2017/04/11

2017年ヌービック写真展

第15回ヌービック・フォト・フレンズ5 写真展
『発端の物語…始まりのとき』Hpimg_0001

会期:2017年4月11日(火)~16日(日) 10時~18時(初日は13時~ 最終日は~15時)
会場:かなっくホール ギャラリーB(☎045-440-1211)

 私は、今年のヌービック展には、ほとんど関わっていない。しかし、多少相談に乗ったうえに、ヌービックの写真展は注目に値するので、紹介することにした。今年のテーマは、物事の始まりに着目している。写真展のタイトルである発端には、起源や原始などの原点を表す。また手がかりや糸口などの行動のとっかかりになる。Hp_p4092157_2

Hpdmimg_0002_3人間なら通過儀礼(お宮参り、お食い初め、成人式、結婚式など)は、それ以後の人生の始まりを表す。始まりにはいろいろな情緒(期待や不安)がつきものだ。そして、しばしばドラマティクだ。どんな被写体にも始まりはある。『発端』は、写真のテーマやモチーフには絶好ではないだろうか。以下に、あいさつ文と作品一覧を掲載しよう。Hpimg_0005Hp_img_0004_2Hpa_imgHpb_img_0003Hp_img_2Hpa_img_0002Hp_img_0004

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2017/04/09

寄せ植えの芸術性

バラクラの日比谷公園展示会
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 寄せ植えは、コンテナー・ガーデニング(container gardening)という別名がある。すなわち、入れ物の中に庭を作ろうという発想だ。日本の盆栽に匹敵するだろうか? 両者は、構想や内容に違いはあるだろうが、“縮小芸術”(reduction art)という点では共通性があると思う。自然を尊重して一つの世界を目ざす点も似ているかもしない。家内が夢中になっているので、聞いてみたところ、「自然の植生や景観を大切にして美を追求する」というのだ。草花や樹木(灌木)を利用して、自身の自然観を再現しようということだろうか? おのずと、技法や流儀があるのだろう。蓼科バラクラ イングリッシュ ガーデンは、英国風の寄せ植えや庭造りの普及に寄与している。

 日比谷公園で開催されている寄せ植え展を見てきた。会場の展示は、1点1点を横一列に並べて見せるギャラリーのような構成だ。一堂に会している作品群を見て、今までにはない感動を覚えた。Hpp4072092今まで、私が見てきた展示は、作品1点1点が庭の構成要素のように置かれていた。作品で中庭を作ろうという見せ方だった。これは、寄せ植えの利用目的や日常性を重視した展示といえるのではないか? 寄せ植えの展示方法については、私はよくわからないが、今回の展示は、それぞれの作品が際立って見えるので、個性や自然観、作者のイメージが伝わってきた。Hpp4072099特にマスター(免許皆伝の作者)の作品は、迫力がある。重厚さや力動感、デリケートな反復など、それぞれの作品には、独自性が感じられた。
 DMに「世界的レベルで高く評価される作品展示です」と書かれているが、そのとおりだろう。私は自然写真に取り組んでいるが、寄せ植えと自然観の違いはあっても、創作の思考過程は同じなのではないか? 寄せ植えは、実際に植物を使うのに対して、私の写真は、被写体の画像で構成するという違いだけのような気がする。

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2017/04/04

サクラのつぼみを観察する 横浜No.94

 今春は、サクラのつぼみを観察した。サクラでは、つぼみは冬芽、または越冬芽ともいう。秋には枝にたくさんの冬芽をつける。新年に向けて少しずつ成長し、春に開花する。Hp41p40100472月18日に最初の観察をした。2本の小枝に着目して定点観測的に撮影を開始した。そのうちの一枝についてレポートしよう。(写真上は4月1日の観測木の一部。樹木全体では1部咲きぐらいだった)

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●2月18日
 全体が、鱗片葉(芽鱗)に覆われっている。鱗片葉は、寒さや害虫から花を守っている

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●3月9日
 前回にくらべ、わずかに膨らんでいるが、まだ鱗片葉に包まれている。

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●3月23日
 一段と大きくなり、成長が早いものは鱗片葉が剥けて、苞が露出している。

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●3月25日
 ますます膨らんで大きくなり、ピンクの花弁がみえる。

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●4月1日
 花冠が膨らみながら長くな伸び、開花直前。

 さて、鶴見川の土手の公園には、たくさんのソメイヨシノが植えられている。その中の1本に写真のような札がかかっていた。それによると、その木が日本で最初に開花したソメイヨシノだという。

Hp_p3250053_2Hp_p3250051偽のほどは不明だが。東京のサクラの開花宣言は、3月21日で、これが日本でもっとも早い開花日だと報道されていた。ところが、横浜にもっと早く咲いたサクラがあるということになる。私がこの札を見つけて撮影したのが、3月25日だった。そのときは、1~2分咲きぐらいだった。東京や横浜が開花日で全国で一というのは、異常な現象だろう。日本国内にはもっと低緯度の都市がたくさんある。それらの都市よりも大都市で早く咲くということは、都市が温暖化しているということではないか?

Hp44nop4040133Hp_170218_p2180025_24月4日のお花見
 近くの仲間と花見をした。観測木の下には、小学生のグループが集まり、にぎやかに歓声をあげていた(写真下)。観測した小枝が折れてなくなっていたので(写真上左 右部の折れ目)、もう一つの小枝(写真上左)の状態をレポートする。2月18日のつぼみ(写真上右)と4月4日の花(写真上左)を比較してみた。なお、観測木は5~6分咲きだった。Hp_p4040129_edited1

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2017/03/20

2017年3月中旬の森の生活 八ヶ岳山麓No.206

★八ヶ岳山麓の現状
 3月12日、約2か月半ぶりに八ヶ岳山麓を訪れた。冬の期間、山小屋の周囲は厳しい寒気に襲われる。そこで、暖房用の燃料費を節約しようと、山小屋生活を自己規制した。Hpp3170186_2その結果、氷の撮影と初期の渓流釣りを断念した。不在中の最低気温はマイナス15.2度Cだった(写真)。この最低気温は、私にとっては意外だ。もっと寒いのではないかと思っていた。Hp313_p3131680_3
 往路途中の清里・シーニックデッキでシカの歓迎を受けた(写真)。山小屋へ到着。この時期としては暖かな日和だった。141号線に設置してある野辺山の気温表示には2℃と表示されていた(写真)。氷点下でないのがありがたかった。なにしろ、山小屋生活の初日は寒い。燃料費のほとんどを、小屋を温めるのに使ってしまうからだ。Hpp3151832しかし、日差しが高く、長くなっているのが、春の訪れを感じさせる。
 翌々日、窓を開けると雪景色だった。ベランダの手すりに積もった雪から、積雪は10センチぐらいと推測した(写真)。しかし、日中の日差しでほとんど消えてしまった。

★清里・モリモトのランチ
 14日は、さっそく清里へ出かけ、モリモトのランチを食べた。イチローそっくりのマスターが出て来たのであいさつをした。最近は、この店の常連に名を連ねたのかもしれない。Hpp3141773この日に食べたランチコースの前菜は、『花豆のスープ』と『自家製ハムを添えた野菜サラダ』、『清里マスのカルパッチョ』をワンディッシュに盛りつけたものだ。メインディッシュは、オイルベースの『香川県産のマテ貝とプチベールのスパゲッティ ゆずこしょう風味』だ。一口食べると、ほのかなユズの香りが口いっぱいに広がる。マテ貝は、今までに食べたことがない。Hp_p3141776_2同じ貝類のボンゴレやムール貝とは違った味覚だ。マテ貝の心地よい食感は、アルデンテのパスタとハーモニーを作る。デザートは、『吉澤さんちの花豆と地どり卵のカタラーナ』だった。平べったいお皿に固められたプリン状のもので、表面をこんがりと焼いたお菓子だ。Hpp3141786中央に生クリームと花豆をアレンジしてある。焼き跡がサクサクしていて香ばしい。いつもながら満足できるランチだった。
 最近は、清里観光のお客もここモリモトを目ざしてやって来るようだ。もともと、地元の人気店だったよううだが、観光客にも知名度が高くなってきたのだろう。

★シカの歓迎
 シカの展望台シーニックデッキへ車を止めて観察した。約30頭がわれわれのシーズンインの歓迎してくれた。Hpp3131656

★ベランダに現れたテン
 3月16日もわずかな積雪があった。ベランダの雪面に大きな足跡がある。かなり大きな肉球を持った動物だ。夜中にベランダを歩き回ってから帰ったようだHpp3160084_2Hp_p3160080

★カエデの落ち葉
 もっとも早く芽を出すカタクリやギョウジャニンニクを探したが、みつからなかった。その代わりに林床をおおっているカエデの枯れ葉を撮影した。Hpp3151908_2

★氷シーズンの終焉
 3月19日、散歩道から渓流をのぞいてみた。渓流の氷はほとんど解けて消えている。わずかに残った氷の末路を見届けた。この氷(写真)の成り立ちは、渓流におおい被った倒木から垂れ下がった氷柱が発達して(太くなり)カーテンのようにつながったと考えられる。そこに、飛沫が当たり、ますます厚みのある壁になったようだ。Hpp3190130_2

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Hpp3190132大きな氷は、なかなか解けないので、現在まで残っていたのだろう。 さて、氷をつなぎ留めている倒木と氷が離れそうなので、その瞬間を撮ろとシャッターチャンスを待つことにした。3カットの写真は、氷のシーズンの幕引きを象徴しているといえよう。

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2017/03/08

横浜・山手のイギリス館 横浜No.93

懐かしいひと時を過ごす

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 3月5日、久しぶりに横浜・山手へ出かけた。好天に恵まれた暖かい一日、懐かしい横浜を体験できた。
 私は、1980年代に横浜を被写体にした『横浜がみえる時間』というテーマに取り組んでいた。そのころは、毎週末に横浜の旧市街地へ出かけて撮影していた。Hpp3050213_2Hpp3050242_2

 明j治維新以来、外国人居留地があった横浜には、エキゾチックな雰囲気がただよっていた。
 また横浜には、アメリカンな雰囲気もある。第二次世界大戦後、昭和27年(1952年)当時、横浜市には米軍基地の全国接収地面積の62パーセントが集中し、市域の39パーセントに及んだ。現在、横浜観光の中心地である中区では74パーセント、また横浜の中枢である港湾施設の90パーセントが米軍に接収されていた (「港町 横浜の都市形成史」 横浜市企画調政局編)。Hpp3050090_2Hpp3050170が撮影を始めたころには、かなりの基地が返還されていたが、それでも今よりはアメリカンな雰囲気が漂っていた。エキゾチックな被写体に不足はなかったので、夢中になって撮影したものだ。 (写真上2点は敷地内で見つけた実生と芽生え)Hpp3050203

 山手の西洋館は文明開化の香りが高く、よく出かけた。イギリス館は、元英国総領事公邸の建物をそのまま開放している。横浜山手ではもっとも規模が大きな西洋館である。ここで、家内が英国風の花の寄せ植えを習っている。蓼科バラクラ イングリッシュ ガーデン主催のレッスンだ。イギリス館は、英国風の寄せ植えを学ぶにはぴったりの環境だ。
 私は家内に付き添って出かけた。玄関回りの花壇や付属のバラ園で撮影をした。現在のバラ園は、白と紫のパンジーが冬枯を補なうように咲き競ている。バラは手入れが行き届いているように見えた(写真)。ここのバラ園は、花の品種が豊富で、撮影のしやすさを考慮すると一級だ。花の季節が待ち遠しい。(写真上は家内が当日に仕上げた寄せ植えとリース)
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 ランチには、撮影に夢中になっていたころ、よくいったローマステーションでイタリアンを食べた。お店はだいぶリニューアルされていたが、面影は残っていた(写真)。

  なお、春の横浜では『Garden Necklace YOKOHAMA 2017』 (ガーデンネックレス横浜2017)という花と緑の祭典がある。Hp_img_0001『ガーデンネックレス』とは、「第33回全国都市緑化よこはまフェア」の愛称である。(財)都市緑化機構が毎年、全国各地で開催するイヴェントだ。横浜では、みなとガーデン里山ガーデンの2会場で3月25日~6月4日に開催される(パンフレット参照)。

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2017/01/11

氷の神秘性 八ヶ岳山麓No.205

〔動と静の葛藤〕
 冬の八ヶ岳山麓で最も魅力的な被写体は氷である。氷は固体と液体(水)の間で千変万化し、二度と同じ形にはならない。冬の渓流では、水の凝固と氷の融解が繰り返し起きている。人がコントロールできないという点では、氷は神秘的な存在だろう。Hpp1017370_2 結氷するには氷点下の寒気と着氷するための核が必要だ。水は氷点下になると、近くにある岩や流木の枝など、時には同じ氷などを“探して”氷になって付着する。結氷のし方にもいろいろある。Hpp1017381しずくが垂れてできる氷柱(つらら)、水流の飛沫が着氷する飛沫氷柱や飛沫着氷、空気中の水蒸気が昇華して直接個体になる霧氷などだ。それに流速や水位、流路、気温、風が影響する。これらが複雑に絡み合って氷は発達する。水温は約8度Cであるうえに流れているので、気温が0度Cではなかなか凍らない(凝固しない)。Hpp1017373_5流れが速いほど凍りにくい。渓流で水温が0度C以下になり、気温が氷点下3~5度Cぐらいなる必要がある。撮影に適した氷が発達するには一日中氷点下の日が3日ぐらい続く必要があるHpp1017412Hpp1017385_3氷も水も水の分子H₂Oで構成されているが、液体の場合は、分子が自由に動けるのに対して、固体は分子が結晶を作って、塊状になる。すなわち、水の「動」に対して、氷の「静」といえる。どちらも、自分の存在を維持しようとしているので、冬の渓流には、動と静の葛藤があるといえるのではないかHpp1017362_edited1_2Hpp1017394_2

                                        

〔氷写真の先駆者・清岡惣一〕

 氷の写真の先駆者として清岡惣一氏(1915~1991年)を挙げたい。清岡氏の写真集『清岡惣一の世界』(1993年 日本カメラ社 刊)には、多くの氷写真が掲載されている。Hpp1021502この写真集には、モノクロの作品が73点掲載されている。その中に、冬に撮影された作品が21点あり、そのうちの15点が氷(雪)の写真である。すべて日光中禅寺湖で撮影されたものだ。清岡氏は、1976年、東京・ペンタックスギャラリーで個展『雪と氷の湖畔・日光中禅寺湖』、1977年、金沢・名鉄丸越デパートで個展『雪と氷の湖畔』を開催している。残念ながら、私はどちらも鑑賞していないが、写真展のタイトルからも、清岡氏の氷に対する想いが伝わってこようというものだ。

 本写真集は、清岡氏が亡くなられてから刊行された。贈呈用の写真集に、清岡静子夫人が書かれた「御挨拶」という一文が別刷りで添えられてあった。奥さまが書かれている要旨は次のようなことだ。「病床にて故人自らが掲載作品の選定に最後の力を注ぎ、その後、多くの有志の方々の温かいご支援とご協力のもとに、完成したものです」「今、この故人の集大成とも呼ぶべき作品集を手にすると、満たされたときの主人の微笑みが思い起こされてなりません」とある。ページ構成を見ると、清岡氏は氷の写真に特別な想いを持っていたと推察できる。Hpp1021522私が言いたいことは、清岡惣一氏が氷の撮影に心血を注いでいたということだ。
 氷の撮影は、決して楽なものではない。氷点下の水辺での撮影は、指先がかじかんで、カメラ操作が思うようにできない。しかも、うっかり足を滑らせて、尻もちをついたり、衣類を濡らすと、衣類はすぐバリバリに凍ってしまう。すなわち命懸けである。清岡氏の撮影の緻密さと忍耐力は、推して知るべしである。私は、中禅寺湖畔でカメラを構える清岡氏の姿を想像した。

 カメラ雑誌の取材で、一度清岡氏にお会いしたことがある。そのとき、清岡氏の撮影姿勢と作風に好感をもった記憶がある。当時は被写体としての氷には注目していなかったのだが、実際に私が八ヶ岳山麓の渓流で氷を前にしたとき、清岡氏の心の奥底にあるものに触れた思いがした。私の氷写真の原点は清岡氏に負うところが大であると思っている。

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2016/12/14

2016年12月上旬の高原のようす 八ヶ岳山麓No.204

兵どもが夢の跡Hppc120103

 私たちの山小屋がある川上村は、『野菜王国』を自称している。キャッチコピーには『高冷不毛の寒村からレタス生産量日本一の高原野菜立村へ』(川上村誌 通史編 現代より)と書かれている(写真左)。しかし、野菜王国に上りつめるには並大抵の苦労ではなかったようだ。Hp1253pc050006_edited1

 川上村誌 通史編 現代 近現代概説(写真右) 第三章 第三節「野菜」に10項にわたって、野菜王国への経緯が記されている。第9項の「野菜産業」によると、川上の農業を企業経営として確立しようという意図が感じられる。Hppc120150_2例えば、昭和63年(1988年)に掲げた基本方針には、「ニーズに対応した本物づくり」「ブランドの確立」「先端技術に対応」「農家の経営基盤の強化」「農業者の健康管理と後継者の確保」「魅力ある農村づくり」など優良企業を目ざした方針だ。企業イメージ、社員の福利厚生などに配慮した会社組織に匹敵した取り組みだ。
 同年1月には、村営有線テレビ局を開局、7月からは村民向け野菜市況速報の放送を開始した。平成3年(1991年)村内に設けた観測地点のデータを活用して詳細な天候の予測情報を流し、野菜生産の一助とした。そのほか、機械化やポリマルチの採用、農薬散布の適正化、など栽培技術の向上に努め、平成5年(1993年)には、村内3農協の販売総額は200億円に達し、過去最高を記録したという。

 一般に、農業は加重労働を強いられる。レタスなどの生鮮野菜もご多聞にもれず、たいへんだ。私の観察では、出荷が最もたいへんに見える。Hppc070262_2Hppc070266_2ばしば、早朝3時前に電灯を付けて作業している現場を見たことがある。「朝採り」で消費者へ提供するためだろうか。私たちには深夜の時間帯に仕事をしているのである。Hppc070207出荷作業が一段落して、朝日を浴びながら畑で朝食をとる農家の団らん風景を見ると、何かうれしさが込み上げてくる。夜から早朝にかけて出荷作業に取り組む人々の姿には、どこか共感できる。むかし、編集部で仕事をしていた時を思い出すからだ。徹夜の校了日に朝日のまぶしさに、何とも言えない満足感を感じたものだ。Hp127pc070334どんなに過酷な労働でも、収益が上がればやりがいがあるだろう。

 12月に入って、気温が急に下がった。12月7日の最低気温は、マイナス8.5度C(写真左 最高最低温度計を夕方に撮影)。就寝中は電気毛布を使わないと足が温まらない。昔は電気毛布などは使わなかった。10度C以下の布団に入ってもすぐ眠れたのだが。本格的な冬に入った八ヶ岳山麓の情景を紹介しよう。(写真上は12月5日の八ヶ岳。根雪が付き冬の厳しさが出てきた)

●冬の畑に残された野菜を見ると、まさに「兵どもが夢の跡」である(写真上3点 ハクサイとブロッコリー)

●ボタンズルのドライフラワー。逆光で異常に輝いている(写真下右)Hppc070220

●ヤドリギ。落葉樹の枝に寄生する植物だ。ヨーロッパでは、果実のついた枝をクリスマスの飾りとして使うHppc070275_edited1

●クレソン。冬枯れの中に青々とした葉を見るとホッとする。採取して食卓に供した(写真下)Hppc070295

●山小屋のベランダにやってくる野鳥たち。今年は、水浴び場を用意した。朝、雨戸を開けると、ヒマワリの種をねだりに来る
Hppc010113Hppc010104

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2016/12/02

感動の大原治雄ブラジル展

『ブラジルの光、家族の風景』

 去る11月16日、清里フォトアートミュージアム(K★MoPA)へ、大原治雄展を鑑賞に出かけた。パンフレット(写真右下2点)だけの予備知識で出かけたのだが、素晴らしい写真展だった。どうしても書かずにはいられない衝動にかられ、遅ればせながら執筆した。同展は12月4日(日)までだ。 http://www.kmopa.com/

 Hpp1img大原治雄氏(1909~1999)は、高知県生まれのブラジル移民である。写真家である前に移民としての多くの蓄積があった。写真を始めたのは、24歳で結婚したときからだという。家族の写真を撮ろうとしたきっけは、これから始まる一族の壮大なドラマを予感して記録しようとしたのか、カメラに興味を持ちはじめたのか、写真のテクニックに引かれたのか、私は、これらすべてではなかったかと推測した。大原氏の胸の内を図ることはできないが、彼の移民としての経験が反映したことは間違いあるまい。移民としてブラジル・パラナ州ロンドリーナを開拓するという、無から有を生ずるような過酷な生き方に立ち向かい、それにめどが立ったときに、所帯を持ち、何か一つのことに打ち込んでみたいというのは、自然な心の動きではないだろか。Hpp2img未開の大地を農園にするまでには、並々ならぬ苦労があったようだ。

 大原氏の写真の傾向や作風について感じたことに触れよう。『ブラジルの光、家族の風景』というタイトルがついているが、まず、自身のセルフポートレートが目立つ。これは何を意味するのだろうか。私には、家族の始まりは、自身 大原治雄であるということを伝えたいのではないか。現在、70人を超す大家族となった大原家の元は大原治雄であることはまちがいない。たくさんの子どもや配偶者、孫の写真の中に、ときどき大原自身のポートレートが散りばめられている。これほど多くのセルフポートレートが目だつ写真展は見たことがない。私が最も気に入ったセルフポートレートは、最初の壁面に飾ってあった1点だ。木に寄りかかり、足を投げだして座っている足元にコーヒーポッドが置かれている。大原氏の顔はフレーミングの中にはない。背中と左腕の一部が写っているだけだ。タイトルは、確か『休憩』か『休息』だったと記憶している。私は、このシーンの大原氏に感情移入することができる。顔をみせずに自身の休憩時間を表現しようという、この写真のモチーフに共感する。多様なセルフポートレートと写真展での公表は、私もまねしたいと思った。

 カメラを手にしたときには、過酷な開拓の時期はすでに終わっていたのかもしれないが、彼の作品には、労働の厳しさや不安な気持ちは写っていない。おそらく撮影はしたが、作品展には展示しなかったのであろう。家族の幸せとブラジルの大地を讃えたいという意図のもとに写真展は編集されていると思う。移民という日本国を代表した親善使節の役割を思えば、当然な編集意図だろう。『霜害の後のコーヒー農園』という作品があった。胸高直径2メートル以上もある巨木の切り株の上に二人の男が乗り、周囲を見渡しているスナップような記念写真である。霜害といえば、農業に従事する人にとっては深刻な事態だろう。この状況下で、かつて切り倒したであろう大木の上に立って、お山の大将のようにふるまっているのは、いったいどんな心境なのだろうか。霜害の実情を示す写真は簡単に撮れるはずだ。この写真が、大原治雄氏の写真観を象徴した作品ではないか。前述のセルフポートレートといい、霜害の写真といい、婉曲的に表現しようとしていると思う。

 シルエットと陰影を生かした作品が目立つ。タイトルの『ブラジルの光、家族の風景』のとおり、光のモチーフを多用している。ちなみに、シルエットも陰影も光のモチーフに属する。Hp4img_0004パンフレットの表紙を構成する2点の作品は、シルエットの写真だ。どちらも、背景の空が美しく、人物は大地と一体になってシルエットになっている。解説書の4ページ目『本展のみどころ』(写真左)には、『ブラジルの大地を切り開いたからこそ現れた「空」と「水平線」であり、大原はこのモチーフを繰り返し撮影しています』とある。パンフレット上段の写真の人物は大原氏だという。『苦難の日々を乗り越えた喜びに溢れる姿ですが、大原自身は画面右端に立っていることから、この写真の主役がブラジルの大地と空であることがわかります』。シルエットのテクニックを生かしたセルフポートレートである。

 最後の入出口に近い壁面には、パターン写真が展示されていた。草花や納屋の片隅に見つけた農機具などをパターン化した作品群だ。モノクロ写真なので、当然、ブラジルの光と陰影を生かした作品だ。大原氏のカメラアイの一端を知ることができた。

 大原氏の孫の一人が写真家になっている。サウロ・ハルオ・オオハラ氏が撮影した大原治雄氏のスナップが展示されていた。 ベットに腰かけている晩年の姿だ。ものさびしそうに見えるが、孫に撮影されている幸福感も読み取れた。私も写真家の端くれなので、うらやましく感じた。

 私は、鑑賞し終わったとき、大河ドラマを見たような気がした。そして、写真にもこのようなスケールの大きい表現が可能だということを知った。今までは、写真は映画や音楽にはかなわないと思っていたが、決してそのようなことはないと確信した。Hppb160141_edited2
 なお、サウロ・ハルオ・オオハラ氏が、祖父の故郷・高知県を訪れたときに撮り下ろした『Aurora de Reencontro 再会の夜明け』展も同館で展示されている。参照:田園の誘惑

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2016/11/23

秋は過去に思いをはせるとき 八ヶ岳山麓No.203

円熟期に草創期を考える

 八ヶ岳山麓(標高1400メートル)には、初冬の風景が展開している。八ヶ岳の初冠雪は見たものの、まだ根雪にはなっていない(写真下)。Hp1120pb200013
 年間を通して同じ地域の自然を観察している私にとって、秋は過去を振り返りたくなる季節だ。春に発芽したり芽生えた植物は、夏の強い光を受け止め、生長し花をつけ、秋になると、葉は紅葉し、果実をつける。Hppa220406_2のようすを目の前にすると、どうしても過去の出来事や働きぶりを思い出ださざるを得ない。それは、山小屋のある八ヶ岳山麓でも、居住地の横浜市でも同じだ。観察の対象は、まったく同一の個体のときもあれば、同じ種に絞って観察する場合もある。(写真左 ヤマブドウの変葉)

 いうまでもなく、秋の季節感は紅葉や黄葉などの葉の変化とバラエティー豊富な果実にある。春の芽生えや夏の生活からは想像できない。Hppb050008_3E.ヘッケルの反復説によれば、春から秋にかけての植物の変化(個体発生)は、その固有種の進化の過程(系統発生)を短縮された状態で現れるといわれる。秋の紅葉や果実が、固有種の未来まで暗示してるのだろうか? 植物の神秘を感じる。継続して観察する意義は、そこにある。私は、植物それぞれの円熟を味わいつつ、過去を振り返って思いを“はせる”のである。(写真上右 カエデの落ち葉)

●カエデ(カエデ科) 若葉(5月3日)には原始的な二又分枝の面影がある(写真下左)。同じ個体の黄葉(写真下右Hpp5030504
Hppb020224





●ミミガタテンナンショウ(サトイモ科)
 5月8日に撮影した若芽(写真下左)。5月23日に撮影した花(写真下中)。9月19日に撮影した果実(写真下右)。それぞれ別の個体を撮影Hpp5080123
Hp_2p5236012Hp_p9190291



●ミミガタテンナンショウ(サトイモ科) 
10月24日に撮影した果実(写真下左)。11月19日に撮影した同じ個体。風雨に打たれて倒れていた(写真下右)Hppa240066
Hppb190339




●ズミ(バラ科)
 今年は当たり年で、森が白く見えるほどの満開になった(5月27日撮影 写真下左)。6月22日の若い果実(写真下右)。どのズミの樹もたわわに実をつけている(写真下段)Hpp5270045
Hpp6220236


Hppb060019_2

●ウバユリ(ユリ科)
 7月5日のつぼみ。ユリ科に共通の形質が見える(写真下左)。7月2日の花(写真下段左)。10月22日に撮影した果実(写真下右)。果実の中からつまみ出した種。直径10ミリぐらいの薄片。(写真下段右)。Hpp7050351
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2016/10/30

2016年千葉大学スキー部OB会

築地・江戸銀で開催…フォト・アルバム

 今年の大OB会は、10月16日に「築地・江戸銀」で開催された。Hppa169007
 千葉大スキー部OB会は二つある。一つは、発足当時の中高年メンバーだけで構成されたOB会である。もう一つは、現在も新会員が毎年入会してくる現役スキー部に支えられたOB会だ。前者を「大OB会」とするなら、後者を「正OB会」と呼ぶべきだろう。もちろん、大OB会のメンバーは、正OB会のメンバーでもある。

 約50年前、卒業したスキー部員の有志が集まり、ホームゲレンデである妙高高原に山小屋を建てた。将来にわたってスキーのトレーニングと親交を深めたいという希望を実現したものだった。そのメンバーが中心になって大OB会が結成され、現在も続いている。合宿やスキーツアーなどで、同じ釜の飯を食った仲間だけに、深い親交と硬い信頼で結ばれている。私にとって大OB会は、いまや心の糧である。Hppa169024

 江戸銀は、築地場外にある。築地場内市場の移転が問題になっているが、場外市場はほとんど残るらしい。それは当然だろう。築地というブランドは大きい。最近、我が生活圏内にできた2件の寿司屋の店名にも、築地という字が冠に乗っている。築地と聞いただけで、新鮮と伝統のようなものを感じる。簡単に離れることはできない土地である。

 築地・江戸銀の創業は大正13年(1924年)である。大OB会の倍のキャリアを誇る。料理はすべておいしかった。また、店員の気持ち良い対応はさすがだった。おかげで、年に一度の親睦会を愉快に過ごすことができた。当日の模様をフォト・アルバムとして掲載する。

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●T氏とF氏が、富良野スキーツアーの思い出話に火を付けた。当時のプリントを見ながら盛り上がった(写真上)

Hppa169035_2Hppa169039Hppa169043Hppa169114●おいしい料理に満足。 お造り、フグのから揚げ、手長海老のから揚げ、握り寿司など(写真上)

Hpimg_edited1Hppa169127●会場での記念撮影。仲居さんにカメラの使い方を指導するK氏(写真上)

Hp2pa169133●記念撮影は、屋外でも行われた

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2016/10/26

サシガメとつき合う

ユニークな昆虫
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 10月25日、中央道・釈迦堂パーキングエリアで、見たことがない昆虫を見つけた。助手席に座っていると、ボンネットの上に奇妙な昆虫が見える。はじめはクモの一種かと思った。車中に常備してあるオリンパス スタイラスXZ-2で撮影を開始した。同機の望遠は105ミリ相当なので、大きくは撮れない。しかし、パソコンで拡大するつもりで撮影した。Pa259702_2

 そのうちにフロントグラスに登ってきた。スーパーマクロモードに切り替えて撮影を続けた。途中から、デジタルテレコンで210ミリ相当に切り替えて撮影した(写真左)。いずれの写真も、フロントグラス越しの撮影だ。

 図鑑で調べたとろ、サシガメの一種であることまではわかった。サシガメは、半翔目異翔亜目サシガメ科に属する。カメムシの仲間だ。口の形が鋭い針のようになっていて、これを小昆虫の体に刺して体液を吸う。人も刺されると痛いらしい。アップで見ると怖い感じがする。口針は折り畳み式で、付け根に複眼の目がある。
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 車が動き始めて、高速になると、しがみ付いていたフロントグラスから消えていった。この間、約50カット撮影した。

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2016/10/09

異様な雲

富士山の笠雲か!?


 10月8日、中央道の初狩パーキングエリアで、不気味な雲を見た。円盤状で、どう見ても人工的で作為を感じる形状だ。地球人でなければ宇宙人の仕業ではないかと疑っても不思議ではない。このところの地球上の変異を考え合わせると、なにか、異常事態が起きたのではないかと思った。 (写真下は12:31に撮影)

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 そのうちに、雲の方向に富士山があることに気づいた。富士山の上には、しばしば笠雲が発生する。富士山の笠雲にしては、大きすぎるし、近すぎると思った。しかし、雲は刻々と変化する。大きさも位置も変化するだろうから、まず間違いないと確信した。もちろん、富士山を専門に撮影している写真家の方々のご意見もうかがいたものだ。 (写真下は12:54に撮影。なお、笠雲の下の山は富士山ではない)
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2016/09/24

西方寺のヒガンバナ 横浜No.92

雨の参道で撮影

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 9月23日は、横浜市港北区新羽の西方寺へ出かけた。西方寺は花の寺である。ほぼ1年中、花の撮影ができる。今は、ヒガンバナの撮りごろだ。おりしも雨天だったが、水滴を生かして撮影できてよかった。なお、当地には白と黄色のヒガンバナもある。使用カメラは、オリンパス スタイラスXZ-2。

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2016/09/20

失われた写真の神秘性…組み写真の時代

【神秘性とは】
 陶芸や染織などは、仕上げてからすぐ鑑賞することはできない。作業終了後、陶芸なら焼きあがるまでに、数時間から数日かかる。染織ならば織って染めて乾かしてみなければ出来ばえはわからない。このように作品を作りを終えても、出来ばえを完全に予測できない芸術分野がある。これを芸術の神秘性と言おう。実際に手を下した後は、「運を天に任せる」という部分だ。絵画や音楽などの芸術も似たようなところがある。
 写真ではどうだろうか? 写真にはいろいろな分野がある。芸術写真もひと昔前には神秘性があった。撮って現像してみなければ、真価はわからなかった。しかし、昨今のデジタル化によって、人間には読めないことはほとんどなくなった。撮影後、仕上がりをすぐ確認できるからだ。結果をすぐフィードバックして作品を修正できる。すなわち、失敗がなく、思いどおりに仕上げられる。作者の実力以上のものはできないが、実力は十分発揮できる。被写体や分野にもよるが、一般的に写真は神秘性を失ったといってよいだろう。それに加えて、スマートフォンやコンパクトカメラでの撮影はイージーで、はじめから神秘性を無視した撮り方だ。写真に対する考え方が即物的であり、刹那的である。被写体を使ってメッセージを伝えるだけの写真である。これはこれで一つの写真観であり、写真普及に貢献している。おそらく、フィルムカメラ(銀塩写真)にこだわる人は、写真のもつ神秘性にあこがれているのではないだろうか。

【単写真と組み写真】
 さて、写真界はあいかわらず単写真(1枚の作品)が主流だ。1枚の写真を見て、良し悪しを判断する傾向がある。フォトコンテストは、ほとんどが単写真で募集され、応募される。また、写真展も単写真で、テーマのない写真展がほとんどだ。特に、グループ展はその傾向が強い。神秘性が低くなった写真において、単写真はどれだけ価値があるだろうか。単写真は、被写体とその撮影条件(天候など)への依存度が高く作者の主張や解釈はほとんどない。もちろん、テーマもない。というよりも、単写真ではテーマを表現しにくい。または、できないだろう。(参照 『写真の読み方』名取洋之助著 岩波新書) あえて言えば、撮影テクニックの優劣ぐらいはわかるだろう。しかし、撮影テクニックは、モチーフやテーマに従うということを忘れてはなるまい。
 単写真で構成された写真展(グループ展など)の会場で、観客からしばしば撮影テクニックや被写体情報、または撮影地情報について聞かれる。作品の中身についての質問は少ない。これでいいのだろうか。これでは、写真は作品として認められていないのではないか。作品とは、作者の内面に関わることだ。作者独自の主張や提案、考察などがテーマになる。Hpimgまた、被写体に対する独自の観察や解釈などがテーマになる。すなわち、独自性とオリジナリティーがテーマになる。私の関わる写真展では、常に、テーマを追求してきた。写真展会場では、しばしば作品のタイトルが話題になる。タイトルはテーマへの入り口であり、好ましい話題だと考える。

【タイトルとテーマ】
 以前、本ブログで紹介したヌービック展(写真右 作品展と同時に制作した写真集)は、いつもテーマを前面に掲げ、それに従って総タイトルとカテゴリー(文章の章や節に相当するもの、)を立て、各作品にも総タイトルとカテゴリーに合わせてタイトルを吟味している(写真下2点 あいさつ文と作品一覧 ポップアップ可)。すなわち、グループ展だが、組み写真として展示している。ヌービック展では、入場者にアンケート調査を実施している(写真下左)。作品についての感想や意見を聞いて、今後の参考にしようというわけだ。それによると、タイトルについての感想や意見が多い。Hpimg_0002_3Hpimg_0001えば、「写真はもとより、タイトルが素晴らしいと思いました」「『俺は刺客ぞな』というタイトルが絶妙です」などの肯定派から、「一覧表のタイトルを見たときは、それぞれ皆良いと思いましたが、実際に作品を見て思ったほどではなかった」といったネガティブな感想もあった。どちらにしても、タイトルは作品の入り口であり、テーマへの入り口でもある。このような感想は、作品展にとって好ましことであろう。「この写真展はタイトル(テーマ)と写真がどのようにマッチングしているかを見るのが楽しみです。Hpp7180142_2タイトルに合わせて写真を撮るのは大変だろうと思います。皆さまの作品にはそのタイトルは光ってきたようです」。この感想には“タイトル≒テーマ”という前提が読み取れる。

【撮影のおもしろさ】
 一方、写真の撮影はたいへんおもしろい。テーマなどがなくても十分楽しめるということは認めざるを得ない。しかし、私は写真の味方として、写真はテーマが必要だと主張したい。すべての芸術は、テーマが問題になるからだ。もし、単写真を楽しむなら、できるだけ神秘性のある被写体や撮り方が必要だろう。フィルムを使うのも一つの手だ。
 また写真には、芸術性とは別の記録性や科学性を追求する分野がある。報道写真や自然科学写真などは、実証的であいまいさを排除した写真だ。神秘性はむしろ邪魔になるだろう。そういう意味から、デジタル写真は、報道、自然(動物や植物、環境など)、科学(天体、考古学など)などの分野に適する。  ところで、デジタル写真には問題もある。画像処理により画像の加工、変形、変換、強調などが容易にできる点だ。これは、シャッターを切った後で写真に手を加えるということで、作画上フェアーでないという意見がある。フィルムにこだわる根拠の一つになっている。しかし、画像処理は写真の神秘性とは相反することはあっても、直接関係はない。機会を改めて考えたいと思う。
 私が主張したいのは、芸術分野では 単写真⇒組み写真 という“流れ”である。そして、テーマが必要だということだ。もちろん、テーマを追求する組み写真でも撮影のおもしろさは変わらない。

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2016/09/18

秋の探訪 八ヶ岳山麓No.202

〔キノコがいっぱい〕 9月16日、山小屋の最低気温は14度C、正午の気温が18度Cだった。秋が深まりつつあるが、まだ寒さを感じない。Hpp9140345_2山小屋周辺の林床は、いたるところにキノコが発生している。雨が多いからだろか。ここ2、3日はキノコの撮影に終始したすべてオリンパス スタイラス1sで撮影した。Hpp9150588Hpp9140336_2





   

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〔パスタが美味い〕
 ランチを食べに清里へ出かけた。清里へ出かけるときは、ほとんどMoRimoTo(モリモト)のパスタを食べることにしている。以前にも書いたように、私はもともとパスタは口に合わなかったので、はじめは家内を立てて出かけていた。しかし、このごろは率先してパスタにしている。MoRimoToのパスタは、実に美味い。私の舌は贅沢にできているのか、どんな食べ物でも、食べている途中から飽きてしまう。ところがMoRimoToのパスタは、途中から味が変わったかのように美味くなる。

 今日は、『ホタテとオクラのオイルベース カラスミ添え』にした。前菜は、無農薬ニンジンのスープ、自家製ハムとレタスのサラダ、Hp201609162040000
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清里サーモンのカルパッチョ。ニンジンのスープは格別だった。前菜とコーヒー(ドリンク)付き1,500円(写真参照 ケイタイで撮影)

〔シカを観察〕 シカの展望台(シーニックデッキ)へ行くと、たくさんのシカが出ていた。舞台裏から登場するもの、左の“袖”へ隠れるもなど“ステージ”は、にぎわっていた。Hpp9160796P9160807_3
Hpp9160812珍しく大きな角のあるオスジカがいた。角が重そうな素振りだった。シカたちのパーティーか集会があるように見えた。オリンパス スタイラス1sのデジタルテレコン(600ミリ)で撮影した。

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