岩陰から引き出す 八ケ岳山麓No.79
森の中はすっかり暗くなった。渓流へ入るのは恐いくらいだ。テレビニュースで、今年はクマがよく出ると報じられているので警戒している。撮影では、どうしても視野が狭くなる。ポイント(餌を流す場所)の観察と投餌、目印の凝視、仕掛けの調整など、目は望遠かマクロレンズの視野だ。周囲には目が向かない。クマが近づいて来てもほとんど気がつかないだろう。釣りと撮影には共通点がたくさんあるが、視野の広さは大いに違う。クマを警戒してときどき視界を広角にしなければならない。
コンディションは絶好だった。昨日来の雨で水量は十分、暗い森の雰囲気もイワナ釣りに適する。12センチ弱を2匹釣った後、水深50センチぐらいの深瀬に出た(写真右)。勢いよく流れる瀬に数回餌を流したがで当りがない。そこで、左岸(下流からは右側の岸)の岩陰にある溜りに餌を落とした。岩の隙間で、いかにも魚がいそうな場所だ。しかし、水面に波が立っていない所では、魚は警戒して食わないのが普通だ。そこで、ゆっくり餌を深瀬に導いてきた。深瀬の水流で目印が下流へ流れそうになったときに当りがあった。イワナは、岩陰から餌を追ってきたのである。そして、安全な瀬で油断して食いついた。読みがあたり、20センチが釣れた。このような釣れ方はしばしばある。ミミズを餌にしたのが良かったようだ。水中でもミミズの動きは魚を挑発するようだ。
撮影は苦労した。夕方6時近かったので、森の中はかなり暗い。ISO400で絞りF3.2、-1.3EV補正で、やっと1/15秒がきれた。手持ち限界を超えているので、10カット以上シャッターをきった。目印もよく見えなくなってきたので納竿した。昔は、夏なら7時ぐらいまで目が利いたのだが、最近は網膜の感度が低下したようだ。森から出ると、まだ夕日が長い影を作っていた。
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なぜなら、相手を煙に巻いて切りつけるようなものだからだ(もちろん水を濁すような行為はしたことはない)。澄んでいれば、魚と対等に渡り合える。森には低い日ざしが入り、影をとられやすい。真剣勝負には願ってもない条件だ。
イワナは、一度バレてもまた餌を追ってくる。針と餌を新しくして再度振り込んだ。前回よりは渕の奥、落ち込み(小さな滝)近くだ。そこからゆっくりと手前にナチュラルドリフトする。目印に変化が出た。あきらかに食っている。ゆっくり合わせたが、竿が弓なりになるほどの引きだった。魚は対岸のぶっつけ(写真上左の右部の岩)に向かって引いていく。水面下には絶好の隠れ家があるのだろう。いつも誘いをかけていた場所だ。読みは当たっていた。そこに引き込まれないよう懸命に竿を立てた。しかし、急に竿が空を切った。ハリスを切られて、またバレた。あきらかに同じ魚だ。



















































































































































































































八ヶ岳の赤岳も冠雪している(写真上)。いよいよ冬の到来だ。初冬の森のようすをレポートする。なお、「沈黙の森から」は、私の自然写真のテーマタイトルだ。
カシワには、まだ枯葉が残っている。北風でカサカサ音をたて、沈黙を破る。初冬の響きである。
イタドリのドライフラワー(実)は、行き先の決まっていない旅に出るために風を待っている。
ズミの実は、小鳥やキツネが行き先を決めてくれる。
ホタルブクロが陽だまりで寒さに耐えていた。ミイラ(ドライフラワー)になるのを待っているのだろうか。




周囲に静寂感があったので「森閑」とタイトルを付けた。ホタルブクロが周囲の暗い森を照らしているように見えた。

古い木組みの家は今も第一線で利用されている。住宅やオフィス、店舗、ギャラリー、ホテルなどだ。狭い階段は広げられ、エレベータやエアコンが設置され、床は補強されているようだ。しかし、外観は昔のままだ。すなわち、文化財でありながら、現在の町で生かされているのがすばらしい。驚いたことに、現在のドイツの住宅は、新築も含めて伝統的な木組みの家の外観を模している。しかも、調和を乱さない同じデザインだ。列車の車窓からは三角屋根の住宅街がしばしば見える。木組みの家は、ドイツ精神の象徴と言ってよいのではないか。
ヘレンベルグ(Herrenberg)には、大きな木組みの家がたくさんあり、それを見学するコースが設けられている。目ぼしい家には、木組み構造の特徴を解説した表示板が設置され、観光客の便宜を図っている。数か所撮影したが、3か所だけ建築と解説をセットで紹介しよう。写真上の建築に対する解説(写真右)には、左端に「木組みの家 小道」とガイドの総タイトル、図の下に「BRONNGASSE1」と住所が書かれている。本文は「17世紀、フランケン人がよく使った南ドイツの木組み構造。……」とある。
」
ナウマンの体験を推測してみよう。当日までのナウマンの足どりはわからないが、前日までは曇天かガスがかかっていて、視界が悪かったのではないか。平沢峠からの展望は、その日が初めてだったと思われる。「私は幅広い低地に面する縁…」は、足元に広がる野辺山原(写真下右)から清里、釜無川に連なる谷あいのことだ。「縁」とは、自分が立っている平沢峠のことだ。「対岸には、3000m…巨大な山々…」は南アルプス(赤石山脈)をさしている(写真上の遠景。右に八ヶ岳の裾野が見える)。「その急な斜面は鋭く…」は、遠望によるパースペクティブの圧縮効果であろう。平沢峠から初めて南アルプスを望めば、山腹は急傾斜に見えるはずだ。南アルプスから北アルプスにかけて南北に連なる断層を糸魚川-静岡構造線と言いフォッサマグナの西端になる。ナウマンは、その一部を察知したのである。フォッサマグナの存在を確信したものの、その東端については予想しただけだろう。私は論文を読んでいないので不詳だ。現在も東端については議論があるようだ。
「南牧村の地質」(南牧文庫)によると、フォッサマグナが形成されたのは古第三期(6500~2500万年前)で、鳥類や哺乳類、被子植物が現れた時期だという。ナウマンがフォッサマグナを発見した平沢峠は、鮮新世(1200~200万年前)に活動した飯盛山火山の西斜面にある。八ヶ岳火山の活動はさらに遅れ、第四紀(200万年前以降)になる。八ヶ岳も飯盛山もフォッサマグナの中に新たに噴火してできた山である。
よく利用する川上村の道路わきに地層が露出しているところがある。「南牧村の地質」によると、野辺山原台地の東縁であるという。地層が八ヶ岳の噴火活動と堆積を物語るので撮影した(写真左)。
いわゆるドングリはブナ科コナラ属の果実である。コナラ、カシワのほかに、クヌギ、ミズナラ、イチイガシなど、多種類ある。ドングリは、大きさや重さ、表面の質感など野生の風格がある。 その存在感は大きい。子どものころ、遊び道具のない時代にドングリは宝物だった。ドングリ独楽を作って遊んだものだ。今年は豊作のようだ。リスも食べきれないのではないか。
ドイツのソーセージがおいしいのは、ドングリを食べた豚の肉を材料にするからだという。浜本隆志著「モノが語るドイツ精神」
しかし、全部人間が採ってしまうとリスやクマが困るので、制限しなければならない。 または、ブナ科の樹木を植林して生産量を増やさなければならない。太陽エネルギーの生産物を利用するという点では、人間もリスやクマも同格である。ドングリを撮影しながら、野生動物を思い合わせた。
木の実は、ドングリ以外にもたくさんある。今秋は木の実に着目して撮影した。ナナカマド(写真上右)、ヤマボウシ(写真左)、カンボク(写真上右)、ヤマナシ(写真上左)など、生産量の多い木の実は資源として活用できるのではないだろうか。地球上のエネルギーが不足気味の昨今なので考えてみた。一方、農業ではときどき出荷調整が行なわれる。そのとき廃棄される作物をエネルギーに変換できないか。せっかくの太陽の恵みを、むだにしてはならない。
小さな変化率の被写体は写真家の目をくらまし、モチーフを発想しにくくする。シャッターチャンスよりはフレーミングテクニックの比重が大きい撮影になるだろう。一方、変化率の大きい被写体は、いろいろなモチーフが浮かびやすい。 変化は写真家を刺激するのである。
その結果、シャッターチャンス増える。写真界で、「朝と夕方はシャッターチャンス」と言われる。朝は夜と昼の境界なので、変化率が大きい。明るさがみるみる変わり、それに伴って光線状態(ライティング)と色温度(ホワイトバランス)も変わる。
10月16日午前5時20分、私は裏磐梯・秋元湖の湖畔に立った。島影がやっと見える状態から日が昇りきるまでの1時間40分間、200回以上もシャッターをきった。それだけ、風景は刻々と変わった。もちろん、フレーミングや露出調節のバリエーションも含めた200カットだ。太陽や雲の位置、朝もや、波紋、水蒸気の状態などが風景を変化させた。
あらためて、秋元湖が撮影の名所であることを認識し、同時に朝のすばらしさを実感した。写真は、上から撮影順に
曾原湖エリアは、ここ1週間が紅葉の最盛期だろうか。しかし、裏磐梯の紅葉は標高で変わる。宮野氏は、それに合わせてガイドしてくださる。ホテルの玄関に設置されたパソコンのモニターには、宮野氏が撮影された四季折々の作品が常時映写されている。裏磐梯の魅力がわかるだけでなく、撮影のヒントになる。
長崎くんち
横浜と違って地方の中都市であるうえに、原爆の被災地でもあるので当然であろう。路面電車が市民の足になっているのは好感が持てた。
写真下は、商家や民家の玄関先で踊りを披露し「お花」をいただく「庭先回り」。新地町にて。
横浜では10日、双十節が行われた。私は、10月1日の国慶節か、10月10日の双十節のどちらかを見ない気持ちが収まらない。爆竹の音と匂い、小気味良い太鼓と銅鑼のリズム、獅子や竜の機敏な動きなどで、私の五感は全開になる。中華街の祭りは、私の五感の保守点検になるのだ。



特に、音楽演奏は旅行の思い出に深く刻まれる。そのため、即売のCDを記念に買ってくる。
大道芸は横浜の名物である。野毛地区では春と秋に大道芸祭が行われる。昨日は、野毛で秋の大道芸祭があった。私は、「バルーンおやじ」「カーボーイボブ」「中国雑技芸術団」を楽しんだ。




だれが、なぜコスモスという名をつけたのかわからないが、開花したコスモスは円盤状で、微視的に見れば雄大な銀河系宇宙と言えなくもない。花の中にはミクロコスモス(小宇宙)が展開していると解釈できる。撮影にはイメージが必要だ。コスモスを撮影するなら、イメージを小宇宙に設定し、そして、カメラで小宇宙をのぞき込んでみたい。
コスモスを宇宙に見せるにはスケールの大きさを感じさせるように撮らねばならない。小さな花を大きく見せるには、近づいてパースペクティブ(奥行き感)を強調すると同時に大きな被写界深度が欲しい。また、近づいたとき、花全体または広い範囲が画面に収まらないと、スケールが出ない。そこで、広角レンズで近づく必要がある。これはジオラマ撮影の定石だ。コスモスを宇宙に見立てて、ジオラマ撮影をするのである。さらに、できれば花の中にレンズを入れて、宇宙の中をのぞいてみたいのである。
一眼レフで撮れるのは、右の写真が限界だ。これは、銀河系(太陽系を含む星団)に接近し、後方に別の星雲が見えるという構想だ。広角レンズにクローズアップレンズを装着して接近した。 一方、最近のデジタルコンパクトカメラなら、もっと接近できる。
マクロモードに設定すれば、レンズの先端から2~3センチまでピントが合い、レンズも細いので大きい花なら中に入る。写真下左は、ヤマユリの中にレンズを入れて撮影したカット。花の中をのぞくにはコンパクトカメラが好都合だ。
デジタルコンパクトカメラで花や葉をのぞいてみた。それぞれに小宇宙が展開しているようだ。写真上左はシュウメイギクをのぞいたもの。ビッグバンとは、こんなものではないか。写真右はギボウシの葉だ。宇宙にも奈落の底があるのか? 引き込まれそうだ。
写真下は、ヤマユリの花芯だ。昆虫からは生命の鼓動が聞こえる。

重厚な石造りの教会の前に出た。福音派の教会(Evangelische Heilandskirche)だ。それほど古い建築ではないが、聖堂に木もれ日が当たり、いかにもドイツ的な雰囲気を作っている(写真上)。教徒らしい人々が食べ物や飲み物が入ったレジ袋を持って中へ入っていく。好奇心に誘われて、私たちも中に入ってみた。数人がバーベキュー・パーティー?の準備をしていた。その場の責任者らしい男が我々に気がついた。聖堂の扉を開けようとしていた私たちを見て、鍵を持ってきて開けてくれた。過分な親切だが、ドイツではあたりまえだと思った。基本的に教会は門戸を開放している。聖堂の扉が開いているだけでなく、どんな人も受け入れる用意があるということだろう。彼は、閉めてあった扉を開けることで、それを実践したのだと思った。
せっかくのチャンスだったので、撮影させたもらった。扉を閉めて責任者へ合図を送って教会を後にした。
中へ入ったとたんに音楽が鳴りはじめるので、驚きと感動がある。聖堂の荘厳な内装は目を癒し、 清らかな演奏は心を鎮めてくれる。行き届いたサービスだと思う。
聖堂に入ると、お礼の気持ちで必ずいくばくか寄進する。フランス・アルザス地方のエギスハイム、聖レオ教会では、コインを箱に落としたとたんに祭壇が照明された
(写真右2点)。やはりセンサーでコインを感知し、照明のスイッチがONになるのだ。

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