラビの先端部 ワラビ(シダ)は裸子植物よりさらに原始的な植物だ。葉を広げようとしてうごめいているようすは進化の縮図である

Hpp6206462_2コガネムシ科の甲虫(正確な名まえは不詳) 触角を振りかざして葉の上を元気に歩き回っていた。デジタルコンパクトならではの臨場感だ

Hpp6065967_2虫こぶ はじめは何かの果実かと思った。虫こぶは、昆虫や線虫類が寄生して植物が異常に変形したものだ。直径3センチぐらいの球状だった

Hpp6216621_2水滴 雨上がりに撮影した。被写界深度が大きいデジタルコンパクトならではの写り方だ

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2009/06/30

初夏の大物釣行記 八ケ岳山麓No.77

三度目の正直で釣った27センチHp090621p6216668_2

 ブログにはいろいろな目的や意義がある。私の主意はプロフィールに書いているが、自慢話もそれに加えたい一つだ。私は、ふだん自慢話はしないことにしているが、ブログでは控えないことにしている。ブログはミニコミであるうえに、読んでくれる人は気心が知れているので、「ア、いつもの話だ」と無視してくれるだろう。また、検索などで私のページへいらした方には、とりとめもない話に、すぐ退散するであろう。

 自慢話をすることは、精神の健康につながるのではないか。自慢の事実を思い出しながらにんまりすることは心地よい。逆の立場に立つと、おもしろい自慢話は歓迎だが、それはめったにない。私も、他人にはつまらない自慢話をしよう。

 6月21日は、午前中、雨だった。夕方、渓流へ入ったが、やや増水という感じだ。水は澄んでいる。つりには絶好の条件だ。増水による笹濁りは釣果に結びつくかもしれないが、釣り人にとっては、やや姑息な手段である。Hpp6216644_4なぜなら、相手を煙に巻いて切りつけるようなものだからだ(もちろん水を濁すような行為はしたことはない)。澄んでいれば、魚と対等に渡り合える。森には低い日ざしが入り、影をとられやすい。真剣勝負には願ってもない条件だ。

 小さな落ち込みで12センチのイワナが釣れた。すぐ放流し、1段上の中渕へ移って15センチが釣れた。針を外そうとして竿を倒し、先端から2段目を折ってしまった。今日は中止しようかと思ったが、少しでも初夏の渓流に立っていたかったので、竿の折れ目を粘着テープで補強して上流へ向かった。雨上がりの渓流は実に気持ちが良い。それに、魚の出方が活発だ。先行者は入っていないし、どこでも釣れそうだ。

 実績のある大渕に出た。ポイントはたくさんあるが、まず渕尻へ餌を投げた。先行者がいないとき、盛期の魚は渕尻で流れてくる餌を待っている。今まで近づきすぎて渕尻から魚が逃げる場面はしばしば見てきた。渕尻から攻めるのは定石だ。腰を低く構えた1投目で魚が戯れている手ごたえを感じた。軽くあわせると強烈な引きで抵抗された。魚は対岸へ逃げようと必死だ。手前に引き寄せられない。折れた竿は完全な調子ではないので、力任せにはできない。2分ぐらいやり取りしてからハリスを切られて逃げられた。

Hpp6216683_2 イワナは、一度バレてもまた餌を追ってくる。針と餌を新しくして再度振り込んだ。前回よりは渕の奥、落ち込み(小さな滝)近くだ。そこからゆっくりと手前にナチュラルドリフトする。目印に変化が出た。あきらかに食っている。ゆっくり合わせたが、竿が弓なりになるほどの引きだった。魚は対岸のぶっつけ(写真上左の右部の岩)に向かって引いていく。水面下には絶好の隠れ家があるのだろう。いつも誘いをかけていた場所だ。読みは当たっていた。そこに引き込まれないよう懸命に竿を立てた。しかし、急に竿が空を切った。ハリスを切られて、またバレた。あきらかに同じ魚だ。

 もう一度チャレンジするために、針を大きくしハリスも太くした。食いついたところは渕のほぼ中央だった。やはり強引な暴れ方だ。ランディングネットは持参していないので、岸に引き寄せることは難しいと判断し、強引に抜き上げた。アユ釣り師が魚を取り込むやり方だ。落ち葉の上にズシッと落ちたのは約27センチのイワナだった。撮影はたいへんだった。静かになったと思ってカメラを構えると、思い出したように暴れだす。実は夕食のおかずを釣りに来たのだが、撮影しているうちに食べる気がしなくなり、放流した。大きな魚には情が移るのである。この勝負、後味の悪い勝ち方だった。

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2009/06/18

ビルに森を作る ドイツNo.86

ドイツのグリーンカーテンHpp6143794

 地球温暖化対策が緊急課題になってきた。私たちは二酸化炭素の排出量をいかに少なくするかを考えなければならない。近年、グリーンカーテンという言葉がよく使われる。特に今年はマスコミで取り上げられる機会が増えている。建物の壁面に植物によるHpp6143795グリーンカーテンを作り、直射光を遮断し、エアコンの利用効率を高めようという考え方だ。これにより、二酸化炭素の排出を減らすことができる。一方、植物の蒸散作用により、周囲の気温を下げることもできる。日本では、ゴーヤ、アサガオ、ヘチマ、キュウリなどのツル植物がグリーンカーテンとして植えられている。

 植物は人間と同じように体温調節をしなければならない。葉の裏側にある気孔から水蒸気を蒸散し、そのときの気化熱で体温を下げる。葉自身は最大約10度ぐらいまで下がるという。この気化熱は周囲の大気にも影響して気温が下がる。これは森の中が涼しく感じられることと同じ現象だ。

 ドイツ・シュツットガルトの常宿の近く(Stockach str.)に変わったビルがあった。壁面にこんもりと緑の塊が付いている(写真上右)。ツル植物が茂っているようだ。生長しているところは、樹木のように葉が茂っている。あたかもビルに森林ができたようだ。調べてみると、ビルの壁面に垂直に鉄骨が組まれ、それに沿ってツルが伸びるように作られている(写真上左)。広範囲にビルをカバーしているわけではないので、遮光効果よりは、蒸散作用で気温を下げることが目的のようだ。同時に、光合成により炭酸ガスを吸収し酸素を放出するだろう。少しはフィトンチッドが発生するかもしれない。なお、この植物については不詳だ。

 最近は日本でも見かけるが、屋根に土などを敷いて植物が育つ素地を作っている。特別な植物を植えたり種をまくわけではない。一種の荒地を作って、自然の遷移に任せて植物を育てようということだろうか。Hpp5250011_4Hpp6147999_2一般的に、荒地では、まず先駆植物(地衣類、コケ類、藍藻類など)が育ち始め、腐葉土が形成されると、いわゆる雑草類が生えてくる。その後、陽樹(シラカバ、カラマツなど)、陰樹(シイ、モミ、トドマツ、ブナなど)の順に優先種が変わり、最後に森林が形成される。これを極相と言う。温帯の荒地が自然の頂点(極相)である森林になるまでには500年かかるという。屋根に森林を作るわけではないが、植物が育つことでヒートアイランド現象を緩和し、都市に潤いを作ることができる。ドイツで撮影したものは、まだ先駆植物の状態だった。どこまで遷移するのか興味がある。(写真上左はノルドリンゲンの幼稚園の屋根。城壁の遊歩道から見えた。写真上右はシュツットガルトのシトレーン営業所の屋根、ホテルの窓から撮影した)

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2009/06/12

大桟橋の別離 横浜No.35

にっぽん丸の入港と出港Hpp6090393

                                      

 69日は、大桟橋に豪華客船「にっぽん丸」(21,903トン)が入港した。14時入港予定だったので、私たちは10分ぐらい前に大桟橋に到着したのだが、すでに船は接岸し、横浜市消防音楽隊の指揮棒が振り下ろされようとしていた。歓迎の演奏が始まると、Hpp6096305_3にっぽん丸の乗客もリズムに乗って旗を振り、体を動かし、寄航(帰港)の喜びを表す(写真下左)。私も手拍子を合わせた。桟橋の人々と乗客の気持ちが一つになるときだ。入港のクライマックスである。

                                       

 歓迎のセレモニーが始まった。船長のあいさつによると、約2ヶ月余りで南米の遺跡マチュピチュ、ナスカの地上絵、イースター島のモアイ像、Hpp6090318_2Hpp6090336_3ハワイのキラウエア火山などを見学してきたという。なんと豪華な旅ではないか。うらやましい。船長らに花束が贈られセレモニーは終わった。横浜で下船した乗客もたくさんいたようだ。

                    

 出港を見送るために1710分前に、再度、大桟橋へやってきた。音楽隊はいなかった。銅鑼が叩かれ、もやい綱が外されると、にっぽん丸のデッキでは“出港の踊り”が始まった(写真下)。見送りの人々も手拍子でそれに応える。私は望遠レンズで出港の踊りを撮影した。Hpp6090475_2Hpp6090506_2ファインダーの中の人々は少しずつ小さくなっていく。このときが出港のクライマックスなのだ。しばらく出港の踊りは続いたが、桟橋から100メートルぐらい離れると乗客はデッキから去っていった。しかし、それでも沖で方向転換するときまで手を振っている人々が見える。私のそばでそれに応えてタオルを振っている人がいる。横浜で降りた人のようだ。長旅を共にした彼らにとっては感興もひとしおだろう。「まだ手振っているぞ」「(合図を送るために)バスタオルをもってくればよかった」という声が周りで聞こえた。

Hpp6096387_2 私は、大桟橋で何回も船出に立ち会ってきた。船の出港は、いつも切ない。他人事には思えないから不思議だ。別離にはいろいろあるが、港の別離がとりわけものがなしい。船が岸壁を離れ、遠くに消えていくまでの時間が、人間の体内リズムに共鳴するからではないか。 人情の共感や伝達にはゆったりしたテンポとリズムが必要なのだ。にっぽん丸がベイブリッジの下を通過するまでシャッターをきったが、そのときまで出航してから20分ほどかかった。Hpp6090549_2これが人間的な別れのリズムと言いたい。人情の伝達についての参照:日時計で暮らしてみたい ドイツNo.83

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2009/06/09

森林浴のシーズン 八ケ岳山麓No.76

フォト・レポート「初夏の森から」…コンパクトカメラシリーズ8Hpp6066091_2

 標高1400メートルの森では、日増しに緑が濃くなっていく。植物の活動は最高潮に向かって勢いがある。それに合わせて動物も活発に動く。渓流では、小昆虫が水面を飛び交い、それをねらってイワナが跳ねる(釣り用語ではライズと言う)。晴れるとハルゼミの大合唱が始まり、フォルテシモに達する。日がかげると、短いコーダで沈黙に移る。シカの子どもが菜園のそばに現れた。親から自立するチャンスをうかがっているのだろうか。めったに見られない“事件”だった。

Hpp6066036 森林浴には絶好の季節だ。この時期、樹木は大量のフィトンチッドを発散している。「森林の力」(谷田貝光克 著 現代書林 刊)によると、樹木が発散するものには3種類ある。一つはフィトンチッドで、私たちの健康に良いといわれている物質だ。本来は、植物の自己防衛物質であるが、殺菌・抗菌作用があり、人間にも効能がある。次はマイナスイオンだ。人は、マイナスイオンとプラスイオンのバランス(イオンバランス)が適正であると、脳が活性化されリラクゼーション効果が高くなり、ストレスに強くなるという。山間地(森林)はマイナスイオンが多く、もっともバランスがとれた場所であるという。三番目は「気」である。日本の修験者は、修行しながらこの気を霊気として取り込み、超能力を身につけたと言われる。中国古来の気功法とは、体内の気と血行をよくして病気の予防と治療をはかるものだ。気功師は、樹木が発する気を自身の体内に取り込んで、それを患者に送り込む。

 私は、「気」を植物が発する情報ととらえている。「沈黙の森から」を撮影するときに、もっとも重視しなければならないものだ。私も森林浴の効果を確信している。森の中で生活すると、あきらかに元気になる。コンパクトカメラ(オリンパスSP-350)で撮影した初夏の森をレポートする。

ミミナシテンナンショウ(写真上右)は、苞の内側から撮影すると、異様なステンドグラスが写る。これが蜜標になるのだろうか

ギンラン(写真上左) 今までは、森の奥で見つけたが、これは林道わきの草むらの中にあった。深山で見たい花だ

Hpp6065950_2 レンゲツツジは現在、満開だ。しかし、私は蕾みのほうに興味がある。パワーを蓄えたうごめきには気を感じる

Hpp6065897オシダの中をのぞき込むと、奈落の底に引き込まれるような気がする

Hpp6065855 ドウダンツツジは人造湖の畔で咲いていた。高原では、秋、格段の紅葉を見せる

P6076239エゾハルゼミは、鳴き声が共鳴して、位置を特定するのが難しい。また意外にすばしこくて近づきにくい。モズの速贄ならすぐ撮影できる

Hpp6066193シイタケのほだ木を5本仕入れた。さっそく出てきたが、無骨な形状は商品にはならない。しかし、香りは申し分ない 

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2009/06/03

ラードは伝統的な調味料 ドイツNo.85

パンに塗って食べるHpp2222969

                                           

 パンといっしょに出てきたものは、見たことがないものだった(写真右)。白色半透明で小さなカップに入っている。芯のないローソクのように見える。あきらかにバターではない。ウエイトレスに聞いてみると「シュバイネシュマルツ」だという。もちろん、初めて聞く言葉だ。家内が勘でラードではないかという。持っていた電子辞書(和独)で「ラード」を調べると「Schweineschmalz」とある。ウエイトレスに電子辞書の液晶画面を見せると、戸惑いの表情が笑顔に変わった。彼女は意思が伝わったことがうれしかったのか、電子辞書に感動したのか…、私たちもうれしかった。パンに付いて出てきたものはブタの油、すなわちラードであることがわかった。ラードをバターのようにパンに付けて食べるのは初めてだ。Hpp2222972Hpp2253146ずいぶん前に、惣菜屋さんがとんかつを揚げるのにラードを使っていたことを思い出した。現在も同じだろうか。私は脂肪を控えているのでためらったが、食べてみるとおいしい。バターとは違った趣がある。今年の2月、ゲンゲンバッハのレストランで夕食をとったときの出来事だ。(写真上左はレストランPfeffermuhleの窓辺)

 坂井洲二著「年貢を納めていた人々」(法政大学出版局刊 教養選書)には、1899年当時の昼食の献立例が記されている。チュービンゲンに近いロッテンブルグの農家の場合だ。それによると、「月曜日:ラードで味付けした団子またはヌードルにいんげん豆 火曜日:ラードで味付けしたヌードルにかぶ 水曜日:ラードで味付けしたヌードルにえんどう 木曜日:団子にザウエルクラウト。もしあればベーコン 金曜日:ラードでいためた団子にサラダ。あるいはゆでたヌードルにコーヒー 土曜日:シュペッツレに細切りのじゃがいも」とある。この献立から、かつてのドイツではラードが調味料として主要な位置にあったことがわかる。

Hpp2222983Hpp2222978 夕食をとったレストランPfeffermuhle(英語ではPeppermill 日本語に訳すと「胡椒屋」だろうか)は、創業が1476年とホームページに書かれている。現在は、レストラン(写真上右)とホテルを営業している(ガストホフ)。ドイツにはよくある老舗だ。ラードが食卓を飾るのはあたりまえなのかもしれない。「年貢を納めていた人々」は以前読んだのだがラードのことは記憶になかった。最近、別件を調べるために読み返していて気づいた。あらためて、Pfeffermuhleがゲンゲンバッハの老舗であることを知ったのである。

 今は、カーニバルの飾りが施された部屋(写真上2点)でとった夕食が懐かしく思い出される。

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2009/05/31

ドイツを象徴する樹形 ドイツNo.84

1本の街路樹Hpp2253212_2

 ドイツのゲンゲンバッハで変わった樹木を見た(写真右)。根元に人が潜り込めるような洞がある。深山で見つけたら驚かないのだが、駅前通りの並木の1本だったので、異様に感じた。まったくの自然か、人手が加わったのか不明だが、不思議な樹形だ。1本の幹から枝分かれするのはよくあるが、逆に、分かれている幹が一つにまとまることはあまり見ない。根が岩をつかむように枝分かれしているのはときどき見るが…。プラタナスのようにも見えるが、樹種は不詳だ。

 しばしば、樹木には意思があるのではないかと感じるときがある。幹の伸び方、枝や根の張り方、葉の付け方などに目標があるように見える。これは当然で、ほとんどの植物は地上で光を求め、地中で水分や栄養分を求めている。少しでも良い条件を獲得しようと生長すると、意思があるように見えるのだ。しかも、樹木は大きく存在感があるので、人間に喩えたくなる。

 樹木の形は、木の“意思”だけで決まるわけではない。風や雪、ほかの樹木や岩石、人為などの外力でも樹形は左右される。“意思”を内的な条件とすれば、外力は外的な条件だ。両方で形成される点でも人間と同じではないか。ところで、Hp210p5170105_3八ケ岳山麓の身近なところにも変わった木がある。大きく水平に枝分かれ(幹分かれ)してから上に伸びている(写真左)。ありそうな形だが、原因はつかめない。何か外力が加わったとしか思えない。我が家のサンショウの木は根元がクランク形に曲がっている(写真下右)。幼木のとき、雪の重さで折れ曲がり、それが復活したのだ。今年は植樹してから15年ぐらい経ったが、初めて花が咲いた。若芽を筍ご飯やうな丼に飾って香りを楽しんだ。風雪に耐えた香りである。

Hpp5170128 樹木は擬人化しやすい被写体だ。ゲンゲンバッハの奇木にドイツの気風をあてはめてみたくなる。タキトゥスの「ゲルマニア」によれば、紀元1世紀ごろ、ゲルマン民族には20数種の部族があったという。多くのゲルマン諸族は協調して共同体を築き、中世ではいくつかの領邦国家が互いの存在を尊重して国家的な体面を作った。それは、現在の地方分権国家につながっている。さらに、ドイツはEUのリーダーシップを執っている。ドイツ人は異質なものを認め、協調できる底力をのようなものをもっていると思う。この奇木の威容は、いかにもドイツ的ではないか。大地にしっかりと根を張り、自国のみならず欧州までもまとめていく知見を象徴しているように思う。

 さて、樹木は良い被写体だ。意思があるというのは喩えであって、真相ではないが、すくなくとも、被写体としてみるときには、意思があると考えて撮影することが大切であろう。性格や魅力、キャリアが読みとれると思う。ゲンゲンバッハについて参照:『ゲンゲンバッハ ドイツNo.81』『日時計で暮らしてみたい ドイツNo.83』

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2009/05/25

『プロローグとエピローグ』

第7回 ヌービック・フォト・フレンズ 5 写真展

                                      

       「プロローグとエピローグ」展について(会場の総評より)

 どんな物事にも、始めと終わりがある。行事や祭典には、始まりの儀式と終わりの儀式がある。生物には発生があり、消滅がある。このテーマをこなすには、被写体に事欠かないはずだ。Hpdm_0001

 しかし、作品としてまとめるにはモチーフ(シャッターをきるきっかけや理由)が必要だ。ヌービック フォトフレンズ 5のメンバーは、始めと終わりにドラマや因果関係、光、形など読みとってモチーフとした。Hpdm_0005_2

 プロローグには、ビッグバンや宇宙を感じさせる作品があり、エピローグには地球の危機や来世を感じさせる作品が含まれている。スケールの大きい解釈はすばらしい。テーマをこなすことは、決して容易ではない。グループ展でここまで展示できたことを評価したい。さらにモチーフHpdsc057782の質を高めることが課題であろう。

                               

ご高覧いただけたら幸いだ。

                 

                                   

                                   

                                   

                                             

                                        

自然界の始まりと終わり

                                      

Hpp5066058 私は、プロローグに1点、エピローグに2点出展した。プロローグの「若葉」(写真左)は広げたばかりの葉を逆光で撮影したもの。背伸びして腕をいっぱいに伸ばして被写体にコンパクトカメラを近づけた。ESPオートフォーカスが正確に働いて、非常にシャープに撮影できた。初々しい質感が始まりを表している。エピローグの「シダの越冬」(写真下左)は初冬の森の中で撮影したもの。「刀折れ、矢尽きた」表情は寒さに耐えているようすを物語っている。シダに同情するローポジションを選んだ。もう一つの「雄姿」(写真下右)は、ウバユリのドライフラワーだ。種が飛び散り、使命を果たした姿がいかにもいさぎよい。3点とも、春と冬に観察した植物の表情である。Hpp5100701_4Hpp4140119_3

                                

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2009/05/19

春たけなわ 八ケ岳山麓No.75

5月18日の森のようす…フォト・レポートHpp5180720

 昨夜の強風で新緑の枝葉がかなり落ちた。しかし八ケ岳山麓は、今、新緑が美しい。それも、葉が広がったばかりの初々しい緑だ。明るい森の中には、たくさんの花が咲いている。標高1400メートルの森は、一年中で今がもっとも美しい時期ではないか。ハルゼミとカッコウの鳴き声が初夏を予告し、シジュウカラは盛んに餌を巣へ運んでいる。二日続いた雨で、渓流の水が増え、太ったイワナが淵から出てきた。魚は瀬にも出ている。渓流釣りも最盛期を迎えている。

ツバメオモトが優雅に咲いている。ローポジションで背景に樹林をあしらった(写真上右)

Hpp5180894_2シロバナエンレイソウは、木もれ日を映すスクリーンだ。このころから林床は暗くなっていく

Hpp5180926シソ科のラショウモンカズラは、生息域を少しずつ移動する。飛び散りやすい種が、より適した土壌を選ぶのだろう

Hpp5181028ウドの若芽はタラの芽より美味い。タラのように摘み取られることがないので、香気が蓄積されているのではないか

Hpp5180875親鳥が餌を探しに行っているすきにシジュウカラの巣をのぞいてみた。10羽孵っていた

Hp090518p5185477ブログ掲載用に1匹だけイワナを釣った。20センチながら丸々と太っていた。シジュウカラもイワナも餌が豊富なのだろう。昆虫の活動も活発になってきたことを物語る

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2009/05/12

横浜に上陸した巨大グモ 横浜No.34

Hpp5110090開国博の目玉

 連休が終わり、一段落した開国博覧会場を訪れた。連休中は大変な人出だったようだが、5月11日の会場はがらがらだった。とりあえず、博覧会の概要を知りたいと思い、「はじまりの森」と「トゥモローパーク」「開国・開港の街」「公式記念ショップ(赤レンガ広場店)」などを見学した。Hpp5110115 ひと目、展示に派手さはないが、ステージやイベントは充実しているように思う。また、エコロジーを意識した会場設備や展示は参考になる。ボランティアだろうか、応対する関係者がたいへん親切で、一生懸命なのに好感が持てた。

 もっとも人気があるのは、フランスからやってきた動く巨大オブジェ「ラ・マシン」であろう。クモの形をしていて高さ12メートル、その動きは異様で迫力がある。Hpp5110075_3 ときどき、首を振りながら“毒液”を噴出する(写真上左)。六本木ヒルズにある蜘蛛のオブジェ「ママン」は下に潜り込めるが、「ラ・マシン」は近づくこともできない。撮影には不満だが、安全のためにはやむをえないだろう。しかし、これからしばらくは、被写体としても注目されるだろう。「ラ・マシン」のデモンストレーションは、はじまりの森で1日5回ある。(写真下はデモ終了時の形)

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2009/05/04

タラの芽から発想か!!? 八ケ岳山麓No.74

火炎形装飾の縄文土器Hpp5045159

 八ケ岳山麓には、たくさんの縄文中期遺跡がある。井戸尻、尖石、大深山など、いずれも縄文中期(今から約5000年前ごろ)の文化の豊かさと余裕を証明する遺跡だ。井戸尻は縄文農耕論の根拠にもなった。農耕に限らず、生活の安定は土器のデザインに反映した。中期の土器には、機能だけでなく呪いや装飾、遊びの形が感じられる。火炎形装飾土器は、その典型である。神奈川県相模原市の勝坂式や新潟県長岡市の馬高式(写真下 「国民百科事典」〈平凡社〉より)などの土器が名高い。土器の機能だけを考えたら、火炎形装飾は邪魔になるであろう。もっとシンプルなデザインが求められるはずだ。火炎形土器は、信仰の神器や飾り物として作られたのであろう。

Hpp5045217 春の温もりが八ヶ岳山麓にも訪れ、植物がいっせいに芽吹き始めた。私は芽吹きに関心がある。植物の草創期を感じさせるだけでなく、花芽や葉芽に未来を予感させる形とエネルギーを読みとれるからだ。タラの芽をじっくり撮影していたら、どこかで見たことがある形に思えてきた。ファインダー視野(液晶モニター)に火炎形装飾土器が浮かび上がったのである(写真上左)。縄文人は、土器をデザインするとき、芽吹きの形にヒントを得たのではないか。芽吹きは生命の復活であり再生である。先端部分のうごめきは炎のようだ。それにあやかりたいという気持ちは自然ではないか。春が人の心情を鼓舞するのは、縄文時代も現代も変わらないと思う。

Hpp5055252_2 【補足】 翌日、タラの芽はさらに火炎形に似てきたので再撮影した。

【撮影データ】 オリンパスSP-350 AFズーム8.0~24ミリF2.8~4.9(35ミリ判換算38~114ミリ スーパーマクロモード8ミリで撮影) 〔初日〕 Aモード(絞りF7.1 1/50秒) -0.3EV補正 ISO100 WBオート 〔二日目〕 Aモード(絞りF5.6 1/200秒) -0.7EV補正 ISO200 WB晴天

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2009/05/01

沸騰する港町 横浜No.33

 「開国祭Y+150」のオープニング(4月28日)に立ち会いたかったが、つごうで出かけられなかった。そこで翌日、山手のフードフェアーとかけもちで出かけた。まず、エキゾチックなフードフェアーを楽しみ、中華街で昼食をとり、山下公園から「開国の道」をたどってMM21へ。開港祭のようすをロケハンし、伊勢崎町の有隣堂で「世界の帆船模型展」を見学して帰ってきた。どこも大盛況で、横浜は沸騰している感じだった。

フードフェアー…フォト・レポートHpp4290357

 私にとって、4月29日は「昭和の日」であると同時に「フードフェアー」の日でもある。毎年楽しみにして出かける。主催するサンモール・インターナショナル・スクールの関係者だけでなく、山手の住民、来訪者など大人も子どもも、この日ばかりは、思い切り飲食とショッピングを満喫する。入場無料で、だれでも参加できる。

Hpp4290388ステージのアトラクション

Hpp4294837この日を待ち望んでいる子どもは、華やかに着飾ってくる

Hpp4294847主役はバザー。写真パネルを販売していた。写真の位置づけが高いと感じた。これが国際感覚か?

Hpp4290370_2子どもたちも協力。私は、ポップコーンを買って撮影させてもらった

Hpp4294870_2バーベキューの煙が会場の雰囲気を盛り上げる           

Hpp4290401私もゲームを楽しんだ。1回100円

Hpp4294833_2一人の男の子を、4人の女の子がメーキャップしているのが滑稽

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2009/04/25

もののはじめ二題 横浜No.32

                       「開国博」前の横浜散策Hpp4220230

 4月28日(火)から横浜開港150周年記念テーマイベントとして「開国博Y+150」(ワイ ひゃくごじゅう)が開催される。幕末、江戸幕府はアメリカと日米修好通商条約を締結し、横浜を開港場として選んだ。1859年6月2日、横浜港が開かれた。そのとき以来150年、横浜は海外との窓口として多大な役割を果たしてきた。それを記念して、未来への「出航」をテーマに大博覧会が開催される。

Hpp4220305_5Hpp4220308_6 4月22日は、久しぶりに横浜へ撮影に出かけた。横浜公園のチューリップを撮影してから大桟橋へ行った。ちょうどオセアニック(Oceanic)号が入港していた(写真上)。豪華客船を見るのも久しぶりだ。大桟橋ならでは大らかな気持ちを味わったあと、MM21地区(みなとみらい21)へ回った。途中で「象の鼻パーク」の建設現場をながめた。写真上右は、陸側から見た象の鼻パーク建設現場。写真上左は海側から見た象の鼻の浮世絵)

Hpp4220316 1858年、幕府は横浜村の海岸に2本の突堤を建設し、最初の横浜波止場を完成させた。開港後、「イギリス波止場」(通称 西波止場)と呼ばれるようになり、現在の大桟橋の元になった。1866年、これを延長するために象の鼻のような形に埋め立てた。これがいわゆる「象の鼻」で、港湾施設も整備され、国際港として体裁を整えることになった。「象の鼻」は、横浜港の記念すべき構築物なので、これを公園として整備しようというのが工事の趣旨だ。公園は開港記念日の6月2日にオープンする。

Hpp4220326_2 MM21では、イベントに備えていろいろな施設が建設中だった。「公式記念品ショップ」「開国・開港の街」(写真左)「トゥモローパーク」「はじまりの森」などだ。おそらく、これからは突貫工事になるのではないか。私たちは、足休めに「NEXT YOKOHAMA BAY」(ワールドポーター内)というカフェに入った。メニューに「開国博Y+150」記念のアイスクリームがあるというので、それをオーダーした(写真右)Hpp4220339横浜には、「日本で初めての事や物」がたくさんあるが、国産初のアイスクリームも横浜が発祥の地だ。1869年(明治2年)、町田房造は、馬車道で氷水店を開業し、アイスクリームを初めて売り出した。当時は「あいすくりん」という名称だったという。馬車道にその記念碑がある。22日は、港とアイスクリーム、二つの「横浜もののはじめ」を振り返ることができた。

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2009/04/19

野毛山動物園 横浜No.31

動物との素朴なふれ合いHpp4184444_2

               

 18日は、子どもたちの写生会に同行して野毛山動物園へ行った。野毛山動物園は規模こそ小さいが、それゆえに動物との距離感が近く感じられ、なじみやすい。家庭的なのだ。子どもの写生会にはうってつけだ。大規模な動物園には、それなりの良さはあるが、子どもたちにとってもっとも重要なのは、動物との素朴なふれ合いだ。必ずしも大規模で最先端の必要はないと思う。Hpp4184449私が初めて動物園に行ったときの感動は、動物との対面だった。なにしろ、おもしろかったことを思い出す。人間以外の動物を知り、自身と比較して好奇心がわいてくる。だれにも、動物との初めての出会いがある。その機会を大切にしたい。そのとき、ライオンやトラ、ゾウでなくてもよい。パンダやコアラの必要はない。珍獣・奇獣や趣向を凝らした見せ方は後から体験すればよいと思う。(写真上左 レッサーパンダ)

Hpp4184600Hpp4184628 野毛山動物園の目玉は、「なかよし広場」だ。ハツカネズミ、ニワトリ、モルモットなどの小動物とじかに触れ合える。触ったり、抱いたり、広場内を移動できる(写真上2点)。Hpp4184561子どもたちの嬉々とした声がうれしかった。また、園内に放し飼いにされた白孔雀が目の前で何回も羽を広げたのには驚いた(写真右)。子どもだけでなく大人も歓声を上げていた。

 私は八ヶ岳山麓で出会いたいと願っている動物を撮影した(写真下 左からアナグマ、タヌキ、ツキノワグマ)。Hpp4184472Hpp4184482Hpp4184498残念ながらキツネとテンはいなかった。シカは撮りそこなった。ツキノワグマは刺激があると、冬眠中でも出てくると聞いてゾッとした(写真上3点)。

Hpp4184624 ほかに印象に残ったのは、神奈川野生動物救護会が進めている「海ゴミGO ME!!」というキャンペーンとレポートだ。海で拾ったゴミが展示されていて、私たちがいかに海をゴミ捨て場にしているかがわかった。未来のある子どもたちの目にさらし、自覚を促したいのであろう(写真上右)。

 野毛山動物園は、昭和26年(1951年)開園された野毛山遊園地が母体となり、昭和39年、動物園部分だけを無料で開放したのが始まりだ。私たちも、横浜に引っ越してきてから家族連れでしばしば訪れたものだ。一時、金沢動物園やよこはま動物園(ズーラシア)などに圧されて影が薄くなったが、私は現在でもその価値を認めている。シュツットガルトのウイルヘルマ動・植物園を2回見学した。Hpp4184633そのとき感じたのは、「子どもの好奇心を喚起し、興味に応えられる」という設計と運営理念だった。野毛山動物園も、これをモットーにしてほしい。

                             

 昔、楽しませてくれたシロクマがいなくなり、その場所が「しろくまの家」として保存されていた。ほぼ実物大のシロクマ模型が置かれているのが懐かしくもあり、寂しくもあった。(写真上左 シロクマの模型と遊べるようになっている) cf.野毛山動物園

                           

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2009/04/14

春の息吹 八ヶ岳山麓No.73

4月13日の高原のようす…フォトレポートHpp4139960_2

 凍土が融け、土に温もりが戻ってきた。畑に石灰をまき、家庭菜園の準備をした。地表の落ち葉をかき分けていくつかの若葉が顔を出す。木の芽もはじけ、春の息吹を感じるこのごろだ。山小屋周辺の観察結果をフォトレポートする。

カタクリは一株だけ花が咲いた。残りの数株は顔を出しているので後を追うはずだ(写真左)

Hpp4130090ギョウジャニンニクは生育が早い。年毎に株が増えてきた。ユリ科ネギ属は種がまき散らされ、どんどん増える。葉を刻んでうどんの薬味にした。これが春の香りだ。(写真右)

Hpp4130063クリスマスローズは植えてから数年経つが、厳しい環境のせいか野生種のように矮小化してきた。蕾みはクマガイソウのようだ(写真左)

Hpp4139992一輪だけクロッカスが咲いた。しかし、土地がやせているので来年も咲くとは限らない(写真右)

Hpp4130078_2横浜ではチューリップはピークを迎えようとしているが、八ヶ岳山麓では連休後に咲く(写真左)

Hpp4130121_2ノイバラの若芽。棘のあるキャラクターは肩肘を張っているように見える。6月下旬、林縁でアヤメと初夏の覇を競う(写真右)

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2009/04/13

春暖のイワナ 八ヶ岳山麓No.72

今春2度目の渓流釣りHp24p4124367

 4月12日は、異常に暖かかった。朝7時15分の気温が7.5度C、夕方18時30分でも12度Cもあった。例年の5月下旬の気候だ。夕方17時前に渓流へ入った。視界は冬景色だが暖かい。2週間前には、倒木に氷柱が下がっていたので、大きな違いだ。水温をチェックすると約9度Cだった。早春の食い渋りは少ないはずだ。

Hp4p4124378 まず、中淵で、24センチのイワナを釣った(写真上)。針にかかった瞬間に大物とわかった。大物は暴れないのだ。針がかりしても悠然と泳ぐ。竿を仕舞い、近場に寄せたとき強烈に引き込んだ。岩や倒木の下に入られるとやっかいなので、慎重に竿をさばいた。撮影では、大暴れで苦労した。同じ淵で、14センチがかかった(写真上左)。どちらも撮影後放流した。

 この時期は、根がかりが多い。冬に落ちた枯葉や小枝が川底にたまっているからだ。やや強く引き上げるとすぐ外れるので、大事にはならない。引き上げた針には枯れ葉や小枝が付いている。

Hp18p4124389  林道へ出て上流のポイントへ移った。ねらいの中淵から18センチが出てきた(写真右)。倒木の奥へ餌を落としたので、引き上げるのにひと苦労した。しかし、これは日常茶飯事だ。源流の釣りは、まともな竿さばきはできない。潅木の隙間や倒木の下などへ餌を送らないと釣りにならない。いかにうまく餌をポイントへ入れるかが釣りのテクニックである。撮影で、どんなところにも三脚を立てられる技術に似ている。うまく餌が送り込めれば、ほぼ釣れる。針にかかった後も油断できない。竿を木の間を縫うように送り、糸を手繰り寄せた。3尾目を撮影して納竿した。18時15分だった。あらためて周囲を見渡すと、気温以外に春の気配はない。標高1400メートルの森は冬のままだ。閑寂な夕刻を味わいながら林道を下った。

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2009/04/12

日時計で暮らしてみたい ドイツNo.83

Hpobertorp2253148_2時間と私

 ドイツ・ゲンゲンバッハ(Gengenbach)で二つの日時計を見つけた。一つは上門塔(Obertortrum 写真右)に、もう一つは民家(写真下左)の壁にあった。それらを見て、ドイツ中世の生活を想像しながら時計と生活、時間について考えてみた。

 私が写真の創作活動に集中しはじめたころ、奈良原一高氏の「ヨーロッパ 静止した時間」という作品群に感動した。Hpobertorp2253144それを自身の当面の目標に設定し、「大和路の印象」を撮影した。とても奈良原氏の作品には及ばなかったが、テーマに取り組む充実感は味わった。そのとき、奈良原氏のタイトルが気に入ったのである。「時間」という言葉は、当時の私には、なぜか新鮮だった。そこで、いつか自分の写真展に「時間」を含むタイトルを付けたいと考えていた。20年後、横浜の風物を撮影した写真展に「横浜がみえる時間」というタイトルを付けた。英語が得意の義弟に英文化してもらったら、「Yokohama as it reflected on my mind」となった。英文のほうが私の表現意図をわかりやすく表している。「Time」とか「When」というような時間を表す単語は含まれていないが、時間の概念は十分に伝わると思う。ちなみに、私は、自身のテーマやタイトルを英訳しておくことにしている。

 「時間」は人間の高度な概念である。もちろん、人間以外の動物や植物にも時の流れに従った反応や行動はあるかもしれないが、人間ほど高度ではないはずだ。私は、動植物の時間について書く資格はない。しかし、人は過去を振り返って歴史を記録し、それを活かして未来の計画を立てることが、動植物とは違うと言うことはできる。時計が発明されたのはその証しだろう。

 時計の始まりは日時計だといわれる。紀元前3500年ごろ、エジプトでオベリスクと呼ばれる石柱を建て、午前と午後を区別し、影の長さで季節を知ったという。紀元前2000年ごろのメソポタミア文明では、昼間を6等分した日時計が使われていたという(cf. 原始時計の時代)Hpp2220111_2その後、水時計や火縄時計、線香時計、ローソク時計などが発明され、紀元1000年ごろ機械式時計が発明された。教会の鐘を定期的に鳴らすためのものだという。13世紀にはかなり正確な機械式時計が作られていたようだ。

Hpp2248800 時計の進化は文明の発達と連動している。文明は人間の脳内で起きている出来事の具現化といっていい。人の脳が開発された分だけ、より正確な時計が必要になった。現代文明はそれを象徴している。現在の時計は、秒単位どころか1/100秒単位まで測れる。正確な時間や時刻を測れるのは、高度文明と技術の象徴である。一方、逆に時計に振り回される社会ができてしまったのも事実だ。はたして日常生活に「--秒」は必要だろうか。「--分」は、朝の通勤時に電車に間に合うかどうかがかかっているので必要だ。現状では、「--分」は必要だが、「--時」だけで過ごす仕事や生活があってよいのではないか。それは実現可能だと思っている。

 正確な時計が発明されて人間が本当に幸せになったのだろうか。ゲンゲンバッハの日時計を見て、より正確な時刻を知ることが、どれほど重要なのか考えされられた。藤沢周平の小説は、「刻」の単位でストーリーが進行する(1刻は約2時間、それを4分または3分した)。このテンポは、人情を描写するのにこのうえない条件のように思う。ドイツの町では、教会の鐘が聞こえる。3時間ごとに鳴るのは中世以来の伝統だ。夜は別にして30分ごとに鳴る所があれば、15分おきの所もある。私も、ドイツ中世のような日時計や教会の鐘のリズムで暮らす生活をしたいものだ。

 時計とは別に、時間は人間独自の概念であり、表現には欠かせないものである。音楽や映画は時間芸術である。時の流れのなかには、動きと速さがあり、繰り返しと変化がある。リズムやテンポも感動の要素だ。これらは時間芸術の基本要素である。写真の分野にもそれを導入したい。そこで私は、撮影のモチーフの一つに「時間を撮る」ということを提唱している。

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2009/04/10

駅のプロジェクターとスクリーン ドイツNo.82

シュツットガルト・UバーンのプラットホームHp5p2253359_2

 シュツットガルトには、Uバーン(地下鉄)が広範囲に走り、市民の足として大きな役割を果たしている。駅の間隔が短いので、日本のバスのような存在だ。最近、私たちもチケットの買い方を覚えたので、ときどき利用する。今年の2月もホテルへ向かうときUバーンを利用した。シュツットガルト中央駅のプラットホームで電車を待っていると、車体の一部が異常に明るく照明されているのに気づいた(写真上)。気になったのでよく観察してみると、電車が走り去った後、線路をはさんで反対側にスクリーンがあるのがわかった。Hp1p2253372_3デジタルプロジェクターがプラットホームの天井に取り付けられていて(写真左 右上隅の白いもの 〈スクリーンの映像は天気予報〉)、そのスクリーンへ映写している。本来は、電車がホームにいないときだけ映写するようになっているようなのだが、システムの調整が悪く、電車に映写してしまったようだ。プロジェクターから車体までの距離は小さいので、明るく見えたのである。しかし、そのおかげでプロジェクターとスクリーンの存在に気がついた。スクリーンにはいろいろな情報が映写されている。私にわかったのは天気予報やコマーシャル、ニュースなどだ。日本なら、電光掲示板か液晶パネルで見せるところだろう。Hpp2253368_2Hpp2253373_4音声はなかった。プロジェクターとスクリーンは、私の“商売道具”なので、興味深く撮影した。スクリーン画面を4つ紹介する。

Hpp2253361『豊田芳州のTheme』に掲載された写真と文章は、著作権法で保護されています。無断使用はご遠慮ください。All pictures and writings on this blog are copyrighted.

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2009/04/01

ゲンゲンバッハ ドイツNo.81

市民の自信と誇り

Hpp2248823_3

                       

 15年前、シュバルツバルトをレンタカーで走ったとき、ゲンゲンバッハ(Gengenbach 写真右)というちょっと変わった名まえの町を通過した。当時は、一つの通過点というだけで気にしなかった。実際、ドイツ全図で見ると、もっとも小さい文字で表記された(私の分類では第4ランク)町である。Photo_2ドイツ南西部のシュバルツバルト(黒い森)の中にあり、フランスとの国境を流れるライン川からは25キロぐらいの東にある。今冬、撮影地としてゲンゲンバッハを選んだのは、カーニバルで大都市にはない独特の趣向があるとWebで知ったからだ。また、以前に車で通過したという思い出も手伝っている。

 ゲンゲンバッハも御多分にもれず歴史と伝統を誇る町である。紀元100年ごろには人々が住み着き、725年にはベネディクト派の修道院が創設されたとパンフレットに書かれている。その修道院が825年には西ローマ帝国の帝国修道院になり、1360年には神聖ローマ帝国の帝国自由都市の称号を得た(~1803年)。Hpengelgassep2238572_3Hpobertorp2253148_2自由都市とは、地域の領主からの支配を脱して、皇帝直属になったことを意味する。ケルンやハンブルグなども帝国自由都市であった。現在は、近隣のライヒェンバッハ、シュバイバッハ、ベルマースバッハと合併して大きな町になっている。もちろん、旧市街はそのままだ。(写真上左 Engelgasse 写真上右 Obertortrum 

Hpp2222933_2 私はどこの町に滞在しても、教会のミサを見学することにしている。322日(日)に聖マーリエン教会へ出かけた。10時、子どもたちの聖歌隊の入場からミサは始まった。牧師が快活な人で、身振り手振りを交えたにぎやかなミサであった。カーニバル期間の特別なミサなのだろうか。オルガン演奏もすばらしい(写真左)。聖歌隊の退場まで約1時間、一大交響曲のようなミサだった。

 旧市街は、1784年に建てられた新市庁舎(Rathous 写真下左)を中心に、東西に長い楕円形に展開している(上のマップ参照)。市庁舎のバルコニーはマルクト広場に面していて、市民との交流の舞台だ(写真下右)。Hpp2218078_4Hpp2238628_3昔の城壁(市壁)の上に造られたエンゲルガッセ(Engelgasse)は中世の面影を濃く残し、上門塔(Obertortrum)には日時計がある。カーニバルでは、市民は仮面をかぶったり顔に絵の具を塗って変身し、町全体が狂ったように大騒ぎする。Hp2p2217857_5Hpp2228327_3市長など町の幹部も着飾って市民と一体になってカーニバルを盛り上げる。 どこへ行っても怪しい仮面の人々とすれ違うのは異様な世界だ。市民のユーモアと結束を感じざるをえない。(写真上左 仮面をかぶった市民、写真上右 カーニバルのパレード)

Hpp2233018_3 日本にも同じような町と行事はあるかもしれない。しかし、地方分権が浸透しているドイツならではの町のありようは紹介するに値すると思った。ドイツでは、これはゲンゲンバッハに限ったことではない。(写真右 カーニバルの衣装でくつろぐ)

                       

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2009/03/22

買い物かご ドイツNo.80

高い環境意識Hpp2212867_2

 ドイツへ行くたびに気になっていたのだが、ドイツでは買い物かご(バスケット)がポピュラーだ。特に、マルクト(市)ではかごが目だつ。それも、男性が持っている場面をしばしば見る。(写真右 ゲンゲンバッハのマルクト)

 日本でも、40年以上前には買い物かごが使われていた。私の家にも買い物かごがあったのを思い出す。スーパーマーケットやコンビニエンスストアーなどが普及してからは、買い物かごは消えた。Hp2p6077112_4店内のかご(ショッピング・バスケット)を使わざるを得ないからだ。その結果、レジ袋が浸透してしまった。言うまでもなく、レジ袋は資源やエネルギーを消費する。最近は、日本でもレジ袋を有料化したり、買い物客がマイバッグを準備するようになってきたが、ドイツでは、ずいぶん前から問題意識が高かった。少しでも節約しようという気持ちが伝わってきたのである。 (写真左 ヘレンベルグのマルクト)

Hpp6071782 もちろん、レジ袋がまったくないわけではない。我々外国人は買い物かごを持っていないので、支払うときにレジ袋が欲しいと言うと、用意してくれる。かご以外に布袋やナップザックなどの利用者もいる。いずれにしても、レジ袋を使うまいという風潮は浸透している。カップルで買い物に出かけると、男性が買い物かごを持つ役だ。男性独りだけで買い物かごを持っているシーンもよく見かける。ドイツの男性は女性に優しいと思うのだが…。また、紙袋の比率も日本より高い。果物や野菜、菓子類などを買うと、そのまま紙袋に入れてくれる場合が多い。Hpp2217758 紙とプラスティックのどちらが省エネ、省資源なのかは正確にはわからないが、ドイツの実情を紹介した。 (写真上右 ヘレンベルグのマルクト 写真左 ゲンゲンバッハのマルクト)

 最近、本屋で文庫本を買ったら、「カーバーをどうしますか」と聞かれた。「いらない」と言うと、店員はレジ袋に入れようとしたので、それも断った。ドイツで少しでも生活すると、これがあたりまえに思えるようになる。

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2009/03/15

ドイツ 冬の旅…フォト・ハイライト ドイツNo.79

冬でもアウトドアー志向Hpp2269617_3

 2月下旬、冬のドイツを旅した。目的は、カーニバルの撮影だ。今年は、2月23日前後に行事が集中する。ドイツでは、マインツやデュッセルドルフ、ケルンなどのカーニバルが有名だが、私には片田舎ゲンゲンバッハのカーニバルに興味があった写真下2点Hpp2249196_4Hpp2217937_2小さな町に関心があるのは、いつものことだ。ゲンゲンバッハはシュバルツバルト(黒い森)にある小さな町だが、ゲルマン民族の風習や祭礼が残されているという。Hpp2248870 カーニバル(シュバルツバルトではファーゼント fasend と呼ばれる)はキリスト教の行事ではあるが、その土地それぞれでアレンジされている。ゲンゲンバッハで原始ゲルマン民族の精神のようなものを感じとれればと思った。カーニバルについては、いずれ触れようと思う。写真上左 シュツットガルト・新宮殿前に立つ彫像。写真上右 ゲンゲンバッハの町並み。手前はブドウ畑。 写真下2点 ゲンゲンバッハ旧市街の冬景色。写真下右 フランクフルトからシュツットガルトへ向かうICEの車窓から眺めた日没。わずかな晴れ間だった)

Hpp2238680_2Hpp2238453 何しろ寒かった。気温は東京、横浜より約7度Cは低いだろう。夜は氷点下3~5度C、日中は2~5度Cぐらいだった。気温から判断すればたいしたことはない。Hpp2192619八ヶ岳山麓(標高1400メートル)では、2月の最低気温は氷点下5~12度C、日中は0度Cを越すか越さないかというのが現状だ。自身の耐寒能力からすれば、ドイツの寒さなど平気だと思っていた。ところが、どういうわけか、寒さがジーンとしみ込んでくる。 ドイツの空気は熱容量(比重)が大きいように感じる。Hpp2263463_4Hpp2263556屋外を半日歩き回るのが限界だった。夢中で撮影したので、体が冷え体調を乱してしまった。しかし、今回はドイツの本当の冬を体験したような気がした。ハイライトをフォト・レポートする。Hpp2269472写真上左 シュットガルト市街の屋外カフェでくつろぐ人々。写真上右は、夕刻、毛布を準備してお客を待つケーニッヒ通りのカフェ)

 天候はほとんど曇りで、時々雨や雪が交じるというもの。日差しがあったのは一日だけだった。うわさで聞いていたとおりのドイツの天気だ。これが重厚な、また、ときにはメランコリーなドイツ音楽の原点なのかもしれない。それでも、ドイツでは屋外にカフェがオープンされる。カーニバルになれば乳幼児から老若男女が出かけてくる。要するに屋外でなんとか楽しみたいという願望が感じられる。クリスマスと同様、カーニバルもドイツ人の冬のアウトドアーライフなのである。写真右上 シュットガルト・旧宮殿の中庭へ騎士像を見学に来た小学生) 

Hpp2263528 帰路の機内番組でベートーベンの「運命」を2回ほど聴いた。これが、体験したばかりのドイツの風土とどのようにかかわっているのか考えてみた。しかし、「運命」はベートーベンの頭に浮かんだ着想のほうがはるかに大きいように感じ、あらためてベートーベンの偉大さに感動したのである。写真左上 シュツットガルト旧市街の大道芸。寒風の中での演奏は、シューベルトの「冬の旅」に出てくる辻音楽師を思い出させた)

参照: 『冬の旅 ドイツNo.35』

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2009/03/11

まちだ写好会 春の写真展

Hpdmimg_5 まちだ写好会の写真展は37回目を迎えた。年々充実してきているうえに、今回は、自由作品のほかに課題作品「影」にチャレンジした。影は光が姿(現象)を変えたものである。光で画像を記録する写真にとって常に意識しなければならない撮影条件である。特に直射光がある条件下では、絶好のモチーフになる可能性が高い。また、シルエットやデフォルメ、因果関係などを伴うので、本体を暗示的に見せる効果がある。メンバーのチャレンジをご鑑賞いただけたら幸いだ。

会場:町田市民ホール・ギャラリー(Tel 042-728-4300)

会期:3月10日(火)から15日(日) 10:00~16:30Hpp3103850_2Hpp3103872_2

                                              

八ヶ岳山麓の春植物Hpmp5058236

 私は、春の植物を2点を出品した。ニリンソウは、花弁にできたメシベとオシベの影が印象的だったので「春影」(写真右)とした。ザゼンソウは、残照を求めるひたむきな姿に共感して「春光」(写真下)とした。どちらも、周囲の樹木が葉を広げて林床に直射光が届かなくなると枯れてしまう。すなわち、短期決戦型であり、他の植物と太陽光を分け合うタイムシェアリング(棲み分け)を実施しているとも言える。Hpp3091236_3

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2009/03/02

写真展『水辺模様』

第5回 シャトロー会写真展

 陸上に動・植物が現れたのは、今から3~4億年前と言われる。それまで約35億年間、生物は水の中で生活してきた。上陸した動・植物は大きな進化を遂げ、人類はその頂点に立っているが、いまだ水なくしては生きられない。一方、私たち人類にそのような過去があるからだろうか、水辺に立つと故郷へ帰ったような潤いと安らぎを感じる。Hp09dm_3シャトロー会メンバーは、自身の水とのかかわりを次の4つのカテゴリーに分けて撮影し、「水辺模様」として集大成した。

Art「水が創る芸術」 ●Contact「人と水のつきあい」 ●Drama「水辺で起きたドラマ」 ●Light&Fantasy「水辺で感じる光と幻想」

 作品はカテゴリー別に配列されている。一部を掲載するが、多彩なオリジナルプリントでご鑑賞いただけたら幸いだ。 

Hp09dm_4会期:2009年3月5日(木)~3月10日(火) 11:00~19:00(土・日も開催)

会場:フォトエントランス日比谷(日比谷三井ビル1F) アクセスはマップをクリックしてくださいHp09p3043802_2Hp09p3043795

                                         

                     

                      

                      

「愁紋」 Art 小野理恵子Hp

                 

               

                

               

                

               「神事」 Contact 廣幡安子Hp_2

                              

                              

                                   

                

「神光」 Light&Fantasy 金子壮一Hpb

                

                

                

                

                 

モンスター」 Light&Fantasy 天野貴郎Hp_3

               

               

               

               

               

               

「錦秋」 Drama 菊谷義美Hp_4

Hpa_3「再会」 Drama 瀧内哲男

                       

                                                              

                          

                             

                       

                          

                        

                           

                       「イカる」 Drama 菊谷信夫Hpc

               

                

               

               

               

               「緑陰のスケッチ」 Contact 矢吹忠正Hpb

                

                

               

               

                                    

               「初夏の輝き」 Art 春田はるみHp_5

                 

                 

                  

               

                 

               「魅惑の水辺」 Contact 矢部 徹Hp

                                            

                                     

                                     

                              

                            

                            

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2009/02/24

町の美しさを探る ドイツNo.78

ドイツ人の美意識Hpp2081225

 ホテルで朝、目が覚めると、しばしばゴミ収集車の音が耳に入ってくる。クレーンでゴミ箱を上げ下げする音だ。キャスターの付いた大きなゴミ箱をクレーン(リフター)で持ち上げひっくり返してゴミを収集車へ詰める。この作業の音は馬鹿にできない大きな音だ。7時台から10時台まで収集車が活躍している(写真下はミュンヘン中央駅前)Hppc183286ドイツの朝の“風物詩”かもしれない。これが公共のゴミ収集システムだ。一方、家庭のゴミもキャスターの付いたゴミ箱に入れて通路に出しておく(写真左下はシュツットガルト市内)収集車が、これを集めて運んでいく。フランスのエギスハイムでも同じだったので、これがヨーロピアン・スタイルなのかもしれない。常にゴミを箱に入れて見せないよう配慮しているのは、ドイツのほうが上だろう。Hpp6046648しかし、東京の六本木でも、同じようなゴミの出し方を見たことがある。日本には「護美箱」という言葉がある。この精神を生かしたいものだ。(写真右上はマインツの公園)

 ドイツの町がきれいなことは、何度も書いてきたが、その要因は二つに分けて考えられる。まず、汚さないことだ。ドイツの町にまったくゴミがないわけではないし、ときどき落書きも見る。しかし、その量は日本とはまったく違う。町をきれいにしようというモラールは、明らかにドイツのほうが上だ。一方、汚れていると掃除するのは、日本も同じだと思う。日本のゴミの収集は遜色ないと思う。Hpp2081216_2

 もう一つは、町を美しく見せようとしていることだ。窓辺に花を飾り、花壇にたくさんの花を植える。建物の外壁の塗装は、常に周囲との調和を考えている(写真右と下はオーバーアガマウ旧市街)Hp2p2081220電線は地中に埋め、工事現場のホロにまで絵を描いて舞台裏を隠す。このマインドが、私をドイツに引きつける。

 町がきれいで美しい大きな要因はドイツ人の美意識が高いからだろうか。美意識とは、美しさを感じる心の働きであり、芸術や自然の美しさを味わうときに働く意識のことだ。Hpp2081230一般的な美意識については、日本人もドイツ人も変わらないと思うのだが、町の美しさは明らかに違う。ドイツ人は、町は美しくあるべきだという気持ちが強いのだろう。これは、美意識が高いと言わざるをえない。写真左上はバンベルクの旧市街。壁面の塗装は調和が保たれている)

Hpp2081227Hpp6130054 ドイツでは、人々は中世以来、町は自分たちで築いてきたという意識が強く、市民一人ひとりが、住んでいる町は自分の町だと思っている。町の生い立ちや構造を見ればわかる。日本では、町は市町村や都道府県が造ったものという意識が強いのではないか。日本でも地方に行くと町はきれいである。そこで生まれ育った人々が住んでいるからだ。都会は、地方から移り住んだ人々がたくさんいる。自分の町と思えないのは当然かもしれない。日本の大都市の汚れが目だつのは、中央集権の“副産物”と言えなくもない。(写真上左はランズフート市内、上右はマインツ旧市街)

                               

 町を大切にしている証しがある。どんな街路にも名まえがついているのは日本も同じだが、名まえが違うのである。例えば、ミュンヘンにはBeethoven str.(ベートーベン通り)とか、Schiller str.(シラー通り)というのがある。Hpp6040869どちらもドイツだけでなく世界的な偉人の名まえだ。有名な都市の名まえもある。例えば、ヘレンベルグにはStuttgarter str.(シュツットガルト通り)がある。地図を見ると、私たちには縁のない名まえもたくさんあるが、通りの名まえには住民の心が込められていると言っていいだろう。その通りを汚すわけにはいかないのではないか。長い時間をかけて築き上げたマインドが人々の脳と体に刻み込まれているにちがいない。(写真上左はシュツットガルト市内のゴミ箱)

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2009/02/15

二つの写真展紹介

 今冬はたくさんの写真展にかかわっている。私は英国王立写真協会日本支部展以外に、3つの写真展に出展した。写真展は、すべて紹介する予定だが、とりあえず近々開催する2つを紹介しよう。ご高覧いただけたら幸いだ。

『花の賛歌』 フォトクラブ彩光 写真展 2009Hp09dm

会期:2月24日(火)~3月8日(日) 9:30~16:00 3月2日(月)休園

会場:神代植物公園展示棟ロビー 植物園入園料が必要(大人500円/65歳以上250円 アクセスはDM参照 クリックHp09dm_4

                                                                   

         

 私はザゼンソウの写真を出品した(写真下)。仏炎苞が、周囲のようすをうかがうウサギの耳のように見えたので、「うかがう」というタイトルを付けた。春一番に咲くザゼンソウは、その年の自然界だけでなく人間界のようすもうかがっているようだ。不穏な空気に戸惑っているのではないか。

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『感動のエチュード』 写好会MARO 第5回写真展

 メンバーそれぞれの感動を、3~4点でまとめている。作品1点1点に付けたタイトルのほかに、それをくくるテーマタイトルが付けられている。例えば、テーマタイトル『折々の詩』には、3点それぞれに「端麗」「微風」「余韻」と付けられている。『時の流れ』に対しては「影」「灯」「光」「刻」という構成だ。グループ写真展としては理想的な展示のし方で、わかりやすい。なお、私は出展していない。

会期:2月16日(月)~23日(月) 10:00~17:00 最終日は~16:00 2月17日(火)は休館

会場:海老名市民ギャラリー 第1展示室(アクセスはマップ参照 クリック

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Hpmarop2162482_3Hp09maro_3        

                   

                            

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2009/02/13

梅の撮影テクニック 横浜No.30

大倉山梅園は、今が撮りごろHpp2120026

 2月12日、横浜の大倉山公園へ梅を撮影に行った。花の状態は、おそらく撮影に絶好だろう。以前にも触れたが、梅の撮影は早めが良い。梅で春の兆しや温もりを表現するのである。撮影に当たっては、次のようなキーワードを挙げて取Hpp2120011り組んだ。 兆し 前兆 予兆 前触れ 幸先 予感 胸騒ぎ 瑞祥 吉祥 目覚め 色づく 芽生える 胎動 蕾む 発芽 萌える 温もり etc. 何の心構えもなしにカメラを構えても撮影はうまくいかないだろう。 モチーフやイメージなどのスキーマ(心構え)を作るためにキーワードが必要なのだ。

【作例A フレーミングによるモチーフの違い】小枝にできた花とつぼみから春の兆しの状況を作ってみた。フレーミングを変えた3点で「関係」の違いをHpp2120017実験してみた。〔1〕(右上)は、花とつぼみの比較である。形や素性(キャラクター)の違い異質な組み合わせがモチーフだ。 〔2〕(右中)は、下部のつぼみから上部の花への時の流れで春の移り変わりを感じさせる。〔3〕(右下)は、花とつぼみの気まぐれがモチーフだ。最下部の花が加わることで、印象が変わってくる。

【作例B 露出によるモチーフの違い】季節感をモチーフにするには、画面に二つの季節が必要である。春の雰囲気を撮影したいなら、「春と冬」、「春と夏」、また「今春と昨秋」など、二つの季節を同時に見せてねらいを強調するのである。梅の撮影では光を意識して季節感を出す。日ざしや明部は春を、日陰や暗部は冬を表すと決める。画面内に日ざしや明部が多ければ春になった雰囲気になり、日陰や暗部が多ければまだ冬の雰囲気になる。露出調節で光と日陰の配分を変えて3カット撮ってみた。〔1〕(下左)は冬で春遠い、〔2〕(下中)は春遠からじ、〔3〕(下右)は春の温もり、が感じられれば成功だが…。同じ被写体からこのようなモチーフの違いを発想するのは、マニュアル露出調節の思考である。オート露出調節では、このような発想はできないだろう。Hpp2120066_2Hpp2120071Hpp2120074

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2009/02/10

第7回 英国王立写真協会 日本支部写真展「Japanese Style Ⅱ」

Hpdm_0001_3  本写真展は、外国人招待写真家と日本支部会員による日本観である。タイトルは、前回と同様「Japanese Style Ⅱ 日本見たまま・感じたまま」だ。このテーマは、王立写真協会日本支部として取り組む価値があるだけでなく使命感もある。昨年に引き続き再度チャレンジしなければならなかった。3人の外国人写真家が参加され、私たちが目ざす国際的な写真展に少し近づいた。オープニングパーティーも外国人写真家や会員の家族を交え、にぎやかなものになった(写真)。ご高覧いただけたら幸いだ。英国王立写真協会日本支部ホームページ

会場:フォトギャラリーキタムラ(Tel 03-3341-7577) http://www.kitamura.co.jp

会期:2009年2月12日(木)~18日(水) 平日10:30~18:30、土曜11:00~17:00、最終日10:30~15:00

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Hpapb216878_2日本の修験道

 私は、天狗を撮影した2点を出品した。1点は、東京の高尾山薬王院飯縄権現堂で撮影したもの(写真左 「修験者 An ascetic」)。高尾山は天狗信仰の霊山であり、修行の場だ。天狗は神通力をもち、除災開運、災厄削除、招福万来、衆生救済を施す力があるという。山伏たちは山にこもって霊気と一体になって修行し、呪力や験力を体得する。その姿は天狗にオーバーラップするという。

Hpdpb270136 もう1点は神奈川県南足柄市の大雄山最乗寺(曹洞宗)で撮影したもの(写真右 「妖怪 An apparition」)。結界門前の天狗は、肩を怒らせて今にも飛び立とうとしている。その雄雄しい姿は日本の精神性の象徴のようだ。修行を成就すると、宙を飛べるようになるのであろう。大雄山の境内には山林が130町歩もあり、巨樹が茂り霊気が漂っていた。

 自然の霊気から悟りを得ようとする天狗信仰や山岳修行は、日本(東洋)らしい修験道ではないか。

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2009/01/24

コンパクトカメラで氷を撮る 八ヶ岳山麓No.71

寒気が作る形状…コンパクトカメラシリーズ7Hpp1041849

 自然が作る氷には、同じものがない。また、二度と同じものはできないだろう。目だたない平凡な氷もあるが、ときどき、なぜこんな形になったのだろうと思うほどの奇怪な氷もある。「自然の造形」とかたづけてしまうには惜しい。

 少しずつ形ができる要因がわかってきたが、最後の仕上げはだれにもわからない。珍しい形の氷を探して撮るのが楽しみだ。コンパクトカメラを、フルタイムで携行しているので、目についた氷は、すぐ撮影している。いつもカメラを持っていることは、すばらしいことだ。楽しみながら撮影した氷の写真を紹介しよう。カメラはすべてオリンパスSP-350、写真は上から順に〔1〕〔2〕〔3〕〔4〕〔5〕。

〔1〕気温が高くなってきて融け始め、壊れる直前の氷。 8ミリ(35ミリ判換算38ミリ スーパーマクロモード 部分拡大) Aモード -0.7EV補正(絞りF7 1/125秒) ISO400 WB晴天

Hpp1043592〔2〕小枝が芯になって膨らんだ氷が水面に達し、水面で翼のように広がったようだ 14.3ミリ(35ミリ判換算68ミリ) Aモード(絞りF5.6 1/100秒) ISO200 WB晴天

Hpp1043673〔3〕水面近くに突き出た枝が芯になって氷が発達した。枝を伝わってきた水滴と、水面から立ち上る水蒸気によってできたものと思われる。 8ミリ(35ミリ判換算38ミリ スーパーマクロモード) Aモード -0.3EV補正(絞りF6.3 1/50秒) ISO200 WB晴天

Hpp2124314_2〔4〕水中から突き出た小枝に発達したもの。半透明なのは、水中の泡によるものと思われる。水深のあるところにあったので、ズームアップした。 21ミリ(35ミリ判換算100ミリ) Aモード -0.3EV補正(絞りF6.3 1/40秒) ISO50 WB晴天

Hpp1043665_2〔5〕落ち込み(小さい滝)の上に発達した氷。飛まつが蓋をするように氷になる。全面結氷の前ぶれだ。水流がブレるようISO感度を下げて撮影した。 10ミリ(35ミリ判換算48ミリ) Aモード -0.3EV補正(絞りF8 1/20秒) ISO50 WB晴天

参照: 『氷の発達を観察する 八ヶ岳山麓No.44』 『氷のPL効果 八ヶ岳山麓No.47』

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2009/01/19

異常な雪と植物の戦略 八ケ岳山麓No.70

Hpp1197557_41月19日の森のようす    …フォト・レポート

 アメリカ大統領就任へ向けてのイベントをテレビ・ニュースで見て、つくづく日本とは違うな、と感じた。演説(選挙演説も含めて)の格調の高さは、どこからくるのだろうか。目標とビジョンを提示し、国民と共に国を作ろうというリーダーシップに共感する。歌手やスポーツ選手、芸能人などが集まり、多くの国民がこぞって大統領を祝福する催しは、日本では考えられない。大統領支持率80パーセントの国と内閣支持率20パーセントの国の違いを思い知らされた。Hpp1197491_2国家元首は、やはり直接選挙で選びたいものだ。

Hpp1197661_3 さて、19日の八ヶ岳山麓は、春のような雨交じりの雪が降った。最低気温氷点下2℃なので、この時期としては異常に暖かい。夜中は、屋根を滑る雪の音が異様だった。Hpp1197741_2積雪は67センチぐらいだろうか、雪面は雨としずくでできた穴で、ザクザク状態だ(写真上右)。よく春に見られるツララが枝からぶら下がっている(写真上左2点)。

Hpp1197633 冬は枝に葉が茂っていないので、見透しがよい。ガガイモ科のイケマ(写真上右 種が今にも飛び立とうとしている)とヤドリギ(写真左 シラカバの幹に寄生している)を観察した。どちらも植物の生きる“戦略”を感じさせる。冬の自然観察も意義がある。ツララといっしょにフォト・レポートする。

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2009/01/09

「フーガの技法」についての考察〔Ⅰ〕        ドイツNo.77

ポリフォニーの魅力Hpp1031797_2

 若いときから自身の写真展でBGMに使いたいと思っている曲がある。ヨハン・セバスチャン・バッハ(1685~1750年)作曲の「フーガの技法」(BWV1080)だ。英語で「The Art of fugue」、ドイツ語では「Die Kunst der Fuge」である。フーガは「遁走曲」などと訳す。何が遁走(走り逃げる意)なのかというと、始めに流れているメロディーが形を変えて、後を追うように流れる形式なので、始めのメロディーにとっては遁走状態になるということだ。一方、ArtKunstは、われわれの感覚では芸術と訳したいが、技法と訳すところに意味深いものがある。技法は、どちらかというと技巧(テクニック)というニュアンスが強い。「フーガの技法」には芸術と技巧の融合という意味が込められていると思う。本来、ArtKunstにはこのような意味があるのであろう。初めて「フーガの技法」を聴いたとき、「何か違う、変だ、今までにない」という異様な雰囲気を感じた。新鮮で衝撃的だった。写真上は、「フーガの技法」(カール・ミュンヒンガー指揮 シュツットガルト室内管弦楽団)のレコードジャケット。曲にふさわしいデザインだ

Hpcdp1031804_2 フーガは対位法(kontrapunkt)の一つである。また、しばしば同義としても扱われる。対位法とは、複数のメロディーや映像を同時進行で展開するように構成する技法のことだ。音楽や映像の芸術用語である。音楽分野では作曲技法として重要だ。しばしば音楽のクライマックスを盛り上げるために採用されるからだ。モーツァルトの交響曲第41番ハ長調「ジュピター」(K551)の第4楽章やベートーベンの交響曲第9番ニ短調「合唱」(op.125)の第1楽章と第4楽章などにもフーガがとり入れられている。その充実感と緊張感はすばらしいものがある。バッハの「フーガの技法」は、それらのさきがけとなり、お手本的存在だ。写真上左は、「フーガの技法」(ヘルムート・ビンシャーマン指揮 ドイツ・バッハゾリステン)のCDカバー

 音楽をモノフォニー、ホモフォニー、ポリフォニーの3つに分ける分類法がある。モノフォニーとは、一つのメロディー(単旋律)が時を追って流れる音楽である。原始的な楽器で演奏される曲や唱歌などだ。音楽の原点はモノフォニーであったでろう。ホモフォニーは、一つのメロディー(主旋律)に伴奏の形でほかのメロディーが和音を作りながら展開する音楽である。主旋律以外の声部は従属した関係になる。すなわち、主従の関係で進む。歌と伴奏の関係がわかりやすい。1819世紀にかけて西洋音楽の中心となった。現在われわれが耳にする音楽はだいたいホモフォニーである。

 これらに対して、ポリフォニーは、二声部以上、六声部(私の知っている範囲の最高)までの各旋律が平等に独立して同時に流れる音楽である。すなわち、各声部は対等である。フーガはポリフォニーに属する。フーガの導入部を実際に聞いてみると、まず主題のメロディー(音楽ではテーマと言う)が流れ始め、少し間をおいて次の声部が流れ始める。また少し間をおいて第3番目の声部が始まる。……。そして、独立したいくつかのメロディーが同時進行で進む。各声部は主題の音程やリズム、和音などを変えて(事典には模倣や応答と書かれている)、主題を追走する。Hp_2 全体として一つの調和を保つように作られている。私は専門家ではないが、作曲はおそらくたいへん難しいだろうと推測する。

 写真左は、「フーガの技法」のバッハ自筆楽譜である(カール・ミュンヒンガー指揮 シュツットガルト室内管弦楽団によるレコードSLH-10445の解説より)。第1フーガの出だしの部分であるが、アルトの声部から始まり、ソプラノ、バス、テノールの順に進んでいくのがわかる。「フーガの技法」には楽器が指定されていない。演奏者に任せるということだろう。バッハは、楽器の音色による表現を排除し、純粋にフーガ(ポリフォニー)を聴かせようと考えたのではないか。我々は、いくつか(26声部)のメロディーを同時に聴くことになる。脳の聴覚野への刺激は、モノフォニーはもちろんのこと、ホモフォニーとも違ったものになる。これがフーガが異様に聴こえる要因だ。それぞれの声部を耳を凝らして聴き分けていくと、言葉には表せない情感がわいてくる。

 ポリフォニーは、バッハ音楽の本質だという。磯山 雅著「J.S.バッハ」(講談社現代新書)によると、ポリフォニーは、12世紀ルネッサンスのころから始まったという。「グレゴリオ聖歌に別の旋律を重ね合わせる試みを、本格的にはじめた」とある。そして、バッハはその頂点を築いたのだそうだ。バッハは多くのフーガを作曲した。私は、その極め付けが「フーガの技法」で、絶対音楽の頂点であると思っている。標題音楽として教会音楽に全身全霊をささげる一方で、「フーガの技法」のような絶対音楽を手がけたこともバッハの偉大さのひとつだ。

 はたして、「フーガの技法」をBGMにできるほどの写真展が実現するかわからないが、目ざしたい目標だ。「フーガの技法」については、書きたいことがたくさんある。いずれ続編を書く予定だ。

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2009/01/04

氷が作るジオラマ 八ヶ岳山麓No.69

1月4日の渓流のようす…フォト・レポートHpp1041879_2

 10度C以下の最低気温が3、4日続いたので、少し氷が発達した。それでも、まだ数年前とは比較にならないくらい貧弱な氷だ。しかし、ファインダーで氷をのぞくのは、冬の楽しみだ。氷の形や発達経過からいろいろなイメージが浮かぶ。しばしば、ほかの物質や形態の生成過程に似ているところがある。Hpp1041908_3以前には、微生物の繁殖のし方に似ていると書いたことがある(参照:「冬の渓流で考える 信州No.4)。今日は、地形の形成に似ている氷を撮影した。すなわち、氷が作る大地のジオラマだ。

【写真解説】上から順に、「湾の形成」(コンパクトカメラの広角側で撮影)、「大河のデルタ地帯の発達」(コンパクトカメラの広角側で撮影)、「波に洗われる島」(一眼レフの望遠レンズで撮影」)Hpp1047424

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2009/01/01

中華街のパワーをもらう 横浜No.29

’09カウントダウン

     あけましておめでとうございますHppc311674_3

 今年は、中華街の関帝廟でカウントダウンした。3年前、媽祖廟(まそうびょう)が建立され、ここ二年は媽祖廟でカウントしてきたが、今年は関帝廟に戻った。横濱中華學院の中庭に特設の舞台がしつらえられ、カウントダウンのほかに音楽演奏や獅子舞が演じられた。(写真右は、関帝廟で22時30分から始まった奉納獅子舞)Hpp1011713

 中華街が形成されたのをいつにするかは議論のあるところだろう。1859年の開港と同時に、欧米人といっしょにやってきた中国人は大勢いたようだ。しかし、まだ街は形造られていなかった。Hppc3117061873年(明治6年)、日清修好条規が批准されたことにより定住する中国人が増加した。同年、関帝廟が建立されたので、このときを中華街の始まりとしてよいだろう(参照:「横浜中華街」 佐藤和孝/足立倫行/他 著 新潮社刊)。(写真上左はカウントダウン風景。写真右上は中国楽器による演奏。写真下左は2009年初の獅子舞)

Hpp1011732 中華街が幾多の苦境を克服して、現在の繁栄を築き上げたのは、彼らの英知と団結によると思う。そのパワーは見習うべきものがある。街路に飾ってある赤い提灯(写真下)には「大吉大利」「萬事勝意」と書かれていた。Hppc311699 今世界が置かれている状況に打ち勝つための励みになる言葉だ。関帝廟は、三国志で有名な関羽をまつる廟で、武神であると同時に財神でもある。お参りするとご利益があるであろう。また、中華街の人々のパワーにもあやかりたい。

 皆さまの新年に勝機がありますよう、お祈りいたします。

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2008/12/29

野鳥のキャラクターがわかる 八ヶ岳山麓No.68

12月下旬の森のようす…フォトレポートHppc287247_2

 この時期、山小屋のベランダにヒマワリの種(実)を置いておくと、必ず小鳥が食べに来る。冬は、常食にしている昆虫やその幼虫が取りにくいので、餌台のヒマワリが重要な栄養源になるからだろう。Hppc2872222日前に7~8センチの積雪があったので、ますます餌を取りにくくなった。鳥たちにとっては、さらに深刻な事態だ。群れを成して飛んできてさえずり、餌を催促するときもある。

Hppc287201 餌台にはいろいろな野鳥が食べにくる。12月28日は4種のガラ類がやってきた。ファインダーをのぞいていると、それぞれにキャラクターが感じられ、おもしろい。当日の印象を比較レポートする。Hppc287211

写真上から順にシジュウカラ(もっとも神経質で、餌台に滞在する時間が少ない。実の中身を確かめないで持っていく)、ヤマガラ(けっこう悠然としていて、強いゴジュウカラも一目置いている)、コガラ(ガラ類では小型に属するが、警戒心が強く賢い)、ゴジュウカラ(ガラ類ではもっとも大きく強く見える。ほかの鳥をどかしてじっくり重い実を物色する。餌箱の穴に長いくちばしを突っ込んで実を取る)

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2008/12/20

「眠り」を解明しようとした写真集

馬場磨貴・写真集『ABSENCE』Hppc151227

                

 睡眠とはなんだろうか。まず休息であり、無意識、無自覚な状態であることはわかる。動物学や生理学、医学の分野では、かなり研究されているようだ。しかし、人間関係としては解明されていないのではないか。すなわち、覚醒している人間にとって、眠っている人間はどのよう存在になるのか、逆に、眠っている人間にとって、目覚めている人間とはどんな関係になるのだろうか。

Hppc151220 これに取り組んだ成果が馬場磨貴・写真集『ABSENCE』である。午前4時(am4:00)にかかってきた電話のベルから眠りに対する思考と解釈が始まる(著者のあとがきから筆者は想像した)。だれもが体験し、一生の1/3弱の時間を費やす睡眠に対して、写真で解明しようとしたところに本写真集のオリジナリティーがある。被写体の人間は、すべて眼を閉じている。

Hppc151223 最近の脳科学によると、睡眠は記憶の誘因となり、それを固定する働きがあるという。午前4時ごろは眠りの浅い「レム睡眠」の段階といっていいだろう。夢を見やすい時間帯だ。レム睡眠には、学習したノウハウを脳に深く刻み込む効果があるという。ABSENCEとは「不在」「欠席」といった意味で、PRESENCE(存在、実在)の反対語だ。ABSENCEとは、眠っている人間の人格不在を意味しているかもしれないが、人間性はあるはずだ。脳で記憶が形成されていくということは人間の高邁な精神状態であるからだ。また、浅い眠りは半覚醒とも言えるので、人間関係が成り立ちそうでもある。表題のABSENCEには、このような前提があるのではないか。なお、本写真集の巻末には竹内万里子氏による解説が、和文、英文、仏文で掲載されている。体裁:A4変形、1C、82P 蒼穹社刊 3,600円

Hppc151224 私は、かつて専門学校で馬場磨貴(うまば まき)さんを指導したことがある。武蔵野美術大学短期学部油絵課を卒業してから日本写真芸術専門学校に入学してきた。私は、写真撮影基礎実習を指導したが、もっとも向学心に燃えた学生の一人だった。ちなみに、最近は大学を卒業してから専門学校で学ぶ青年が多い。専門学校では、実学を身につけることができるからだろう。実は、偶然にも馬場さんの母上も私の生徒さんである。ときどき指導しているヌービック・フォト・フレンズ5のメンバーである。母上の作品は先端的であり挑戦的である。なかなかの実力の持ち主だ。磨貴さんの才能はお母さん譲りのように思える。母子に写真を指導するチャンスに恵まれ、光栄である。

Hp  馬場磨貴さんは、文化庁が主催するDomani・明日展2008に出展している。明日を担う15名の作家の一人に選ばれた。同展は現在、六本木の国立新美術館で開催されている。会期は2009年1月26日(月)まで。

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2008/12/16

12月中旬の森から 八ヶ岳山麓No.67

積雪20センチ…フォト・レポートHppc140030_2

 12月14日朝、雨戸を開けると、目の前に銀世界が広がっていた。積雪は2~3センチだったが、みるみるうちに降り積もり、あっという間に20センチを越えてしまった。雪は大好きである。中学時代からスキーを始め、大学ではスキー部だったので、雪は親友のようなものだ。Hppc140108純白の視界は、自身の苦難や世間の暗さを吹き飛ばしてくれる。

Hppc140085 日中は、気温が上がり、枝に積もった雪はかなり解けたが、地表では根雪になるだろう。Hppc140147_2 地元のスキー場は、ホクホクだろう。自然の雪が降らないとスキー場経営の採算はきついはずだ。幸先の良い雪になればよいのだが。翌15日は、最低気温が氷点下9.5度Cまで下がった。私は、雪のおかげで小さな風景を撮影した。

Hp081215pc151459_2『豊田芳州のTheme』に掲載された写真と文章は、著作権法で保護されています。無断使用はご遠慮ください。All pictures and writings on this blog are copyrighted.

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2008/12/10

シュツットガルトのマルクトハレ ドイツNo.76

「ドイツからの風」で伝えたいことHpp6143646

 シュツットガルトという町の名まえを初めて聞いたのは、レコードのジャケットからだ。カール・ミュンヒンーの指揮するシュツットガルト室内管弦楽団によるバッハのブランデンブルグ協奏曲全6曲(モノラル盤)は名演奏の誉れ高かった。もう40年以上も前のことだ。後にステレオ録音盤も発売されたが、モノラルのほうが名演奏だといわれる。一人の指揮者でも解釈の違いがあり、演奏には波があるのであろう。(写真右は、シュツットガルトの旧市街、シラー広場に立つシラー像。シラー〈Johann Christoph Friedrich von Schiller〉はゲーテと並ぶドイツの偉人である。ベートーベンの第9交響曲第4楽章「歓喜に寄す」はシラーの詩である)

Hpp6143674 シュツットガルト室内管弦楽団は、1946年、カール・ミュンヒンガーによってに創設された。第二次世界大戦直後の混乱期に、室内合奏団ブームのさきがけとなったことに意義がある。ちなみに、イ・ムジチ合奏団やソチエタ・コレルリ合奏団は、1951年に結成された。ミュンヒンガーの演奏は、楽譜に忠実と言われるが、それがどんなことなのか、私にはよくわからない。しかし、理知的で、明解、きりりとした演奏は、私の耳に合う。虚飾のない音楽は、ドイツ的と言ってよいのではないか。そんなわけで、シュツットガルトには関心があった。

Hpp6143680 ドイツ人は、シュツットガルトについてあまり好感をもっていないようだが、私は、ミュンヒンガーと室内楽団のレコードから興味がある。初めてシュツットガルトを訪れたのは、1994年のことだった。ちょうど6月末日で、兵役を済ませた若者が新宮殿の前で羽目を外していたのを思い出す。旧市街はあるものの、あまりはっきりしない。教会とマルクト広場はあるが新市庁舎は近代建築で趣がない(写真右上)。木組みの家も目立たない。今夏は3回目の訪問だった。旧市街のシラー広場で花市を見てから、マルクト・ハレ(Markthalle)(写真上左)へ行って昼食をとった。

Hppb290051 マルクト・ハレは屋内の市場(マルクト)である(写真左)。市庁舎前の屋外市場と違い一年中開いている。とはいっても午後早く閉まってしまう。食料品はほとんど調達できるので、私たちも夕食用の食料を買って、ホテルで食べるときがある。2階のレストランがすばらしい。リーズナブルな価格で本格的な料理が食べられる。地元のドイツ人にも人気があり、昼食時には満席になる。私たちは、なんとか席を取ることができた。当日は、軽食を期待していたので、ウエイターに野菜が食べたいと言ってショウケースの中の野菜を指差した。「温かいのか、冷たいのか」と聞かれたので、「温かいほうがいい」といって、出てきたのが写真下左の料理だ。オーダーメードのせいか、12.8ユーロと高かった。

Hpp6148011 私たちにとって、マルクト・ハレで昼食をとり、買いものをするということは、ドイツ人のライフスタイルのほんの片隅に入れてもらっただけのことだ。しかし、レストランではウエイターと多くの人々は好意的で、好感が持てた。すなわち、私たちも仲間になれたような気がした。独りよがりかもしれないが、ドイツ旅行で味わいたい情感だったのである。

Hppc051350 マルクト(市場)はドイツ人の生活習慣を支える中枢である。もっともドイツ的な雰囲気の一つと言える。そこには、よそ者が安易に入ってはいけないような清らかな空気が漂っていると思う。興味本位でレンズを向けることを躊躇してしまう。しかし、それが「ドイツからの風」で、もっとも伝えたいことなのだ。それゆえ、一眼レフは控えて、コンパクトカメラで何気なく撮るのがマナーのような気がする。(写真上は、マルクトハレで買った香辛料)

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2008/12/06

夢の観覧車 横浜No.28

低速シャッターズーミングブレ効果Hpdsc_0151

 横浜の師走は夜景がきれいだ。今年も mirea というタウン誌が「横濱クリスマス夜景」という特別号(写真下右)を発行して、夜景を盛り上げている。私は、 写真仲間とMM21地区へ出かけ、コスモワールド(遊園地)の観覧車を撮影した。 露光間ズームとブレを併用して、思いっきり遊んでみた。Hpdsc_0141Hp撮影意図は、観覧車がもつ夢をさらに増幅することだ。遊びに終わるか、表現になるかは撮影者しだいだろう。Hpdsc_0147

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2008/12/01

新横浜駅リニューアル 横浜No.27

斬新な駅ビルと駅前歩道橋Hppb290060_4

 11月29日~30日、新横浜駅周辺では「新横浜パフォーマンス2008」が開催された。来年は、横浜開港から150年目にあたるので、いろいろなイベントが企画予定されている。本イベントも副題に「新横・黒船祭」とうたっているとおり、横浜開港150周年記念テーマイベントの一つである。私は29日、駅わきのステージとカフェを楽しんだ。晩秋の日ざしの下、家族連れがお祭り気分を楽しんでいた。Hppb290042_3Hppb290051 30日には駅周辺と日産スタジアムで、パレードやステージ、「開国・開港Y150」(2009年4月28日)までのカウントダウンなどが行われた。

 私たちが新横浜駅の近くに引っ越してきたのは、29年前である。新幹線が開業し、新横浜駅ができたのはさらに15年前である。引っ越してきた当時、駅周辺は区画整備はされていたものの、ほとんど空き地で、家庭菜園やザリガニ捕りを楽しめる環境だった。サーカスの大きなテントが思い出される。私たちも鶴見川沿いの公園にテントを張り、燻製作りやバーベキューをしたものだ。明らかに開発は遅れていた。現在のオフィス街など想像もできなかった。

Hppb290019 今年の3月27日に新駅舎が完成し、見まちがえるほどの新横浜駅になった。ガラス張りで広々とした構内は、ミュンヘン空港を思い出させる(写真上右)。ショッピングエリア(CUBIC PLAZA)には、ビックカメラや三省堂、タカシマヤフードメゾン(食料品店)、飲食店街が入り、洗練された駅ビルになった(写真右上)。Hppb290076_2Hppb290016_211月28日には、駅前広場の歩道橋が開通した。円形の歩道橋はユニークだ(写真上2点)。MM21にも似た歩道橋はあるが、こちらは屋根付きだ。最寄り駅がきれいで便利になるのはうれしい。新横浜駅経由で出かけるのが楽しみになった。

Hppb290027 横浜市のほとんどのイベントには、エコステーションが設置される(写真右)。会場内のゴミを分別して処理できるようにするだけでなく、市民のゴミ問題意識を喚起するのが目的だ。「新横浜パフォーマンス2008」でもエコステーションが活躍していた。

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2008/11/21

初冬の森のようす 八ヶ岳山麓No.66

「沈黙の森から」…フォトレポートHppb201154_3

 昨日の最低気温は-8度Cだった(標高1400メートル)。おそらく、今秋の最低気温だろう。日中でも0.5度Cまでしか上がらない。夕方には、秋の終わりを告げるように空が赤く染まった(写真下)。Hppb191123_3八ヶ岳の赤岳も冠雪している(写真上)。いよいよ冬の到来だ。初冬の森のようすをレポートする。なお、「沈黙の森から」は、私の自然写真のテーマタイトルだ。

Hppb206765_2カシワには、まだ枯葉が残っている。北風でカサカサ音をたて、沈黙を破る。初冬の響きである。

Hppb206741_4 イタドリのドライフラワー(実)は、行き先の決まっていない旅に出るために風を待っている。

                       

Hppb030982ズミの実は、小鳥やキツネが行き先を決めてくれる。

               

Hppb030931ホタルブクロが陽だまりで寒さに耐えていた。ミイラ(ドライフラワー)になるのを待っているのだろうか。

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2008/11/17

新宿御苑で野草の写真展 八ヶ岳山麓No.65

花の賛歌写真展2008…野の花・山の花Hpdmimg_2

 「フォトクラブ彩光」は、野草のエキスパート集団である。私は、撮影指導でときどきメンバーと顔を合わせるが、逆に野草について教えられ、勉強に出かけているようなものだ。自然を撮影するには、自然に対する知識と見識、思いやりが欠かせない。彩光のメンバーは、それをモットーにして活動している。本写真展は、新宿御苑(環境省)の趣意に従って、鑑賞者がより自然になじみ、自然を守るきっかけを作れるよう企画開催された。約45種の野草にはキャプションが付けられ、作品としてのタイトル、花名(科名)、撮影地、撮影月などが記されている。ほかに多摩地域で見られる野草32種の写真も展示されている。ご高覧いただけたら幸いだ。Hpbpb171022Hpapb171026

会場:新宿御苑インフォメーションセンター アートギャラリー(入場無料)Hpcpb171024_3

期間:11月18日(火)~11月24日(月) 9:00~16:30(最終日15時まで)

                          

シシウドとホタルブクロを出展Hppb121162

 私は、真夏の八ヶ岳山麓で撮影した野草の写真2点を出品した。どこにでもある花なので、趣向を凝らして撮影した。シシウドは数年前に撮影したものだ(写真上)。超広角レンズ20ミリにクローズアップレンズを装着し、思い切り花に接近した。ファインダーの中に見つけた昆虫にとって、複散形の花序は楽園のように見えたので、「花宇宙」というタイトルを付けた。 ホタルブクロは、今夏撮影したもの。朝から昼までつきあって、トップライトの木もれ日が射したときにシャッターをきった(写真下)Hppb121160_2周囲に静寂感があったので「森閑」とタイトルを付けた。ホタルブクロが周囲の暗い森を照らしているように見えた。

【撮影データ】 「花宇宙」 ニコンF4 ニッコール20ミリF2.8(クローズアップレンズNo.3使用) 絞りF16 1/125秒 フジクロームプロビア100 「森閑」 ニコンF100 AFマイクロニッコール105ミリF2.8 絞りF5 1/60秒 フジクロームベルビア100

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2008/11/13

ヘレンベルグの木組みの家 ドイツNo.75

ドイツ建築のスタンダードHpp6077188

 ドイツでは、ほとんどの町が旧市街を大切に守っている。旧市街とは、教会や広場、市庁舎を核にして発達してきた町の原形をとどめるエリアである。木(骨)組みの家々が中世以来の伝統的な町並みを構成し、ほとんどの町がそれを自慢の種にし、観光資源にもしている。ドイツ人が、なぜこれほどまでに木組みの家を大切に守るのか、真相はまだわからない。(写真右はヘレンベルグのメインストリート、シュツットガルト通り Stuttgarter Str.。 両側にりっぱな木組みの家が並んでいる)

 私も木組みの家が大好きである。ドイツへ行く最大の楽しみは、木組みの家々に囲まれた空間に身を置くことである。なぜ好きになったのか、考えてみた。まず、木造でこれほど大きな家を建てた大工の技術に感動する。当然、マイスターの大工が建てたのだろう。5階、6階、ときには7階もある。次に、その建築空間と町並みは昔とあまり変わっていないと想像できるからだ。200年、300年、500年前の状景が目の前に広がっているのは感動的だ。最後に、ドイツ人がそれを守る精神に共感できる。木組みの家に囲まれると、なにか圧倒されて、ほっとする。

Hpp6082375Hpp6082380 古い木組みの家は今も第一線で利用されている。住宅やオフィス、店舗、ギャラリー、ホテルなどだ。狭い階段は広げられ、エレベータやエアコンが設置され、床は補強されているようだ。しかし、外観は昔のままだ。すなわち、文化財でありながら、現在の町で生かされているのがすばらしい。驚いたことに、現在のドイツの住宅は、新築も含めて伝統的な木組みの家の外観を模している。しかも、調和を乱さない同じデザインだ。列車の車窓からは三角屋根の住宅街がしばしば見える。木組みの家は、ドイツ精神の象徴と言ってよいのではないか。

Hpbp6082416_2Hpp6082415_3 ヘレンベルグ(Herrenberg)には、大きな木組みの家がたくさんあり、それを見学するコースが設けられている。目ぼしい家には、木組み構造の特徴を解説した表示板が設置され、観光客の便宜を図っている。数か所撮影したが、3か所だけ建築と解説をセットで紹介しよう。写真上の建築に対する解説(写真右)には、左端に「木組みの家 小道」とガイドの総タイトル、図の下に「BRONNGASSE1」と住所が書かれている。本文は「17世紀、フランケン人がよく使った南ドイツの木組み構造。……」とある。

ヘレンベルグについての参照: 「城壁を生かす街づくり ドイツNo.72Hpp6082429Hpp6082425_2 「うるおいのあるドイツの町 ドイツNo71」 「ヘレンベルグのサウンド ドイツNo.68」 「ペットボトル回収システム ドイツNo.66」

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2008/11/03

フォッサマグナ展望台 八ヶ岳山麓No.64

ナウマン博士の慧眼Hppb026721_2

 八ヶ岳山麓東側に、「獅子岩」という展望台がある。標高1450メートルの平沢峠の別称である。正面に八ヶ岳、左遠方に南アルプスが望める。飯盛山の登山口で、近年りっぱな駐車場が整備された。駐車場の一角に、「フォッサマグナ発想の地」という石碑が置かれている。ドイツ人の地質学者エドムント・ナウマン(1854~1927年)は、1875年、ここ平沢峠に立ったとき、目の前に広がる地形の変化から、フォッサマグナを発想したのである。1885年の論文「日本群島の構造と起源について」で、グローセル・グラーベン(大きな溝)と説明し、後に「フォッサマグナ」という名称にした(石碑の解説より)。写真上は、石碑からナウマン博士の視界を撮影したもの。遠くに南アルプスが望める。植生や地形の変化があるので、当時とはかなり違っていると思われる。

 碑に刻まれたナウマンの紀行文(抜粋)には次のように書かれている。「朝になって驚いたことに、あたりの景色は前日歩き回ったときとは全く一変していた。それはまるで別世界に置かれたような感じであった。私は幅広い低地に面する縁に立っていた。対岸には、3000mあるいはそれ以上の巨大な山々が重畳してそびえ立っていた。その急な斜面は鋭くはっきりした直線をなして低地へ落ち込んでいた。(中略)そのとき私は、自分が著しく奇妙な地形を眼前にしていることを十分に意識していた。」

Hppb026707_2 ナウマンの体験を推測してみよう。当日までのナウマンの足どりはわからないが、前日までは曇天かガスがかかっていて、視界が悪かったのではないか。平沢峠からの展望は、その日が初めてだったと思われる。「私は幅広い低地に面する縁…」は、足元に広がる野辺山原(写真下右)から清里、釜無川に連なる谷あいのことだ。「縁」とは、自分が立っている平沢峠のことだ。「対岸には、3000m…巨大な山々…」は南アルプス(赤石山脈)をさしている(写真上の遠景。右に八ヶ岳の裾野が見える)。「その急な斜面は鋭く…」は、遠望によるパースペクティブの圧縮効果であろう。平沢峠から初めて南アルプスを望めば、山腹は急傾斜に見えるはずだ。南アルプスから北アルプスにかけて南北に連なる断層を糸魚川-静岡構造線と言いフォッサマグナの西端になる。ナウマンは、その一部を察知したのである。フォッサマグナの存在を確信したものの、その東端については予想しただけだろう。私は論文を読んでいないので不詳だ。現在も東端については議論があるようだ。

Hppb026711_2 「南牧村の地質」(南牧文庫)によると、フォッサマグナが形成されたのは古第三期(6500~2500万年前)で、鳥類や哺乳類、被子植物が現れた時期だという。ナウマンがフォッサマグナを発見した平沢峠は、鮮新世(1200~200万年前)に活動した飯盛山火山の西斜面にある。八ヶ岳火山の活動はさらに遅れ、第四紀(200万年前以降)になる。八ヶ岳も飯盛山もフォッサマグナの中に新たに噴火してできた山である。

 平沢峠に立つと真正面に八ヶ岳が屏風のように立ちはだかる(写真上右)。ナウマンがおおきく見える八ヶ岳より遠くの南アルプスに着目したところが、地質学者たるゆえんだろうか。日本を北東と南西に分断するフォッサマグナの地殻変動は現在も続いている。我々も平沢峠に立って、悠久の日本列島形成を回顧するのも悪くはない。なお、「ナウマン象」はナウマンの名にちなんで名づけられた。

Hppb020882 よく利用する川上村の道路わきに地層が露出しているところがある。「南牧村の地質」によると、野辺山原台地の東縁であるという。地層が八ヶ岳の噴火活動と堆積を物語るので撮影した(写真左)。

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2008/10/27

一枚の葉に大自然を見る 横浜No.26

ハナミズキの紅葉Hppa260838_2

 横浜の紅葉時期にはまだ早いが、自宅近くのハナミズキが紅葉して美しい。私は、昔から葉には興味がある。特に、落葉樹の葉には表情や時の流れが読みとれ、ときにはドラマを感じる。秋の紅葉は、ドラマのフィナーレだろうか。

 ハナミズキの落ち葉を拾ってきて撮影した。黄と赤のツートーンに大自然の紅葉の縮図を読みとることができる。その色の移り変わりは十分見ごたえがあり、わざわざ紅葉の名所に足を運ばなくても満足できる。一枚の葉から全山紅葉の風景を想像できるようになった。これは写真撮影で被写体観察を積み重ねてきた賜物だろう。写真撮影は、対象(被写体)とのつきあい方を変える働きがある。

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2008/10/23

ドングリをバイオ・エネルギーに            八ヶ岳山麓No.63

木の実をリスやクマと分け合うHppa130631

 高原に本格的な秋が訪れると、カシワやコナラなどのドングリが落ちてきて屋根や路面をたたく。この響きが秋の深まりを感じさせる。10月上旬、いつもの散歩をしていると、コツン、コツンと地面をたたいてドングリが天から落ちてきた。 車道のドングリは、車にひかれて痛々しい(写真下)。こんな末路をたどるなら、いっそ資源として使えないだろうかと考えた。Hppa130555_3

Hppa130617_4 いわゆるドングリはブナ科コナラ属の果実である。コナラ、カシワのほかに、クヌギ、ミズナラ、イチイガシなど、多種類ある。ドングリは、大きさや重さ、表面の質感など野生の風格がある。 その存在感は大きい。子どものころ、遊び道具のない時代にドングリは宝物だった。ドングリ独楽を作って遊んだものだ。今年は豊作のようだ。リスも食べきれないのではないか。

Hppa156008  ドイツのソーセージがおいしいのは、ドングリを食べた豚の肉を材料にするからだという。浜本隆志著「モノが語るドイツ精神」(新潮選書)によると、ドイツでは昔、Hpp9089534秋になるとブタを森に放牧してドングリを食べさせた。ドングリは栄養価が高くブタは丸まると太るのだそうだ。特に、ミズナラのドングリがソーセージの味を良くするという。中世のドイツには、広葉樹の深い森が広がっていたので、たくさんドングリが落ちていたのだろう。

 縄文時代にドングリ粉製のパンがあったという。現在でも、縄文文化を知るためにドングリパンを作って食べる体験があるという。人間にとってもドングリは食料資源だったのだ。それなら、エネルギー資源としても使えるのではないか。Hppa130602しかし、全部人間が採ってしまうとリスやクマが困るので、制限しなければならない。 または、ブナ科の樹木を植林して生産量を増やさなければならない。太陽エネルギーの生産物を利用するという点では、人間もリスやクマも同格である。ドングリを撮影しながら、野生動物を思い合わせた。

Hppa155985 木の実は、ドングリ以外にもたくさんある。今秋は木の実に着目して撮影した。ナナカマド(写真上右)、ヤマボウシ(写真左)、カンボク(写真上右)、ヤマナシ(写真上左)など、生産量の多い木の実は資源として活用できるのではないだろうか。地球上のエネルギーが不足気味の昨今なので考えてみた。一方、農業ではときどき出荷調整が行なわれる。そのとき廃棄される作物をエネルギーに変換できないか。せっかくの太陽の恵みを、むだにしてはならない。                                                    

             

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2008/10/17

刻々と変わる朝の風景

Hppa166193

 多かれ少なかれ、被写体は常に変化している。目にはほとんど認められないぐらいわずかな変化もあれば、瞬く間に変貌していく被写体もある。変化の速さは変化率(微分係数)として表すことができる。 被写体の変化率は撮影に影響する。Hppa166198小さな変化率の被写体は写真家の目をくらまし、モチーフを発想しにくくする。シャッターチャンスよりはフレーミングテクニックの比重が大きい撮影になるだろう。一方、変化率の大きい被写体は、いろいろなモチーフが浮かびやすい。 変化は写真家を刺激するのである。Hppa166245その結果、シャッターチャンス増える。写真界で、「朝と夕方はシャッターチャンス」と言われる。朝は夜と昼の境界なので、変化率が大きい。明るさがみるみる変わり、それに伴って光線状態(ライティング)と色温度(ホワイトバランス)も変わる。

Hppa166280 10月16日午前5時20分、私は裏磐梯・秋元湖の湖畔に立った。島影がやっと見える状態から日が昇りきるまでの1時間40分間、200回以上もシャッターをきった。それだけ、風景は刻々と変わった。もちろん、フレーミングや露出調節のバリエーションも含めた200カットだ。太陽や雲の位置、朝もや、波紋、水蒸気の状態などが風景を変化させた。 Hppa166322あらためて、秋元湖が撮影の名所であることを認識し、同時に朝のすばらしさを実感した。写真は、上から撮影順に〔1〕〔6〕

 我々は、曾原湖エリアのホテル「ビー・ハイブ」(☎0241-32-2708)に宿泊し、 オーナーの宮野正昭氏に案内していただいた。Hppa166330曾原湖エリアは、ここ1週間が紅葉の最盛期だろうか。しかし、裏磐梯の紅葉は標高で変わる。宮野氏は、それに合わせてガイドしてくださる。ホテルの玄関に設置されたパソコンのモニターには、宮野氏が撮影された四季折々の作品が常時映写されている。裏磐梯の魅力がわかるだけでなく、撮影のヒントになる。参照『見えない風景を撮る喜び』

【撮影データ】 〔共通データ〕オリンパスE-420 WB晴天 〔1〕ズイコーデジタル14~54ミリF2.8~3.5(33ミリ) 絞りF5 2.5秒 ISO400 〔2〕ズイコーデジタル14~54ミリF2.8~3.5(47ミリ) 絞りF4.5 1/8秒 ISO1600 〔3〕ズイコーデジタルED50~200ミリF2.8~3.5(200ミリ) 絞りF5.6 1/80秒 ISO400 〔4〕ズイコーデジタル14~54ミリF2.8~3.5(54ミリ) 絞りF6.3 1/100秒 ISO200 〔5〕ズイコーデジタル14~56ミリF2.8~3.5(54ミリ) 絞りF6.3 1/100秒 ISO200 〔6〕ズイコーデジタルED50~200ミリF2.8~3.5(158ミリ) 絞りF6.3 1/400秒 ISO200 

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2008/10/13

長崎と横浜の秋祭り 横浜No.25

Hppa080294_3長崎くんち双十節

 長崎は、1859年、函館、横浜と同時に開港された。しかし、江戸時代初期から出島を通して海外と交流があったので、横浜とは比べものにならない歴史がある。横浜をより深く知るためには長崎の事情も知らねばならないと考え、初めて長崎を取材した。西洋館など古い町並みの保存のし方、市民の郷土意識、日常の生活、祭りの位置づけなど、横浜と比較してみたかった。似たところはあるものの、違いのほうが印象に残った。Hppa080301横浜と違って地方の中都市であるうえに、原爆の被災地でもあるので当然であろう。路面電車が市民の足になっているのは好感が持てた。

 ちょうど「長崎くんち」の時期だったので、祭りも撮ってみたいと思った。しかし、ホテルのTVで諏訪神社の中継を見て、とても思いどおりの撮影はできないと判断し、直接のアプローチはあきらめた。というより、地元テレビ局の中継を見ていて十分堪能できた。新地中華街で夕食をとっているとき、にぎやかな人声が聞こえ、狭い路地に賑町の「大漁万宿恵比寿船」が引かれてきた(写真上2点)。朝、TVでみた新大工町の曳檀尻(ひきだんじり)ほどの規模ではないが、中華街の路地をやっと通過できるほどの大きさである。苦労してアーケードをくぐるようすが、かえって絵になった。Hppa080278写真下は、商家や民家の玄関先で踊りを披露し「お花」をいただく「庭先回り」。新地町にて。

 長崎くんちは、370年の歴史があるという。江戸時代初期、出島が造成されたころから始まったことになる。祭りの形態は変遷しているであろうが、当時の文化や人情が潜んでいるのではないか。日本の祭りにはつきものの山車に匹敵する曳檀尻があれば、中国の龍舞と同じ龍踊もあるので、和中折衷の祭りと言える。長崎の旧市街がくんち一色に染まるのは、市民のコミュニティーが確立しているからだろう。くんちとの思わぬ出会いに旅情が高まった。

Hppa105355_3 横浜では10日、双十節が行われた。私は、10月1日の国慶節か、10月10日の双十節のどちらかを見ない気持ちが収まらない。爆竹の音と匂い、小気味良い太鼓と銅鑼のリズム、獅子や竜の機敏な動きなどで、私の五感は全開になる。中華街の祭りは、私の五感の保守点検になるのだ。Hppa105378Hppa105419写真仲間といっしょに双十節のパレードを撮影した。パレードは、獅子舞や龍舞のほか、民俗芸能、住民家族のデモンストレーションや近隣学校や団体の友情出演など、さまざまだ。今回は中国の芸能や衣装にレンズを向けた。Hppa105443

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2008/10/05

大道芸の旅情と郷土愛 横浜No.24

横浜とドイツが心のふるさとHppa051141

 ドイツへ行くとほとんど毎日、大道芸に出会う。繁華街やマルクトなど人が集まるところに、大道芸はつきものだからだ。ピンからキリまであるが、プロの名にふさわしい芸がたくさある。芸で収入を得るというだけではない。観客を満足させるのがうまい。しかし、芸とは関係なしに、我々外国人の旅情をかきたててくれるのが大道芸だ。 Hpp5278994 特に、音楽演奏は旅行の思い出に深く刻まれる。そのため、即売のCDを記念に買ってくる。

 初めてミュンヘンに行ったとき、ノイハウザー通りで二つの大道芸に出会った。一つはマリンバの演奏だった。幼児が演奏に合わせて駆け回っているのがかわいかった。アウグスティナーで夕食を食べて外へ出ようとすると、なつかしい調べが聞こえてきた。反対側の店の前でクインテットがクラシックの名曲を演奏していた(写真上)。バッハのオーボエとバイオリンのための協奏曲ニ短調(BWV1060)だ。とても大道芸とは思えない演奏だった。今でも、そのとき買ってきたCDを聞きながら、ドイツの旅情を懐かしんでいる。(写真上、下段はノルドリンゲンのマルクトで子どもの関心を引く大道芸)

Hp_2  大道芸は横浜の名物である。野毛地区では春と秋に大道芸祭が行われる。昨日は、野毛で秋の大道芸祭があった。私は、「バルーンおやじ」「カーボーイボブ」「中国雑技芸術団」を楽しんだ。Hppa043844_2 「カーボーイボブ」は、老若男女、子どもまで笑わせる芸とトークはすごい。私も腹を抱えて笑ってしまった(写真上、下)。中国雑技団の曲芸は、息をのむスリルがあった(写真下右)。子どもにはフェイスペイントアート「デコデコ」が人気があった。Hppa043847Hppa043887 ほかに、ウォーキングアクトの「ロウミン」「ガンジスインダスドーダス」「のぢぞう」などが野毛地区内を何げなく巡回している。Hppa043953観光客に溶け込んでいるので、うっかりしていると見逃してしまいそう。大道芸を楽しむのは、浜っこの喜びであり、アイデンティティーを感じるときだ。私は東京生まれだが、横浜とドイツは心のふるさとなのだ。

Hppa044002 『豊田芳州のTheme』に掲載された写真と文章は、著作権法で保護されています。無断使用はご遠慮ください。All pictures and writings on this blog are copyrighted.

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2008/10/01

コスモスをCosmosのように撮る

花の中に宇宙を見る…コンパクトカメラシリーズ6

 コスモスは、日本の野草図鑑には載っていない、外来種だからだ。メキシコ原産で、名まえの語源はギリシャ語のcosmosだ。cosmosとは、「秩序と調和のある宇宙、世界」という意味だ。Hpp9199835 だれが、なぜコスモスという名をつけたのかわからないが、開花したコスモスは円盤状で、微視的に見れば雄大な銀河系宇宙と言えなくもない。花の中にはミクロコスモス(小宇宙)が展開していると解釈できる。撮影にはイメージが必要だ。コスモスを撮影するなら、イメージを小宇宙に設定し、そして、カメラで小宇宙をのぞき込んでみたい。

Hppa150890 コスモスを宇宙に見せるにはスケールの大きさを感じさせるように撮らねばならない。小さな花を大きく見せるには、近づいてパースペクティブ(奥行き感)を強調すると同時に大きな被写界深度が欲しい。また、近づいたとき、花全体または広い範囲が画面に収まらないと、スケールが出ない。そこで、広角レンズで近づく必要がある。これはジオラマ撮影の定石だ。コスモスを宇宙に見立てて、ジオラマ撮影をするのである。さらに、できれば花の中にレンズを入れて、宇宙の中をのぞいてみたいのである。

 しかし、この撮影は一眼レフでは不可能だ。ピントが合わないうえに、レンズが大きいので花弁にぶつかってしまう。接近すると被写界深度も小さい。Hppa202393一眼レフで撮れるのは、右の写真が限界だ。これは、銀河系(太陽系を含む星団)に接近し、後方に別の星雲が見えるという構想だ。広角レンズにクローズアップレンズを装着して接近した。 一方、最近のデジタルコンパクトカメラなら、もっと接近できる。Hppa150860マクロモードに設定すれば、レンズの先端から2~3センチまでピントが合い、レンズも細いので大きい花なら中に入る。写真下左は、ヤマユリの中にレンズを入れて撮影したカット。花の中をのぞくにはコンパクトカメラが好都合だ。

Hppa150898  デジタルコンパクトカメラで花や葉をのぞいてみた。それぞれに小宇宙が展開しているようだ。写真上左はシュウメイギクをのぞいたもの。ビッグバンとは、こんなものではないか。写真右はギボウシの葉だ。宇宙にも奈落の底があるのか? 引き込まれそうだ。Hpp8149197 写真下は、ヤマユリの花芯だ。昆虫からは生命の鼓動が聞こえる。

 コスモスの最盛期を迎えたが、なかなか思うような写真が撮れない。群生した花壇や公園を求め、花期を気にして出かけても、ほとんど手ごたえがない。数本あれば、それをじっくり撮るほうがおもしろい。それも、最盛期の必要はない。宇宙は消滅するときもあるのだ。雨に打たれてしおれたコスモス(写真下)から、宇宙の変遷と終末を想像してみるのもよいのではないか。Hpp9199866

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2008/09/26

教会の善意とサービス ドイツNo.74

目を癒し、心を鎮めるひと時Hpp6143767

 シュツットガルトで、夕食前のひととき、ホテルの近辺を散歩した。夏至が間近な6月中旬だったので、7時を過ぎても日はまだ高い。しかし、町は閑散としている。小さなカフェで2、3人がテーブルを囲んでいた。週末だったので、市民は早く家に帰ったのだろう。

Hpp6137947 重厚な石造りの教会の前に出た。福音派の教会(Evangelische Heilandskirche)だ。それほど古い建築ではないが、聖堂に木もれ日が当たり、いかにもドイツ的な雰囲気を作っている(写真上)。教徒らしい人々が食べ物や飲み物が入ったレジ袋を持って中へ入っていく。好奇心に誘われて、私たちも中に入ってみた。数人がバーベキュー・パーティー?の準備をしていた。その場の責任者らしい男が我々に気がついた。聖堂の扉を開けようとしていた私たちを見て、鍵を持ってきて開けてくれた。過分な親切だが、ドイツではあたりまえだと思った。基本的に教会は門戸を開放している。聖堂の扉が開いているだけでなく、どんな人も受け入れる用意があるということだろう。彼は、閉めてあった扉を開けることで、それを実践したのだと思った。

 内部は現代的な建築だった。今までたくさんの伝統的な聖堂を見てきたが、ここはまったく違う。しかし、厳粛な雰囲気だ。外光を取り入れ、それを囲むように座席が配列されている(写真上左)。Hppc146142せっかくのチャンスだったので、撮影させたもらった。扉を閉めて責任者へ合図を送って教会を後にした。

 ランズベルグのイエズス会教会(HI.Kreuz kirche 写真右)では、聖堂へ入るとオルガンの演奏で迎えられた。人が入っていくとセンサーが働いて音声が流れるように仕組んであるのだ。もちろん、テープによる自動演奏だ。Hppc146148中へ入ったとたんに音楽が鳴りはじめるので、驚きと感動がある。聖堂の荘厳な内装は目を癒し、 清らかな演奏は心を鎮めてくれる。行き届いたサービスだと思う。

 私にとって、クラシック音楽(宗教曲など)は栄養剤であり、カンフル剤なのだ。気がめいるのは、音楽から遠ざかっているときだ。思考が停滞しているときに、音楽を聴くと雄々しい気持ちになれる。撮影中に、このようなチャンスに恵まれるのは、理想的である。広い聖堂内(写真上左)で、独りでオルガン曲と賛美歌を3曲聴いた。

Hpp6102868_2  聖堂に入ると、お礼の気持ちで必ずいくばくか寄進する。フランス・アルザス地方のエギスハイム、聖レオ教会では、コインを箱に落としたとたんに祭壇が照明されたHpp6102873_2(写真右2点)。やはりセンサーでコインを感知し、照明のスイッチがONになるのだ。

 1980年代、横浜・山手の聖公会では、ティー・サービスという催しがあった。春から秋にかけて、 日曜日の午後、教会の庭にセルフサービスのカフェが開かれた。山手本通りを歩く観光客にお茶をサービスしたのである(写真下)。聖公会は、1863年(文久3年)英国人B・ベイリーにより居留地(現 山下町)101番、105番に創建されたクライスト・チャーチが前身だ。1901年(明治34年)現在の山手234番に移った。今も山手の外人墓地を管理している教会だ。観光客は、垣根越しに外人墓地を眺めながらひと時を過ごせる。これも、教会の善意だったが、現在はやっていない。Hpp9261134

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